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第7章 混乱へようこそ(新4日目)

7ー2 メッセージ(新4日目昼)

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 達成すべきふたつのゴールがある。
 1 殺されない、生き延びる
 2 無事に帰る
 前者では「狼」「象」「村人」陣営間の利害は一致しない。打ち負かすべき敵同士だ。後者では、
(クリスティーナの「アイデア」を採用するなら)
 帰りたい全員の利害が一致する。

 夢物語だ。頭のどこかで声がする。
 しかし今叩き落とされているのが悪夢の中なら、
(おとぎ話でやっとバランスがとれるくらいじゃないの?)

 敵は集団誘拐をスムーズにこなし資金も潤沢な犯罪者たちだ。
 ここだけはフェアリーテールではなく厳しくリアルに詰める必要がある。

 アビマニュは思った以上に乗り気ではない。共に動いてきたクリスティーナを失った無力感か、回復すれば助かるが期待はしない。
 本隊は専門知識のあるスンダルとファルハあたり、まずは目的を明かさず話を聞いて回る。
 向いていなかろうとこの計画を進める。それが今の自分の「仕事」だ。

 帰れなくなった者たちを思い潰れる胸の傷みを、瞼の内に神像を描き、唇はマントラを繰り返して霧散させる。
 わかっている。これは弱い自分の後悔が作った無意味な痛さだ。



「ある回路の信号が切れたら別の回路に信号を流すーこの仕掛けはたやすいんです」
 スンダルは手首を合わせ獣の口のように両手を縦に開き、パタンと閉じた。
「聞いたことありませんか。爆弾解体で最後に残った一本を間違って切ったらズドンって」
「爆弾に関わるような生活はしていない」
「映画やドラマでいいんですよ」
「これは現実。フィクションをネタにされては困る」
 ぶっきらぼうなラクシュミの切り込みをスンダルは機嫌良く打ち返す。
「実際にでもです。報道されてますよ。通信システムの発展でむしろ古典的になりましたが……だからこそ、その程度は使っているかと思います」

 従前から首輪を何とかしないとと強調していたスンダルに詳細を聞きに行く。広間奥の木のテーブル前に座っていた彼は、
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ。今シュラーダーちゃんに言い聞かせますから。『浮気じゃないよ。大事なお話だからね』」
 チュッ、とタブレットに唇を付けるのに思わず眉を顰めた。
 掃除機に名前を付けたとは聞いたがタブレットまでか。
 ロッキングチェアの揺れとリズムが合わず度々足で止めつつラクシュミは話を聞く。

 スンダルの主張は、システムを解除しても信号が切れたこと自体を緊急事態とみなし自動的に薬の注入をする仕掛けがあると思う、首輪についてはくれぐれも慎重にとのことだった。
「出来るとしたら?」
「スイッチですね」
 一度天井を振り仰いですぐに戻す。
「永遠に俺たちを飼う訳でなし必ず終わりが来ます。その時解除するスイッチがあるはずです。物理的なスイッチではなく遠隔操作でってことです。ここからぱかん! と開けられるようになる鍵の役割も果たしているかもしれません」
 首輪には縦に一本継ぎ目が入っている。プラサットやイムラーンが何とか開かないかとスプーンなど金属をねじ入れようとし警告を受けた話を前の館の時に聞いた。

「それこそ映画ならスーパーハッカーがいて『連中』のPCを乗っ取って解除出来るんでしょうけど、現実には困難です。俺は機械屋のハードウェア担当でソフトは管轄外、それにプログラムの改編は『ルール違反』ですよね」
 頷く。
「彼らは私たちのタブレットを監視している」
 マートゥリーはそれで殺害された。

「どこかにルーターの類いがあると思うんですが、例え見つけられてポータブルなもので持ち出せたとしても、どこにいるかを教え続けることにもなります。繋がっていれば奴らの好きなように『処理』も出来ますから、意味ないです」
 ブスッ、と声を出し自分の首を指してからスンダルは肩を振るわせた。

「トーシタの言った『見ている人』、監視システムを把握するのが確実な方法です。物理的に占拠して片っ端から調べられればやりやすいんですが、どこにあるのかわからないですからね」
 スンダルは話を広げた挙げ句乱暴に締めた。

