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序章 過去

0ー3 故郷(ロサンゼルス 2024年)

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「先生、これお土産です」
 野外道場にて白いプラスチックバックを手で振る。
 カナダへ行って故国インドの食材を買ってくるのはある意味馬鹿げているが、このあたりには自分たちの出身州の食材を扱う店は少ない。稽古を付けてくれる彼が喜ぶかもと思ったら止める理由はなかった。

 アメリカ暮らしも長くなったある日、故郷の古武術道場から電話が入った。
 腕の立つ弟子が留学で近くに行く。良ければ稽古を付けもらったらどうか。
 若いので色々目には付くだろうが、そこは社会人としてフォローしてあくまで先生として立ててくれればありがたい、と。実際その通りだったが彼は学生というだけではなく、実家の会社のアメリカ支社長という地位も引っ提げて来た。
 ほとんどお飾りだが仕事を放り投げてはおらずビジネス面で有益な情報交換も出来た。彼にとってもアメリカでの仕事歴が長い自分は悪くない人脈だと思う。
 何より武術の腕は抜きん出ていて、遠い異国の地で良い教師を得、修行を重ねられる幸運を自分は喜んでいた。

 ピッと場の雰囲気が変わった。
「これは……」
「ああ済みません。お店で配っていたチラシを抜き忘れてました」
 手を伸ばすが彼はチラシを掴みじっと見つめたままだ。
「店主の弟さんだそうで」
 カナダ育ちの大学生はムンバイで親戚宅滞在中に消息を絶った。
 店員たちが話しているのが耳に入ったのだが、彼らの姉が弟が帰らなければ結婚しないと言い張って困っているとのこと。
「こいつ、もうとっくに死んでるよ」
 ロハンはぽいとチラシを簡易テーブルに投げた。
「先生?」
「姉ちゃん、かなり年離れてるんだろ。可哀相じゃねえか」
 人生棒に振っちまうとそこは小さくごまかすとロハンは身支度に向かった。

 チラシの中で豊かな巻き髪の愛嬌ある青年が微笑んでいた。
(アビマニュ君、か……)
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