例えば、こんな学校生活。

ARuTo/あると

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 不意に腕時計を見やった。

 時刻は八時十五分。このままのんびりしていては遅刻してしまう。俺は急いでエレベーターのボタン叩き、上層階へと移動した。

 目的の階に到着。

 高層ビルの中心部は吹き抜けであり、簡単に言えば正方形の木枠のような形をしている。これなら道なりに教室を当たっていけばいずれは行き着くだろう。

 特に地図を確認することなく廊下を放浪する。日光が反射した床面に影を落としながら、走ることしばし。床面が部屋の灯りで一層明るくなった場所で脚を止めた。頭上には一年A組と明朝体で表記された学級表札。

 腕時計の針は始業一分前を指している。

 間に合った…。

 本当の青春がようやく幕を開けるのだ。これまで何度この決意を感じてきたであろう。

 戸を開けるにも、時刻を考えれば前列まで人が埋まっている事は概推測できる。となれば、後方の引き戸を開けるのが最適解だろう。

 視線を後方付近のドアに向けると、何故か一人の少女が身をよじりながら、中の様子を伺っていた。

 羞恥心があるのか、戸を僅か一センチ足らず開けているだけで一切その場から前へ歩もうとしない。何かに、囚われいるかのように硬直していた。

 学生服を着ているから間違いなくこの学校の生徒である事は確かだ。けれども俺の顎下程の小柄な身長、茶がかった黒い髪に短いツインテール、何処か幼さを感じさせる凛々しい瞳、風貌だけを見れば小学生という表現はあながち間違ってはいないように思える。

 この子もまた俺と同じ遅刻寸前の状態なのだろうか。今の時間帯を考慮すると、自分を除いてクラスのほぼ全員が席に着席している事だろう。加えて入学式を控えた教室内というのは同じ中学校の友人でもいない限り、会話という会話は起こらない。

 恐らく、教室内には張り詰めた空気が流れていて、そこにガラリッと引き戸を開ける音が響いたならば、視線は自然とこちらに向いてしまう---

「ふぅむ…」

 思わず考えるような仕草をして、青息吐息が出てしまった。

 本当に些細な事である。

 高校生にもなって、同じ状況に共感を覚える者は幾ら存在するだろうか。思考する価値さえなく、ただ勇気を一つ振り絞ればいいだけの事であるのに。

 ―――しかしながら、人間というのは一人一人違う境遇の上で成立しているという事を俺は知っている。

 彼女が打破する力に欠けているというのならフォローしてやればいいだけの事。実に単純明快だ。

 俺は少女に歩み寄った。

「君、もしかしてこのクラスの生徒だよね…?」

「…」

 まさかの無言。

 しかし、急がなければ二人そろって遅刻扱いとなってしまう。更に問いを続ける。

「えっと…俺も遅刻ギリギリだから、一緒に入れば視線も分散するだろうし、とにかく開けるよ…」

「は、はい…お願いします……」

 戸惑いながら、その子は弱々しくも可愛らしい声音を漏らす。ふとした風が吹くだけで直ぐにかき消されてしまうような、そんな儚さがあった。

 引き戸を開けると予想通り、弛緩した空気など流れている筈も無く、緊張感で張り詰めた空気が流れていた。多少の視線と小声も何処からか聞こえてくる。

 先程の女の子はまるで小動物のようなちょこちょこした足取りで俺の後に続いてきた。

 周囲を見渡すと、穴開きで空席を発見した。推測通り来たもの順らしい。女の子と俺が席へ着いて数十秒後、チャイムが鳴った。

 本当にギリギリだった。危なかった。遅刻しようものなら俺のデリケートな心に大穴が空く。この女の子程ではないけれど。

 そして俺は視覚情報だけでの根拠づけではあるが先程の問題の根源を大まかに把握した。あれは恐らく同級生との関係が運悪く引き継がれてしまった結果だろう。

 それは偶然か。或いは神の悪戯か。まあ、神なんて存在しないから偶発的なんですけどね。

 皆さんは昔、こんな経験がないだろうか。

「取りー取りーとりっぴっ」とかいう悪魔の呪文とか、グループを作る時「うわぁ~あの子来ちゃったよ…」みたいな目。まさしくそれの類いだと思われる。

 ちょっといじられキャラだったからってそんな仕打ちを受けなくてもいいじゃないか…。一番酷かったのは小一のゼロ班事件である。

 本当、人間の九割って屑だな。俺理論をこの高校で発表してやりたいぐらいだ。
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