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第10章 ムンバイへの道(新7日目)
10ー3 平穏なドライブ(新7日目)
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ロハンがまず指摘したのはプネーの方が近かったのではとの点だった。
「わざわざムンバイまで行かなくても良かったんじゃねえかよ? お前、このルート通ったことない?」
「いえ」
助手席でライフルの紐を肩に掛けたままプラサットは前方に目を遣る。
時々対向車が通り過ぎるだけの暗い国道を車は順調に進んだ。昼は酷暑でも今の時間はそこまで暑くはなく、言われていた襲撃もない。眠くなるほど平和な旅路だった。
他州からムンバイのカレッジに来ているロハンからすれば自分は地元民だが、ムンバイ外となると土地勘はないに等しい。
プネーは州内ではムンバイに次ぐ大都市で最近メトロも開通した。大きな警察署もあるだろうから首輪にも対応出来そうだし、村長への賄賂で自分たちを握りつぶす類いもないだろう。
だがムンバイとは反対方向で今更どうにもならない。
「なあ、ロナヴァラでもいいんじゃねえか」
次の指摘はもっと経ってからだった。
路肩の標識がもう少しでロナヴァラの市街地に入ることを告げていたのにはプラサットも気付いていた。
「……ですね」
ロナヴァラもそれなりに大きな街だ。
「警察どこだろうな……。お前ロナヴァラはわかるか?」
首を横に振る。
「ガキの頃一度連れて来られただけっす。君は?」
後部座席、ぎちぎちに身を寄せ座っているレイチェルに声を掛けるがやはり知らないという。州外のトーシタは問題外だ。
「携帯があればな」
ロハンが舌を打つ。
地図も警察署の位置もスマホで検索出来れば訳もないが、その手の物は車内にない。首輪への指示がネット経由で行われているため避けるよう指示されている。
街中でフリーWi-Fiが動き出す朝までにムンバイ北東部の大きな警察署へ逃げ込む、というのがチャットで決まった計画だ、がー
(ラクシュミさんたちは、どうしてロナヴァラへって言わなかったんだろ?)
プネーが近かったら何故そちらへと考えなかったのか。
胸の中、疑いが芽を出す。
自分たちのうちで最も賢かったのは、エリートのラクシュミでも大学院生のクリスティーナでも、インド工科大生のマートゥリーでもない。
ダルシカだープラサットは思っている。だがもういない。
あの子を殺したウルヴァシが吊された時には歓声を上げたくなった。
「兄貴は凄いな。おれは何も気付かなかった」
風の流れが変わったのか木々の枝が道路にせり出すように揺れ出す。
「おれ、これで仕事務まるのかな」
運転席に首を向ける。
「平気だろ」
ロハンの返しは軽い。
「叔父さんの紹介だったか?」
頷く。
叔父の取引先から複数の職場候補が見繕ってあり一度顔合わせに、とこちらに連れてこられる二日前に話があった。
頭はそう良くない。というと何故か人は手先の方は器用だと期待する。プラサットはそちらも駄目だ。
「おれが職場でやらかしたら、叔父さんの顔を潰すことになっちまうから……」
「悪いな、脅しすぎたかな」
ロハンは大口を開けて笑った。
「そりゃあビジネスの場ってのは騙す奴もズルい奴もそれなりにいるが、そればっかりじゃねえ」
信頼出来る人間を見極める。そして、
「人・文書・金。この三つの動きさえ意識しておけば問題ない」
さすがだ。だが、
「おれは兄貴みたいに役員になるとかじゃねえから書類は関係ないかな」
学生ながら役員会議で書類にサインするロハンとは違う。
「バーカ! どんな仕事だろうと役人共の許認可は絡んでるぞ。見えない所で文書は動いている。そいつを想像しておけって話だ。……叔父さんはお前のことよく知ってるんだろ? だったらちゃんと合う所に話を付けてると思うぞ」
レイチェルは震えた。
一度車を止めてもらいトーシタと左右を代わり、今は助手席プラサットの後ろで身を縮めている。
