資産家の秘密

ヨージー

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「でけえ…」
 圭介の目前には高い外壁に囲まれた大きな屋敷があった。住宅街に突如現れる、その大きな屋敷は、思ったよりも外観の古さもあって、それほど異質な存在には見えない。けれど、自分のクラスメイトの家だと言われれば、それはもう異質と言わざるを負えない。くすんだ赤のレンガ造りを思わせる外壁は、ヒビや汚れがあるものの、とても民家とは思えなかった。智樹は通りに面した金属製の門を鍵で開けて、敷地へ足を踏み入れた。圭介も多少の驚きで足運びが遅れたが、敷地の中へ足を踏み入れた。外壁に囲まれて見えなかった部分には芝生が敷き詰められていて、足を踏み入れていいのか圭介には判断がつかなかった。建物の入り口までは石の板のようなものが敷き詰められていて、智樹はその上を歩いて先を進んだ。建物は二階建てのようだが、一般住宅とは部屋数が明らかに異なる。アパートのような窓の数が圭介には確認できた。智樹の家族は何人いるのだろうか。一人一部屋だとしても、部屋が余りそうだ。圭介の家では、部屋数が足らず、圭介の部屋を経由してしかベランダにはたどり着けない。毎日のように洗濯物を干しに来る母親に圭介のプライバシーは浸食される。雨の日には、圭介の部屋で部屋干しされるため、たまったものではない。圭介は部屋が余っているようなら住まわせてもらえないだろうかと考えた。

 智樹は周囲を見回しながらゆっくり屋敷へ歩く圭介を見ながら、自分が初めてこの屋敷に来た記憶を思い出していた。智樹は初めからこの家に住んでいたわけではない。生まれてからしばらくは両親と都心に近い地域のマンションに住んでいた。そのころの記憶はあまり残っていないが、ぼんやりとは覚えている。姉の彩花の話では、両親はそれぞれ自分の仕事の都合で一人暮らしをしていて、結婚後にそのマンションに移り住んだという。家族二世帯で済むという話になったのは、祖父母らが、この屋敷を持て余しているという相談を持ち掛けられたからだという。祖父の久良木は晩年仕事を引き継いでからは屋敷に引きこもりがちになったそうだ。人に合わないとボケてしまうという祖母の心配が転居の切っ掛けといえた。けれど、先に亡くなったのは祖母の方で、智樹たちが住み始めて一年ほどのころだった。智樹たちが住んでいたことが幸いして、その後の様々な応対が楽だったらしい。智樹の両親はそれぞれ一人っ子で、祖母の他界で、自分たちが残る祖父母らの世話をしなくてはならないと、その当時心を改めたそうだ。仕事も今の屋敷からそう遠く通勤の必要のない地域から動かないように手配したそうだ。そんな処理が許されたのは、智樹の両親がそれぞれの会社で有力な人材として扱われていたところによる。結果として、地域を優遇してもらえた点もあり、それぞれ相当にハードな役職を任されているようだ。それで家に居つけないのだから両親の判断はあまり成功とは言えないのではないかとは思うが、社内的には栄転とのことらしい。多忙な両親を抱えた智樹たちは屋敷の管理を自分たちで行っている。彩花に関して言えば、部活動にも入らず、屋敷に居るようだ。彩花としてはかなり祖父と親しかったようなので、自分がしなくてはならないと考えているのかもしれない。智樹は主に庭の雑草掃除などが担当だ。よって屋敷の中は基本的に彩花が見ている。それもあってか彩花は屋敷に友人をよく招く。自分がこの大きな屋敷の管理をほとんど見ているというのはさぞ鼻が高いと思うのだが、どちらかというとただ広いから、という理由が強い様だ。

