黒の執愛~黒い弁護士に気を付けろ~

ひなた翠

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―真弥side―
 怖い顔で、麗香さんの部屋から小林が出ていくのが見えた。大股で自分のオフィスに戻っていく。スーツ姿の小林は恰好いい。まさに仕事のできる男と言わんばかりの雰囲気がある。実際、仕事ができるからこの事務所のナンバー2として君臨しているわけだけれど。

 最低一千万の報酬がなければ、仕事はしない……そういう弁護士だ、彼は。僕は足元にも及ばない。そんな人が僕の恋人っていうのが、不思議でもあるんだけど。

 仕事に集中しようとパソコン画面に視線を動かそうとすると、真っ赤なものが近づいてくるのがわかって視線を合わせた。麗香さんだ。

 小林が出ていくと後から、麗香さんも部屋を出たのだろう。僕たちがいる大部屋にくると、パンパンと手を叩いた。

「さきほどのパートナー会議で出た内容について、伝えなければいけない内容が一点。近頃、新人いびりの度合いが過ぎているという話題が出たわ。通過儀礼と笑って見過ごせない、と。貴方たち、一流の弁護士になるためにここにいるのよね? 仕事を任せて早く帰るようなら、うちの事務所を辞めてもらって結構よ。小野寺君一人で十分、まかなえるから。次、見かけたら……クビにするから」

 にこっと笑うと、麗香さんが僕の顔を見て、くいっと顎を動かした。「部屋に来い」ということだろう。僕は立ち上がると、麗香さんの後ろをついていく。

「ああ、それと松本。小林が呼んでたわよ。今日提出した資料で聞きたいことがあるみたいよ?」
 急に足を止めて振り返った麗香さんが、松本を指でさしてニヤリと笑っていた。

 再度歩き出した麗香さんと一緒に、オフィスに入ると、ソファに座るようにすすめられ、僕は腰を落とした。麗香さんは自分のデスクに座ると、ため息を一つこぼした。

「今日は仕事が残っていようがいまいが……定時であがりなさい。会議中に猛獣と古株が大喧嘩。原因は貴方よ。会議前に二人で言い合いして……その険悪ムードで会議の最中も何かと突っかかって……大迷惑よ。さらには私にまで噛みついて。誤算だわ。猛獣がただの噛みつき魔になるなんて」
「小林は……何をしたんですか?」

「佐藤が貴方を無能な中途採用って言ったのよ。議員である父親がいるから、私に雇われただけだ、とね。それにあのバカがキレたのよ。たいして仕事をしない古株を降格して、貴方をパートナーにしてもいいって」
「それは……事実かと。僕は無能だし。父の肩書きがなければ……」

「違うわ。確かに小林の言う通り、貴方は有能よ。パートナーに匹敵する能力はあるの。ただこちら側の経営問題。古株たちをクビにはできない。これ以上、パートナーの数を増やせない。だからといって、古株以外の誰かをクビにして、貴方を後釜にいれれば、亀裂が生じる。それは避けたいの。ただでさえ、小林のシニア承認の件でかなり内輪揉めがあったから。貴方は仕事ができる。もちろん期待したい……でもね。もっと期待していることがあるの。小林の操縦よ。首輪をきちんと着けてほしいの」
「首輪……ですか?」
 誰かに縛られるなんて、小林は嫌いそうだけど。

「小野寺君にしか絶対にできないことだから……今日は定時であがって」
「はあ……実際、僕は何をすれば」

「簡単よ。あいつが満足するまでセックスすればいいの」
「……え? ええっ!」
 この人は一体何を言い出すのだろうか……と耳を疑いたくなる。

「頼んだわよ? 必ず定時で帰ること! 見てるから」
「……ハイ」

 定時で帰るって……。そもそも小林の操縦って、僕にできるはずないのに。首輪って言われても困る。そこまで小林は恋愛に溺れてないと思うし。
 満足するまでって、どれくらいの時間、僕は足を広げてないといけないんだ?
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