14 / 94
14.
しおりを挟む
不意に腕時計を見やった。
時刻は八時十五分。このままのんびりしていては遅刻してしまう。俺は急いでエレベーターのボタン叩き、上層階へと移動した。
目的の階に到着。
高層ビルの中心部は吹き抜けであり、簡単に言えば正方形の木枠のような形をしている。これなら道なりに教室を当たっていけばいずれは行き着くだろう。
特に地図を確認することなく廊下を放浪する。日光が反射した床面に影を落としながら、走ることしばし。床面が部屋の灯りで一層明るくなった場所で脚を止めた。頭上には一年A組と明朝体で表記された学級表札。
腕時計の針は始業一分前を指している。
間に合った…。
本当の青春がようやく幕を開けるのだ。これまで何度この決意を感じてきたであろう。
戸を開けるにも、時刻を考えれば前列まで人が埋まっている事は概推測できる。となれば、後方の引き戸を開けるのが最適解だろう。
視線を後方付近のドアに向けると、何故か一人の少女が身をよじりながら、中の様子を伺っていた。
羞恥心があるのか、戸を僅か一センチ足らず開けているだけで一切その場から前へ歩もうとしない。何かに、囚われいるかのように硬直していた。
学生服を着ているから間違いなくこの学校の生徒である事は確かだ。けれども俺の顎下程の小柄な身長、茶がかった黒い髪に短いツインテール、何処か幼さを感じさせる凛々しい瞳、風貌だけを見れば小学生という表現はあながち間違ってはいないように思える。
この子もまた俺と同じ遅刻寸前の状態なのだろうか。今の時間帯を考慮すると、自分を除いてクラスのほぼ全員が席に着席している事だろう。加えて入学式を控えた教室内というのは同じ中学校の友人でもいない限り、会話という会話は起こらない。
恐らく、教室内には張り詰めた空気が流れていて、そこにガラリッと引き戸を開ける音が響いたならば、視線は自然とこちらに向いてしまう---
「ふぅむ…」
思わず考えるような仕草をして、青息吐息が出てしまった。
本当に些細な事である。
高校生にもなって、同じ状況に共感を覚える者は幾ら存在するだろうか。思考する価値さえなく、ただ勇気を一つ振り絞ればいいだけの事であるのに。
―――しかしながら、人間というのは一人一人違う境遇の上で成立しているという事を俺は知っている。
彼女が打破する力に欠けているというのならフォローしてやればいいだけの事。実に単純明快だ。
俺は少女に歩み寄った。
「君、もしかしてこのクラスの生徒だよね…?」
「…」
まさかの無言。
しかし、急がなければ二人そろって遅刻扱いとなってしまう。更に問いを続ける。
「えっと…俺も遅刻ギリギリだから、一緒に入れば視線も分散するだろうし、とにかく開けるよ…」
「は、はい…お願いします……」
戸惑いながら、その子は弱々しくも可愛らしい声音を漏らす。ふとした風が吹くだけで直ぐにかき消されてしまうような、そんな儚さがあった。
引き戸を開けると予想通り、弛緩した空気など流れている筈も無く、緊張感で張り詰めた空気が流れていた。多少の視線と小声も何処からか聞こえてくる。
先程の女の子はまるで小動物のようなちょこちょこした足取りで俺の後に続いてきた。
周囲を見渡すと、穴開きで空席を発見した。推測通り来たもの順らしい。女の子と俺が席へ着いて数十秒後、チャイムが鳴った。
本当にギリギリだった。危なかった。遅刻しようものなら俺のデリケートな心に大穴が空く。この女の子程ではないけれど。
そして俺は視覚情報だけでの根拠づけではあるが先程の問題の根源を大まかに把握した。あれは恐らく同級生との関係が運悪く引き継がれてしまった結果だろう。
それは偶然か。或いは神の悪戯か。まあ、神なんて存在しないから偶発的なんですけどね。
皆さんは昔、こんな経験がないだろうか。
「取りー取りーとりっぴっ」とかいう悪魔の呪文とか、グループを作る時「うわぁ~あの子来ちゃったよ…」みたいな目。まさしくそれの類いだと思われる。
ちょっといじられキャラだったからってそんな仕打ちを受けなくてもいいじゃないか…。一番酷かったのは小一のゼロ班事件である。
本当、人間の九割って屑だな。俺理論をこの高校で発表してやりたいぐらいだ。
