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第2章 これは生き残りのゲーム(2日目)

2ー14 処刑

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『本日処刑されるのは23番と決まりました』
 カシャン。足枷がまず開き、
 シャーッッ! 足置きの後ろに回転して隠れる。スティーブンは試すように足先を上下させた。
『23番。何か言い残すことはありますか』
「言い残すことって……」
 バドリはざっと立ってそのまま会議室のドアに突進した。
 ドアレバーを握りがたがた前後に動かすが、

『処刑が完了するまで会議室のドアは開きません』

 冷酷な宣告が上から響く。

「何だよ……どういうことだよ。俺本当に人狼じゃねえよ……」
 ドアの奥、角に追い詰められたかのように背を付け呆然とこちらを見る。そして手を伸ばし、
「嘘吐き!」
 アディティを指差す。彼女こそバドリのいる6号室に人狼がいると告発した張本人だ。だが、
「嘘は言ってない。あなたが人狼だとも私は言ってない」
 アディティは硬い声を絞り出す。
「ん、ちきしょう!」
 行き場なく腕を振り回し、
「何なんだよ……この間の塾の試験で結構数学とサンスクリットの点が上がってたんだ。ずっとサンスクリットに苦手意識あったんだけどこれなら志望校の幅が広がるって親父とお袋と喜んで、今度の試験俺期待出来るってー」
 カクッ。一瞬宙を見上げたバドリが操り糸を切られた人形のようにその場に崩れ落ちる。

『1分間が過ぎましたので処刑を執行しました。これで会議と一連の義務は終了です』

 座席の後ろを抜けスティーブンは駆け寄る。アッバースも続いた。
 五角形の赤ら顔、少しばかり点数に執着し過ぎのようにも思えたがそれも将来を思ってこそ、バドリの勉学への熱意はスティーブンも知っていた。
 横倒しになったバドリの目はどこでもない場所を虚に見据える。共に跪いたアッバースが彼の手首等に触れ首を横に振る。と急にー
 「!」
 強い腕の痛みに気がつくと後方からラジューがスティーブンとアッバースの腕を引いていた。驚愕の表情を目にし即座に彼は手を離す。
「申し訳ありません! 危ないと思ったので」
「いや。Thanks」
 言って前に向き直る。
 すぐ目の前、バドリがいた場所を見て肝が冷える。
 タイルカーペットの一枚分、床に穴が開いていた。カーペットの下にアルミの枠が見え、一辺が金具で蝶番状になっていた。つまりタイル一枚分の扉になっている。
 アッバースと顔を身合わせ慎重に中を覗く。席が近いカマリが背後立ったまま様子を窺う。
(……!)
「うわっ!」
 アッバースが思わずといった声をあげ自分も咄嗟に顔を腕でかばう。
 バタンと音を立ててカーペットが元に戻る。後には何事もなかったような薄いピンクの床がすぐそばの白い壁へ広がるだけだ。

 膝が笑うのを隠し歩き無言で自分の席まで戻ると、ダンボール筆記に使っていたナイフを手に取る。
「これくらいの長さでー」
 フルーツナイフ(だと女子に教わった)を立てて歯の部分を指で示す。
「もっと細い針というかトゲみたいなものが下一面に立っていた」
「……」
 場の視線がスティーブンに集中する。
 床下には明かりがなくこの部屋の光が落ちた所のみ見えた。バドリの亡骸に刺さるトゲもー
「深さは?」
 尋ねたのはナラヤンだ。
「僕たちの背よりはあると思う」
 まだカーペットを押し撫で回すアッバースを見れば彼も頷く。
 首輪の針で殺害した上でトゲの地獄に落とす。
 殺すことへの粘着質な不自然さが自分たちを捕える犯罪者たちの醜悪な歪みを伝えてくる。
「……ドアはもう開くようだ。バドリに祈ってから、皆早く寝る準備にかかろう。23時まで30分もない」
 凍りついた顔が少しずつ崩れ、すすり泣きが漏れ始めるのを見てからスティーブンは目を閉じた。
(主よ、どうかー)
 今体を離れた友の魂を救い上げてください。
 一心に祈った。


 広間に出れば中央窓シャッターが上がっていた。
 アッバース、ナラヤンと並んで一歩ずつ近づく。
 息が緩んだ。
 幕に囲われた外はオレンジの電球で照らされるだけで何もなかった。
 土もきれいなままだ。先生や友人たちはここに埋められたのではないらしい。
 離れて様子を窺っていたマリアたちに、
「大丈夫だ。何もない」
 と笑む。


