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86.

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 あくる日。

 胸を弾ませながらいつもの通学路を歩く。

 涼しくも生温い風が吹き抜け、青々とした木々が揺れる。校舎前の花壇には蕾を携えた紫陽花が群生していて、雨垂れを心待ちにしていた。

 もうそんな季節になったのかと実感しつつ、大変なのはこれからだと自分を鼓舞しつつ──そうして、また新しい日常が始まろうとしていた。

 下駄箱で靴を履き替え、エレベーターで目的の階へ。戸を開けて教室に入ると、窓辺から差す暖かな陽射しが空間を照らしている。俺もそんな微睡の気分で席へと着きたかったのだが──何故か女性陣の視線が痛い。

 あー……またか。

 どうやら"昨日の件"を誰かが流布したらしい。壱琉の熱烈なファンなのか何なのかは知らんが、毎度情報の拡散が早すぎる。いつか暴いてやるからな……お漏らし野郎!

 などと悶々していると、やたら姿勢の良い女子生徒が目に入った。錦織小雪合である。静かに読書をしていて、彼女に浴びせられているのは女子生徒の痛い視線ではなく、男子生徒からの熱視線だった。

「俺だけですか……そうですか」

 小言を呟くなり俺は席につく。

 普段あまり意識していなかったが錦織は確かに文句一つない美麗嬢だ。行動と言動を除けば。……いや、文句あるじゃねえか。

 凛とした容姿が人気なのか、はたまた問題に取り組む果敢な姿に魅了されたのか、どちらにせよ人気急上昇らしい。

 まあ、これは一時的な現象に過ぎない。今日から始まる伝説の部活が始動すれば立場は逆転するだろうさ……そうだよな?(希望的観測)
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