上 下
71 / 94

71.

しおりを挟む
 よし…。
 決意して、俺は短くため息を切った。
 早速椅子に座ろうとしたのだが…、
「まだよー。まずは身嗜みを整える所から始めましょ」
 五十嵐は着席しようとした俺に「待った」をかけると、一度閉じていたクローゼットを再び開けた。
 高級ブランドの数々。綾崎先生が用意した設備とは聞いていたが、全てが私物という訳ではないらしい。俺でも着れそうな男性用の丈を調節したスーツなどがあって、新規で購入したものかもしれない。
「ほぉ~、グリッチにデューオールに…ロイヴァントンまである…。有名ブランドは一通りあるみたいだな」
 俺は腕を組みながら、知っている限りの名前を連ねた。あまりに著名なブランドの数々だから、綾崎先生の趣味嗜好が現れているとも思えないが、何にしろ壮観過ぎる光景だ。自然と観察してしまう。
 ふと、横目を見やれば五十嵐が怪訝な表情、錦織が浅いため息をついていた。
「え、何?夜崎くん何者…?」
 五十嵐が引きながら、困惑している。
「ブランド名だけは、一丁前に出てくるんですよね…」
 呆れた口調で錦織が答えた。
 いや、だってさ。家に入ってくるブランドのチラシとか見ちゃうじゃん?買えないのは重々承知だから、そのチラシをコレクションする事によって欲求を解消していたりするんだよなぁ。共感出来る人いない?おーい。
 五十嵐は俺達二人を交互に見ると、また正面を向いた。
「……気を取り直して、まずは服選びから。夜崎くん。自身のセンスでコーディネートしてみて」
「…コーディネートって、自分でするのか?」
 弱々しい声音だったからか、五十嵐が人差し指をビシッと俺の眼前に向けた。
「当たり前でしょう。センスはどうであれ、一番大切なのはその人の個性だもん。まずはそこを見たい」
 はいはい個性ね。個性。
 かくいう五十嵐に個性があるのか問い詰めてみたい所だが、今は指導教員。同じ学生と言えど、目上の立場なのだ。ここは素直に従おう。
「分かりました…。では夜崎辰巳のファッションセンスをご覧にいれましょう」
 調子のいい声音で言い放った。
 錦織は慣れたのか半ば無視を貫く。一方、五十嵐は唾液を一つ飲み込む程度には緊張感を滲ませていた。
 大口叩いて、さて、どうしたものか。女子生徒一人は妙な期待をしているようだが俺自身、真面に服選びなどした事がない。鼻から本棚を適当に探って、上下を揃える所望であった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フリー朗読台本

あやな《紡ぎ人》
エッセイ・ノンフィクション
私の心に留まる想いを、 言葉にして紡いでおります( . .)" 数ある台本の中から、 私の作品を見つけて下さり、 本当にありがとうございます🥲 どうかあなたの心に、 私の想いが届きますように…… こちらはフリー朗読台本となってますので、 許可なくご使用頂けます。 「あなたの心に残る朗読台本を☽・:*」 台本ご依頼、相談等あれば 下記アカウントまでご連絡ください( . .)" Twitter:Goodluck_bae

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

アルファポリスで規約違反しないために気を付けていることメモ

youmery
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスで小説を投稿させてもらう中で、気を付けていることや気付いたことをメモしていきます。 小説を投稿しようとお考えの皆さんの参考になれば。

兄になった姉

廣瀬純一
大衆娯楽
催眠術で自分の事を男だと思っている姉の話

末っ子は天使時々小悪魔?

星夜るな
青春
末っ子には二人の兄がいる。 兄弟たちの日常を書いた作品です。 振り回しているのは一体誰か? 高校生になったらアイドル結成?! 急に大人気に! 毎日の慌ただしい日々の中に兄弟たちはヘトヘト。でも大切な家族があるから頑張れる。

春色フォーチュンリリィ

楠富 つかさ
青春
 明るく華やかな高校生活を思い描いて上京した主人公、春宮万花は寮の四人部屋での生活を始める。個性豊かな三人のルームメイトと出会い、絆を深め、あたたかな春に早咲きの百合の花がほころぶ。

底辺男のミセカタ 〜ゴミスキルのせいで蔑まれていた俺はスキル『反射』を手に入れて憎い奴らに魅せつける〜

筋肉重太郎
ファンタジー
俺は……最底辺だ。 2040年、世界に突如として、スキル、と呼ばれる能力が発現する。 どんどん良くなっていく生活。 いくつもの世界問題の改善。 世界は更により良くなっていく………はずだった。 主人公 田中伸太はスキルを"一応"持っている一般人……いや、底辺男であった。 運動も勉学も平均以下、スキルすら弱過ぎるものであった。平均以上にできると言ったらゲームぐらいのものである。 だが、周りは違った。 周りから尊敬の眼差しを受け続ける幼馴染、その周りにいる"勝ち組"と言える奴ら。 なんで俺だけ強くなれない………… なんで俺だけ頭が良くなれない………… 周りからは、無能力者なんて言う不名誉なあだ名もつけられ、昔から目立ちたがりだった伸太はどんどん卑屈になっていく。 友達も増えて、さらに強くなっていく幼馴染に強い劣等感も覚え、いじめまで出始めたその時、伸太の心に1つの感情が芽生える。 それは…… 復讐心。

チート魔法の魔導書

フルーツパフェ
ファンタジー
 魔導士が魔法の研究成果を書き残した書物、魔導書――そこに書かれる専属魔法は驚異的な能力を発揮し、《所有者(ホルダー)》に莫大な地位と財産を保証した。  ダクライア公国のグラーデン騎士学校に通うラスタ=オキシマは騎士科の中で最高の魔力を持ちながら、《所有者》でないために卒業後の進路も定まらない日々を送る。  そんなラスタはある日、三年前に他界した祖父の家で『チート魔法の魔導書』と題された書物を発見する。自らを異世界の出身と語っていた風変わりな祖父が書き残した魔法とは何なのか? 半信半疑で書物を持ち帰るラスタだが、彼を待ち受けていたのは・・・・・・

処理中です...