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終章 魂の行方
9ー4 神の道
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村の散策中と帰りのバスの中で少年は実父ジョージについての話をたくさん聞いた。
「わたしはジョージさんとはあんまり話さなかった」
揺れるバスの中レイチェルは言う。
「っていうのはわたしは人狼だったから。ジョージさんはものを見通すようで恐かった」
「人狼だと看破されたならあの『ゲーム』では殺される」
恐いのも当たり前だとラクシュミは通路側に座る弟へ説明を加える。
「……ダルシカとはすぐ仲良くなったの。大人が多い中で同じ十年生っていうのはあったけど、見てすぐわかる真面目な優等生で、頭が良くて、でも中身はぶっ飛んでた」
懐かしむ言葉。
「そのダルシカが、クリスティーナさんやアビマニュさんが言ってた『わたしたち皆が同じ被害者』って点からもジョージさんを守るべきだと考えたんだと思う。ジョージさんはあの場に必要な人だ、とダルシカは判断したんだ」
一度言葉を切る。
「ダルシカはあのグジャラートの子の『密告』で誰が人狼かに確信を持っていた」
初日の夜に武士役のダルシカのモニターに予告なく現れて消えた三つの数字は、彼女が考えたようなスタッフのミスではなかった。グジャラート州から連れて来られた監視員の少女が仕事に恐れおののいて漏らした「助け」だった。
少女は間もなくウルヴァシ、とラクシュミたちの前では名乗っていた女性チーフ、チャンドリカにビル高層から突き落とされ殺害された。
だが彼女は故郷の村の「お兄ちゃん」にも手紙の暗号で助けを求めていた。
ムンバイ在住の彼はそれに気付き、足を使って丹念に調べ結果をジャーナリストに提供した。ジャーナリストは射殺されたが村出身の青年は命を取り留め、調査結果はロハンの父親ルートでこちらにも回った。
彼もまたリアル人狼事件に身を投げ出して献身したひとりだ。
結果離婚し家族を失ったのもラクシュミは知っている。
ジョージは口が少ないことと未成年も多い中目立った落ち着きで度々人狼ではと疑われた。ダルシカはそうではないと知っていた。だからこそ武士として守護したが、
「ジョージさんが『象』だったのは想像していなかった。だから、許せないだろうけど、あなたのお父さんを殺そうとしたんじゃないことはわかってほしい」
ラクシュミたちのゲームでは象は武士に守られると殺されるルールとなっていた。
弟を見遣ると、
「はい。ジョージお父さんを殺したのはその方だとは思っていません。赤3を命じた奴です」
監視員に指示をしたチーフ格の人間が犯人だと弟は理解している。
「『奴』じゃなくて『人』。相手が下劣な人間でも自分まで品性を失わないように。人の形で生まれた、人の魂だから」
注意すれば小さく頷く。
ダルシカの武士の仕事は建物を移ってから一度も当たらなかった。
運営から潜入した人狼のチーフふたりはその日武士が誰を守ったか知ることが出来、回避したのだから当然だ。そこは所詮監視員の「ラジュー」とは違う。
武士の仕事に失敗し続けたことはダルシカの罪悪感を煽っただろう。慕ったクリスティーナも処刑で消え親しいレイチェルは人狼だ。追い詰められたダルシカは証拠を掴み命懸けで人狼を告発した。
その心情を思えば今でも胸が強く痛む。
「写真持ってきちゃったの?」
通路を介した向こうでアンビカが目を丸くした。
ラクシュミの手元にはクリスティーナの写真二点がある。地味な写真立てに入ったままだ。
「ちゃんと断った。他に何枚も同じ写真はあったしいずれかの大掃除で捨てられるのがオチなんだからいいでしょう」
祖父母との家のクローゼットの一番下、前の住人の持ち物が投げ込まれた大きなブリキの箱に埃に塗れたままの写真立てが投げ込まれていた。
「キリスト教徒の遺影にやってはいけないことってある?」
振り返って斜め後ろのマーダヴァンに尋ねればすぐ彼はすぐレイチェルに顔を向け、
「特に変わったことはないと思います」
彼女が答える。
