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幕間(インタルミッション)

幕間 プレイヤー独白(下)

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12番 ラクシュミ
 サティヤム・シヴァム・スンダラム(真・善・美)
 美しく生きたい。
 モデルや女優のような外側の美しさではない。人として当たり前の道をシンプルに歩む。それだけだ。
 日々神の名を唱え、祈り、プージャを捧げ、自分の全てー心と体と言葉を注意深く観察して浄化し、世界の全てにイーシュワラ、神の姿を見て礼拝する。
 神に委ね、日々努力を重ねて節制し、エゴという汚れをひとつずつ取り除く。
 自己アートマンがブラフマンと一体化すれば人は神の道具となる。発する言葉も行いも全て神のものとなった時には、もうカルマを重ねることもない
 この世ではダルマに沿った「行為」を行い、死して輪廻の流転を逃れる。


 一方、すべての行為を私のうちに放擲し、私に専念して、
 ひたむきなヨーガによって私を瞑想し、念想する人々、
 それら私に心を注ぐ人にとって、私は遠からず生死流転の海から彼らを救済する者となる。
 アルジュナよ。    (バガヴァッド・ギーター12.6ー7)


 ーその道はまだ遠い。自分は未熟だ。
 忍耐が足りず焦ったり、本来見本にすべきすぐれた人に無駄に嫉妬することなどしょっちゅうだ。恥ずかしい。
 仰ぎ見れば気が遠くなる道を小さな自分が進んで行けるのは神に報いたいから。偉大な神への愛とその守りを信じているから。
 これが全世界どのような文化、何の宗教を称していようとも人間に共通のダルマという「科学」だ。
 人が幸福で、世の中が平和シャンティであるための道はひとつ。この「神の科学」なのだ。

 歴史に残らないほどの昔、真理は世界中に知られ、肌の色や顔だちが違う多くの人々がこの科学を実践していたはずだ。
 やがて人々に「偏り」のエゴが現れると神は彼らに合った救いを示した。神の愛ばかり求めるものにはキリスト教を、社会の秩序に従いがたい者たちには仏教を。
(だいたいイエスの時代に、霊性に興味を持った献身的修行者がこの地に足を運ばないということはない。記録がない青年時代はインドで神の科学を修養していたに決まっているーラクシュミは信じているし、回りの者も言っている)
 だからシリアン・クリスチャンや紀元前後の仏教徒は問題ない。その「宗教」は神が彼らに与えたもうた「処方箋」だったのだ。
 以前、MBAを取るなら留学してはどうか、成績も金銭的なことも問題ないと勧められたが断った。全ての傾向の者に対応出来る「神の科学」は、カリ・ユガの今我が国にしか残っていない。出来る限りこの聖なる土地から離れたくない。

 近代にはカルマの集積、世の汚れはひどくなり、エゴを増大させることを善しとする誤りが流れ込んだ。神に与えられた義務、神聖なる「仕事」「行為」に不満を持った者たちがキリスト教徒になり、新仏教徒となる。
 おそらく三代から五代前あたりで改宗しただろう家に生まれたことに責任はない。だがその不幸な生まれはクリスティーナの魂の過去のカルマによるものだ。
 彼女は現世数世代にわたる汚れすら自覚していない。
 自分が正しいと思っている。
「神の科学」に頭を垂れダルマに従う自分がそれに影響されることはないが、この非常時、忌まわしい場所にこれ以上汚れが広がってはならない。
 ダルシカがヒンドゥー教徒だったなら力づくでも掃除を止めさせた。
 だが彼女もまたカルマを負っての異教徒、そこまでの義務はないと手を離した。

 この試練の場で、自分も含め出来る限り多くの人間が生還する手立てを与えてください、とラクシュミはずっと祈っている。
 皆が身を守れますように。「ゲーム」が早く終わり、助けが来ますように。
 技術関係はファルハやスンダルといった知識を持った人たちの「仕事」、いざ脱出となれば力仕事が出来る男性陣は貴重、マーダヴァンが看護に献身するのも信仰ゆえだろう、素晴らしい。
 水道関係の仕事柄、使われているパイプや記号から少しわかったことがある。
 おそらくここはムンバイから東南東に位置するマハーラーシュトラ州内、紙飛行機にはそれを書いた。
 自分に出来る別の「仕事」は場を浄く保つーレベルにはもうないが、最悪に汚れきるのを防ぐこと。(バラモンのロハンが全く頼りにならない点にはかなり怒りを感じている。)
 絶え間ない注意深さとともに、
・事実を見ること
・可能性を全て拾い上げること

