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数十分程が過ぎて、母親をどうにか自分の部屋から退出させることに成功した俺は、すぐさま自室のカーテンと窓を順に開けた。
別に、電波を良くする為の無作為な行動ではない。ただこれまでに溜まった、部屋の怠惰な空気を外へと吐き出したかった。
メールには電話番号が送付してあり、推測するにこれは先生個人もしくは難関校のものだろう。
時計を見やれば七時に差し掛かる頃合いであった。
未だ冷たい夜風がカーテンのレースを優しく揺らし、寝起きで火照った身体から熱を奪い去っていった。暖房が吐き出す焦げ臭い外気も、冬の香りと感じてしまう自分が何だか馬鹿らしく思えた。
先程のメール自体、虚偽の可能性もあるだろう。それでも俺は電話をかければ何か変わるんじゃないかと思った。
ただ、この空虚な毎日を変えるために。
二度と後悔しないように。
意を決して受話器を取り、耳にあてた。
二、三度のコール音。
「プルルルル…プツッ…東京都立豊洲総合高等学校で御座います。どういったご用件でしょうか?」
大人びた女声が丁寧に用件を問うてきた。
「夜分済みません。あ、千葉私立船橋南高等学校の夜崎辰巳です…。綾崎先生に用があって電話を掛けた限りです。いらっしゃいますでしょうか?」
言った途端、音の隅で小笑いが聞こえたような気がしたが…。
「はい綾崎先生ですね。少々、待たなくて宜しいですよ。私ですから」
先程の大人びた印象とは打って変わり、学生じみた若い女声が応答した。
「はい…お願いしま…って先生!?」
「ご免なさいね~。女の人ってつい電話になると声変わっちゃうんですよ~」
あまりの変わり様に驚きを隠せないが、この軽口めいた声音。どうやら綾崎先生とみて間違いなさそうだ。
少々、引き攣った声で俺は言った。
「あ、その本題なんですけど…「合格」って一体どういう意味なんでしょうか?俺、あの底辺校以外どこも受験した覚えが無いんですが…」
「その丁寧な口振り…本当はもうわかってるんだよね?夜崎くん?」
先生は小悪魔めいた声でそう話す。
俺はため息を一つ漏らして、
「…つまりはあの真っ白な紙に持論を書き連ねるだけの意味不明なテストが、この豊洲高校とやらに編入生として迎えられる手段であったと?」
追加で送られてきた豊洲高校とやらのデジタルパンフレットに、目を落としながら答えた。
「少し情報が足りないけど…大正解~!補足すると、この学校の入学式は通常の高校よりも遅いから、君は"新入生"として迎え入れられる訳だよ!」
明るく軽快な声音に一切の根拠は無い。
これは現実なのだろうか。
ひょっとしてこれは夢の中なのではないだろうか。
疑念は実際、その場所に立たない限りは晴れないだろうが、事の大きすぎる転換に、体の奥からこみ上げるものがあった。
「…」
「どうしたの…?別に強制ではないから辞退という選択肢もあるんだよ…?」
「辞退だなんて…あの学校に居るくらいなら喜んで入学させて頂きます」
「それに」と付け加えながら、苦笑して言った。
「綾崎先生。いや、この学校のやり口。ぶっ飛び過ぎやしませんか」
呼吸を整えるような息遣いが聞こえて、
「この学校の入試制度は時代の先を見据えてるの。だから、夜崎くん。君にとても合っていると思う」
「どうですかね」
俺はやや自嘲気味に答えた。
「…じゃあ、今日はもう切るね。……本当に良かったね夜崎くん」
綾崎先生は最後にそう言い残して電話を切った。
別に、電波を良くする為の無作為な行動ではない。ただこれまでに溜まった、部屋の怠惰な空気を外へと吐き出したかった。
メールには電話番号が送付してあり、推測するにこれは先生個人もしくは難関校のものだろう。
時計を見やれば七時に差し掛かる頃合いであった。
未だ冷たい夜風がカーテンのレースを優しく揺らし、寝起きで火照った身体から熱を奪い去っていった。暖房が吐き出す焦げ臭い外気も、冬の香りと感じてしまう自分が何だか馬鹿らしく思えた。
先程のメール自体、虚偽の可能性もあるだろう。それでも俺は電話をかければ何か変わるんじゃないかと思った。
ただ、この空虚な毎日を変えるために。
二度と後悔しないように。
意を決して受話器を取り、耳にあてた。
二、三度のコール音。
「プルルルル…プツッ…東京都立豊洲総合高等学校で御座います。どういったご用件でしょうか?」
大人びた女声が丁寧に用件を問うてきた。
「夜分済みません。あ、千葉私立船橋南高等学校の夜崎辰巳です…。綾崎先生に用があって電話を掛けた限りです。いらっしゃいますでしょうか?」
言った途端、音の隅で小笑いが聞こえたような気がしたが…。
「はい綾崎先生ですね。少々、待たなくて宜しいですよ。私ですから」
先程の大人びた印象とは打って変わり、学生じみた若い女声が応答した。
「はい…お願いしま…って先生!?」
「ご免なさいね~。女の人ってつい電話になると声変わっちゃうんですよ~」
あまりの変わり様に驚きを隠せないが、この軽口めいた声音。どうやら綾崎先生とみて間違いなさそうだ。
少々、引き攣った声で俺は言った。
「あ、その本題なんですけど…「合格」って一体どういう意味なんでしょうか?俺、あの底辺校以外どこも受験した覚えが無いんですが…」
「その丁寧な口振り…本当はもうわかってるんだよね?夜崎くん?」
先生は小悪魔めいた声でそう話す。
俺はため息を一つ漏らして、
「…つまりはあの真っ白な紙に持論を書き連ねるだけの意味不明なテストが、この豊洲高校とやらに編入生として迎えられる手段であったと?」
追加で送られてきた豊洲高校とやらのデジタルパンフレットに、目を落としながら答えた。
「少し情報が足りないけど…大正解~!補足すると、この学校の入学式は通常の高校よりも遅いから、君は"新入生"として迎え入れられる訳だよ!」
明るく軽快な声音に一切の根拠は無い。
これは現実なのだろうか。
ひょっとしてこれは夢の中なのではないだろうか。
疑念は実際、その場所に立たない限りは晴れないだろうが、事の大きすぎる転換に、体の奥からこみ上げるものがあった。
「…」
「どうしたの…?別に強制ではないから辞退という選択肢もあるんだよ…?」
「辞退だなんて…あの学校に居るくらいなら喜んで入学させて頂きます」
「それに」と付け加えながら、苦笑して言った。
「綾崎先生。いや、この学校のやり口。ぶっ飛び過ぎやしませんか」
呼吸を整えるような息遣いが聞こえて、
「この学校の入試制度は時代の先を見据えてるの。だから、夜崎くん。君にとても合っていると思う」
「どうですかね」
俺はやや自嘲気味に答えた。
「…じゃあ、今日はもう切るね。……本当に良かったね夜崎くん」
綾崎先生は最後にそう言い残して電話を切った。
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