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 放課後、いつものラウンジに向かう。半ば習慣と化していた。
 無論、今日は錦織…というか今の所、真面に話せるのが伊藤さんと錦織ぐらいしかいない。いや、でも伊藤さんはクラスの代表として意思を伝えに来ただけであって、友人とは呼べないか。
 思考するが否や、ラウンジに到着した。
 巨大なガラス張りから白い斜光が入り込み、周辺にいる人物の陰影をモノトーンのように強調していた。
 ガラス張りの角には構造上、大きな柱が据え付けられている。その為、直線上に長い影が落ちる。細長く伸びた影の真下に錦織は居て、日に当たらないよう影の道を辿ってこちらに向かっていた。
 なに、錦織って日に当たったら溶けちゃうの?
「こんにちは」
 目先のカウチソファ前に佇んだ錦織が腰を下ろしながら挨拶をしてきた。俺もそれに倣って軽く会釈を返す。
 これが友人と接する距離感かってくらい無愛想な表情ではあったが。
 日光の角度が変わると、身をよじって錦織が少々移動する。
 ああ…お肌大切ですもんね。
 俺は一呼吸置いて、口火を切った。
「久しぶりだな」
「たった一日しか、経っていませんけど」
 錦織の眉根がピクリと上がった。早くもイライラメーターを上昇させてしまったらしい。
「…ともかく、急に呼び出して悪い」
 錦織は小さく首を横に振った。どうやら、それについては何の問題もないらしい。
 すると、錦織は珍しくジェスチャーを使って、俺に行動を求めてきた。細くしなやかな手を首回り後部に向かって指差ししている。
 俺もそれに倣って同じように手をやってみると、
 紙…が入っていた。
 そうだ。フードに手紙ボックス作ってるんだった。すっかり、忘れてたぜ☆
 引き出して確認する。
 丁寧に封された逆さ三角形を開き、中身を取り出す。そこには達筆な字で『馬鹿ですか、貴方は』と書かれていた。
 えっと、はい…?
 俺は錦織に向かって苦言を呈した。
「…これ、いちいち手紙に書く必要なかったよね…?」
 錦織は何一つ表情を崩す事無く、「ありました」とだけ答えた。
 何度も言うけど、回りくどい手法使わなくていいから…。
「というかこれ、いつの間に入れたんだよ…。全く気付かなかったぞ」
 錦織は「この程度?」とばかりに呆れまじりの溜息を漏らした。
 アサシンというだけあって、ステルス性能も健在という訳か。
「貴方が気付いていないことがもう一つあります。私も昨日、貴方が変な気を起こさないかどうか様子を伺っておりました」
「…え?ちょ、おま、え?」
 通報されるやつですか。そうですか。
 錦織は表情を真剣なものに変えて、鋭い口調を浴びせくる。
「あれは恐喝ですか?何ですか?」
「何処をどう見たらそういう解釈になるんだ」
 もしも、誰かに見られていたら…なーんて考えも現実となってしまった。「それに」と付け加えて、錦織は続けた。
「被害者である如月さんに直接話しかけるなんて…もっての他でしょう」
 その声音には多少の苛立ちが感じられた。
「…リスキーな手段をとった事は認める。でもな、錦織。少しずつ状況を把握していくんじゃ駄目なんだよ。気づいたら手遅れ、なんて事態が起きかねない」
 我ながら危ない橋を渡ったと思う。けれど、このまま様子を伺うような慎重策をとっていたら駄目なのだ。それこそ学校と同じ対応に成りかねない。
「ですが…」
 錦織は反対意見を述べようとした。しかし、言い淀んで続く言葉をあえなく呑み込む。
 そして、心配事だけを口にした。
「逆効果にならなければいいですけど…」
 声音には慈愛の心が含まれている。
 人間が人間を助けたいと思うのは偏に同じ。けれど、行動に移せるかどうかはまた別問題。