ラクシュミは仕事場近くに部屋を借りて一人暮らしをしている。飾ってある身内の遺影から少し離して飾るつもりだと説明した。
村で見た現実はクリスティーナの想像以上の孤独を浮かび上がらせた。
祖父母の話ばかりで訳ありだろうとスンダルは当時から気づいていたそうだがラクシュミは水道の件に関わり始めてからだ。
あのゲームでは、お父さんお母さんが待っているのにと言える学生たちや、逆に小さい我が子がと訴えられるアンビカやジョージが有利だった。人狼ゲームの投票は論理的な証拠が乏しければ多分に感情に左右される。
年長で独身社会人の自分は不利だとはラクシュミも徐々に察した。
ラクナウの「孤児」ルチアーノも早々とそこを理解し口をつぐみ逃げに走っている。
元から人狼ゲームを知っていたクリスティーナはまして恐れただろう。実際アビマニュは盛んにカナダの家族のことを口にした。
対策として、それでも「おばあちゃん」「おじいちゃん」の話を漏らすことしか出来ずしかも実は血が繋がっていなかったー
その魂を供養する人間がいてもいいだろう。
「ただ、ラクシュミこれから結婚だよね。大丈夫?」
アンビカが気遣わしげに尋ねた。身内でもない異教徒の写真を飾るのは許さない男もいるかもしれないというのだろう。
「その時は自分の机にでも飾る」
「問題が起きたら家で引き取らせてもらいますよ」
マーダヴァンが申し出る。クリスチャン家庭でかつ夫婦ともリアル人狼ゲームのサバイバー、確かに最適だ。
「ええ」
だが一瞬レイチェルが無表情になったのをラクシュミは見た。
人狼がどうのという話ではなく、クリスティーナはダルシカとは相性が良かったがレイチェルとは逆だったように思う。その人間の写真がずっと家にあるのはいい気はしないだろう。
「親にも相談出来るし問題ないとは思うけど」
(相性で言えば私と彼女は最悪だったんだけどね)
「ついでだから聞いておく。私はこれから自力で夫を見つけなくてはならないんだけど何かアドバイスある? 特に結婚経験者?」
レイチェルは自分のところは揉めたしラクシュミのように格式のある家のことはわからないと口ごもり真っ先に逃げた。アンビカは、
「私はラクシュミと同じで親が持ってくる縁談ならきっといい人だろうって思って結婚して、実際その通りだったから。言えることはないなあ」
傍らで夫も頷く。中尉は自分も上官紹介の見合いなのでと頭をかく。
「道を違えたわたしが言うのは何ですが、神様にお願いすればいいと思います」
マーダヴァンの声は明るかった。
「ラクシュミさんの祈りならばきっと聞き届けてくださいます」
(!)
日々の礼拝や寺院参拝で結婚の件が解決しますようにとは祈ってきた。
だが彼が指摘したように本気で、具体的に冀ってきたか?
師の講話を聞き、聖典を読みそれらを日々の実践に落とし込む。神に献身することこそが人生だと寺院奉仕は勿論CBIの仕事も神聖な祖国への献身として心を尽くしてきた。
だが結婚に関しては抜けていたのではないか。
さすがはマーダヴァンだ。
「……そうね。ドゥルガー女神様のマントラから始めてみる」
「いいお考えだと思いますよ」
礼拝室で早くから遅くまで真剣に祈り、床に座り指関節で数えてマントラに没頭していた姿を思い出す。その彼がキリスト教に改宗したと聞いた時には卒倒するほど驚いたが、
「道を違えたとは思っていない。一度神の科学を知った人間は間違った所を歩まない」
頭を下げるマーダヴァンに対し妻は少し不満そうだ。
「レイチェル、あなたも言ってたでしょう。宗教は変わっても信仰の深さは変わらないって。今のは私の言葉でそれを言っただけ」
可愛い焼き餅なのだろうが自分に向けられても面倒臭いだけだ。
「姉さんにいい方が来るように僕も祈ります」
「あなたは苦手な理科の成績が上がることを祈った方がいいと思うけど」
「あの話日本語で読んだの?」
聞いたアンビカに対し即座に否定した。
「あなたと同じ。英訳で。千年前の日本語は全く違う。私には手が出ない」
肩をすくめる。
「英訳あるんなら読んでみようかな。今検索してるんですが仏教の要素が結構入っているみたいですね」
