119 / 170
第6章 狼はすぐそこに(6日目)
6ー25 矜持
しおりを挟む
ラクナウに出発する前、ムンバイ警察からの引率者となる警部にふたり揃って釘を刺された。
『感情的な暴走は許さない』
高校生たちの無事の解放が第一だ、だとの言葉をクリシュナンとラクシュミは神妙に拝聴した。
だがその警部も含め、今回の合同捜査ーという名の押し込み強盗だとラクナウ警察側からは言われたー十数人のうち半数は三年前の「リアル人狼ゲーム事件」捜査員だ。
その他は気骨のある若手、実力派のベテランなど背中を預けるに足る捜査員を警部とクリシュナンで選んだ。子のない夫婦や病気の親を養っている者は除いた。
最悪命に関わり、上層部に睨まれ出世の道は消えるかクビの可能性もある。クリシュナンも家を出る時胸の内で妻と子どもたちに別れを告げた。
覚悟のある人間だけがここUP州に来ている。
どの仕事もそうだろうが理想の業務ばかりではない。
市民を警棒で叩き伏せながらクリシュナンは時々気持ちのどこかが揺らぐ。
三年前、未来ある多くの若者が咎なく巻き込まれた事件に正義は下されなかった。今度こそ高校生たちを助ける!
市民の安全を守り、社会の秩序と安寧を守る警察官として誇りある仕事を成し遂げたい。
ラクナウ警察での会議には警部のみ出席した。公用車使用も彼の一台だけだ。
誘拐から6日目の本日夕方。逃亡してきた生徒2人を州内で保護したとの一報を警部はすぐ宿で控えていたクリシュナンたちへ電話で知らせた。
『先行して動け。ただし現地突入はラクナウ側の許可を待て。これは建前ではない』
内部で今現在生徒に危機が迫っている場合はその限りではないー
『言われなかったら、どういう言葉で現地急行を説得しようか悩むところだった』
ラクシュミ警部補のセリフだ。
クリシュナンたちはムンバイから分散乗車してきた自家用車を連ねラクナウを出発した。これも自由に動くための工夫だった。
ラクシュミは10時半までに現地へと強く主張した。
前と同じならその時刻を過ぎればひとり犠牲が増えるという。
協力者として同行してくれた友人、元ムンバイ勤務のラクナウ警察官に寄れば現地までは数時間、タイムリミットまで余裕はない。
9時過ぎに最寄り村の警察署に飛び込み、女子生徒の供述から監禁の舞台が某エンジニア組合が放置した研修所だと情報を仕入れ資料をかっさらってまた夜道を走る。
監視カメラの存在もラクシュミが警告した。
10時半に間に合わなかったのは、まず敷地の至る所にある監視カメラを無力化して進んだことと、敷地内の車道に空いた穴に車がはまったのが第一。屋根へ上がり2階の窓から侵入したのはちょうど全館の監視モニターがある部屋だった。ところが降りた先は図面にない改装でふさがれ生徒が集っていると思われる1階へ出られず手間取ったのが第二だ。
再度外を回りドアから侵入、玄関入ってすぐの広間にいたライフル持ちの自称警備員を捕縛、連れていた男子生徒を保護した。そのスディープという生徒に教えられた方法で2階への隠し扉を開けて固定、会議室から出てくる犯人側と思われる黒コートを捕縛しているうちに中は銃を撃つ撃たないの緊迫状況に陥っていた。
