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第8章 大団円はリベンジの後で
8ー14 告白
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※性暴力への言及があります。
苦手な方はこの項は抜かしてお読みください。
ーーーーーー
「どの州のことだかは知らない。母語がヒンディー語だったとは聞いている。その女性は公務員だった。警察官ではない。けど別の強制力ある権限を持っている職種だったそうだ」
ある時彼女が責任者の業務でマフィアの裏金を役所に収用した。
その大金は地元の政治家に進呈するはずのものだった。勢力が弱まり求心力が低下していたマフィアは、政治家との蜜月が終われば組織が解体してしまうと慌てた。
マフィアは彼女を連れ去り金の保管場所を教えろと迫った。彼女は応じなかった。
少しして職場の役所に、彼女が麻薬を打たれ暴行される動画が送られて来た。上司はすぐに動画を止め彼女の父親にそれを知らせた。
その必要はなかった。動画は父親の元にも送られていた。
返してほしければ金を戻せとマフィアは主張した。
上司は自分の家族を遠方へ逃し、そのまま業務を遂行した。
父親も役所に訴えかけようとはしなかった。
その一族は父親の兄、女性からすれば伯父が当主で、彼は一族の恥だ、マフィアとの取引に応じろと命じたが父親は応じなかった。
動画の中で拷問と思しき扱われ方をされ、喚き散らし、薬で呂律の回らない口でそれでも金は渡せないと本人が主張を曲げていなかったからだ。
「娘の意思を尊重する」
父親は宣言し、陰で娘を探すことに力を尽くした。
やがて金は国庫に収納され誰の手にも届かなくなった。
マフィアは政治家から切られ散り散りになり、娘の行方は知れないままとなった。
噂を頼りに娘を売春宿から救出した時、彼女のお腹はかなり大きくなっていた。
南部のどこかの州だったと聞いている。
「母親は行き倒れになった。重い病気で名前も何も言えないまま俺を出産してすぐ死んだ。子どもの時はそう聞かされた。中学に上がった年にその人は麻薬中毒で、毎年の健康診断で実は麻薬の影響を調べていたと聞いた」
その頃の切羽詰まった自分を思い出しながらルチアーノは続ける。
「本当は、その人は麻薬中毒ではあったけれど、自分の名前も住所も話すことが出来た。売春宿に来た客にいつもそれを告げて家に伝えてくれ、と頼んだ。普通ならこんなことをすればなぶり殺されるだろう。そうならなかったのはー」
マフィアは一族の所有地近辺で大きな開発が行われることを政治家絡みで知っていた。その土地は近く凄まじく値上がりをする。
一族の血を引く人間を抑えておけば権利を主張出来る。
解散したマフィアにいた人間がそう考え、彼女を無事出産させるよう礼金と共に売春宿のおかみに依頼した。
「金を産む卵を潰すな」
女性は腹が目立つようになると店から下げられた。右足は売られた時には既に折られていたがそれでも逃げないように、だが胎児が死なないよう控え目に麻薬漬けにされた。
血を引く人間はひとりで十分、頑固な女より何も言わない赤ん坊の方が勝手がいい。出産次第女性は使い潰す計画だったと取り調べでおかみは吐いた。
臨月に女性は救出され、出産した男の子は父親の手ですぐ施設に放り出された。
この修道会に預けられたのは、養育が国際水準でレベルの高さに定評があったからだ。現地の神父が「ルチアーノ」と名付けた赤ん坊は、ヒンディー語圏での養育をとの父親の希望でウッタル・プラデーシュ州ラクナウの施設に送られた。
父親が関わったのはそこまでだ。
女性は麻薬からのリハビリ施設で苦闘した。
一方当主は、一族から娼婦を出すなど許さない、始末するようにと父親に命じた。いわゆる「名誉殺人」である。
再開発で当主は大金持ちに、父親は小金持ちになった。金があれば無理も通り法規は退く。父親は娘を守るには国外に出すしかないと判断した。だが、リハビリは順調に進んでいても麻薬中毒の履歴のある人間を海外移住させるのは困難だ。
