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幕間(インタルミッション)
幕間 監視人2
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二日前。
薄いターコイズとグレーの幾何学模様が散った白地のワンピース。
きれいだな。下にワイドパンツが合わせてある。これもまた格好良いな。
第三回プロジェクト初日の夜、休憩室のカタログを「ラーダ」はうっとりとながめていた。だがどこかで見たようなー
(あ!)
チャンドリカチーフだ。先週、研修訓練の時着ていた組み合わせと似ている。
上司を思い出した途端どよんと気持ちが暗くなった。
(エレベーターで一緒になる他の会社の人もこういう服着てたからっ!)
きっと都会の流行りなのだろう。
ラーダは自分がどこに住んでいるかのを知らない。会社のあるこのビルがどこにあるのかも知らない。事前研修の場所からシャッターが降りた車で運ばれ、寮と会社の間はスモークガラスのバスで移動する。親やお兄ちゃんからの手紙はデリーの「本社」経由でやりとりされる。
それほどまでに秘密の、だからこそ誇るべきショービジネスの一員なのだとチーフらは自分たちを持ち上げた。夢のようだと目を輝かせてから三ヶ月も経っていない。
カタログの商品は給料からの天引きで購入出来る。今までとは打って変わった高給に調子に乗って使い過ぎそうになった何人かが、
『先のことを考えろ』
と呼ばれて説教を受けたのは聞いている。
ラーダはまだ通販で服を買ったことがない。そして今も手を止める。
(それより「これ」が欲しい)
着ているワンピースの裾より少し上を掴む。
オレンジの地に藍色の縁取り、小さなペイズリー柄のワンピースはラーダのお気に入りだ。
ベランダの窓の上に大きなピンクのアーチが並んでいるのを、マハラニの宮殿のようだと思った。そのアパートメントが従業員の寮だ。
三つのベッドルームにひとりずつ住み、台所やシャワールームは共同で使う。もっとも食事は職場の食堂か、朝晩そこから運ばれる屋台販売に頼るのがほとんどだ。三ヶ月目でも他のふたりとそう親しくはないのは上司の言い付けに従っているのではなく、言葉が通じないからだ。ラーダはクジャラート語、ひとりは南のタミル語、もうひとりはアッサム州から来たというからアッサム語だろうか。
共用のリビングには大きなクローゼットがあり、ラーダに言わせれば、
「都会的な最先端の服」
が詰まっている。これを着て通勤するよう指示された時にも舞い上がった。
今ならわかる。同じビルに勤める女性たちは皆この手の服装で何のことはない、いつもの服で歩きまわったらエレベーターでも廊下でも浮いてしまうというだけだ。
アパートメントの個室は村の学校の教室くらいの広さで床はピカピカの大理石、中には大きなベッドが置かれている。初めてこの部屋に来た時は飛んで踊りまくったが、今ではそれもない。
(全部見せかけ)
ヒンディー語も英語もろくにしゃべれない。チーフのようにパソコンで文章を書く方法も知らない。小学校に最後まで通った者はどれだけいるのだろう。
(学校は早くに辞めたけど、お兄ちゃんが色々教えてくれた)
だから読めないけれどそれなりに英語がわかる。上司へだけでなく同僚にもそれを隠したことをラーダは自分にしては賢いと思っていた。
三日で潰れた最初のプロジェクト、一週間ほどの二度目のプロジェクトと担当するうちより英語がわかるようになる。この「リアリティーショー」の設定は誘拐された見ず知らずの若い人たちが「ロール」によって分けられ、殺し合いを強制されるものだと理解出来てきた。
チーフは細かいことを教えない。監視員たちはこの「ストーリー」すら知らないのが前提だ。
「夜」時間の特殊業務を除けば、「プレイヤーの安全を守るため」ルール違反にはボタンを押し、普通ではないことにはこれまたボタンで上司に報告することの繰り返しで、地元の農家の手伝い以上の単純作業だ。必要なのはスピードと見逃さないこと、それだけだ。
プロジェクトがない間は研修として外国ドラマを見ながらボタンを押す訓練を繰り返す。
チーフは恐いけれど、何も考えなければそれで済む。
エアコンが効いた心地良いオフィスに座って何時間かを耐えれば、給料日には信じられないほどのお金がもらえる。だから何も考えなくてもという囁きと、うまい話などあるはずはない、高給がもらえるのは人殺しの犯罪絡みだからだ、これを放置したら悪人だとの囁きが自分の中で交互に繰り返された。
