逃げる客

1.

　夕暮れがサークルの集合時間よりも早くなっていた。友也は部室の窓から暗くなった屋外を眺めた。街明かりが幾らか点灯していて、星空のようと言えなくもなかった。暖房のない部室は屋外とほとんど差が感じられず、錯覚の要因となっていた。友也の所属するミステリー研究会では今月の課題図書に関しての議論も終わっていて、今週は活動内容が定まっていなかった。そこで、友也はその週に自分が経験したことを議題にしようと考えてきていた。寒い部室に貴音と慎吾が入ってきた。慎吾がコーンポタージュの缶を友也に投げた。
「待たせたね。授業の最後に抜き打ちの出席とりがあって、並んでた」
　慎吾は申し訳なさそうに遅刻を謝罪した。
「コーンポタージュ、ありがとうございます。全然気にしてないですよ」
　友也は笑顔で返答した。貴音は二人のやり取りを気にせずに自分の定位置に腰かけた。あくびをしていて眠そうだ。
「俺この間バイト先で不思議なことがあったんですよ」
　友也は考えてきていた議題を二人に提示した。
「お、友也が今日のサークル活動進行してくれるのか、ありがたい」
　慎吾はにこやかに返事をしながら腰かけて、手に持っていた、おしるこの缶を開けた。貴音はブラックコーヒーの缶を開けた。
「はい、俺今月から、駅近の居酒屋でバイトしてるのは話てたと思うんですけど、そのバイト先で週末変わった客がいたんです」
「どう変わってたの？」
　慎吾は熱心に話を聞いてくれている。
「そのお客さん、注文してすぐ居なくなっちゃったんです」
「え、どういうこと？」
　慎吾は興味津々らしい。対照的に貴音はあまり反応を示さない。コーヒーの缶の縁を指先でなぞっている。
「俺が注文をとったんですけど、商品を配膳する前に帰っちゃったみたいなんです。どういう理由が考えられるかなって」