 アンビカとラジェーシュの組み合わせは「人狼」候補としてやはり気になる。
 ノンベジタリアンの連中が食欲のエゴでアンビカへ投票することが難しいならば、ラジェーシュの切り崩しからだろうか。
「皮肉なのはー」
 事実を観察し、可能性を漏れなく拾う。この「仕事」を自分と競うほど良くやっているのはクリスティーナなのだ。
 彼女はその点でよくこの場に献身バクティしている。
 この世でよく神の仕事を重ねたらー
 首を横に振る。クリスティーナに次の世はない。
 哀れみをもって呟いた。
「せいぜい頑張って生き残ることね」


14番 クリスティーナ

 女は生きるために戦う。

 男はいい。解放されて家に帰れば家族は諸手を挙げて迎え入れ、抱き締めて涙する。自分たちはそう簡単ではない。
 保護すべき者ー父親や夫ーの元を無断で離れ過ごす夜が、もう三晩。
 ここにいる者の「背景」はよくわからないが、長引けば長引くほどそれは「汚れ」とみなされ、家にふさわしくないとされないだろうか。
 その手の馬鹿げた面倒を言い出しかねないのは誇り高き連中か、またはある意味対極の「人権」のケの字も知らない家族たちだ。
 ラクシュミは当座の活動資金には不自由しないだろうし、MBA持ちで語学も出来、いざとなれば海外へも逃げられるだろう。わりと強そうなのはラディカで、今の工場でもう四年働いているそうだ。技術があれば他の織物工場に逃げ込める。ファルハはそう「面倒」はなさそうで、アンビカは婚家の考え次第。
 問題は未成年の学生たちだ。

 誘拐に良いも悪いもないが、今たった一つマシなのは(よくある人身売買と違い)すぐの性暴力にさらされないこと、だった。ロハンが動くまでは。
 誘拐犯連中の思うがまま「人狼ゲーム」が終わり、敗者となれば結局変わらない行き先か殺される。
 勝者になってすら、事の詳細は金で封じられ事件化されないだろうから、身の潔白を証明出来ない。火の中に飛び込む訳にもいかず、運が悪ければ「汚れた」女として家族の手で売り飛ばされて娼館送り、人身売買逆戻りだ。
 故意でも姦通でもないから、さすがに今時のムンバイで名誉殺人ー家族や親族になぶり殺される始末はないと思うが、年寄りたちにはその記憶を持つ者もいるかもしれないし、今もそれらが横行する田舎出身で行き来がある保護者たちもいるだろう。
 自分のアルバイト先のひとつに、高校での「日本事情と日本語講義」というものがある。正規の授業ではなく、日本文化サークルに出向いて簡単な話と日本語の挨拶などを教えるものだ。給金は少ないがとても楽しい時間だった。
 だがあの学校は厳格なミッション系女子校だから、誘拐で不明確な「行方不明」になった女など適当な理由で首だろう。
(禰豆子のコスプレ、見たかったなあ)
 和服の資料を渡した時の喜びはしゃいだ生徒らの顔を思い出す。
 
 ー帰る所がなくて良かった。

 思うことはチェンナイに出て以降時々あったが、今回が一番だ!
 その代わり、万が一「帰るべき家」に捨てられる女の子が出たら助けられるように、自分も生き延びよう。そしてこの酷い世界に自分たちを放り込んだ「連中」も締めてやる。
 そのためには「ゲーム」終了前に救助が来るか、または脱出に成功するのが望ましい。

 クソ野郎にはわからない世界だろう。だからこそロハンなどという害虫は確実に潰す必要があるのだ。
 生きるために鶏を締め、血を流す。それと同じだ。
(で、ロハンはどうしたっけ……?)
 三日目の「会議」でラクシュミが告発し、男性と女性で意見が分かれた。同数投票が計画されてー



<注>
・プージャ 礼拝の儀式
・カリ・ユガ インド哲学における四つの循環する時代の最後、悪の時代
・シリアン・クリスチャン 
 12使徒のひとりトマスの伝道によるとの伝承を持つ古くからのキリスト教徒。南部ケララ州に多い。実際、この地にキリスト教徒がいたことは1世紀から記録に残る。
・新仏教徒 ここではアンベードカル博士(1891ー1956)が始めた仏教復興運動による改宗者のこと。
・バラモン 僧侶階級
・火の中に飛び込む 「ラーマーヤナ」神話においてシーター姫が潔白を証明しようと火に飛び込んだとの逸話より


※本小説中の「バガヴァッド・ギーター」は断りのない限り全て下記よりの引用です。
「バガヴァッド・ギーター」 上村勝彦訳 岩波文庫 92年3月刊
 
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