寮のクローゼットの服も給料天引きで買い取りが出来る。三ヶ月を過ぎるとがくりと値が下がると教えられた。
今のラーダの楽しみはお気に入りのこの藍とオレンジのワンピースの買い取りくらいだ。ルームメイトもこの服については独占を許してくれている。似合う、と手振りと片言のヒンディー語で伝えてくれたこともあった。
だから下手に買物には手を出さずにお金を貯めよう。
と少しの間休憩室で服を見てこれからの仕事のことを考えないようにしていた。
ドア横のリーダーにIDカードをかざしてモニター室に入る。胸に下げたIDカード、広々とした明るいオフィス、映画の中で主人公とヒロインが出会うIT企業のようだとこれまた初めのうちは目を輝かせた。リティクあたりが働いていそうだと夢見て飛び跳ねそうになる足を抑えたのも昔のようだ。
いくらきれいでも窓のない部屋は気が滅入る。昼か夜かもわからない。
入って直ぐのパソコンで自分のアイコンを探し、出勤チェックを入れる。
(今日は1番の席。担当はー)
横の腕章入れから14番蛙の腕章を引き出して付け、一番前左の1番座席の後ろに立つ。
と前シフトの同僚がモニターの右を指差した。
今夜の監視対象のうち片方は「役付」だ。
絶対に失敗してはならない仕事が待っている。喉を鳴らし自分もモニター上のアイコンを指差して確認した。
素早く彼女と席を替わりヘッドセットを付ける。
時刻は二十二時五十分。これから八時間が夜番勤務だ。
役付きのプレイヤーをチャンドリカが確認して回る。息が詰まり、押さえ付けられるように身が縮まるが何事もなく行き過ぎた。「夜」の時間を警告する音楽とアナウンスがヘッドセットから流れ出す。こちらはチーフが操作しての録音の放送だ。
音楽が大きくなり「夜」が始まるアナウンスがなされれば二十三時となる。
夜番は嫌いだ。
担当プレイヤーの部屋に「ウォルフ」が来れば、またはプレイヤーが「ウォルフ」だったなら身の毛もよだつことが繰り広げられる。
今日は初日だからまだ人数が多く、交替仮眠の間は三人ものプレイヤーを監視しなくてはならない。「ルール」違反も初期ほど多いのでずっと気を張る必要がある。役付、「ロール」のあるプレイヤーも初日は反応がわかり難い。これまた細心の観察を要する。
勤務開始十分でラーダの緊張は限界近くに達していた。
前シフトの担当がアイコンを選んで入力してくれているため、二十三時になれば「ロール」の案内は自動でプレイヤー寝室のモニターに流れる。
ラーダは画面のひとつをそのプレイヤーのモニターに、もうひとつはプレイヤーの表情が見えるカメラの画像を広げた。
今回のプレイヤーは重い表情でモニターを眺めている。
画面ではプレイヤーに選択を促しているが、それにのるかは人次第だ。選択された番号をチーフに送信するところまでが担当の仕事となる。
どくどくどく。心臓が鳴る。
この人はどのような人なのだろう。酷いことに連れてこられて可哀想ー
上目遣いでモニター室の様子を見る。男性席の間をハリーチーフが歩き回り、後方ではチャンドリカチーフが何やら入力しまくっているーとわかるのは、この1番席からはセンター長室の柱の金属にチーフデスクの様子が細い影となって映るのだ。
前のプロジェクトの終わりの方にそれに気付いた。
(チャンスだ)
頭の中で考えていたことが実行に移せるかもしれない。
やってしまったら、後戻りは出来ない。どうなるのかも見当がつかない。村の空を飛ぶ鳥の姿と木々の梢の風景が何故か思い出された。土の匂いが懐かしい。お母さんの料理が食べたい。
どくどくどく。耳の奥で大きく脈が打つ。頭はぼおっとするのに視界だけが変にクリアーで冷たい。
担当プレイヤーを注視しているふりで右手の上に左手を重ねて隠し、手早くメッセージを入力してエンター。
反応あり。
画面の中でプレイヤーが目を見開く。
チャンドリカがチーフ席に三台並ぶモニター画面に目を遣り始めた。
メッセージを削除。この時間、チャンドリカは不規則にあちらこちらのカメラを確認する。とりわけ「ロール」持ちのことは気にしてチェックしているだろう。
チャンドリカが顔を上げた。センター長席の様子を確認しているようだ。
もう一度同じメッセージを入力。
プレイヤーのモニター画面にそれが出ているのを確認する。
画面の中の彼女はぎょっと眉を上げ、近づいて画面を見る。
(気付いて、気付いて、気付いて)
これは「リアル・ウェアウォルフ・ゲーム」のメッセージではない。わたしからのプレゼントだ。
本当は助けてと言いたい。だけど「プレイヤー」はもっと助けて欲しいだろう。自分に出来るのはこれくらいだ。
(あなたたちはどこにいるの?)
