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雑居ビルの一室。決して広くはないそこに数人の大人が詰めていた。
「あの、では、彼は…」
クーラーの効いた室内に沈黙が流れる。外からは車の激しく行きかう音が聞こえる。正午を過ぎた街中は混み合いを見せていた。
「彼は黒ですね。いくらか搦手を使ってはいましたが、ナンパ師で、その後、幾度か偶然を装ったアプローチを繰り返したのち、関係を結んで、最終的には徐々に金銭をむしっていく寄生虫になり、女性たちを食いつぶしているようです」
私は被害者の一人の婦人にハンカチを差し出しながら説明した。女性は話の途中から真実に、男の嘘に、気づいていた嘘に涙を流していた。私は助手に後を任せ、事務所を出ていく女性を見送った。
私はデスクにかけなおし、上司に報告のメールを打った。上司に自分を売り込んだのはとっさの判断だった。けれど、今はそれが人生の分岐点だったと思っている。上司と会ったその日、私は仕事に打ち負かされ、己を見失い、自宅でドレスを着こんで街に出た。死ぬつもりだった。ハンドバッグには遺書も入れていた。最後くらいきれいな姿で、というつもりだったが、偶然、今の上司の目に留まり、仕事を手伝うことになった。そのときの得も言えぬきらめきに感化されてしまった。そのおかげで今の自分がある。私は送付したメールにあえて誰も知らない上司の本名を入力した。彼はなんというだろうか。私の世界は色に満ち溢れている。
「あの、では、彼は…」
クーラーの効いた室内に沈黙が流れる。外からは車の激しく行きかう音が聞こえる。正午を過ぎた街中は混み合いを見せていた。
「彼は黒ですね。いくらか搦手を使ってはいましたが、ナンパ師で、その後、幾度か偶然を装ったアプローチを繰り返したのち、関係を結んで、最終的には徐々に金銭をむしっていく寄生虫になり、女性たちを食いつぶしているようです」
私は被害者の一人の婦人にハンカチを差し出しながら説明した。女性は話の途中から真実に、男の嘘に、気づいていた嘘に涙を流していた。私は助手に後を任せ、事務所を出ていく女性を見送った。
私はデスクにかけなおし、上司に報告のメールを打った。上司に自分を売り込んだのはとっさの判断だった。けれど、今はそれが人生の分岐点だったと思っている。上司と会ったその日、私は仕事に打ち負かされ、己を見失い、自宅でドレスを着こんで街に出た。死ぬつもりだった。ハンドバッグには遺書も入れていた。最後くらいきれいな姿で、というつもりだったが、偶然、今の上司の目に留まり、仕事を手伝うことになった。そのときの得も言えぬきらめきに感化されてしまった。そのおかげで今の自分がある。私は送付したメールにあえて誰も知らない上司の本名を入力した。彼はなんというだろうか。私の世界は色に満ち溢れている。
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