父親が頼ったのが当時外交官だったY・K・ミッタルだった。
大学の同級生というだけで親しかったということもない。だが彼の現職を思い出し頼み込むと、駐在国にも名誉殺人の問題はありヨーロッパへ逃亡させ保護する活動をしているNGO団体があるから、その国まで送ってくれたなら団体のルートで欧州へ逃亡させることを約束してくれた。
女性はその方法で逃れ、今父親が知っているのは彼女がいる国だけだ。
『どの国か教えてはもらえませんか。もし、万一同じ国に行くようなことがあったら……』
顔立ちか何かから気づかれるようなことがあったら。
その人を苦しめる元となってしまったならー
粘ったがルチアーノにも知らされなかった。
話を聞いたのは警察の施設内で、施設長とシスターひとり、三人の警察官ーうちひとりはラクシュミだーと共にだったが、彼らも知ることが出来ないよう現地団体から情報がロックされているという。
『イギリスではないそうだよ。我が国からの移民が多いからね』
だから英国には安心して来られた。
父親はミッタルにほどほどの謝礼を渡し話はそこで終わった。
一族から遠く離れた土地で新たな事業を始め、静かに見える日々を過ごすはずだった。
当主にとってはそうではなかった。
何年かごとに思い出したようにならず者が脅迫にくる。
姪のみだらな動画を見せて拡散されたくなければ金を出せという。
ある時は懇意にしている裏社会の人間に依頼して始末し、ある時は金を渡すなり地位や政治家や役人への口利きで懐柔する。だが少しすると使った男やその周辺から同じ脅迫を受ける。
きりがない。繰り返しに疲れきった。
元凶は道理がわかっていない弟だ。
彼が一族の規範から外れた姪を始末出来ず、産んだ子どもの命まで助けたのがいけない。
姪は海外ですぐには処理出来ないがガキの方は別ではないか。
今現在ルチアーノの情報は厳重に管理されているが、当時はそこまでではなく出産時期や場所、孤児院の入所情報を丹念にたどれば現況にたどり着くことが出来た。
当主は裏社会の人間にルチアーノの殺害を依頼したが、間もなく意外と困難だと報告された。当人はミッションスクールの寮生活でほとんど外に出て来ない。
押し入っての殺害は可能といえば可能だが騒ぎは大きくなる。
学院には社会的地位の高い人間の子女も珍しくなく巻き込んだら面倒だ。この程度の金額でそこまでの危険は冒せない。
金を巻き上げる口実だろうが筋は通っている。
足踏みしているうちに今度はミッタルがルチアーノにアクセスすることなった。
悪い筋からの借金が嵩んだバス運転手から高校生の校外学習の仕事を聞き、久々の祖国インドでのゲームに利用することを計画する。
学院にラジューを潜入させ入手した十年生の名簿を見ていて「ルチアーノ」という名前に気が付いた。修道会の施設から逆にたどって少年が外交官時代逃した女の息子だと確認する。
裏社会には彼の殺害依頼が出ていることも判明した。
ミッタルは運転手に二号車を運転するよう指示した。ルチアーノのクラスはおそらくそれに乗る。
彼はルチアーノ殺害の仕事をペンディングしていたマフィアから買い取り、例の当主を脅迫にかかった。ネタは「一族の娘の不品行」ではない。
社会的地位のある彼が裏社会に暗殺を依頼したことそのものを脅した。
「2500万ルピー払えばこちらがその子どもを消してやる」
顧客から「賞金」分の売り上げは上げていたにも関わらず、学院へと、ルチアーノの血縁上の大叔父へ脅迫分でそれぞれ同額を要求した。
「最初は村人だったんだって。だけど死ぬ確率の高い役付きへ奴の指示で変えられた」
占いでクラスメートを殺すことに怯えたルチアーノが「占星術師」であることを最終日まで隠し通したため、陰謀は意味をなさなかったが。
ーーーーー
その男は、警察のマジックミラーの向こうに滂沱の涙を流す青年を見た。
十八歳になったばかりの彼は百戦錬磨の警官たちでも手がつけられないほど泣き喚いて止まらない。
(いい青年に育った)
薄い眉と意思の強さを遠慮がちに示す目は娘とそっくりだ。