わたしはどこにいる? 何故こんな、人殺しの片棒を担ぐようなことでお金をもらっているんだ? いくら父や姉たちのためといっても神様にもご先祖様にも申し訳が立たない。
これを楽しんでいるお金持ちの外国のお客様って、本当にいるのだろうか。まさかマフィアとかー?
チャンドリカが席を立ちこちらに近づく。左手の下右手で削除を押す。
もういい。プレイヤーは確かにメッセージを見て、それに応じて行動した。チャンドリカは隣の席の横を通りセンター長室の扉をノックして入室、モニターを指差してボスと何か話している。
ラーダは通常の手順でプレイヤーの入力した数字をチーフに送信した。
十分、二十分経っても何もない。あのメッセージは気付かれなかった!
どうかあの贈り物を上手く使ってくれますように。
お兄ちゃんが手紙に隠したメッセージに気付いてくれますように。
自分も、画面の向こうのプレイヤーさんたちも無事家に帰れますように。
メッセージを受け取った役付プレイヤーにも、もうひとりの担当プレイヤーにも今のところ「ウォルフ」の襲撃はない。
前のプロジェクトで初めてその場面を見た後、丸1日食事が喉を通らなかった。
『慣れるわよ』
チャンドリカは言った。
『これはあくまで番組でショー。本当に人が殺されている訳じゃない』
差し入れのバスキン・○ビンズを配る時、体調を尋ねてから彼女は軽く慰めた。頷きながらラーダはより恐くなった。
チーフたちは人殺しを知っていて、当たり前に扱って、部下に嘘を押しつける。
殺人疑惑を口にした同僚はクビではなく殺されたのかもしれない。思った夜が明ける前にラーダの口も永遠に封じられた。
洒落た中庭の闇の底を彼女の血が濡らして染めた。夜が明けきる前に庭の石はきれいさっぱりと掃除され、出勤者たちが中庭に立つ複数の警官に気を留めることもほとんどなかった。
<注>
・リティク リティク・ローシャン ボリウッドのスター俳優
薄いターコイズとグレーの幾何学模様が散った白地のワンピース。
きれいだな。下にワイドパンツが合わせてある。これもまた格好良いな。
第三回プロジェクト初日の夜、休憩室のカタログを「ラーダ」はうっとりとながめていた。だがどこかで見たようなー
(あ!)
チャンドリカチーフだ。先週、研修訓練の時着ていた組み合わせと似ている。
上司を思い出した途端どよんと気持ちが暗くなった。
(エレベーターで一緒になる他の会社の人もこういう服着てたからっ!)
きっと都会の流行りなのだろう。
ラーダは自分がどこに住んでいるかのを知らない。会社のあるこのビルがどこにあるのかも知らない。事前研修の場所からシャッターが降りた車で運ばれ、寮と会社の間はスモークガラスのバスで移動する。親やお兄ちゃんからの手紙はデリーの「本社」経由でやりとりされる。
それほどまでに秘密の、だからこそ誇るべきショービジネスの一員なのだとチーフらは自分たちを持ち上げた。夢のようだと目を輝かせてから三ヶ月も経っていない。
カタログの商品は給料からの天引きで購入出来る。今までとは打って変わった高給に調子に乗って使い過ぎそうになった何人かが、
『先のことを考えろ』
と呼ばれて説教を受けたのは聞いている。
ラーダはまだ通販で服を買ったことがない。そして今も手を止める。
(それより「これ」が欲しい)
着ているワンピースの裾より少し上を掴む。
オレンジの地に藍色の縁取り、小さなペイズリー柄のワンピースはラーダのお気に入りだ。
ベランダの窓の上に大きなピンクのアーチが並んでいるのを、マハラニの宮殿のようだと思った。そのアパートメントが従業員の寮だ。
三つのベッドルームにひとりずつ住み、台所やシャワールームは共同で使う。もっとも食事は職場の食堂か、朝晩そこから運ばれる屋台販売に頼るのがほとんどだ。三ヶ月目でも他のふたりとそう親しくはないのは上司の言い付けに従っているのではなく、言葉が通じないからだ。ラーダはクジャラート語、ひとりは南のタミル語、もうひとりはアッサム州から来たというからアッサム語だろうか。
共用のリビングには大きなクローゼットがあり、ラーダに言わせれば、
「都会的な最先端の服」
が詰まっている。これを着て通勤するよう指示された時にも舞い上がった。