 屋内の装飾は外観のそれからしたら大分落ち着いていた。一部屋ごとであれば、普通の民家のようだ。圭介は建物を観察しながら、一階の和室に通された。圭介の予想では大きな暖炉ととてつもなく長いテーブルのある部屋に通されると思っていたので、意外な部屋に驚いた。
「なんか予想を裏切ってくるな」
「何の話?」
「いや、建物の外と内側のギャップ?」
「ああ、まあ、一度改修してるからね」
「ん?」
「俺の両親と一緒に住むって頃に、内装は一度作り直したんだよ」
「なにそれ、秘密の部屋つぶれちゃってんじゃないのそれ」
「さあ、でもじいちゃんが言ったんだから残ってる…かも」
「ああ、まあ、そうか」
「お茶持ってくる」
「え、悪いな」
 腰を上げようとした圭介を制して智樹は部屋を離れた。

 圭介は部屋の中を見回す。部屋はふすまを閉められていると、ありふれた旅館か何かのようで、先日の宿泊学習の宿泊先を思い浮かべた。畳部屋の雑魚寝であった宿泊部屋よりは狭いものの、十分な広さを感じる。圭介は宿泊学習で停まった部屋に特別な印象を持って楽しんだが、智也はそうではなかったのだろうな、と何とも言い難い気分になった。ふすまが横にスライドした。
「智樹、お前の部屋は…」
「ごめんね、智樹じゃなくて姉の彩花です。よろしく」
 圭介は言葉が出てこない。というよりも後から思えば、見とれていたと言える。それほどに圭介にとって、彩花の外見、声色、かもす雰囲気、そのすべてが、イレギュラーだった。ある意味で言えば圭介の脳内に緊急のアラートが鳴り響いていた。
「これお茶菓子にしてね」
 彩花はそういうと市販のお菓子がまとめられた容器を和室の卓上に、圭介に言わせれば可憐においた。そして、彩花は笑顔を残して和室を離れていった。圭介は彩花がふすまを閉めてからも、しばらく動けずにいた。何なら、彩花を智樹と思って語り掛けた姿勢のまま動けていなかった。
「どうした?」
続いてふすまを開けて部屋に入ってきた智樹が固まっている圭介に語り掛けた。智樹は持ってきたお茶の入ったガラスのコップを机に置く。
「あ、姉さん来たのか」
 智樹は卓上のお菓子を見てつぶやく。
「圭介?」
 圭介がゆっくり智樹に視線を合わせた。
「なんだかもう、お前はもっと不幸になればいいと思う」
「なに?」

 それから智樹と圭介は屋敷内を見て回った。ホテルのような内装に圭介はため息を漏らすことが幾度か見られた。智樹は気づかなかったが圭介のため息の何回かは別な意味合いが含まれていた。圭介は柱の説を捨てきれないのか、柱を見かけるたびに手の甲で叩いてみていた。智樹は圭介がそれで何がわかるのかも懐疑的だった。初回ということもあり、智樹が建物の中を案内する形だったが、それはつまり智樹の認識している建物の構造を説明している為、そこに隠された智樹に分からない謎のヒントはない。二人はその日の日が沈むころまで建物を見て回ったが、新たな発見は見られなかった。
「智樹?」
「何かあった?」
 圭介は眉を顰める。
「隠し部屋ってさ、どういうつくりなんだろうな」
「わからない」
「いやさ、俺らは素人なわけですよ」
「まあ、そうですな」
「知識が足りんわけですな」
「隠し部屋の知識?」
「そう」
「ないね」
 圭介は腕を組みうんうんと頭を縦に動かした。
「調べよう」
「?」
 圭介は隠し部屋をもっと知るべきだ、と力説し、翌週は市の図書館で隠し部屋について調べることとなった。圭介は別れ際、妙に挙動不審で少し不審だったので、智樹は問いかけたが、ごまかされてしまった。圭介は何かヒントがつかめたのだろうか。
 智樹は圭介が帰ってからふと考えた。
「隠し部屋の作りを調べるか、自分だけでは考えなかった発想だな」
 智樹は圭介と協力することで何かに気づけるのではないかと少しだけ希望を持った。
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