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 俺は転生した。
 転生前の俺は、別の世界で全てを滅ぼした魔法使いだったらしい。
 らしいというのも、滅ぼすに至った経緯…… というか、どんな人生を歩んできたかが記憶からすっぽりと抜け落ちているのだ。
 自分が魔法使いだったという事、魔法の知識、生活の知識といった辺りは覚えているのだが……。
 ああ、死後の世界的な空間で、ふざけた神と出会った記憶もある。
 そのふざけた神が俺に与えた次の人生は、霧島健太きりしまけんた佳苗かなえ夫妻の長男という人生だった。
 俺の初めて喋った言葉は「そろそろ離乳食は卒業したい」だったのだが、タップダンスを踊るフラミンゴでも見たかの様な、尋常ならざる母の表情が今も忘れられない。以来、年相応に振舞うよう心掛けている。
 そうして両親の愛を一心に受けスクスクと育った俺は、気付けば十七歳の高校二年生になっていた。
 
     *

「おはようございます」
 校門で仁王立ちする体育教師と挨拶を交わし、校舎に入り、下駄箱で上履きに履き替えて教室にたどり着く。世の学生たちの宿命づけられた行動だ。
 教室に着いた俺は、一番後ろの窓際という前回の席替えで手に入れた聖域に腰を下ろした。
「ふわぁ…… あぁ」
 差し込む光に目を細めながら欠伸をしていると、前の席に座っている女子が振り返った。
「今日はまた一段と眠そうね」
 そう声をかけてきたのは金森由希子かなもりゆきこ。あだ名はゆっこ。成績は中の下、運動は中の上で、愛嬌のある笑顔が特徴の、戦隊物の黄色みたいなクラスメイトだ。
「そうさなぁ、映画を二本見たせいで寝不足気味だ」
 俺は少しでも睡魔に溺れようと机に突っ伏した。
「どんだけ眠いの。もうすぐ二学期も終わり、ってことは期末テストだよ? 夜更かしするならちょっとは勉強しなさい」
 まるでお姉ちゃんのように忠告すると、スクっと立ち上がり仲のいい女子数人の輪に入っていった。
「つーか俺の方が成績良いだろ……」
 俺は声にならない声でそう呟くと、睡魔に誘われるまま遅めの二度寝に入った。


 
 聞き慣れたチャイムの音と共に担任教師が現れる。いつも通りの帰りのホームルームだ。
 普段通りに些細な連絡事項を伝え教室を出ていこうとした時、そういえばと教師が振り返る。
「最近この街の治安が悪化しているらしい。人気の少ない所などには近づかずに、出来るだけ早く帰宅するように。以上」
 そう言って教室を出て行った。
 治安の悪化か…… まぁ俺はいつもの如く寄り道ゼロのハイパー帰宅部だから関係無いだろう。俺は鞄を机に置いて机の中身を突っ込み始めた。

 全ての教科書を鞄に入れ終わった頃、同じように鞄を閉じたゆっこが俺の方を振り返った。
「あのさ、瑛太。ちょっとお願いがあるんだけど……」
 なんだ? いつもと雰囲気が違う。何というか、随分と弱々しく見える。
「どうしたんだ? 悩みでもあんのか?」
 俺の質問に首を小さく横に振って続ける。
「悩みとかじゃなくて。今日ね、ちょっとおばあちゃんの家に行かないといけないんだけど、それに着いてきてくれないかな?」
 ふむ。別にかまわないが、そういえば正司がまだ来てないな。
「それくらいなら全然構わないけど、今日は正司のやつが遅いみたいだ。アイツが来てからでも良いか?」
「あ、そっか。正司君待ってるんだよね。そっかぁ…… うん、じゃぁいいや。正司君にまで着いてきてもらうのも悪いし、一人で行ってくるよ」
 そう言ったゆっこの表情が気になった俺は、やっぱり俺だけでも一緒に行こうかと提案したが、ゆっこはいいよと顔の前で手を振って教室を後にした。
 多少の腑に落ちない感覚が俺の胸には残ったが、気にしても仕方がないと思い直し、まだ来ない正司を待つことにした。

 椅子を傾けながらゆらゆらと暫く待っていたが、一向に正司が現れない。既に教室に残っているクラスメイトの数は俺を含めて三人しかいない。
「何やってんだ。仕方ないな……」
 声を出さずに口だけをそう動かして、俺は正司のクラスに向かった。
 教室を出て右に十歩も歩かないうちに目的の場所に着いた。
 この距離を歩かずに律儀に待っていた俺は、実はかなりバカなんじゃないだろうか。
 そんな自らへの罵倒をしつつ部屋を見回すが、そこに正司の姿はなかった。このままでは埒が明かないので、目についた男子に声をかけてみる。
「ちょっと聞きたいんだけど、柳ってもしかして今日休んでた?」
「あ、うん。アイツ今日は来てなかったよ」
 マジか。こうなると俄然自分のバカさに拍車がかかった気がする。答えてくれた男子に有難うと告げて、俺はしょんぼりと家路についた。 


「なんだかなぁ……」
 俺は小石を蹴りながら歩いていた。
 別に正司が休むことは今までにもあった事なんだが、結構な時間を無駄にした事実が俺のがっかり感にブーストをかける。
 そのまま暫く歩いていたが、蹴った小石が道路脇の側溝に落ちた時、不意にゆっこの事を思い出した。
 一度気になり始めると、そのモヤモヤが中々消えない事は知っている。俺はすぐにゆっこに電話をかけた。
 何度目かの呼び出し音の後、はーいと明るい声が聞こえてきた。聞こえてきたのだが……。
「ん、どちらさんですかね」
 聞こえてきたのは想像とは違った声、それも笑い声を含んだ男の声だ。
「どちらさんって、そんなの決まってるじゃーん。悪いお兄さんだよー」
 ああ、これは最悪のパターンだ。しかも遠くから聞こえる笑い声が、この男の他に少なくとも二人以上の人間がその場に居る事を教えている。
「で、その悪いお兄さんに聞きたいんですけど、このスマホの持ち主はそこに居るんですよね」
「居るよー。つーかお前コイツの彼氏かぁ? お前の彼女、中々いい女じゃねーか」
 俺は無意識のうちに近くのガードレールを力いっぱい踏みつけていた。沸き立つ感情が抑えられなくなりそうだ。
 俺があの時ついて行ってれば……!
「もしもーし、聞こえてますかー」
 その声で目の前が真っ白になりそうになったが、俺は無理やり感情を抑え込んだ。
 ここで相手を怒らせるなら、俺を標的にさせないといけない。ゆっこに降りかかる最低の悲劇だけは……。
「聞こえてますよ。で、今どこに居るんですかね」
 出来るだけ怒気を抑えて話を続ける。
「バーカ。教えるわけねーだろうが」
 ひゃっひゃっひゃと癇に障る笑い声が響く。
「なんですか、高校生一人乗り込んでくるのが怖いんですか」
 俺は賭けに出た。次の返答次第ではキツくなるが、やるしかない!
「あぁ? 何調子に乗ってんだガキが。まぁいいや、お前そのまま聞いてろ。彼女の叫び声聞かせてやるからよ」
「叫び声? なんですかその小者感溢れる発言。ボコボコにした俺の前で、じっくり彼女の惨劇をみせてやるよ。お前は何もできずに泣きながらそれを見てろよ。ぐらい言えないんですか」
 目を強く瞑りながら相手の反応を待つ。怒りで手は震え、背中を流れる汗もやけに冷たい。
 乗れ…… 乗ってこい!
「…………なんだそれ。良いじゃん! それ良いよ、それ採用だわ!」
 賭けに勝った! 電話口から聞こえる下品な笑い声をよそに、俺はほんの一瞬の安堵を噛み締める。
「よし、テメー今すぐ来い。坂田町のアローってゲーセンの二階だ。わかんねーならテメーで調べろよ。ちゃんと待っててやるからよ」
 そこで電話は切れた。

 これで一先ずは安心だ。俺が着くまではゆっこは大丈夫だろう。もっとも、急がなければその安全も保障出来ないが。
「坂田町のアローズ…… あそこか……」
 学校のある地区の隣、全速力で走れば十分もかからない。さっきは最悪のパターンだとは思ったが、そうでもなかった。まだ間に合う!
 そう判断するや否や俺は坂田町に向けて走り出した。
 
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