今ならわかる。同じビルに勤める女性たちは皆この手の服装で何のことはない、いつもの服で歩きまわったらエレベーターでも廊下でも浮いてしまうというだけだ。
アパートメントの個室は村の学校の教室くらいの広さで床はピカピカの大理石、中には大きなベッドが置かれている。初めてこの部屋に来た時は飛んで踊りまくったが、今ではそれもない。
(全部見せかけ)
ヒンディー語も英語もろくにしゃべれない。チーフのようにパソコンで文章を書く方法も知らない。小学校に最後まで通った者はどれだけいるのだろう。
(学校は早くに辞めたけど、お兄ちゃんが色々教えてくれた)
だから読めないけれどそれなりに英語がわかる。上司へだけでなく同僚にもそれを隠したことをラーダは自分にしては賢いと思っていた。
三日で潰れた最初のプロジェクト、一週間ほどの二度目のプロジェクトと担当するうちより英語がわかるようになる。この「リアリティーショー」の設定は誘拐された見ず知らずの若い人たちが「ロール」によって分けられ、殺し合いを強制されるものだと理解出来てきた。
チーフは細かいことを教えない。監視員たちはこの「ストーリー」すら知らないのが前提だ。
「夜」時間の特殊業務を除けば、「プレイヤーの安全を守るため」ルール違反にはボタンを押し、普通ではないことにはこれまたボタンで上司に報告することの繰り返しで、地元の農家の手伝い以上の単純作業だ。必要なのはスピードと見逃さないこと、それだけだ。
プロジェクトがない間は研修として外国ドラマを見ながらボタンを押す訓練を繰り返す。
チーフは恐いけれど、何も考えなければそれで済む。
エアコンが効いた心地良いオフィスに座って何時間かを耐えれば、給料日には信じられないほどのお金がもらえる。だから何も考えなくてもという囁きと、うまい話などあるはずはない、高給がもらえるのは人殺しの犯罪絡みだからだ、これを放置したら悪人だとの囁きが自分の中で交互に繰り返された。
寮のクローゼットの服も給料天引きで買い取りが出来る。三ヶ月を過ぎるとがくりと値が下がると教えられた。
今のラーダの楽しみはお気に入りのこの藍とオレンジのワンピースの買い取りくらいだ。ルームメイトもこの服については独占を許してくれている。似合う、と手振りと片言のヒンディー語で伝えてくれたこともあった。
だから下手に買物には手を出さずにお金を貯めよう。
と少しの間休憩室で服を見てこれからの仕事のことを考えないようにしていた。
ドア横のリーダーにIDカードをかざしてモニター室に入る。胸に下げたIDカード、広々とした明るいオフィス、映画の中で主人公とヒロインが出会うIT企業のようだとこれまた初めのうちは目を輝かせた。リティクあたりが働いていそうだと夢見て飛び跳ねそうになる足を抑えたのも昔のようだ。
いくらきれいでも窓のない部屋は気が滅入る。昼か夜かもわからない。
入って直ぐのパソコンで自分のアイコンを探し、出勤チェックを入れる。
(今日は1番の席。担当はー)
横の腕章入れから14番蛙の腕章を引き出して付け、一番前左の1番座席の後ろに立つ。
と前シフトの同僚がモニターの右を指差した。
今夜の監視対象のうち片方は「役付」だ。
絶対に失敗してはならない仕事が待っている。喉を鳴らし自分もモニター上のアイコンを指差して確認した。
素早く彼女と席を替わりヘッドセットを付ける。
時刻は二十二時五十分。これから八時間が夜番勤務だ。
役付きのプレイヤーをチャンドリカが確認して回る。息が詰まり、押さえ付けられるように身が縮まるが何事もなく行き過ぎた。「夜」の時間を警告する音楽とアナウンスがヘッドセットから流れ出す。こちらはチーフが操作しての録音の放送だ。
音楽が大きくなり「夜」が始まるアナウンスがなされれば二十三時となる。
夜番は嫌いだ。
担当プレイヤーの部屋に「ウォルフ」が来れば、またはプレイヤーが「ウォルフ」だったなら身の毛もよだつことが繰り広げられる。
今日は初日だからまだ人数が多く、交替仮眠の間は三人ものプレイヤーを監視しなくてはならない。「ルール」違反も初期ほど多いのでずっと気を張る必要がある。役付、「ロール」のあるプレイヤーも初日は反応がわかり難い。これまた細心の観察を要する。
勤務開始十分でラーダの緊張は限界近くに達していた。
前シフトの担当がアイコンを選んで入力してくれているため、二十三時になれば「ロール」の案内は自動でプレイヤー寝室のモニターに流れる。