大変だったね。学校へ行きたいなら学費は出してやる。家へ帰って美味しいご飯を食べようー抱き締めてやりたい。
だが口元と頬の丸さは忌まわしい動画で見た忘れない男どものひとりに似ていた。出産時期から娘の子の種となったのは売春宿の客ではなくマフィア連中だろうから、多分当たっている。
(これが今世最後だ)
もう見ることはない。「孫」だと言ってはならない。
娘は今も人生と闘っている。
欧州に行って最初の結婚は敗れた。「子どもをつくる」のが上手くいかなかったという。アフリカと欧州双方の血を引く今度の夫とは子どもは無理だとの前提で一緒になったが、そのまま上手く行ってくれるかどうか。
持っていた資格は外国では通用せず一から学び始めたものの専門に入るとそれを使って働いていた例の時のことを思い出し、動揺して進められなくなり好きな道を諦めた。
薬とは縁が切れたが警戒は必要で、トラウマに襲われることからは逃れられていない。自分の人生はどうしてこうなったのかと何度も嘆いたと団体経由の手紙に書いてくる。
だが、幾度考え直してもあの時の選択は変わらない。
自分にはそれしか出来なかったと娘はいう。ならば彼女の意思を尊重した自分も間違っていなかったと擦り金でおろされたように痛む心を男はわずかに慰める。
人生に苦しむ娘のことを思えば、絶対にこの青年に名乗りを上げてはならない。
どれほど苦境にあろうと手を差し延べてはならない。
修道会への寄付は他の社会福祉団体へと同じ程度、極端に目立つ金額にはせず青年が施設を卒業しても続ける。
自分よりむしろこの青年の方がそこをよく理解している。
「お……俺、俺は、これから毎日主に祈ります……っ!」
涙に濡れて叫べば少年めいた高さで声が絞られる。
「その人が、どうか今日も俺のことなんか思い出すことがないように……」
(!)
「幸せでありますようになんて、言っていいかわかんない、けど……いいことがあって笑える日でありましたように、って…………」
ドン。
先ほどからあちらとこちら、部屋を出入りしているラクシュミという女性警官が無造作にティッシュ箱を前に置いた。
ーーーーー
「俺は泣いた。あの時、首輪から薬を刺されてもう駄目だと自暴自棄になった時以上に泣きわめいた」
それまではどこかで期待していた。
大人になったら母のことが、父のことが知らされるのではないか。
お母さんは死んでいてもどこかで「おばあさん」や「おばさん」に会って自分のためだけに作ったご飯を食べさせてくれるなど万に一つの偶然があるかもしれないと薄く夢見ていた。
そんな日は絶対に来ない。
来てはならない!
「俺のここには『お母さんの料理』が入っている。だから大丈夫だって君が言ってくれた言葉を頼りに、ひとりで生きていくつもりだった」
左胸の上を手のひらでボンと叩く。
「俺は誇り高い女性と、ろくでもないクズ男の血を引いている」
ルチアーノはアディティを見据えた。
「アディティ。君は俺と同じクラスでなければあの酷い目には合わなかった。ニルマラもシュルティも、スティーブンもマリアも死ななくて済んだ。ルクミニー先生だって、俺の担任でさえなければ今も生徒に囲まれて慕われていたはずなんだ」
アディティはしゃくりあげながら白いハンカチで控えめに頬を拭った。
「それでも人生の伴侶に出来る?」
彼女の返事を恐れるようにルチアーノはすぐに言葉を次いだ。
「それに薬の影響のこともある。こっちは君の方が専門だと思うけどー」
ルチアーノは麻薬の影響の強い母体から生まれ、リアル人狼事件で再度麻薬同様の物質を摂取した。アディティも複数回、例の警告の薬物注入を受けてしまっている。
とん、とテーブル上に封筒を出す。
「成人まで毎年診断を受けていた病院の先生への手紙だ。連絡はもう入れてある。これを出せば俺の状況は全て話してくれるから」
互いに薬の影響のある同士で子どもをもうけて問題は出ないか。
「Yes・Noどちらの判断をしても俺は君の判断に従う」
伏せていた顔をアディティはさっと上げる。気付いたのだろう。
「それって……。私が問題ないって判断したなら結婚を承知してくれるってこと?」
「願ってもない縁だと思っている」