(逃亡するなんて一言も言わなかった。なのにまるでそれが前提のような話をした)
 油断ならない男だ。
 ラクシュミは口元に薄い笑みを浮かべた。

 ーーーーー
 余裕のない自分に対しラクシュミが放置どころかここまで乗り気だとは思わなかった。手分けしての話、アビマニュが最初に捕まえたのは新入り組の生き残りたちだ。


 「人狼ゲーム」のことを前から知っていたか?
 今回は初日に「連中」が尋ねなかったそれをトーシタとウルヴァシを並べ改めて問う。彼ら相手なら英語の方がいいだろうと会話はそちらで、その後布巾の要約をトーシタに示して進める。

「ラクシュミさんに言われちゃったけど、僕は大人数でのゲームはやってなくて、複雑な役の駆け引きがわからないんだ」
 助けてくれる人がいたら、と理由を付けた。
 急に「ゲーム」のレベルが変わり遊びの「人狼」同様のカミングアウトが出た背後には、新しい合流者の中に「人狼」を知る人間が隠れていたのかもしれない。
 今生き残っているこのふたりか、偽「占星術師」のディヴィアが残した仕掛けか。
(クリスティーナさんを罠にかけたのは君たちなのか?)

 ネットならどの国の動画でも見られるから「チュートリアル」のような日本の男性アイドルの人狼動画を顔が好みだからと見ていたかもー
(駄目だ。言葉が通じない)
 日本語では意味がとれない。
 クリスティーナは「リアル人狼」の映画を見たことがあるとも言っていた。ネトフリかアマプラか配信に回っていて英語字幕が付いていたらインドからでも見られるのではないか。
 思ったが、ふたりとも聞いたこともなかったと否定した。

「他に『ゲーム』としてのルールでわかりにくいところとかあります? 僕が気になっているのは、どうしても夜が恐いから『人狼』のことばかり考えて議論するけど、勝ち負けには『象』が重要にー」
 話しつつふたりの理解度を探る。
 彼らは見事にカウント方法を勘違いしており、トーシタは村人の「漂泊者」も、ウルヴァシは加えて象陣営まで「人狼」カウントになると思い込んでいた。
(危なっかしい。逆にこれなら知っていたってことはないかな)

「会議に出て来ない『村人』の役がありますけど、あまり気にしなくていいってことなんでしょうか」
 何かあればと促せばウルヴァシが尋ねる。
(そう言えば最近話題に上ってなかったな)
「『聖者』はメチャクチャ使いにくい、ごく限られた場合意外は力を発揮されては困る役だから、その警告くらいしかしていないですね」
 うんうん、とトーシタが頷く。会議を思い出してくれたのだろうか。
「『兄弟』は人数が減ってくるとより重要になる。ふたりが互いに相手を『兄弟』だ、と知っているから確実に村人だと証明出来るんだ。ディヴィアさんでもクリスティーナさんでも私は『占星術師』ですと自分で言うだけでは誰も信じない。だけど『兄弟』なら『人狼』ではと疑われても相棒に証明してもらえる。相手が生存している限りは。ん?」
 トーシタが、『狼』ふたりが揃って騙ることも出来るのでは? と書いてきた。
「それを防ぐテクニックがある」
 話題になったその場で即座にふたり同時に、片方名乗り出たなら相方にすぐさまカミングアウトしてもらうのだ。難点は「人狼」に計画的名乗りをされた時だけだ。
 ふたりはアビマニュの解説を待ったようだが当然ながらこの「技術」は話さなかった。
(ラクシュミさんには話しておこう)

 ーーーーー
「私から聞こうと思っていたの。あと何日ぐらいかかるか」
 アンビカに食材の残り具合を聞こうと思ったところ、
「入っていいよアビマニュ。手を洗ったらね。良ければチャパティのタネ作ってくれる?」
(「血」の掃除をした人は台所に入れなかったのに)
 どういう風の吹き回しだろう。
 ともあれ時間を無駄にしたくないしアンビカの調理を邪魔したら困るのは自分たちノンベジ食堂利用者だ。ある程度チャパティのタネを仕上げ、その後いれてもらったチャイを食堂で飲む。
 アンビカのチャイはスパイス使いこそ程よいが甘さとミルクが濃い。もうちょっとさっぱりしている方が好みだ。
 落ち着くことには変わりない。

「レトルトは美味しいと思うのよ、私は。ちゃんとした会社の人が作っているもの。だけどどうしても癖があるから食べ続けると飽きがきて、そればかりだと気持ちがめげてしまう。これからますます疲れてくるし、亡くなった人を悲しんだり、この人が今夜私を殺すかもと疑ってどんどん消耗していく。そんな時にレトルトが続くのはどうかと思って」
 食材を延命させるため、
「先に明日あたりから一品入れようかと考えてた」
 と「注文票」を開いて見せる。

 MTR ダルフライ、ビンディマサラ…… 
 Gits パウパジ、パンジャブカディ……

 レトルトカレーのパッケージ箱を開いた裏面に、食材庫にある主菜レトルトがリスト化されている。ここに希望を印してもらい台所で湯煎して出すことを検討中だそうだ。

「野菜は頑張ってアチャールやピックルに漬け込んだ。普通に作る余裕があるのはあと3日。節約して数日。それでもベジの人たちよりは楽だと思う。その後は申し訳ないけどフレッシュなものを使うよりはどうしても味が落ちる」
「それはもう仕方がないです。飢えるよりましですから。日にちのことでしたら『ゲーム』が終わるのもそんなところです」
 濃厚なチャイの舌触り自体は好きだな、と目立たぬように唇を舐めとりながら考える。
「最短なら『人狼』が最小の2人の場合、今夜と明日の会議でピンポイントで処刑したならその時点で、明日の夜には終わります」
 ああ、と声にならないため息をアンビカが吐く。

「……嫌だね私。早く終わればいいと思った。ふたりと、今夜襲われるひとりが死んでしまうのに。それは私かもしれないのに」
「こんなこと早く終われと思うのは皆そうでしょう。僕だって思いますよ」
 誰も自分の命が大事に決まっている。

『愛よりも命の方が大事だと思う』
 クリスティーナのあれは何か違うことを指し示しているが。
(ラクシュミさんは「通じないメッセージを残すほど馬鹿じゃないと思った」って言ってますよ。だけど僕だけじゃなくラクシュミさんも誰もわからないー)
 
「最大の方なら『人狼』は4人、夜の会議で外し続ければもう数日かかってもおかしくないです。実際にはその中間くらいになるのではないでしょうか」
 カップに残ったわずかなチャイを勢い良く飲み干すと首を振って立ち上がる。夜までにあと何が出来るだろう。

 クリスティーナの「提案」は陣営を問わない。その分「狼」探しがおろそかになるのが懸念材料だ。人数がかなり減った今「狼」や「象」を絞らないまま狩られるに任せる余裕はもうない。
 クリスティーナとなら共有出来た危機感はラクシュミを含め今はもう誰も持っていなかった。

 ーーーーー
「一階倉庫、赤いミラーワークの布の下を見て下さい。上から見えないようにめくりあげないでそっと、って伝言です」
 アビマニュがノンベジ食堂に入っていくのを見届けた後、スンダルが耳元で囁いてきた。
「誰から?」
 彼は答えず楽しげな目で倉庫ーまたは棚の方を指す。

 そのまま広間のテーブルでクリスティーナとジョージの遺した書き物を見つつ、アビマニュの報告も含めて考えをまとめていると、台所から出て来たアンビカに同じことを伝えられた。
 目を細めてにこりと笑われるとそろそろ動くかとの気にもなる。

 ラクシュミの肩より下の段、前あったはずの手袋や布巾が下に動かされふっくらと中央が盛り上がった白地に赤い模様のミラーワーク布が一面に掛かっている。
 おそらく「連中」に見えないようにとのことだろう。慎重に端から布をめくり途中からは顔を押し出して覗くと、白い布巾に大きな文字が書かれていた。

      「  I am a bomber. 」

 一行目は英語で、次からは定規を当てたようないかにも筆跡を隠した文字のヒンディー語だった。


       「 爆弾魔だ
         まだ作れる
         どうする? 」
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