ラーダは画面のひとつをそのプレイヤーのモニターに、もうひとつはプレイヤーの表情が見えるカメラの画像を広げた。
今回のプレイヤーは重い表情でモニターを眺めている。
画面ではプレイヤーに選択を促しているが、それにのるかは人次第だ。選択された番号をチーフに送信するところまでが担当の仕事となる。
どくどくどく。心臓が鳴る。
この人はどのような人なのだろう。酷いことに連れてこられて可哀想ー
上目遣いでモニター室の様子を見る。男性席の間をハリーチーフが歩き回り、後方ではチャンドリカチーフが何やら入力しまくっているーとわかるのは、この1番席からはセンター長室の柱の金属にチーフデスクの様子が細い影となって映るのだ。
前のプロジェクトの終わりの方にそれに気付いた。
(チャンスだ)
頭の中で考えていたことが実行に移せるかもしれない。
やってしまったら、後戻りは出来ない。どうなるのかも見当がつかない。村の空を飛ぶ鳥の姿と木々の梢の風景が何故か思い出された。土の匂いが懐かしい。お母さんの料理が食べたい。
どくどくどく。耳の奥で大きく脈が打つ。頭はぼおっとするのに視界だけが変にクリアーで冷たい。
担当プレイヤーを注視しているふりで右手の上に左手を重ねて隠し、手早くメッセージを入力してエンター。
反応あり。
画面の中でプレイヤーが目を見開く。
チャンドリカがチーフ席に三台並ぶモニター画面に目を遣り始めた。
メッセージを削除。この時間、チャンドリカは不規則にあちらこちらのカメラを確認する。とりわけ「ロール」持ちのことは気にしてチェックしているだろう。
チャンドリカが顔を上げた。センター長席の様子を確認しているようだ。
もう一度同じメッセージを入力。
プレイヤーのモニター画面にそれが出ているのを確認する。
画面の中の彼女はぎょっと眉を上げ、近づいて画面を見る。
(気付いて、気付いて、気付いて)
これは「リアル・ウェアウォルフ・ゲーム」のメッセージではない。わたしからのプレゼントだ。
本当は助けてと言いたい。だけど「プレイヤー」はもっと助けて欲しいだろう。自分に出来るのはこれくらいだ。
(あなたたちはどこにいるの?)
わたしはどこにいる? 何故こんな、人殺しの片棒を担ぐようなことでお金をもらっているんだ? いくら父や姉たちのためといっても神様にもご先祖様にも申し訳が立たない。
これを楽しんでいるお金持ちの外国のお客様って、本当にいるのだろうか。まさかマフィアとかー?
チャンドリカが席を立ちこちらに近づく。左手の下右手で削除を押す。
もういい。プレイヤーは確かにメッセージを見て、それに応じて行動した。チャンドリカは隣の席の横を通りセンター長室の扉をノックして入室、モニターを指差してボスと何か話している。
ラーダは通常の手順でプレイヤーの入力した数字をチーフに送信した。
十分、二十分経っても何もない。あのメッセージは気付かれなかった!
どうかあの贈り物を上手く使ってくれますように。
お兄ちゃんが手紙に隠したメッセージに気付いてくれますように。
自分も、画面の向こうのプレイヤーさんたちも無事家に帰れますように。
メッセージを受け取った役付プレイヤーにも、もうひとりの担当プレイヤーにも今のところ「ウォルフ」の襲撃はない。
前のプロジェクトで初めてその場面を見た後、丸1日食事が喉を通らなかった。
『慣れるわよ』
チャンドリカは言った。
『これはあくまで番組でショー。本当に人が殺されている訳じゃない』
差し入れのバスキン・○ビンズを配る時、体調を尋ねてから彼女は軽く慰めた。頷きながらラーダはより恐くなった。
チーフたちは人殺しを知っていて、当たり前に扱って、部下に嘘を押しつける。
殺人疑惑を口にした同僚はクビではなく殺されたのかもしれない。思った夜が明ける前にラーダの口も永遠に封じられた。
洒落た中庭の闇の底を彼女の血が濡らして染めた。夜が明けきる前に庭の石はきれいさっぱりと掃除され、出勤者たちが中庭に立つ複数の警官に気を留めることもほとんどなかった。
<注>
・リティク リティク・ローシャン ボリウッドのスター俳優
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