ルチアーノは頷いた。
「ただ、俺がこんなものを背負った人間なのが申し訳ない」
苦手な方はこの項は抜かしてお読みください。
ーーーーーー
「どの州のことだかは知らない。母語がヒンディー語だったとは聞いている。その女性は公務員だった。警察官ではない。けど別の強制力ある権限を持っている職種だったそうだ」
ある時彼女が責任者の業務でマフィアの裏金を役所に収用した。
その大金は地元の政治家に進呈するはずのものだった。勢力が弱まり求心力が低下していたマフィアは、政治家との蜜月が終われば組織が解体してしまうと慌てた。
マフィアは彼女を連れ去り金の保管場所を教えろと迫った。彼女は応じなかった。
少しして職場の役所に、彼女が麻薬を打たれ暴行される動画が送られて来た。上司はすぐに動画を止め彼女の父親にそれを知らせた。
その必要はなかった。動画は父親の元にも送られていた。
返してほしければ金を戻せとマフィアは主張した。
上司は自分の家族を遠方へ逃し、そのまま業務を遂行した。
父親も役所に訴えかけようとはしなかった。
その一族は父親の兄、女性からすれば伯父が当主で、彼は一族の恥だ、マフィアとの取引に応じろと命じたが父親は応じなかった。
動画の中で拷問と思しき扱われ方をされ、喚き散らし、薬で呂律の回らない口でそれでも金は渡せないと本人が主張を曲げていなかったからだ。
「娘の意思を尊重する」
父親は宣言し、陰で娘を探すことに力を尽くした。
やがて金は国庫に収納され誰の手にも届かなくなった。
マフィアは政治家から切られ散り散りになり、娘の行方は知れないままとなった。
噂を頼りに娘を売春宿から救出した時、彼女のお腹はかなり大きくなっていた。
南部のどこかの州だったと聞いている。
「母親は行き倒れになった。重い病気で名前も何も言えないまま俺を出産してすぐ死んだ。子どもの時はそう聞かされた。中学に上がった年にその人は麻薬中毒で、毎年の健康診断で実は麻薬の影響を調べていたと聞いた」
その頃の切羽詰まった自分を思い出しながらルチアーノは続ける。
「本当は、その人は麻薬中毒ではあったけれど、自分の名前も住所も話すことが出来た。売春宿に来た客にいつもそれを告げて家に伝えてくれ、と頼んだ。普通ならこんなことをすればなぶり殺されるだろう。そうならなかったのはー」
マフィアは一族の所有地近辺で大きな開発が行われることを政治家絡みで知っていた。その土地は近く凄まじく値上がりをする。
一族の血を引く人間を抑えておけば権利を主張出来る。
解散したマフィアにいた人間がそう考え、彼女を無事出産させるよう礼金と共に売春宿のおかみに依頼した。
「金を産む卵を潰すな」
女性は腹が目立つようになると店から下げられた。右足は売られた時には既に折られていたがそれでも逃げないように、だが胎児が死なないよう控え目に麻薬漬けにされた。
血を引く人間はひとりで十分、頑固な女より何も言わない赤ん坊の方が勝手がいい。出産次第女性は使い潰す計画だったと取り調べでおかみは吐いた。
臨月に女性は救出され、出産した男の子は父親の手ですぐ施設に放り出された。
この修道会に預けられたのは、養育が国際水準でレベルの高さに定評があったからだ。現地の神父が「ルチアーノ」と名付けた赤ん坊は、ヒンディー語圏での養育をとの父親の希望でウッタル・プラデーシュ州ラクナウの施設に送られた。
父親が関わったのはそこまでだ。
女性は麻薬からのリハビリ施設で苦闘した。
一方当主は、一族から娼婦を出すなど許さない、始末するようにと父親に命じた。いわゆる「名誉殺人」である。
再開発で当主は大金持ちに、父親は小金持ちになった。金があれば無理も通り法規は退く。父親は娘を守るには国外に出すしかないと判断した。だが、リハビリは順調に進んでいても麻薬中毒の履歴のある人間を海外移住させるのは困難だ。
父親が頼ったのが当時外交官だったY・K・ミッタルだった。
大学の同級生というだけで親しかったということもない。だが彼の現職を思い出し頼み込むと、駐在国にも名誉殺人の問題はありヨーロッパへ逃亡させ保護する活動をしているNGO団体があるから、その国まで送ってくれたなら団体のルートで欧州へ逃亡させることを約束してくれた。
