愛の物語を囁いて

ひなた翠

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キスの意味

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「先生、聞いてもいいですか? 車でキスした理由を……」

 先生の部屋にある小さなテーブルいっぱいに大学の資料を並べて、進学先を思案している最中に僕が口火をきった。

 僕は先生のジャージを借りて、パジャマ代わりに着ていた。

 先生はスラックスに、Tシャツを着て、ビールを片手に大学の資料を捲っていた。

「あ?」と先生が顔をあげてから、目を天井に逸らした。

「キスです」

「今は希望する大学を見つける時間だ」

 先生がコンコンと指先で、資料を叩いた。

「気の迷いですか? それとも僕に、少しは希望があるってことですか?」

「伊坂、志望校をさがすんだ」

「さがせません。僕は知りたいんです。先生の気持ちを」

「知ってどうする? 志望校が変わるのか?」

「ええ。変わります」

「なら、余計言えないな。決まったら、話す」

 先生がビールを床の上に置いた。

「じゃ……ここと。ここ」

 僕はぱっと目についた大学の資料を手にとった。

「ちゃんと考えたのか?」

「はい。先生に振られたら、こっちの地方の大学に行きます。先生と付き合えるなら、ここから通える大学にします」

 先生が眉間に皺を寄せると、「はあ」とため息をつかれてしまった。

「伊坂、もっと自分の将来を考えて大学を決めろ。そんな目先のことにとらわれるな」

「だって、僕……先生が好きなんです。好きなら傍に居たいじゃないですか。望みがあるなら、近くで会える場所に居たいです。望みがないなら、偶然会えるような場所とは程遠い場所に居たいです。会うと、心が痛いですから」

 先生が髪の毛をくしゃっと掻き毟ると、「参ったな」と小さく呟いた。

「なら、この中から、伊坂が勉強したいと思う学科を選べ」

 先生がぱぱっと資料の何冊かを選ぶと、僕の前に差し出した。

 どの大学も、先生の住んでいるアパートから1時間圏内の大学ばかりだった。

「先生!!」と僕は嬉しさのあまり大きな声をあげてしまった。

「キスは、そういう意味だ。学科はきちんと考えて選べよ。いいな?」

 僕は「はいっ」と元気よく返事をしてから、大学の資料を抱き寄せた。

『ふふふっ』と込み上げてくる笑みを零しながら、僕は幸せを噛み締めた。


 ちゅ、ちゅ……っと、静かな室内に響く。先生のキスが心地良くて、僕は何度もおねだりしてしまう。

 寝る前のおやすみなさいのキスを、もうかれこれ15分以上はしている。

 唇に触れるだけのキスから、舌を絡まるような熱いキスまで。いろんなキスをしていた。

 先生の腕をしっかりと掴んで、僕は甘えている。

「先生、僕……」と言いかけて、もぞっと腰を動かした。

 股間がウズウズしている。先生とのキスで、下半身が反応しているのだ。

 欲望を解放したい。先生と繋がりたい。

「駄目だ。これ以上はしない」

「して欲しいよ。苦しい。身体が熱い」

 僕は、手を先生の股間へと伸ばしたが、先生に手首を掴まれた。

「駄目だって言ってるだろ」

「だって、したいよ。僕、先生が好きなんだ」

「全く。そんな顔しても駄目だ」

 先生が僕から離れると、冷たい布団をバサッと投げつけた。

「ずるい、先生。僕の気持ちを知ってて……」

「それを言うなら、俺の気持ちを知っててカマをかける伊坂のほうがズルいだろ? 俺は担任だ」

 先生が僕の額を、指先でツンと押して、クスリと笑った。

 僕は頬を膨らませると、ぎゅっと布団を抱きしめた。

 先生はベッドから出ると、中身がまだ残っている缶ビールを手にとって、一気に飲み干した。

「小暮先生とのことは、俺が話をつけるから」

「あ、うん。無理しないで。僕はこのままでも……」

「このままじゃ、俺が困るんだよ。伊坂が学生の間は、俺は担任として対応しなくちゃなんだから。ずっとここに居られたら、身がもたない」

 先生が僕に背を向けると、「はあ」と息を吐き出した。

「それって、僕を抱きたいって思うってこと?」

「さあな。それより早く寝ろ。数日中には家に帰れるようにするから」

 先生が電気を消してから「おやすみ」と小さな声で挨拶した。

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