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午後の終了を知らせるチャイムが鳴る。
放課後、何か予定がある訳でもないのでカフェにでも寄ろうかと考えていた。
が、エレベーターで一階へ向かう途中、まさかの腹痛。すかさず途中階のボタンを押し、トイレへ直行。
―――まさか、これが運命を左右する分岐点だったなんて夢にも思わなかった。
運良く降りた途中階は空き教室が多いフロアでトイレにも人気がなかった。
「うぅ…マジでキツかったな…」
腹がよじれそうな痛みから生還し、そんな独り言を呟く。マジで空いててよかった…。こんな状況下で長蛇の列なんかできていたらそれはもう絶望。
駅のトイレがいい例で個室が全て閉まっていた時の絶望は共感出来るだろう。中にいるのは大体腹を壊したオッサンにオジサン。
ほんとオッサン食生活改めろ!
お腹を摩りながら、エレベーターに戻ろうした時である。
ん?あれは…如月さん…か?
吹き抜け構造を挟んだ向かい側。
小柄な少女が俯きながら、手摺に手をかけて下を見下ろしていた。
あの髪の色、瞳、顔立ち。間違いなく如月さん本人である。
一体何故、こんな所にいるのだろうか。今日、如月さんは風邪で学校を休んでいた筈なのに。違和感を覚える。
見放すわけにもいかず、俺は迷わず如月さんの元へと向かった。
如月さんが佇む廊下の角までこぎつけた。
カバーアクションをとり、気づかれないよう壁からそっと様子を伺う。
こうでもしないと小動物のように逃げられてしまうかもしれない。
彼女は自然な様相をしていたが、黒点が深淵のように暗い。何一つ見えていないようだ。加えて、どこかから持ってきた木箱に乗っていた。 先程の違和感は身長にあったらしい。
如月は両手を胸に当てて、強く何かを呑み下した。 神にお告げでもするのだろうか。
すると、彼女は少しずつ歩を進め始めた。
生気なんてなかった。
…?
…いや、まさか。そんな。
如月は真実を自ら語ることはしなかった。
出来るはずもなかった。
それほど深刻な重圧が存在していたのだ。
…ッ
俺は咄嗟に駆け出した。
「…っ!」
荒ぶる足音に気付いたのか、如月が急いで身を乗り出す。 死に物狂いでたどり着くと、今にも麓へ落ちていきそうな小さな肩を掴み、強引に引き戻した。
「なにッ…やってるんだッ…」
「はなしてっ!貴方には…関係なぃ!」
涙目で破顔する如月。
「はなして!…はなしてよぅ!」
喚声で彼女は訴えていた。
「…死んじゃ元も子もないじゃねえかッ!」
俺は声を荒らげ、手摺を掴む如月の手を力づくでほどき、廊下の地べたに引き摺り下ろした。予想だにしない抵抗ではあったが、男手が及ばない程の力ではない。
「…ッ…ッ…」
崩れ落ちた如月は泣いていた。
「はぁ…はぁ…」
あまりに突然だった。
あと一歩でも遅かったら。
エレベーターからこの階に降りていなかったら。
自殺未遂。揺るがない事実がそこには存在していた。俺は結局、何一つ彼女を助けることが出来なかった。動向を把握する事さえし出来なかった。
どうしたらこの問題は沈静化するか議論したり、いじめをしているグループの監視をしてみたり―――
こんなの隠蔽を図る上層部の言い回しとなんら変わりない。
やはり、本体を潰す一択に限られていたのだ。何なら一層、加害者を退学させてやる。
深い憎悪が俺を奮い立たせていた。
「…ッ…ッ…誰か」
大粒の涙を流しながら、如月が口を開いた。助けを大声で求められたら、俺の立場が危うくなる。
「…ッ…たす…助けて…よ」
通報ではなかった。彼女は初めて意思を示した。胸が締め付けられるような叫びだった。願いだった。
俺は近くに歩み寄り、目線の高さを合わせる。
「…今まで辛かったんだな」
どの口が言っているのだろうかと思う。自分自身を酷く不愉快に感じた。
如月は吐息さえままならない状態であるので先行して話しかける。
「協力する…。だから如月さんもほんの少しでいい。…協力してくれ」
上手くいくか分からない。俺はそんな信用のない声音を漏らした。
「…なんで」
思わず如月が口を開いた。
「なんで…私にそこまで執着するの…協力するの…」
低声で答えた。
「理由なんてない」
これは本心だ。
「…特別候補生…だからですよね」
感情のない言葉が呟かれた。
肩書きは何の意味も成さず、心に刺さることもない。
「違う。その肩書きに責務なんてものはないんだ」
「…じゃあ…なんで」
俺に慈愛の心が残っているのなら―――
「これは…俺のためだ」
「貴方のため…?」
如月は疑問符を募らせる。
「俺は自身のためにこの問題を解決する。そして如月さんはその道中に居ただけの存在だ。単純な話だろう?」
言い終えて俺は彼女の顔を見る事をしなかった。
「…いい人ですね…貴方は」
如月は籠り声で答える。
残念ながら「いい人」には到底なれそうもない。
放課後、何か予定がある訳でもないのでカフェにでも寄ろうかと考えていた。
が、エレベーターで一階へ向かう途中、まさかの腹痛。すかさず途中階のボタンを押し、トイレへ直行。
―――まさか、これが運命を左右する分岐点だったなんて夢にも思わなかった。
運良く降りた途中階は空き教室が多いフロアでトイレにも人気がなかった。
「うぅ…マジでキツかったな…」
腹がよじれそうな痛みから生還し、そんな独り言を呟く。マジで空いててよかった…。こんな状況下で長蛇の列なんかできていたらそれはもう絶望。
駅のトイレがいい例で個室が全て閉まっていた時の絶望は共感出来るだろう。中にいるのは大体腹を壊したオッサンにオジサン。
ほんとオッサン食生活改めろ!