女性はその方法で逃れ、今父親が知っているのは彼女がいる国だけだ。
『どの国か教えてはもらえませんか。もし、万一同じ国に行くようなことがあったら……』
顔立ちか何かから気づかれるようなことがあったら。
その人を苦しめる元となってしまったならー
粘ったがルチアーノにも知らされなかった。
話を聞いたのは警察の施設内で、施設長とシスターひとり、三人の警察官ーうちひとりはラクシュミだーと共にだったが、彼らも知ることが出来ないよう現地団体から情報がロックされているという。
『イギリスではないそうだよ。我が国からの移民が多いからね』
だから英国には安心して来られた。
父親はミッタルにほどほどの謝礼を渡し話はそこで終わった。
一族から遠く離れた土地で新たな事業を始め、静かに見える日々を過ごすはずだった。
当主にとってはそうではなかった。
何年かごとに思い出したようにならず者が脅迫にくる。
姪のみだらな動画を見せて拡散されたくなければ金を出せという。
ある時は懇意にしている裏社会の人間に依頼して始末し、ある時は金を渡すなり地位や政治家や役人への口利きで懐柔する。だが少しすると使った男やその周辺から同じ脅迫を受ける。
きりがない。繰り返しに疲れきった。
元凶は道理がわかっていない弟だ。
彼が一族の規範から外れた姪を始末出来ず、産んだ子どもの命まで助けたのがいけない。
姪は海外ですぐには処理出来ないがガキの方は別ではないか。
今現在ルチアーノの情報は厳重に管理されているが、当時はそこまでではなく出産時期や場所、孤児院の入所情報を丹念にたどれば現況にたどり着くことが出来た。
当主は裏社会の人間にルチアーノの殺害を依頼したが、間もなく意外と困難だと報告された。当人はミッションスクールの寮生活でほとんど外に出て来ない。
押し入っての殺害は可能といえば可能だが騒ぎは大きくなる。
学院には社会的地位の高い人間の子女も珍しくなく巻き込んだら面倒だ。この程度の金額でそこまでの危険は冒せない。
金を巻き上げる口実だろうが筋は通っている。
足踏みしているうちに今度はミッタルがルチアーノにアクセスすることなった。
悪い筋からの借金が嵩んだバス運転手から高校生の校外学習の仕事を聞き、久々の祖国インドでのゲームに利用することを計画する。
学院にラジューを潜入させ入手した十年生の名簿を見ていて「ルチアーノ」という名前に気が付いた。修道会の施設から逆にたどって少年が外交官時代逃した女の息子だと確認する。
裏社会には彼の殺害依頼が出ていることも判明した。
ミッタルは運転手に二号車を運転するよう指示した。ルチアーノのクラスはおそらくそれに乗る。
彼はルチアーノ殺害の仕事をペンディングしていたマフィアから買い取り、例の当主を脅迫にかかった。ネタは「一族の娘の不品行」ではない。
社会的地位のある彼が裏社会に暗殺を依頼したことそのものを脅した。
「2500万ルピー払えばこちらがその子どもを消してやる」
顧客から「賞金」分の売り上げは上げていたにも関わらず、学院へと、ルチアーノの血縁上の大叔父へ脅迫分でそれぞれ同額を要求した。
「最初は村人だったんだって。だけど死ぬ確率の高い役付きへ奴の指示で変えられた」
占いでクラスメートを殺すことに怯えたルチアーノが「占星術師」であることを最終日まで隠し通したため、陰謀は意味をなさなかったが。
ーーーーー
その男は、警察のマジックミラーの向こうに滂沱の涙を流す青年を見た。
十八歳になったばかりの彼は百戦錬磨の警官たちでも手がつけられないほど泣き喚いて止まらない。
(いい青年に育った)
薄い眉と意思の強さを遠慮がちに示す目は娘とそっくりだ。
大変だったね。学校へ行きたいなら学費は出してやる。家へ帰って美味しいご飯を食べようー抱き締めてやりたい。
だが口元と頬の丸さは忌まわしい動画で見た忘れない男どものひとりに似ていた。出産時期から娘の子の種となったのは売春宿の客ではなくマフィア連中だろうから、多分当たっている。