勉強は苦手だ。だが進学しなければ仕事をすることになる、という方が頭からさっぱり抜けていた。
ロハンやプラサットとは違い自分は普通の庶民だ。
両親が仕入れの話、資金繰りと真剣な顔で話しているのは家にいれば耳に入ってくる。いつもくたくたでお仕事は大変だと子どもの時から知っている。
大卒ではなく仕事を探すとなれば販売員か工房・工場あたりだろう。だがそこにはもう、ラディカやセファのように七年生くらいの頃から働いているベテランが居る。彼女たちは世の中を知っている雰囲気で落ち着いていた。
高校を出てからで着いていけるのだろうか。
「?」
体の緊張に気付いたトーシタが不思議そうにこちらを覗いてくる。
至近距離からだと何か見透かされそうで気恥ずかしい。
「あのー! 一度どこかで止めていただけますか。用を足したいので……」
前の席に呼びかけた後半、声が小さくなる。家族でもない男の人に言うのははしたないが今は仕方ない。
「ああ。そこら辺でいいかな」
ロハンは何ということもなく応対し間もなく車を止めた。
左手荒れ地の数十メートル向こうに何本か木が生えている。身を隠すには良い場所だ。
「Pee」
と囁いて指せばトーシタもすぐ頷く。
「ちょっと待ってろ! 街も近いし人が居たらまずいから見てくる」
ポンとドアを開けてプラサットが駆けていった。戻って来て、
「行ってきな。おれが見張っているから」
助かる。「ああいうこと」を企てたロハンには信用がおけない。
車に戻るとロハンがこのまま後続組を待つと告げた。
「警察なら知事閣下のことも効く。皆が早く安心出来る方がいいだろ」
汗がシャツに浸みかなり経ってから、
「アレだ!」
ぶわん、ぷわーん!
ハンドルに手を延ばしロハンが警笛を鳴らした。
どこかからほのかに甘い花の匂いが運ばれてくる。二度目の建物に閉じ込められてからは嗅ぐこともなかった香りだ。
「オーイ!」
プラサットに習いレイチェルとトーシタも軽トラックへ両手を振る。
ジャキッ!
近寄ってきたスンダルが言葉もなくライフルを構えた。その右腕には包帯が巻かれている。
(っ!)
運転席の窓からは、ラクシュミが両手で支えた小銃もこちらを狙っていた。
<注>
・メトロ 地下鉄ではなく高架の都市高速鉄道
「わざわざムンバイまで行かなくても良かったんじゃねえかよ? お前、このルート通ったことない?」
「いえ」
助手席でライフルの紐を肩に掛けたままプラサットは前方に目を遣る。
時々対向車が通り過ぎるだけの暗い国道を車は順調に進んだ。昼は酷暑でも今の時間はそこまで暑くはなく、言われていた襲撃もない。眠くなるほど平和な旅路だった。
他州からムンバイのカレッジに来ているロハンからすれば自分は地元民だが、ムンバイ外となると土地勘はないに等しい。
プネーは州内ではムンバイに次ぐ大都市で最近メトロも開通した。大きな警察署もあるだろうから首輪にも対応出来そうだし、村長への賄賂で自分たちを握りつぶす類いもないだろう。
だがムンバイとは反対方向で今更どうにもならない。
「なあ、ロナヴァラでもいいんじゃねえか」
次の指摘はもっと経ってからだった。
路肩の標識がもう少しでロナヴァラの市街地に入ることを告げていたのにはプラサットも気付いていた。
「……ですね」
ロナヴァラもそれなりに大きな街だ。
「警察どこだろうな……。お前ロナヴァラはわかるか?」
首を横に振る。
「ガキの頃一度連れて来られただけっす。君は?」
後部座席、ぎちぎちに身を寄せ座っているレイチェルに声を掛けるがやはり知らないという。州外のトーシタは問題外だ。
「携帯があればな」
ロハンが舌を打つ。
地図も警察署の位置もスマホで検索出来れば訳もないが、その手の物は車内にない。首輪への指示がネット経由で行われているため避けるよう指示されている。
街中でフリーWi-Fiが動き出す朝までにムンバイ北東部の大きな警察署へ逃げ込む、というのがチャットで決まった計画だ、がー
(ラクシュミさんたちは、どうしてロナヴァラへって言わなかったんだろ?)