「…率直に質問をしたはいいが如月さん自身が問題を表に出そうとはしなくてね」
「貴方に抑圧されて、答えられなかったのでは?」
 これが冗談である事だけは分かった。
 俺は踵を返して、口調を早めた。
「とにかくだ…時間がないように思えるんだ」
 夜崎辰巳という人間像に似つかない深刻な表情をしていたと思う。
 錦織も真剣な面持ちになる。
「随分と抽象的な言い方ですが、つまりどういう事ですか」
「…現時点、如月が学校に来てるだけマシって事だよ。ただ、俺には何かの腑に落ちる可能性があるような気がしてならないんだ。悪い意味でな」
 続けて言った。
「…で、提案というかお願いがあるんだが、」
 錦織は腕を組んで聞き入れる体勢をとった。
「すまんがこの件についての協力を辞退してくれないか」
「え…はい?」
 彼女は俺に何度驚かされた事だろう。
「時間がないって言ったろ。…実はこの件を一撃で終わらせる策を既に思いついているんだが、ぶっちゃけリスクどころか退学になる可能性だってある危険な策だ」
 後ろめたく感じ、視線を徐々に落としてしまっている事に我ながら気付く。
 錦織は深いため息をついた。けれど、その透き通る黒眼球の眼差しは揺るぎなかった。
「私を切り離すのは貴方にとっての優しさですか」
「そうだ。巻き込まれたくないだろう?」
 俺は底辺校から成り上がった身。彼女は頂点校から降りてきた身。身分も違えば立場も違う。迷惑をかけてしまっては成績を棒に振ることだって有りうるのだ。
 だからこその配慮であり措置。
 錦織は瞼を見開くと、
「残念ながら、降りる気はありませんよ」
「そう言うと思った。だけど今回ばかりは降りてくれ。連帯責任を負わせたくない」
 俺は堅固な眼差しで錦織を咎めた。
 錦織は一切の動揺を見せる事なく、
「特別候補生といえど、如月さんを助ける義理も強制力もないはずです。それでも何故貴方は…」
 おっしゃる通り。錦織の言っていることは何ら間違っちゃいない。特別候補生といっても正直、他生徒と何が違うのか分かったもんじゃない。
 それでも俺は如月さんという他人の不幸に怒りを覚えていた。
 自分が口先だけの物言いである事は自覚している。だからこそ、それを覆さなければならない。
「貴方の行動心理を読み取ることは出来ません。ですが、私も特別候補生の一人なんです。誰かを助けたい意欲があるのです」
 錦織は聡明な眼差しで言う。
「…退学になるかもしれんぞ」
 神妙な面持ちで伝えた。
「承知の上。私自身も、段取りの悪さを自覚しているんです。…だからそれを変えたい。行動力を証明したい」
「他に証明する場所なんて…幾らでもある」
 視線を逸らしながら、俺は強情に錦織の意思を否定した。すると彼女は溜息をついて、やや苛立った声を放った。
「…貴方は私を特別候補生として認められないという事でしょうか」
 認めるも何も判断材料が不足し過ぎて結論は出せない。
「そうじゃない。ただ俺は…」
 錦織は言い終えるのを待たずに、一つ呟く。
「…自己犠牲は何の美徳にもなりませんよ」
 口にされて、はたと気付かされた。
 ここは任せて先に行けなんて、事後を踏まえれば悪徳にさえ成りうるというのだと。
 馬鹿馬鹿しく思えてきて、俺は自嘲しながら言った。
「誰が悲しんでくれるんだ?」
「親御さんに先生。私も悲しみます」
 錦織は冗談めかして答えた。
「すまん。何か意思も尊重せず勝手に仕切ってたわ」
 先行した自意識を自覚しつつ、錦織に詫びた。
「大丈夫です。私も貴方を否定してばかりいましたから」
「そうですか」
 当たり障りもなく答えた。
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