(これが今世最後だ)
もう見ることはない。「孫」だと言ってはならない。
娘は今も人生と闘っている。
欧州に行って最初の結婚は敗れた。「子どもをつくる」のが上手くいかなかったという。アフリカと欧州双方の血を引く今度の夫とは子どもは無理だとの前提で一緒になったが、そのまま上手く行ってくれるかどうか。
持っていた資格は外国では通用せず一から学び始めたものの専門に入るとそれを使って働いていた例の時のことを思い出し、動揺して進められなくなり好きな道を諦めた。
薬とは縁が切れたが警戒は必要で、トラウマに襲われることからは逃れられていない。自分の人生はどうしてこうなったのかと何度も嘆いたと団体経由の手紙に書いてくる。
だが、幾度考え直してもあの時の選択は変わらない。
自分にはそれしか出来なかったと娘はいう。ならば彼女の意思を尊重した自分も間違っていなかったと擦り金でおろされたように痛む心を男はわずかに慰める。
人生に苦しむ娘のことを思えば、絶対にこの青年に名乗りを上げてはならない。
どれほど苦境にあろうと手を差し延べてはならない。
修道会への寄付は他の社会福祉団体へと同じ程度、極端に目立つ金額にはせず青年が施設を卒業しても続ける。
自分よりむしろこの青年の方がそこをよく理解している。
「お……俺、俺は、これから毎日主に祈ります……っ!」
涙に濡れて叫べば少年めいた高さで声が絞られる。
「その人が、どうか今日も俺のことなんか思い出すことがないように……」
(!)
「幸せでありますようになんて、言っていいかわかんない、けど……いいことがあって笑える日でありましたように、って…………」
ドン。
先ほどからあちらとこちら、部屋を出入りしているラクシュミという女性警官が無造作にティッシュ箱を前に置いた。
ーーーーー
「俺は泣いた。あの時、首輪から薬を刺されてもう駄目だと自暴自棄になった時以上に泣きわめいた」
それまではどこかで期待していた。
大人になったら母のことが、父のことが知らされるのではないか。
お母さんは死んでいてもどこかで「おばあさん」や「おばさん」に会って自分のためだけに作ったご飯を食べさせてくれるなど万に一つの偶然があるかもしれないと薄く夢見ていた。
そんな日は絶対に来ない。
来てはならない!
「俺のここには『お母さんの料理』が入っている。だから大丈夫だって君が言ってくれた言葉を頼りに、ひとりで生きていくつもりだった」
左胸の上を手のひらでボンと叩く。
「俺は誇り高い女性と、ろくでもないクズ男の血を引いている」
ルチアーノはアディティを見据えた。
「アディティ。君は俺と同じクラスでなければあの酷い目には合わなかった。ニルマラもシュルティも、スティーブンもマリアも死ななくて済んだ。ルクミニー先生だって、俺の担任でさえなければ今も生徒に囲まれて慕われていたはずなんだ」
アディティはしゃくりあげながら白いハンカチで控えめに頬を拭った。
「それでも人生の伴侶に出来る?」
彼女の返事を恐れるようにルチアーノはすぐに言葉を次いだ。
「それに薬の影響のこともある。こっちは君の方が専門だと思うけどー」
ルチアーノは麻薬の影響の強い母体から生まれ、リアル人狼事件で再度麻薬同様の物質を摂取した。アディティも複数回、例の警告の薬物注入を受けてしまっている。
とん、とテーブル上に封筒を出す。
「成人まで毎年診断を受けていた病院の先生への手紙だ。連絡はもう入れてある。これを出せば俺の状況は全て話してくれるから」
互いに薬の影響のある同士で子どもをもうけて問題は出ないか。
「Yes・Noどちらの判断をしても俺は君の判断に従う」
伏せていた顔をアディティはさっと上げる。気付いたのだろう。
「それって……。私が問題ないって判断したなら結婚を承知してくれるってこと?」
「願ってもない縁だと思っている」
ルチアーノは頷いた。
「ただ、俺がこんなものを背負った人間なのが申し訳ない」
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