時刻は八時十五分。このままのんびりしていては遅刻してしまう。俺は急いでエレベーターのボタン叩き、上層階へと移動した。
目的の階に到着。
高層ビルの中心部は吹き抜けであり、簡単に言えば正方形の木枠のような形をしている。これなら道なりに教室を当たっていけばいずれは行き着くだろう。
特に地図を確認することなく廊下を放浪する。日光が反射した床面に影を落としながら、走ることしばし。床面が部屋の灯りで一層明るくなった場所で脚を止めた。頭上には一年A組と明朝体で表記された学級表札。
腕時計の針は始業一分前を指している。
間に合った…。
本当の青春がようやく幕を開けるのだ。これまで何度この決意を感じてきたであろう。
戸を開けるにも、時刻を考えれば前列まで人が埋まっている事は概推測できる。となれば、後方の引き戸を開けるのが最適解だろう。
視線を後方付近のドアに向けると、何故か一人の少女が身をよじりながら、中の様子を伺っていた。
羞恥心があるのか、戸を僅か一センチ足らず開けているだけで一切その場から前へ歩もうとしない。何かに、囚われいるかのように硬直していた。
学生服を着ているから間違いなくこの学校の生徒である事は確かだ。けれども俺の顎下程の小柄な身長、茶がかった黒い髪に短いツインテール、何処か幼さを感じさせる凛々しい瞳、風貌だけを見れば小学生という表現はあながち間違ってはいないように思える。
この子もまた俺と同じ遅刻寸前の状態なのだろうか。今の時間帯を考慮すると、自分を除いてクラスのほぼ全員が席に着席している事だろう。加えて入学式を控えた教室内というのは同じ中学校の友人でもいない限り、会話という会話は起こらない。
恐らく、教室内には張り詰めた空気が流れていて、そこにガラリッと引き戸を開ける音が響いたならば、視線は自然とこちらに向いてしまう---
「ふぅむ…」
思わず考えるような仕草をして、青息吐息が出てしまった。
本当に些細な事である。
高校生にもなって、同じ状況に共感を覚える者は幾ら存在するだろうか。思考する価値さえなく、ただ勇気を一つ振り絞ればいいだけの事であるのに。
―――しかしながら、人間というのは一人一人違う境遇の上で成立しているという事を俺は知っている。
彼女が打破する力に欠けているというのならフォローしてやればいいだけの事。実に単純明快だ。
俺は少女に歩み寄った。
「君、もしかしてこのクラスの生徒だよね…?」
「…」
まさかの無言。
しかし、急がなければ二人そろって遅刻扱いとなってしまう。更に問いを続ける。
「えっと…俺も遅刻ギリギリだから、一緒に入れば視線も分散するだろうし、とにかく開けるよ…」
「は、はい…お願いします……」
戸惑いながら、その子は弱々しくも可愛らしい声音を漏らす。ふとした風が吹くだけで直ぐにかき消されてしまうような、そんな儚さがあった。
引き戸を開けると予想通り、弛緩した空気など流れている筈も無く、緊張感で張り詰めた空気が流れていた。多少の視線と小声も何処からか聞こえてくる。
先程の女の子はまるで小動物のようなちょこちょこした足取りで俺の後に続いてきた。
周囲を見渡すと、穴開きで空席を発見した。推測通り来たもの順らしい。女の子と俺が席へ着いて数十秒後、チャイムが鳴った。
本当にギリギリだった。危なかった。遅刻しようものなら俺のデリケートな心に大穴が空く。この女の子程ではないけれど。
そして俺は視覚情報だけでの根拠づけではあるが先程の問題の根源を大まかに把握した。あれは恐らく同級生との関係が運悪く引き継がれてしまった結果だろう。
それは偶然か。或いは神の悪戯か。まあ、神なんて存在しないから偶発的なんですけどね。
皆さんは昔、こんな経験がないだろうか。
「取りー取りーとりっぴっ」とかいう悪魔の呪文とか、グループを作る時「うわぁ~あの子来ちゃったよ…」みたいな目。まさしくそれの類いだと思われる。
ちょっといじられキャラだったからってそんな仕打ちを受けなくてもいいじゃないか…。一番酷かったのは小一のゼロ班事件である。
本当、人間の九割って屑だな。俺理論をこの高校で発表してやりたいぐらいだ。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる