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第2章 これは生き残りのゲーム(2日目)

幕間1 誘拐事件(ラクナウ警察)

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「もし今見える以上に誰か画面に入ってきたら直ちにその回線を強制ログアウトします」
 警部が宣言し学院・警察共同の保護者向けオンライン説明会が開始された。

 校外学習ひとクラス不明を学校が把握したのは午後も遅くだった。
 てっきり遅れて現地を回っていると思われたルクミニー担任のクラスが帰りの時間になっても集合場所に姿を現さない。他クラスの教諭から連絡が入った。
 バス会社は運転手の交代など知らないと言った。
 出発時の運転手は現地に着いたと報告を寄越しているという。運転手宅に警察が急行すると妻子を残し本人は姿を消していた。各所にあった借金が綺麗に返済されていた。

 集まり始めたマスコミに報道を押さえようと必死に説得していた19時過ぎ、学院にほど近い警察署にメールが届いた。
 
 『校外学習の十年生一クラスを誘拐した。身代金は2500万ルピー。受け渡しは明日以降指示する』

 署内はひっくり返るほどの騒ぎになった。
 そこまでの名門ではないとはいえ伝統ある私立高校でそれなりに大物の子女もいる。元議員、ショービジネス関係、そして一番面倒なのは誰もが知る海運企業ご子息の「婚約者様」の存在だ。
 とはいえ彼らの強力な「圧力」もありこの誘拐事件は解決まで報道されない取り決めとなった。
 このオンライン説明会も、その大物たちだけ中継元の学院に呼んであるが映さないよう細心の注意を払う。

『本日午後の身代金受け渡しは結論から申しますと失敗しました。偶然による事故が原因と私共は判断し、犯人の再度の連絡を待っております』
 警部の説明にチャット欄がざっと埋まっていく。どういうことだとのコメントが並ぶのに、だからこれから説明するんじゃないかと心のうちで呟く。

 午前中、学院理事長に身代金を持たせるよう電話が入った。
 理事長はサイトに写真が載っており身代わりは出せない。年配の女性理事長は学院経営母体の修道会や警察の臨時会計など各所からかき集めた身代金の入ったスーツケースを持って出発し、警察が周りを固めた。
 犯人側は警察に知らせるなとは言っていない。介入は想定済みのようだ。

 三番目の指定場所、昔ながらの小さな映画館の裏口に伝言がなかった。水曜日は休日で人も不在だ。
 警察と連絡を取って理事長は一度学院に戻った。
 確認すれば、裏口に勝手に貼ってあった紙を昨夜オーナーが剥がして破って捨てたとのことだった。内容はもう把握出来ない。
 
 夕方に、どういうつもりだと犯人ーいかにも機械越しの男の声だーから怒りの電話が入った。無関係の第三者が途中のメッセージを捨てたようだと事実を説明すると、また連絡すると言い捨てて電話は切れた。

「電話はラクナウ市内を経由していますが発信元はアフリカの某国と見られます。またつい先ほど例のバス運転手の身柄を拘束しました」
 交替して彼が降りたというバスターミナルから北方への長距離バスに乗っているのが発見されたという。
「取り調べは開始したばかりですが、本人は金を積まれて運転を交代しただけだと主張しています。また本日午後発見されたバス内カメラの映像も引き続き鋭意分析中です」
 またチャット欄が騒がしくなる。
 無人のバスはターミナルからそれた脇道で発見された。
 まだ伏せているのはあるシートに多量の血が飛び散っていることだ。カメラ映像から当該座席にいたのはマヤ・チョウドリーという女子生徒とわかっているが、学生のこと座席を変わるのはよくあるだろう。流血量から致命的に近いダメージを負った被害者が彼女とは決めつけられない。

 交代した運転手は誘拐犯の一味だろう。生徒38人、担任教師と巻き込まれた雑役夫各1人の行方に今ところ大きな手がかりはない。
 身代金での接触も今日は失敗した。だが犯人側からの連絡の遅さから彼らはそこまで金を奪い取ることに執着していないとの意見も捜査本部内に出ている。ならば学院への恨みが犯行動機か。

「バスや運転手の確保と捜査は確実に進んでおります」
 材料は比較的多い。これが嫌な予感を掻き立てる。
 犯人は自分に手が及ばないと自信があるからこそ大胆にネタを放り出しているのではないか。想像以上の大きな計画的犯行ではと直感がささやく。
 学院の歴史は長く卒業生は山ほど、トラブルは星の数ほどありどれがこの犯罪に結びつくのか今のところ見当もつかない。
 画面の向こうで母親たちが泣いている。保護者のチャットへの回答は部下の警部補に任せ彼は手元の捜査ファイルを再度見直す。

「あと一点。本当に誘拐しているのか、生徒たちは無事なのかとの問いに犯人は一枚の写真を寄越しました」
 署のメールアドレスへぼんやり不安そうな顔をした女子生徒三人が写っている一枚が届いた。
「写っている生徒さんの保護者の方には既に確認していただきました。許可を得たので公開します」
 画面に写真を映し出す。シュルティ、マリア、ニルマラの三人の女子生徒の姿が見える。
 カメラ目線ではなく当人たちは気がついていないようだ。隠しカメラ等映像からの切り取りと思われる斜め上からのもので、保護者たちによれば校外学習出発時の服装のままだという。
 背景はぼかされていたが、修復をかけたところ彼らが座る絨毯と背後の壁板がかなりの高級品だとわかった。ここから監禁場所がわかるのではないかと捜査本部は色めき立っている。


 この写真が上層部からの圧力で再度一部元に戻されたものだと警部は知らなかった。
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