トーシタが携帯に目を注ぐ。そういえば彼女はチベット仏教徒だった。
「その言語ってサンスクリットみたいなもんですか?」
スンダルが聞く。
「ちょっと違う。でも、学校でその古い日本語も勉強するけど普通の日本人が自在に読めるかと言えば違うのは似ているかもしれない」
「クリスティーナは原典を読んだのかな」
とはアンビカ。
「読んでる。私は彼女の論文は読んだ」
基礎知識がなければ理解出来ない内容で放り投げたと正直に話す。
「現代日本語を読むのとは別の訓練を重ねたんだと思う」
「クリスティーナ、やりたい研究には長く土台を作る必要があるって言ってたんだ。古い日本語の勉強も頑張って、力を付けて……やっぱり悔しかったよねってここに来てより思うようになった」
アンビカの言葉が胸を抉る。
「そうね」
ラクシュミも同じだ。
バスの外の風景は村を出て間もなく緑が増え、森の間を抜ける山道が続き風は心地よい。
「けれどもクリスティーナの『お話』は残る」
村の少年少女たちの中に、そして彼らの人生に何らかの影響を与える。
彼女の生き様がアンビカや自分に今も語りかけているのと同じように。
「名前を覚えておいてもらうよりそちらの方がうれしいんじゃない、あの人には」
駅が近くなった頃にスンダルが立ちバス全体を見回して言った。
「もうこれで皆さんとは会うこともなくなるかと思います」
バスの中、それぞれに頷く。
出来ることは全て終わった。これからは自分の未来について考えよう。
「一応連絡先は取っておいてください。万が一の時があったらまた協力しましょう」
「出番がないことを祈ります」
マーダヴァンが言い、
「そうだな。……あーあ、次はいつインドに来られるのかなあ」
ロハンが嘆く。
(魚はジョルの方がやっぱり美味しい)
皆を見渡しながらラクシュミは考えていた。そして味に執着する自分の道の遠さを思った。
〈注〉
・ジョル ベンガル地方定番の魚のカレー。川魚を使うことが多い。
「わたしはジョージさんとはあんまり話さなかった」
揺れるバスの中レイチェルは言う。
「っていうのはわたしは人狼だったから。ジョージさんはものを見通すようで恐かった」
「人狼だと看破されたならあの『ゲーム』では殺される」
恐いのも当たり前だとラクシュミは通路側に座る弟へ説明を加える。
「……ダルシカとはすぐ仲良くなったの。大人が多い中で同じ十年生っていうのはあったけど、見てすぐわかる真面目な優等生で、頭が良くて、でも中身はぶっ飛んでた」
懐かしむ言葉。
「そのダルシカが、クリスティーナさんやアビマニュさんが言ってた『わたしたち皆が同じ被害者』って点からもジョージさんを守るべきだと考えたんだと思う。ジョージさんはあの場に必要な人だ、とダルシカは判断したんだ」
一度言葉を切る。
「ダルシカはあのグジャラートの子の『密告』で誰が人狼かに確信を持っていた」
初日の夜に武士役のダルシカのモニターに予告なく現れて消えた三つの数字は、彼女が考えたようなスタッフのミスではなかった。グジャラート州から連れて来られた監視員の少女が仕事に恐れおののいて漏らした「助け」だった。
少女は間もなくウルヴァシ、とラクシュミたちの前では名乗っていた女性チーフ、チャンドリカにビル高層から突き落とされ殺害された。
だが彼女は故郷の村の「お兄ちゃん」にも手紙の暗号で助けを求めていた。
ムンバイ在住の彼はそれに気付き、足を使って丹念に調べ結果をジャーナリストに提供した。ジャーナリストは射殺されたが村出身の青年は命を取り留め、調査結果はロハンの父親ルートでこちらにも回った。
彼もまたリアル人狼事件に身を投げ出して献身したひとりだ。
結果離婚し家族を失ったのもラクシュミは知っている。
ジョージは口が少ないことと未成年も多い中目立った落ち着きで度々人狼ではと疑われた。ダルシカはそうではないと知っていた。だからこそ武士として守護したが、
「ジョージさんが『象』だったのは想像していなかった。だから、許せないだろうけど、あなたのお父さんを殺そうとしたんじゃないことはわかってほしい」
ラクシュミたちのゲームでは象は武士に守られると殺されるルールとなっていた。
弟を見遣ると、
「はい。ジョージお父さんを殺したのはその方だとは思っていません。赤3を命じた奴です」
監視員に指示をしたチーフ格の人間が犯人だと弟は理解している。
「『奴』じゃなくて『人』。相手が下劣な人間でも自分まで品性を失わないように。人の形で生まれた、人の魂だから」
注意すれば小さく頷く。
ダルシカの武士の仕事は建物を移ってから一度も当たらなかった。
運営から潜入した人狼のチーフふたりはその日武士が誰を守ったか知ることが出来、回避したのだから当然だ。そこは所詮監視員の「ラジュー」とは違う。
武士の仕事に失敗し続けたことはダルシカの罪悪感を煽っただろう。慕ったクリスティーナも処刑で消え親しいレイチェルは人狼だ。追い詰められたダルシカは証拠を掴み命懸けで人狼を告発した。
その心情を思えば今でも胸が強く痛む。
「写真持ってきちゃったの?」
通路を介した向こうでアンビカが目を丸くした。
ラクシュミの手元にはクリスティーナの写真二点がある。地味な写真立てに入ったままだ。
「ちゃんと断った。他に何枚も同じ写真はあったしいずれかの大掃除で捨てられるのがオチなんだからいいでしょう」
祖父母との家のクローゼットの一番下、前の住人の持ち物が投げ込まれた大きなブリキの箱に埃に塗れたままの写真立てが投げ込まれていた。
「キリスト教徒の遺影にやってはいけないことってある?」
振り返って斜め後ろのマーダヴァンに尋ねればすぐ彼はすぐレイチェルに顔を向け、
「特に変わったことはないと思います」
彼女が答える。
ラクシュミは仕事場近くに部屋を借りて一人暮らしをしている。飾ってある身内の遺影から少し離して飾るつもりだと説明した。
村で見た現実はクリスティーナの想像以上の孤独を浮かび上がらせた。
祖父母の話ばかりで訳ありだろうとスンダルは当時から気づいていたそうだがラクシュミは水道の件に関わり始めてからだ。
あのゲームでは、お父さんお母さんが待っているのにと言える学生たちや、逆に小さい我が子がと訴えられるアンビカやジョージが有利だった。人狼ゲームの投票は論理的な証拠が乏しければ多分に感情に左右される。
年長で独身社会人の自分は不利だとはラクシュミも徐々に察した。
ラクナウの「孤児」ルチアーノも早々とそこを理解し口をつぐみ逃げに走っている。
元から人狼ゲームを知っていたクリスティーナはまして恐れただろう。実際アビマニュは盛んにカナダの家族のことを口にした。
対策として、それでも「おばあちゃん」「おじいちゃん」の話を漏らすことしか出来ずしかも実は血が繋がっていなかったー
その魂を供養する人間がいてもいいだろう。
「ただ、ラクシュミこれから結婚だよね。大丈夫?」
アンビカが気遣わしげに尋ねた。身内でもない異教徒の写真を飾るのは許さない男もいるかもしれないというのだろう。
「その時は自分の机にでも飾る」
「問題が起きたら家で引き取らせてもらいますよ」
マーダヴァンが申し出る。クリスチャン家庭でかつ夫婦ともリアル人狼ゲームのサバイバー、確かに最適だ。
「ええ」
だが一瞬レイチェルが無表情になったのをラクシュミは見た。
人狼がどうのという話ではなく、クリスティーナはダルシカとは相性が良かったがレイチェルとは逆だったように思う。その人間の写真がずっと家にあるのはいい気はしないだろう。
「親にも相談出来るし問題ないとは思うけど」
(相性で言えば私と彼女は最悪だったんだけどね)
「ついでだから聞いておく。私はこれから自力で夫を見つけなくてはならないんだけど何かアドバイスある? 特に結婚経験者?」
レイチェルは自分のところは揉めたしラクシュミのように格式のある家のことはわからないと口ごもり真っ先に逃げた。アンビカは、
「私はラクシュミと同じで親が持ってくる縁談ならきっといい人だろうって思って結婚して、実際その通りだったから。言えることはないなあ」
傍らで夫も頷く。中尉は自分も上官紹介の見合いなのでと頭をかく。
「道を違えたわたしが言うのは何ですが、神様にお願いすればいいと思います」
マーダヴァンの声は明るかった。
「ラクシュミさんの祈りならばきっと聞き届けてくださいます」
(!)