プネーが近かったら何故そちらへと考えなかったのか。
胸の中、疑いが芽を出す。
自分たちのうちで最も賢かったのは、エリートのラクシュミでも大学院生のクリスティーナでも、インド工科大生のマートゥリーでもない。
ダルシカだープラサットは思っている。だがもういない。
あの子を殺したウルヴァシが吊された時には歓声を上げたくなった。
「兄貴は凄いな。おれは何も気付かなかった」
風の流れが変わったのか木々の枝が道路にせり出すように揺れ出す。
「おれ、これで仕事務まるのかな」
運転席に首を向ける。
「平気だろ」
ロハンの返しは軽い。
「叔父さんの紹介だったか?」
頷く。
叔父の取引先から複数の職場候補が見繕ってあり一度顔合わせに、とこちらに連れてこられる二日前に話があった。
頭はそう良くない。というと何故か人は手先の方は器用だと期待する。プラサットはそちらも駄目だ。
「おれが職場でやらかしたら、叔父さんの顔を潰すことになっちまうから……」
「悪いな、脅しすぎたかな」
ロハンは大口を開けて笑った。
「そりゃあビジネスの場ってのは騙す奴もズルい奴もそれなりにいるが、そればっかりじゃねえ」
信頼出来る人間を見極める。そして、
「人・文書・金。この三つの動きさえ意識しておけば問題ない」
さすがだ。だが、
「おれは兄貴みたいに役員になるとかじゃねえから書類は関係ないかな」
学生ながら役員会議で書類にサインするロハンとは違う。
「バーカ! どんな仕事だろうと役人共の許認可は絡んでるぞ。見えない所で文書は動いている。そいつを想像しておけって話だ。……叔父さんはお前のことよく知ってるんだろ? だったらちゃんと合う所に話を付けてると思うぞ」
レイチェルは震えた。
一度車を止めてもらいトーシタと左右を代わり、今は助手席プラサットの後ろで身を縮めている。
勉強は苦手だ。だが進学しなければ仕事をすることになる、という方が頭からさっぱり抜けていた。
ロハンやプラサットとは違い自分は普通の庶民だ。
両親が仕入れの話、資金繰りと真剣な顔で話しているのは家にいれば耳に入ってくる。いつもくたくたでお仕事は大変だと子どもの時から知っている。
大卒ではなく仕事を探すとなれば販売員か工房・工場あたりだろう。だがそこにはもう、ラディカやセファのように七年生くらいの頃から働いているベテランが居る。彼女たちは世の中を知っている雰囲気で落ち着いていた。
高校を出てからで着いていけるのだろうか。
「?」
体の緊張に気付いたトーシタが不思議そうにこちらを覗いてくる。
至近距離からだと何か見透かされそうで気恥ずかしい。
「あのー! 一度どこかで止めていただけますか。用を足したいので……」
前の席に呼びかけた後半、声が小さくなる。家族でもない男の人に言うのははしたないが今は仕方ない。
「ああ。そこら辺でいいかな」
ロハンは何ということもなく応対し間もなく車を止めた。
左手荒れ地の数十メートル向こうに何本か木が生えている。身を隠すには良い場所だ。
「Pee」
と囁いて指せばトーシタもすぐ頷く。
「ちょっと待ってろ! 街も近いし人が居たらまずいから見てくる」
ポンとドアを開けてプラサットが駆けていった。戻って来て、
「行ってきな。おれが見張っているから」
助かる。「ああいうこと」を企てたロハンには信用がおけない。
車に戻るとロハンがこのまま後続組を待つと告げた。
「警察なら知事閣下のことも効く。皆が早く安心出来る方がいいだろ」
汗がシャツに浸みかなり経ってから、
「アレだ!」
ぶわん、ぷわーん!
ハンドルに手を延ばしロハンが警笛を鳴らした。
どこかからほのかに甘い花の匂いが運ばれてくる。二度目の建物に閉じ込められてからは嗅ぐこともなかった香りだ。
「オーイ!」
プラサットに習いレイチェルとトーシタも軽トラックへ両手を振る。
ジャキッ!
近寄ってきたスンダルが言葉もなくライフルを構えた。その右腕には包帯が巻かれている。
(っ!)
運転席の窓からは、ラクシュミが両手で支えた小銃もこちらを狙っていた。
<注>
・メトロ 地下鉄ではなく高架の都市高速鉄道
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