黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~

ひなた翠

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「……いいんですか?」
 マヤが不思議そうに質問する。

「私は構わない。豊がいいなら」
「……隠す必要なくなったしな。本当は、疲れて眠ってもらう予定だったんだけど。来るの早いから……」

 俺は肩を抱いたまま、ダイニングへと歩き出す。
 恋人がいるなら……と智は遠慮したのだろう。寝室入るのを止めて、俺の後ろをついてきた。

「智……獲物が同じって。あいつ、何かやらかしてたのか?」
「素行調査の依頼」
「ってことは妻か」
 あいつは下半身が緩そうだからなあ。

 緩すぎて、タマを蹴り潰してやりたいが……。

『やだっ! やめてって言ってるでしょ!』
『こういうのが好きなんだろ?』
『先生っ……やだっ。入れないでっ。やっ……きゃあああ』

 道元坂がスマホを出すと、してやったり感の顔で音を再生する。

 マヤがビクッと肩を震わせると耳を塞いだ。今日のことを思い出してしまったのかもしれない。

 道元坂もそれに気づいたのか、すぐに停止ボタンを押した。

「即興だが……まあ、なかなかのいい出来になっているだろ?」
「ああ。さすがだよ」
 道元坂が「データはお前のパソコンに送ってある」と付け加えた。

「こんな写真も使えるだろ?」
 と今度は智が、スマホの画面を見せた。

 嫌がる表情している女性の方を抱き、札束をチラつかせる佐藤が映っていた。

「よく撮れたな……」
「プロを舐めるなよ? 恵から事情を聴いて、うまい酒を飲みつつってやつだ。恵の店だから、盗撮するのに、いい席をあけてくれたし」

「いいトスをくれた美鈴には感謝だな」
 俺が苦笑する。

「あの子はいつも、私が経営する店の名刺しか使わない。いい迷惑だ」
「まあ、俺らからしたら妹みたいなもんだからな……」
 智も困った顔をして、くくくっと喉を鳴らした。

「え? 美鈴さんも?」
「ああ。家族みたいなもんだから」

 幼い時から苦楽を共にしてきたら。つい、情が湧いて面倒みてるんだよな。お互いに。美鈴も美鈴で、俺を守ろうと盗聴しているし……楽しんでる部分もあるが。
 何かあったときに、証拠になれば……と思っている部分もあるはず、だ。お互いに支え合って生きてる。いい仲間であり、家族だ。

「でも……それ……被害に遭った子は名乗り出ないんじゃ……。被害者がいなければ……」
「演技だから問題ないだろ」
 マヤの心配そうな声をよそに、けろっと智が答える。マヤは目を見開いて驚いた顔をした。

「……そう、だな。豊は素直でイイ子を恋人にしたようだ」
 道元坂が嬉しそうに笑い、「あとはお前に任せていいだろ? 準備は整えた」と席を立った。

「サンキュ。忙しいのに」
「ま、弟だからな」

「俺は双子だから? って感じか?」
 智が微笑んで、俺の肩を叩いた。

「智、いい加減……シャツを着ろ! 送っていってやるから」
「えー、気持ち悪いんだって」

 和やかに道元坂と智が話しながら、玄関へと進んでいった。俺はマヤを抱いている手を離すと、手を繋いで一緒に玄関に向かう。不安げな表情をして俺を見ている。

まだ、わかってなさそうだな。あえて知らなくてもいいけど……知りたがるんだろうな。

「俺の貸すから……ちょっと待ってろ」
 俺は寝室に一度戻り、まだ封を開けてないワイシャツを掴んで玄関に行く。

「ほら」と投げると、「サンキュ」と智が受け取った。

「また恋人に誤解されても知らないぞ?」
「あ――大丈夫、そこは。俺よりあっちのほうが浮気率が高いから」
 バリッと袋を開封すると、型崩れ防止のために入っているフィルムやクリップを外して、ワイシャツを羽織った。細身の智の身体には俺のワイシャツは大きい。

「女の情報も一緒にメールに添付してある。九時半にはお前の事務所に行くように言ってあるから」
「わかった」

「健闘を祈る」
「俺が失敗するわけないだろ」

「……そうだな。麗香さんにもよろしく伝えておいてくれ」
 じゃ、というと道元坂が玄関のドアを開ける。続いて、智も「またな」と出ていった。

 明日……あのクソ野郎をボコボコにしてやる。

「あっ! 言うの忘れてた。明日、朝一で依頼者に報告書を渡すから。弁護士事務所が修羅場になるよ?」
 閉まりかけのドアに手を入れて、また大きく開くと楽しそうに笑った。

 そうだな……明日はいい一日なる。
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