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エピソード3 凛
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『社長、やっぱりもう一万円追加。萌香も一緒に飲みに行くから』
ドアの向こうから山野さんの声がして、私はドアノブから手を離した。
『はあ? 今日の特別手当てに一万円を出しただけでも大金だろ』
特別手当て? 今日。
それって、打ち合わせにきたことを言ってるのだろうか。
『社長、失恋料も込みでは安すぎるって言ったはず』
『勝手に失恋しといて、請求するのはおかしいだろ』
『陽葵、聞いたよ? 理沙さんを振ったんでしょ? 最低。ま、私がというモノがありながら二股をかけるよりはいいけど……、やっぱダメぇ』
『なんなんだ。萌香も関係ないだろ! お前の兄貴に文句言われるのは嫌だから、飲まずにさっさと帰れ』
『え~? お小遣いくれないってお兄ちゃんに文句言うねえ』
『ああ、もう! これでさっさと飲んで帰れ』
『萌香、ナイス! 社長、おつかれ』
ドアが勢いよく開いて、私は山野さんと鉢合わせになった。
「あら」と山野さんがにっこりと笑顔になった。
「ん? あ、美人さん」と萌香って子も顔を出した。
「社長なら、今一人よ。私たちが最後だから」
山野さんがドアを大きく開けてくれた。
私はペコっと頭をさげると、事務所に足を踏み入れた。
デスクに向かっている陽葵は、ブツブツと文句を言いながら書類に目を落としていた。
「理沙、もう財布に金はないから! 請求するな……って凛?」
顔をあげた陽葵が驚いた表情になった。
「今日、打ち合わせに来なかったから」
「もう行かないって言ったはず。理沙が代わりにいっただろ。書類、受け取ってるはずだけど」
冷たい口調。
さっきまでの山野さんや萌香って子と話すときのトーンよりかなり低い。
「私がいると、やりずらいってどういうこと?」
「そのままの意味。やりずらい。仕事に集中できない」
「私が邪魔なら、邪魔って言えばいいじゃない」
陽葵がペンを置くと立ち上がった。席を立つと、私の前に立った。
私は下を向いて、唇を噛みしめた。
「凛、勘違いしてる。邪魔じゃない」
「じゃあ、どうして」
陽葵が私の唇に指をおいた。
「理由を聞いて、困るのは凛だよ。いいの?」
「わからない。怖い。私は……幸せになりたい。顔だけじゃないって言われたい。ただそれだけなのに。どうして、いつも……顔だけなの」
私は陽葵の胸を拳で叩いた。何度も、叩いて。あふれ出る涙を思い切り流した。
見返してやりたい。陽葵に、一泡ふかせてやりたいって思ってた。
ううん、今も思ってる。
顔だけじゃない生活を、見せつけてやるって。それだけを夢にして生きてきた。
どんな努力だってやってきた。
高卒女ができることって大したことなくて。お水の仕事で、稼いでる男に惚れさせるぐらいしか、見返せる方法が思いつかなくて。
ドアの向こうから山野さんの声がして、私はドアノブから手を離した。
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特別手当て? 今日。
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『なんなんだ。萌香も関係ないだろ! お前の兄貴に文句言われるのは嫌だから、飲まずにさっさと帰れ』
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「社長なら、今一人よ。私たちが最後だから」
山野さんがドアを大きく開けてくれた。
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「今日、打ち合わせに来なかったから」
「もう行かないって言ったはず。理沙が代わりにいっただろ。書類、受け取ってるはずだけど」
冷たい口調。
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「私がいると、やりずらいってどういうこと?」
「そのままの意味。やりずらい。仕事に集中できない」
「私が邪魔なら、邪魔って言えばいいじゃない」
陽葵がペンを置くと立ち上がった。席を立つと、私の前に立った。
私は下を向いて、唇を噛みしめた。
「凛、勘違いしてる。邪魔じゃない」
「じゃあ、どうして」
陽葵が私の唇に指をおいた。
「理由を聞いて、困るのは凛だよ。いいの?」
「わからない。怖い。私は……幸せになりたい。顔だけじゃないって言われたい。ただそれだけなのに。どうして、いつも……顔だけなの」
私は陽葵の胸を拳で叩いた。何度も、叩いて。あふれ出る涙を思い切り流した。
見返してやりたい。陽葵に、一泡ふかせてやりたいって思ってた。
ううん、今も思ってる。
顔だけじゃない生活を、見せつけてやるって。それだけを夢にして生きてきた。
どんな努力だってやってきた。
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