昔の恋を忘れましょう

ひなた翠

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エピソード2 萌

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「ちょっと! ナニこれ。遊んでるの? 散らかしてるの?」
 杏が藤宮くんの新しい住居に足を踏み入れると、声をあげた。

 藤宮くんと武井くんが、足でお互いを蹴り合ってた。段ボールの中身が床に散乱してて、部屋はひどい状態になってる。

「片づけだけど?」と藤宮くんが、真顔で答えた。
「もう! これのどこが片づけなの?」
 杏がため息交じりで言うと、「ほらな、怒られた」と武井くんが笑う。

「おまっ!? 最初に手を出してきたのは陽太だろ」
「おぼえてねえ」
「な……ちゃっかりしやがって」

 武井くんが舌を出してから、笑う。
 藤宮くんが悔しそうに、武井くんに視線を送っていた。

 まるで子どもみたい。
 29歳になっても、男は子どものまんまだというけれど。
 これが、そうなのかもしれない。

「朝陽、片づけて! これじゃあ、今夜中に整理できないでしょ」
「怒られてやんの」と武井くんが、藤宮くんを指でさして笑う。

「覚えてろよ、陽太!」

 武井くんは喉の奥を鳴らしながら笑って、私の隣に並んだ。

「久しぶり」
「ん……」と私はうなずくと、下を向いた。
 武井くんが傍にいる。
 ドキドキが早くなる。

 私は武井くんが好き。会うたびにどんどんと好きが大きくなるよ。


『春川、いいこと教えてやる。あいつ、春川のことが好きで、今のいままで独身で彼女ナシって言ってたぞ』
 
 私は藤宮くんから聞いてから、ドキドキっしぱなしだ。
 引っ越しのお手伝いを終えて、私と武井くんは藤宮くんの家を後にした。

 杏は朝まで一緒に過ごすって、藤宮くんのところに残った。

 私たちは二人で見慣れない街を歩いた。

「萌は電車できたの?」
「うん。杏と一緒に新幹線で。武井くんは?」
「車。朝陽が運んでほしい荷物があるって。引っ越し業者を頼めって言ったんだけどなあ。朝陽と俺の車があれば、運びきれるって言うから」

 武井くんが私の手を握ってきた。
 指と指とを絡めて、自然と恋人つなぎになる。

「萌、送ってくよ」
「う、ん」
「ん? 反応悪くないか? いつもなら、『大丈夫、新幹線で帰るから』って言いそうなのに」

「え? ああ、そうなんだけど」
 一緒に居たい。
 もう少し、一緒に……。

 新幹線で帰ってたら、早く地元につくけど。
 武井くんと過ごす時間が少なくなってしまう。

 早く帰っても、きっと何もいいことなんてない。

「もしかして、朝陽になんか言われただろ? なんて言われた? 言うてみ?」
 武井くんが片眉をあげて、耳を私にかたむけてきた。

「言ったら……武井くんがきっと藤宮くんに怒るよ?」
「言ってみなきゃ、わからねえっての。ほら、言えよ」
「武井くんが独身で彼女がいないのは、私を好きだからって……言ってた」

 武井くんの肩がぴくっと反応して、「朝陽め」と悪態をついた。

「まあ……間違っては、ない」と武井くんが言ってから、咳払いしていた。
「高校のとき、いつも彼女がいた武井くんが? また冗談言ってる?」
「あれは……。萌を知る前の話だろ」

 ぷいっと武井くんがそっぽを向いた。

 もしかして焦ってる?
 こんな武井くんを見たことがない。

 いつも余裕で笑ってるのに。

 私はフッと笑みを零して、武井くんの頬を指でつついた。

「萌?」
「バーベキューの仕返し」と私がにやっと笑う。
「ふざけっ……」
 武井くんが私の手首を掴んで、突いているのを止められた。

 武井くんと足を止めて、見つめ合う。
 優しい表情の武井くん。

 キス……したい。

 私はつま先立ちになると、武井くんの首に手をかける。
 武井くんも、私の腰に手を回してぐっと引き寄せてくれる。

「もえ」と武井くんが私の名前を呼んでから、唇を重ねた。
 一回目は軽い触れるだけのキス。
 二回目は互いの舌を絡めて、濃厚なキス。

「このまま萌を連れ去っていい? あいつの元に帰したくないんだけど」
「私も帰りたくない……けど、帰らないと。もっと武井くんと一緒にいたい」
「じゃあ、少し寄り道していくか」

 私はうなずくと、武井くんと手を繋いで歩き出した。
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