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エピソード3 凛
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「ずいぶんと、社員たちに慕われてるのね」
陽葵の車に乗って移動しているときに、私は言葉を投げかけた。
『ああ』と陽葵がうなずく。
否定しないんだ。
そこは否定するのが人じゃない?
イラっとする。
「社員7名の小さい会社だが、みな優秀で助かってる」
「あっそ。自社の売り込みしないと、ね。愚痴なんて言えないか」
「愚痴? ないよ。本当に素晴らしい人たちだから。僕にないものをみんなが持っていて、補ってくれる大切な存在。それが僕の社員たちだよ」
嘘くさい。
そういうの嫌い。
そっか。そうだよね。
私は、取引先の婚約者だから。
本音は言わない。
……って、私は本音を聞きたいと思ってるの?
ちょっと待って。
私は別に聞きたくないから。
「凛の婚約者はそう……でもないみたいだな」
「どういうこと?」
「恨みつらみを溜め込んでいるヤツも多そうだ」
「そんなことない!」
「そう? 凛もその一人だろ」
まっすぐ前を見たまま、運転を続けている陽葵の横顔をキッと睨み、ちくっと胸の奥が痛んだ。
恨みつらみを溜め込んでいるヤツ。
私もその一人……?
『顔だけ』だからってこと。
「私は恨んでない」
「じゃあ、憎んでる?」
「はあ? なんでそう言うの?」
イライラする。
なんで私が、蓮を恨むわけ? 憎むわけ?
私が望む生活をくれる蓮を。
こんどの同窓会でおもいきり、横にいる男を見返せる立場になったのよ。私は!
顔だけじゃない。
愛される生活を……。
顔だけ……じゃない?
顔だけ……じゃん、今も。
愛されてないじゃん。
私は陽葵に気づかれないように息を吐き出すと、車の窓に目を向けた。
陽葵の言う通り、今も顔だけ生活続行中だ。
愛されたいのに。
顔だけじゃないって言われたいのに。
どうして私は顔だけな女なの?
「ここが佳乃の店」と車から降りた陽葵が、コテージのような家に視線を向けた。
笑顔で愛おしそうに店を見つめる陽葵に、イラっとした。
愛情のこもる視線。私が高校生のときには、陽葵には無かったものだ。
私は陽葵から目をそらすと、店に目を向けた。
「あ、パパっ」と店から3歳くらいの女の子が飛び出してきた。陽葵のもとに走ってくると、ジャンプをして胸に飛び込んだ。
きらきらの笑顔で陽葵に抱き着くと、「遅いよ」と頬を膨らませていた。
この子、もしかして。
陽葵の会社にいたときに萌香って人が言っていた『隠し子』なわけ?
「悪かった。出際にちょっと仕事が入ってね」
「パパは葵に会うより、仕事がいいのね!」
「両方とも大事だよ」
むぅっとした葵と呼ばれていた女の子が、陽葵の眼鏡を奪った。
「葵、返して」と優しい声で陽葵が諭す。
葵ちゃんは、「やだ」と言うと陽葵から降りて、走って店の中へと戻っていった。
代わるようにして、黄色いエプロンを身に着けたジーパン姿の女性が出てくる。
肩までの髪を一つに束ねて、質素な格好の女性が陽葵の眼鏡を手に持っていた。
「ごめんねえ。陽葵が来るって昨日から、店のドアに張り付いてたから」
この人が、佳乃なんだろうか?
陽葵に眼鏡を返して、肩をすくませて笑っていた。
陽葵は眼鏡を受け取ると、すぐにかけた。
『パパ』ということは。陽葵はこの人ともそういう関係で……。
今は、事務所にいる萌香っていうチャラい子と付き合ってるってこと?
子どもがいるのに、チャラい子と?
私は陽葵を睨みつけた。
父親なら、父親らしく。その責任を果たさないとでしょ。
若いチャラい女と? 付き合っている?
信じられない。
「あ、ごめんなさい。この方は?」と私に気づいた女性が、私を見て口を開いた。
「クライアント。佳乃の料理を食べたいって」
「ああ、イベントプランナーの仕事の件ね」
「ケータリングを頼めるのは、佳乃だけだからね。時間がたっても美味しい料理を提供できるのは佳乃の技量のおかげだ」
「陽葵、褒めても何も出ないから!」
佳乃さんは、腰に手をあてる陽葵の鼻をツンと押した。
仲良し……そうなのに。別れたの?
わけがわからない。
「今日のランチセットでよければ、すぐに出せるわ。店内にどうぞ」
佳乃さんが、私ににこっと笑いかけた。
「陽葵も食べる?」と佳乃さんが陽葵に声をかけながら、店へとむかって歩き出した。
「ああ。なんか昼から仕事が立て込んでるって言ってたから食べてく」
二人が仲良く並んで歩く後ろを私がついていく。
佳乃さんは私たちより年上そうだ。陽葵と関係は今も続いているの?
葵ちゃん……は陽葵の子ども?
陽葵の『葵』をもらってるってこと?
陽葵の車に乗って移動しているときに、私は言葉を投げかけた。
『ああ』と陽葵がうなずく。
否定しないんだ。
そこは否定するのが人じゃない?
イラっとする。
「社員7名の小さい会社だが、みな優秀で助かってる」
「あっそ。自社の売り込みしないと、ね。愚痴なんて言えないか」
「愚痴? ないよ。本当に素晴らしい人たちだから。僕にないものをみんなが持っていて、補ってくれる大切な存在。それが僕の社員たちだよ」
嘘くさい。
そういうの嫌い。
そっか。そうだよね。
私は、取引先の婚約者だから。
本音は言わない。
……って、私は本音を聞きたいと思ってるの?
ちょっと待って。
私は別に聞きたくないから。
「凛の婚約者はそう……でもないみたいだな」
「どういうこと?」
「恨みつらみを溜め込んでいるヤツも多そうだ」
「そんなことない!」
「そう? 凛もその一人だろ」
まっすぐ前を見たまま、運転を続けている陽葵の横顔をキッと睨み、ちくっと胸の奥が痛んだ。
恨みつらみを溜め込んでいるヤツ。
私もその一人……?
『顔だけ』だからってこと。
「私は恨んでない」
「じゃあ、憎んでる?」
「はあ? なんでそう言うの?」
イライラする。
なんで私が、蓮を恨むわけ? 憎むわけ?
私が望む生活をくれる蓮を。
こんどの同窓会でおもいきり、横にいる男を見返せる立場になったのよ。私は!
顔だけじゃない。
愛される生活を……。
顔だけ……じゃない?
顔だけ……じゃん、今も。
愛されてないじゃん。
私は陽葵に気づかれないように息を吐き出すと、車の窓に目を向けた。
陽葵の言う通り、今も顔だけ生活続行中だ。
愛されたいのに。
顔だけじゃないって言われたいのに。
どうして私は顔だけな女なの?
「ここが佳乃の店」と車から降りた陽葵が、コテージのような家に視線を向けた。
笑顔で愛おしそうに店を見つめる陽葵に、イラっとした。
愛情のこもる視線。私が高校生のときには、陽葵には無かったものだ。
私は陽葵から目をそらすと、店に目を向けた。
「あ、パパっ」と店から3歳くらいの女の子が飛び出してきた。陽葵のもとに走ってくると、ジャンプをして胸に飛び込んだ。
きらきらの笑顔で陽葵に抱き着くと、「遅いよ」と頬を膨らませていた。
この子、もしかして。
陽葵の会社にいたときに萌香って人が言っていた『隠し子』なわけ?
「悪かった。出際にちょっと仕事が入ってね」
「パパは葵に会うより、仕事がいいのね!」
「両方とも大事だよ」
むぅっとした葵と呼ばれていた女の子が、陽葵の眼鏡を奪った。
「葵、返して」と優しい声で陽葵が諭す。
葵ちゃんは、「やだ」と言うと陽葵から降りて、走って店の中へと戻っていった。
代わるようにして、黄色いエプロンを身に着けたジーパン姿の女性が出てくる。
肩までの髪を一つに束ねて、質素な格好の女性が陽葵の眼鏡を手に持っていた。
「ごめんねえ。陽葵が来るって昨日から、店のドアに張り付いてたから」
この人が、佳乃なんだろうか?
陽葵に眼鏡を返して、肩をすくませて笑っていた。
陽葵は眼鏡を受け取ると、すぐにかけた。
『パパ』ということは。陽葵はこの人ともそういう関係で……。
今は、事務所にいる萌香っていうチャラい子と付き合ってるってこと?
子どもがいるのに、チャラい子と?
私は陽葵を睨みつけた。
父親なら、父親らしく。その責任を果たさないとでしょ。
若いチャラい女と? 付き合っている?
信じられない。
「あ、ごめんなさい。この方は?」と私に気づいた女性が、私を見て口を開いた。
「クライアント。佳乃の料理を食べたいって」
「ああ、イベントプランナーの仕事の件ね」
「ケータリングを頼めるのは、佳乃だけだからね。時間がたっても美味しい料理を提供できるのは佳乃の技量のおかげだ」
「陽葵、褒めても何も出ないから!」
佳乃さんは、腰に手をあてる陽葵の鼻をツンと押した。
仲良し……そうなのに。別れたの?
わけがわからない。
「今日のランチセットでよければ、すぐに出せるわ。店内にどうぞ」
佳乃さんが、私ににこっと笑いかけた。
「陽葵も食べる?」と佳乃さんが陽葵に声をかけながら、店へとむかって歩き出した。
「ああ。なんか昼から仕事が立て込んでるって言ってたから食べてく」
二人が仲良く並んで歩く後ろを私がついていく。
佳乃さんは私たちより年上そうだ。陽葵と関係は今も続いているの?
葵ちゃん……は陽葵の子ども?
陽葵の『葵』をもらってるってこと?
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