瓢箪独楽のショートショート

偽善

　ある日の午後、僕は近所の公園で暇を持て余していた。走り回る子供達、見守る母親、週末の穏やかな午後を楽しんでいた。
　ベンチに腰を掛け、暫くのどかな日常を眺めていると、視界の片隅で少女がずっと立っている事に気付いた。気づいてしまったのならばもう気付かなかった事には出来ない。僕は少女に焦点を合わせた。じっくりと観察してみると、どうやら少女は俯いて泣いているらしい。

　そんな姿を見せられてしまっては体が勝手に動いてしまうじゃないか――　

　そう考えるのと同時に僕は立ち上がろうとした。立ち上がろうとしたのだが……。
「いや待て！」
突如頭の中に響いた自らの心の声に筋肉は硬直した。
　なぜそんな言葉が浮かんだのか、その理由は分かっている。現代社会における『見知らぬおっさんが少女を心配して声をかけた図』の危険さを知っているからだ。これは間違いなく私の存在の危機である。
　もし仮に声をかけたとして、これが全く問題のない状況だったとすると、もう僕はただの変態だ。よしんば何らかの問題が少女に発生していたとしても、最終的には少女をじっと眺めていた変態となる可能性もあるのだ。
　
　どうしたものか……。

　下手に動けない。助けが必要なかった場合、基本的には独善で行動した事となる。独善は僕のもっとも嫌いな言葉だ。一度や二度の独善ならただの善意だが、何度も繰り返される独善は脅迫や抑圧と大して変わらない。所謂余計なお世話の押し売りだ。

　僕は一度深く深呼吸した。

　そもそもなぜ僕がこんなことを長々と考える必要があるのか。
　なんてことはない、ただ人助けをした後の何とも言えない清々しさが好きなだけだ。それが偽善であるのは理解している。理解しているが、偽善の何がいけないのかは理解できない。タネのわからない手品が魔法と同じであるように、偽善も死ぬまで貫けば善意に他ならないと思っている。
　ああそうだった、全くそうだった。独善の押し売りにならない程度に、そっと声だけをかけて問題が無ければこの場を去ろう。それだけでいいじゃないか。別に誰にどう思われようと、救いたいと思ったこの気持ちを僕だけは知っているのだから！

「よし！　声をかけよう！」

　僕は立ち上がり前進した。俯き泣き続ける少女に向かって……　砂場の近くで立ち尽くすあの……　あの……　あれ……　もう居ないんですけど……

　再びベンチに腰を下ろした僕は思った。普段から嫌われる覚悟のある人間になろうと……。