 男女それぞれの棟に散っていく中テーブルに集まる数人がいた。
「お前何女子に……」
 ヴィノードが言うと、
「こっちが呼んだの。心配ない」
 腕を組んだカマリが答えた。マリアの反対側にラジューが座りカマリとコマラは立って見守っている。
「お前、まだ恨んでいるのか」
 ヴィノードがぽつんとマリアに言った。
「ううん。きっぱり止めたのはむしろ凄いと思ってるよ」
 マリアの微笑みは無邪気だ。ヴィノードは面食らったようだ。
「じゃあ何でー」
「ごめんなさい。わたし、自分に入れればいいって気が付かなかった。それでとにかく誰かって投票してしまった。本当にごめんなさい」
 頭を下げる。
 ルチアーノにはひとりひとりの投票先などとても覚えてはいられないが、先ほどの投票でマリアはヴィノードに入れたようだ。
 ヴィノードは毒気を抜かれおし黙る。

 以前、ヴィノードたちのグループはマリアにやたらと絡むー早い話いじめをしていた。少し幼い容貌でおとなしく人がいいことにつけ込んだだけといういじめによくある意味のなさが理由だ。
 酷い絡み方をしたのは主にガーラブだったが、キリスト教徒であることをこのヴィノードが揶揄ったことが問題になった。学院はそもそもミッション系で、昨今の状況下宗教はとりわけセンシティブな事項だ。
 退学の話も出たがルクミニー先生の厳重注意と反省文で事が済み、彼らのいじめはぴたりと止んだ。それは、今回初めてクラスを受け持った若い女の担任への生徒と周りの評価を変えた。

 誰かひとりこの場から排除するなら、というのでヴィノードを選んでしまったならマリアは自分と同じだ。ルチアーノは小さく苦笑する。
「で、何をしている」
 ヴィノードの後ろからイジャイが詰めた時ルチアーノはテーブルのそばにいた。反対の窓側からスティーブンも寄ってきている。と、
『◯×△◻︎……』
(何語?)
 マリアとラジューが自分の知らない言葉で話している。南の言葉だろう。
(南か……)
「この子、時々上からのアナウンスわかっていないところあったみたいだから、ヒンディーがネイティブじゃないでしょって聞いたんだ」
「そうなの?!」
 カマリの言葉にルチアーノは驚きの声を上げた。少し語彙が少なく表現が単調だと思ったが教育レベルが原因だと思っていた。
 母語を話すラジューは表情豊かだ。流暢によく喋る。
 使用人として遠慮しているのだと思っていたが単にヒンディーが得意でないこともあったのか。
 とマリアがその響きの違う言葉を止めてこちらを見上げる。
「ラジューはケララから来たの。バックウォーターの近くだって。わたしは両親がケララの出身でマラヤラム語が話せるから、今ルールの確認をしてる」
「理由はわかったけどもうあまり時間がない。明日やり直してもらえないかな」
 スティーブンが丁寧に言う。時刻は22時40分を過ぎた。
 場に静かに広がる緊張は、明日の朝確実に生きてここにいられるかという不安を自覚させる。
「ごめん! 夜の時間のルールだけ説明してもいい? 心配だから」
「私たちだって恐いから15分前には引き上げる」
 それでもマリアとカマリが言えばスティーブンも頷く。
「ルチアーノたちも」
 男子棟へとスティーブンが誘うが、
「すぐ行くから」
 と見送った。

「ヒンディー語ネイティブでないなんて思わなかったよ!」
 マリアの説明が終わった後声をかける。ラジューはあいまいな笑顔を見せた。
「どこで覚えたの? 学校行ってた時頑張った?」
 さすがに小学校にも行っていないことはないだろう。
「いえ。学校はあまり行っていないので」
 自分と話すとなれば表情は固く言葉は途切れる。
「何年くらいまで?」
「一応七年生?」
 首を傾げた後、
「前の仕事場のご主人様が、必要だからって教材を貸してくださいました」
「自習か。凄いな」
 言われたのでやら時間はいただいたやら謙遜めいた呟きをしているが、
(勿体ない)
 正統な学校教育を受けたら確実に伸びる。
「ルチアーノ」
 後ろからマリアの声がした。
「わたしもラジューは凄く頑張り屋さんだと思うけど、足止めはやめてあげて」
 マリアが後方を指す。洗濯機やシンクのそば彼専用とされたバスルームがある方向だ。
「悪いっ! 11時には部屋の席の前だ、お互い気をつけよう!」
「気を付けるのはあんただけじゃないの」
 辛辣なカマリの声が背に聞こえた。
(確かに)
 自分は施設育ちで短い時間でシャワーを使うのも慣れているが普通はそうではない。
 理不尽なものだ。
 自分が皆と同じシャワールームを使って彼が使用人用に向かうのはー
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