お腹を摩りながら、エレベーターに戻ろうした時である。
ん?あれは…如月さん…か?
吹き抜け構造を挟んだ向かい側。
小柄な少女が俯きながら、手摺に手をかけて下を見下ろしていた。
あの髪の色、瞳、顔立ち。間違いなく如月さん本人である。
一体何故、こんな所にいるのだろうか。今日、如月さんは風邪で学校を休んでいた筈なのに。違和感を覚える。
見放すわけにもいかず、俺は迷わず如月さんの元へと向かった。
如月さんが佇む廊下の角までこぎつけた。
カバーアクションをとり、気づかれないよう壁からそっと様子を伺う。
こうでもしないと小動物のように逃げられてしまうかもしれない。
彼女は自然な様相をしていたが、黒点が深淵のように暗い。何一つ見えていないようだ。加えて、どこかから持ってきた木箱に乗っていた。 先程の違和感は身長にあったらしい。
如月は両手を胸に当てて、強く何かを呑み下した。 神にお告げでもするのだろうか。
すると、彼女は少しずつ歩を進め始めた。
生気なんてなかった。
…?
…いや、まさか。そんな。
如月は真実を自ら語ることはしなかった。
出来るはずもなかった。
それほど深刻な重圧が存在していたのだ。
…ッ
俺は咄嗟に駆け出した。
「…っ!」
荒ぶる足音に気付いたのか、如月が急いで身を乗り出す。 死に物狂いでたどり着くと、今にも麓へ落ちていきそうな小さな肩を掴み、強引に引き戻した。
「なにッ…やってるんだッ…」
「はなしてっ!貴方には…関係なぃ!」
涙目で破顔する如月。
「はなして!…はなしてよぅ!」
喚声で彼女は訴えていた。
「…死んじゃ元も子もないじゃねえかッ!」
俺は声を荒らげ、手摺を掴む如月の手を力づくでほどき、廊下の地べたに引き摺り下ろした。予想だにしない抵抗ではあったが、男手が及ばない程の力ではない。
「…ッ…ッ…」
崩れ落ちた如月は泣いていた。
「はぁ…はぁ…」
あまりに突然だった。
あと一歩でも遅かったら。
エレベーターからこの階に降りていなかったら。
自殺未遂。揺るがない事実がそこには存在していた。俺は結局、何一つ彼女を助けることが出来なかった。動向を把握する事さえし出来なかった。
どうしたらこの問題は沈静化するか議論したり、いじめをしているグループの監視をしてみたり―――
こんなの隠蔽を図る上層部の言い回しとなんら変わりない。
やはり、本体を潰す一択に限られていたのだ。何なら一層、加害者を退学させてやる。
深い憎悪が俺を奮い立たせていた。
「…ッ…ッ…誰か」
大粒の涙を流しながら、如月が口を開いた。助けを大声で求められたら、俺の立場が危うくなる。
「…ッ…たす…助けて…よ」
通報ではなかった。彼女は初めて意思を示した。胸が締め付けられるような叫びだった。願いだった。
俺は近くに歩み寄り、目線の高さを合わせる。
「…今まで辛かったんだな」
どの口が言っているのだろうかと思う。自分自身を酷く不愉快に感じた。
如月は吐息さえままならない状態であるので先行して話しかける。
「協力する…。だから如月さんもほんの少しでいい。…協力してくれ」
上手くいくか分からない。俺はそんな信用のない声音を漏らした。
「…なんで」
思わず如月が口を開いた。
「なんで…私にそこまで執着するの…協力するの…」
低声で答えた。
「理由なんてない」
これは本心だ。
「…特別候補生…だからですよね」
感情のない言葉が呟かれた。
肩書きは何の意味も成さず、心に刺さることもない。
「違う。その肩書きに責務なんてものはないんだ」
「…じゃあ…なんで」
俺に慈愛の心が残っているのなら―――
「これは…俺のためだ」
「貴方のため…?」
如月は疑問符を募らせる。
「俺は自身のためにこの問題を解決する。そして如月さんはその道中に居ただけの存在だ。単純な話だろう?」
言い終えて俺は彼女の顔を見る事をしなかった。
「…いい人ですね…貴方は」
如月は籠り声で答える。
残念ながら「いい人」には到底なれそうもない。
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