人を撃ち殺さんばかりの子息に頭が沸騰したラクナウ警察の警官が、技師が整備したばかりの放送設備から怒鳴ったお陰でこちらは至急の突入を強いられた。
(ぼやぼやしていていい状況ではなかった)
結果は正解だ。
『あの、警部補殿がおふたりですが指揮系統はー』
ムンバイでの顔合わせで遠慮がちに若手が聞いた。席次通り、
『わたしが現場責任者だ。マダムの頭脳が作戦を立てわたしが実行に落とし込む。疑義はまずこちらに聞いてくれ』
ラクシュミも頷いた。
明らかに経験が浅い女性エリートに戸惑っていた彼らも、自分が信頼の姿勢を示せば飲み込んでくる。三年前被害者だった時を知る捜査員はまた別の、娘に対するような心配を抱いたようだが、最早彼女は守られるだけの「ご婦人」ではない。市民を守る司法職員だ。
美しく整えられた奇妙な精神病院でクリシュナンは思いつきに近いことをラクシュミに述べた。
彼女の経歴ならカーキ色の制服を着るのではなくスーツ勤務の上級警察官にでも、いっそCBIになってもおかしくはない。だが幹部候補生とはいえムンバイ警察で泥にまみれる道をラクシュミは選んだ。
今回のミッションスクール高校生誘拐事件を、三年前ムンバイで誘拐された若者たちの「リアル人狼ゲーム」事件と類似のものとして捜査するのは「上」からの圧力だと聞いている。警部はムンバイ警察の上層部へ、ラクシュミも一緒に誘拐された州知事側近の息子やその他人脈に頼み込んだ結果らしい。
クリシュナンにはそこまでの力はない。警察で働いてきて信用に足る同僚、特技や知識のある仲間などを知っているだけの凡人だ。ボリウッド映画なら1シーン取り上げられば恩の字のモブである。
(油断したか)
銃を取り上げられたならもう武器はないと思ってしまったのか。
誘拐犯側の指導者と思われる鳥面の男がナイフを振るい、足をやられた若い警官が崩れ落ちるがすぐ立ちあがろうとしている。傷は深くなさそうだ。
誘拐されていた学校雑役夫で犯人側、との男子生徒の指摘はまだよく咀嚼出来ていない。ラジューという名の、生徒と同年代の少年ということか。
とラクシュミが自分から鳥面ーを外された男ーに踏み込んだ。
〈注〉
・CBI Central Bureau of Investigation
インド中央捜査局。重大事件の捜査などを州の範囲を越えて行う最高機関。
『感情的な暴走は許さない』
高校生たちの無事の解放が第一だ、だとの言葉をクリシュナンとラクシュミは神妙に拝聴した。
だがその警部も含め、今回の合同捜査ーという名の押し込み強盗だとラクナウ警察側からは言われたー十数人のうち半数は三年前の「リアル人狼ゲーム事件」捜査員だ。
その他は気骨のある若手、実力派のベテランなど背中を預けるに足る捜査員を警部とクリシュナンで選んだ。子のない夫婦や病気の親を養っている者は除いた。
最悪命に関わり、上層部に睨まれ出世の道は消えるかクビの可能性もある。クリシュナンも家を出る時胸の内で妻と子どもたちに別れを告げた。
覚悟のある人間だけがここUP州に来ている。
どの仕事もそうだろうが理想の業務ばかりではない。
市民を警棒で叩き伏せながらクリシュナンは時々気持ちのどこかが揺らぐ。
三年前、未来ある多くの若者が咎なく巻き込まれた事件に正義は下されなかった。今度こそ高校生たちを助ける!
市民の安全を守り、社会の秩序と安寧を守る警察官として誇りある仕事を成し遂げたい。
ラクナウ警察での会議には警部のみ出席した。公用車使用も彼の一台だけだ。
誘拐から6日目の本日夕方。逃亡してきた生徒2人を州内で保護したとの一報を警部はすぐ宿で控えていたクリシュナンたちへ電話で知らせた。
『先行して動け。ただし現地突入はラクナウ側の許可を待て。これは建前ではない』
内部で今現在生徒に危機が迫っている場合はその限りではないー
『言われなかったら、どういう言葉で現地急行を説得しようか悩むところだった』
ラクシュミ警部補のセリフだ。
クリシュナンたちはムンバイから分散乗車してきた自家用車を連ねラクナウを出発した。これも自由に動くための工夫だった。
ラクシュミは10時半までに現地へと強く主張した。
前と同じならその時刻を過ぎればひとり犠牲が増えるという。
協力者として同行してくれた友人、元ムンバイ勤務のラクナウ警察官に寄れば現地までは数時間、タイムリミットまで余裕はない。
9時過ぎに最寄り村の警察署に飛び込み、女子生徒の供述から監禁の舞台が某エンジニア組合が放置した研修所だと情報を仕入れ資料をかっさらってまた夜道を走る。
監視カメラの存在もラクシュミが警告した。
10時半に間に合わなかったのは、まず敷地の至る所にある監視カメラを無力化して進んだことと、敷地内の車道に空いた穴に車がはまったのが第一。屋根へ上がり2階の窓から侵入したのはちょうど全館の監視モニターがある部屋だった。ところが降りた先は図面にない改装でふさがれ生徒が集っていると思われる1階へ出られず手間取ったのが第二だ。
再度外を回りドアから侵入、玄関入ってすぐの広間にいたライフル持ちの自称警備員を捕縛、連れていた男子生徒を保護した。そのスディープという生徒に教えられた方法で2階への隠し扉を開けて固定、会議室から出てくる犯人側と思われる黒コートを捕縛しているうちに中は銃を撃つ撃たないの緊迫状況に陥っていた。
人を撃ち殺さんばかりの子息に頭が沸騰したラクナウ警察の警官が、技師が整備したばかりの放送設備から怒鳴ったお陰でこちらは至急の突入を強いられた。
(ぼやぼやしていていい状況ではなかった)
結果は正解だ。
『あの、警部補殿がおふたりですが指揮系統はー』
ムンバイでの顔合わせで遠慮がちに若手が聞いた。席次通り、
『わたしが現場責任者だ。マダムの頭脳が作戦を立てわたしが実行に落とし込む。疑義はまずこちらに聞いてくれ』
ラクシュミも頷いた。
明らかに経験が浅い女性エリートに戸惑っていた彼らも、自分が信頼の姿勢を示せば飲み込んでくる。三年前被害者だった時を知る捜査員はまた別の、娘に対するような心配を抱いたようだが、最早彼女は守られるだけの「ご婦人」ではない。市民を守る司法職員だ。
美しく整えられた奇妙な精神病院でクリシュナンは思いつきに近いことをラクシュミに述べた。
彼女の経歴ならカーキ色の制服を着るのではなくスーツ勤務の上級警察官にでも、いっそCBIになってもおかしくはない。だが幹部候補生とはいえムンバイ警察で泥にまみれる道をラクシュミは選んだ。
今回のミッションスクール高校生誘拐事件を、三年前ムンバイで誘拐された若者たちの「リアル人狼ゲーム」事件と類似のものとして捜査するのは「上」からの圧力だと聞いている。警部はムンバイ警察の上層部へ、ラクシュミも一緒に誘拐された州知事側近の息子やその他人脈に頼み込んだ結果らしい。
クリシュナンにはそこまでの力はない。警察で働いてきて信用に足る同僚、特技や知識のある仲間などを知っているだけの凡人だ。ボリウッド映画なら1シーン取り上げられば恩の字のモブである。
(油断したか)
銃を取り上げられたならもう武器はないと思ってしまったのか。
誘拐犯側の指導者と思われる鳥面の男がナイフを振るい、足をやられた若い警官が崩れ落ちるがすぐ立ちあがろうとしている。傷は深くなさそうだ。
誘拐されていた学校雑役夫で犯人側、との男子生徒の指摘はまだよく咀嚼出来ていない。ラジューという名の、生徒と同年代の少年ということか。
とラクシュミが自分から鳥面ーを外された男ーに踏み込んだ。
〈注〉
・CBI Central Bureau of Investigation
インド中央捜査局。重大事件の捜査などを州の範囲を越えて行う最高機関。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
眼異探偵
知人さん
ミステリー
両目で色が違うオッドアイの名探偵が
眼に備わっている特殊な能力を使って
親友を救うために難事件を
解決していく物語。
だが、1番の難事件である助手の謎を
解決しようとするが、助手の運命は...
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
怪物どもが蠢く島
湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。
クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。
黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか?
次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる