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第5章 疑惑へようこそ(新2日目)

5ー8 幕間 ムンバイ

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〈とあるムンバイの団地〉
「……ひぃ…………ひぃ……」
 女は喉から声を漏らし男は散々打ち据えられた体を床に手を付きやっと支える。ふたりを囲む男たちが持つ棒の向こう、小さな居間は棚が横倒しになり鞄も鍋も散乱、その床にひざまずかされた少年が屈強な男に腕を掴まれるのが見えた。
 子どもだけはと手を合わせふたりが哀願し始めれば父親は蹴られた挙句足を背に乗せられ、母はクリケット玉のように棒で胴を叩かれ鳴き声まじりの悲鳴をあげる。

 少年の腕に鉈の大きな刃が寄せられた。
「兄ちゃんはどこに行った? 言わないと腕を掻っ切るぞ」
 止める母親の声は途切れ途切れにかすれる。
 男が目を見張ったのは、少年が拳でも振るように腕を突き上げてきたからだった。
「僕の腕をあげたら、お兄ちゃんを探してくれる?」



『ガキの腕になんぞ価値はねえよ』

「それで引き下がってきたのか?」
 黒革張りの大きなソファーで頭目が尋ねる。
「はい。ガキこそ自分の命を守るとなれば容赦ないのは知ってます。それで本当だとオレには思えました」
 頭を下げる。


『僕にゲームを買ってきてくれるって約束だったんだ!』
『サラージはお前との約束を破ったことはないのか』
『ううん、あるよ。だけどー』
 守れない時は必ず理由と次の目安を教えてくれた。

「聞けばうちの会社にかちこみがあった時と、母方の叔父が入院した時でウラも取れました」
「……」

 喧嘩が強くて向こうみずな奴は多いが、腕っぷしが強く思慮深い者は少ない。
 まだ少年だった奴を配下はそう評価して拾った。少しばかり興味を引かれ本部に引っ張ったが末端の警備要員で、何かあれば武闘派の連中に繋ぎ本人はどうなってもいい鉄砲玉扱いだった。
 先日会社が襲撃された時、サラージは中への知らせは勿論、敵の銃を奪って反撃し堅実な活躍をみせた。
『雇っているほとんどはカタギの連中だ。ここで発砲はまずい』
 場を考えろと説教はしたものの使える奴だと記憶に留めた。
 結局そのカタギの女事務員が、
『ちょっと借りてすぐ返すつもりだったんですぅー』
 とほざいて金を持ち出した犯人だったのだが。

 サラージが音もなく姿を消したのと金がなくなったのが同時だったので嫌疑がかかったが、もう晴れた。弟の言い分を信じるなら奴は自らの意思ではなく姿を消したことになる。
 事故か、殺られたのか。
 簡単にやられる男とは思えない。
 一方、今も周りを囲むボディガードたちならともかく、
(うちの人間として攻撃されるほどまだ目立っていない)
 使い走り程度で本業には使ったこともないのだ。

「……少し訊いてみる。家族に捜索願を出させろ」
「はっ!」
 ゴールドに近い黄色のカーペットで覆われた階段を降りる配下を呼び止めた。
「荒らした所は元に戻してやれ。それからサラージのネタが入ったらどんな小さなことでも俺に知らせろ」
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