日々の礼拝や寺院参拝で結婚の件が解決しますようにとは祈ってきた。
だが彼が指摘したように本気で、具体的に冀ってきたか?
師の講話を聞き、聖典を読みそれらを日々の実践に落とし込む。神に献身することこそが人生だと寺院奉仕は勿論CBIの仕事も神聖な祖国への献身として心を尽くしてきた。
だが結婚に関しては抜けていたのではないか。
さすがはマーダヴァンだ。
「……そうね。ドゥルガー女神様のマントラから始めてみる」
「いいお考えだと思いますよ」
礼拝室で早くから遅くまで真剣に祈り、床に座り指関節で数えてマントラに没頭していた姿を思い出す。その彼がキリスト教に改宗したと聞いた時には卒倒するほど驚いたが、
「道を違えたとは思っていない。一度神の科学を知った人間は間違った所を歩まない」
頭を下げるマーダヴァンに対し妻は少し不満そうだ。
「レイチェル、あなたも言ってたでしょう。宗教は変わっても信仰の深さは変わらないって。今のは私の言葉でそれを言っただけ」
可愛い焼き餅なのだろうが自分に向けられても面倒臭いだけだ。
「姉さんにいい方が来るように僕も祈ります」
「あなたは苦手な理科の成績が上がることを祈った方がいいと思うけど」
「あの話日本語で読んだの?」
聞いたアンビカに対し即座に否定した。
「あなたと同じ。英訳で。千年前の日本語は全く違う。私には手が出ない」
肩をすくめる。
「英訳あるんなら読んでみようかな。今検索してるんですが仏教の要素が結構入っているみたいですね」
トーシタが携帯に目を注ぐ。そういえば彼女はチベット仏教徒だった。
「その言語ってサンスクリットみたいなもんですか?」
スンダルが聞く。
「ちょっと違う。でも、学校でその古い日本語も勉強するけど普通の日本人が自在に読めるかと言えば違うのは似ているかもしれない」
「クリスティーナは原典を読んだのかな」
とはアンビカ。
「読んでる。私は彼女の論文は読んだ」
基礎知識がなければ理解出来ない内容で放り投げたと正直に話す。
「現代日本語を読むのとは別の訓練を重ねたんだと思う」
「クリスティーナ、やりたい研究には長く土台を作る必要があるって言ってたんだ。古い日本語の勉強も頑張って、力を付けて……やっぱり悔しかったよねってここに来てより思うようになった」
アンビカの言葉が胸を抉る。
「そうね」
ラクシュミも同じだ。
バスの外の風景は村を出て間もなく緑が増え、森の間を抜ける山道が続き風は心地よい。
「けれどもクリスティーナの『お話』は残る」
村の少年少女たちの中に、そして彼らの人生に何らかの影響を与える。
彼女の生き様がアンビカや自分に今も語りかけているのと同じように。
「名前を覚えておいてもらうよりそちらの方がうれしいんじゃない、あの人には」
駅が近くなった頃にスンダルが立ちバス全体を見回して言った。
「もうこれで皆さんとは会うこともなくなるかと思います」
バスの中、それぞれに頷く。
出来ることは全て終わった。これからは自分の未来について考えよう。
「一応連絡先は取っておいてください。万が一の時があったらまた協力しましょう」
「出番がないことを祈ります」
マーダヴァンが言い、
「そうだな。……あーあ、次はいつインドに来られるのかなあ」
ロハンが嘆く。
(魚はジョルの方がやっぱり美味しい)
皆を見渡しながらラクシュミは考えていた。そして味に執着する自分の道の遠さを思った。
〈注〉
・ジョル ベンガル地方定番の魚のカレー。川魚を使うことが多い。
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