愛とは。恋とは。

ひなた翠

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 ジャージの上着を脱ぐと、明夏の身体にかけてくれる。東雲の体温が伝わってきて、ホッとする。大好きな彼の匂いに体温に包まれるだけで、こんなに幸福感を感じられるなんて……。

「東雲先生、西森君の靴を」
「ありがとうございます」

「ご両親には私から連絡を入れておきます」
「お願いします」

 余所余所しい大人の会話が終わると、助手席の足元に靴を置いてくれる。婚約者同士ならもっと砕けて話すのでは、と疑問に思いながらも明夏は怠い身体を背もたれに預けてぐったりした。

 運転席に座った東雲がシートベルトを付けると、ちらっと明夏を見やった。

「吐き気は? 平気?」
「あ、うん」

「着替えてる余裕がなかったから……ジャージが臭いけど。ごめん」
「ぜんぜん……先生の匂いなら、本当はどんな匂いも好きなんだ」

「……え?」
 東雲がハンドルを握ろうとする手が止まった。

「汗の匂い、嫌いじゃない。むしろ、好き」
「そっか。わかった。病院には電話を入れてあるから、すぐに診てもらえる。もう少しだけ我慢して」

「ん……どこの病院?」
「東雲総合病院」

「……は? しののめ?」
「俺の実家」

「ええ?」
 フッと笑った東雲が、前を向いて車を発進させた。
(先生の……実家?)






 大病院なのに、全くの待ち時間もなく、一通りの検査を終えた明夏は、広い廊下を歩く。病院が用意してくれた個室の前に到着し、ドアを引こうとして手を止めた。中から人の声がしたから。それもなんだか険しい感じがして躊躇ってしまった。

「いきなり電話してきて、検査をしろって……なんなんだお前は」
「検査をしてほしいから電話した。それだけだ」

「雪に聞けば、ただ生徒が倒れただけだって。そこら辺の病院で十分だろ」
「十分? どこの病院で診察を受けるかを決めるのはこちら側が選んでいいはずだ」

「南野先生の診断によれば、眩暈で倒れた際の後頭部への後遺症はないだろうって。吐き気や嘔吐に至っては脳震盪ではなく、別の要因だそうだ。血液検査の結果を見れば、貧血が酷い。私のほうから貧血の薬を処方しておく……それでいいだろ?」
「ああ」
(南野先生……って)

 南野の父親か母親あたりなのだろうか、と疑問に思いつつも、室内の会話に一区切りついたようで、今度こそ入ろうと腕を持ち上げた。

「ところで、雪との件……あれはどういうことだ?」
(雪って柊木先生のこと?)

 またもや明夏は入り損ねてしまい、ドアの前で固まった。

「どうもこうもない。話した通りだ」
(先生は、何を話したの?)

「約束と違うだろ」
「だから、その約束は守れないと言った」

「お前……わかっているのか! 雪はにん……」
(え? にん……?)

 聞き耳をさらに立てようとしたところで、明夏の横に立った白衣の男がガラリと戸を開けた。
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