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「弓弦、足……痺れてない?」
「和真……ちょっと痺れてる」

 膝をついて視線を同じにした和真が、優しい口調で声をかけてくれた。和真がにっこりと微笑むとすぐに、隣から手が伸びてきて兄さんが襟元を掴んだ。

「おいっ! 弓弦に話すには僕の許可を請えと言ってあるだろ」
「許可?」

「忘れたわけじゃないだろ。その目の傷、忘れたとは言わせない。視力、ほぼないんだろ?」

 ……え? うそ。だって、目は傷つかなかったって言ってたのに。

「目、見えるって言ってたのに」

「弓弦、こいつのやせ我慢だ。右目でだけで生きてる。ああ、仕事するときと華を生けるときは眼鏡だっけ? センスのないださい眼鏡をかけてたよな」

 くすくすっと兄さんが笑うと、襟を掴んでいる兄さんの手を和真が捻り上げた。

「弓弦と話したいなら、俺に許可を請え」
「は? バカじゃないの? 僕はじきっ……」

 兄さんが口元を緩めて笑おうとすると、ガシッと秀一に頭を掴まれて座っている兄さんを投げ飛ばした。僕と離れた兄さんは、畳に身体を打ち付けられた

「バカはお前だ。次期家元は俺だ。それに弓弦様と話をしたいなら、和真と俺の許可を得ろ。それができないなら、お仕置き確定だな」
「な……お前らぁ」

 兄さんは顔だけをあげると、和真と秀一を睨んだ。

「弓弦、兄さんのところに……」

 手を伸ばす兄さんが一瞬だけ見えると、視界が和真の背中に覆われた。僕を守るように、和真と秀一の二人が兄さんの前に立ちふさがっている。

「家元は俺、補佐は和真……意味わかる? それに弓弦様はこの家を任された。いわば俺たちの嫁だ。一切の権力を失ったお前とは違う」
「な、んだと?」

「随分と酷いことをしてくれたよな? 俺たちに。『仕返し』していい?」
 秀一の懐からカッターが出てくると、カチカチカチと刃を兄さんの目の前で出していく。

「や、やめっ……」と兄さんが焦る声をあげる。

「和真、弓弦様を廊下へ」
「ああ」

 和真が振り返ると、「行こう」と手を引いて歩き出した。

「弓弦……ゆずるっ! 兄さんを……しゅ、やめろ! 助け……ゆずる!」

 僕が大広間を出ていくのと同時に、「ぎゃああああ」と兄さんの叫び声が聞こえた。別の部屋からは祝宴を先に始めている人間の楽し気な声も同じくらいの音量で耳に入ってきた。きっと宴会場となってる部屋では、兄さんの声は届いてないだろう。

 後ろから和真が僕の耳を押えても、兄さんの悲鳴は鼓膜に届く。

「やっと……弓弦を抱きしめられた」
 少し手を浮かせた和真が、熱帯びた吐息と一緒に呟いた。

「キス、していい?」

 和真の質問に僕は頷くと、振り返る。嬉しそうに笑うと和真の顔が近づいてくると、僕たちはなんの隔たりもない甘いキスをした。

「和真、好き」
「やっと……弓弦と……、やっと……、っと悪い」

 着物越しに互いの熱を感じて、顔を見合わせて苦笑した。
 和真は僕に反応してくれる。

「兄さん……いいの? 好きだったんじゃ……。あ、でも外に女性ができたって言ってたし」
「それ、どこ情報? 今も昔も俺は弓弦だけだ」

「……え?」

「優さんに恋してるって勝手に弓弦が勘違いしたから、それを利用して身体の関係を持った。でもそれが優さんにバレて、嫌がらせされてたんだ。離れでのセックスを優さんに見られた日……脅されてた。また弓弦に手を出したら、弓弦自身を傷つけるって……。会わずに帰ろうと思った。でも会いたくて、抱きたかった。最後にしようって思てたんだ……そこを見られて、弓弦の勘違いを逆手にとって、優さんに利用された」

「利用って」

「弓弦の近くにいてもいいって言われて、条件をつけられた。優さんの彼氏になって弓弦を裏切れって。セックス一回で大学で弓弦に会っていい。でも口は利くな、と。話したいなら、許可を請え。身体の一部を差し出せって。大学でも、稽古場でも本宅でも監視役がつねにいた。すべて弓弦の耳に入るってわかった」

「そんな……」
「ねえ、弓弦……我慢できそうにない。入れていい?」

「あっ、ん……えっと……」

「だめに決まってるだろ!」
 血に染まった手で秀一が、和真の脳天に拳を落とした。

「……いっ、て」

「お前なあ。何度言えばわかるんだ! がっついていいことなかっただろ? 何度、お前の尻ぬぐいをしてきたと思うんだ!」

「仕方ないだろ。弓弦の色気がヤバいんだから」

「わかるけどな! それでも頭を使えと何度も忠告した。まあ、お前の真っすぐな想いのおかげで、あいつの注目が常に和真に向いていて、俺の想いと計画が悟られなかったから良かったけど」
「だろ?」

「結果論なだけだろうが!」
 全く、と呆れた声をあげながらも秀一が笑み浮かべた。

 二人って、仲良かったの? 僕が見ている限りでは、不仲だと思っていたのに。

「なか、よ、し?」
「……ではない。ただ目的は一緒だった」

 秀一が腕を組んでため息をついて、横目で和真を見た。

 目的?

「弓弦を堂々と恋人にすること」
「……ええっ?」

 和真のドヤ顔発言に僕の驚きの声をあげた。

「詳しい話は家元のところに行ってからにしよう。それに、優が荷物を纏めて家を出て行くまでは、家元のお傍が一番安全だ」

 秀一が僕の肩を抱くと歩き始める。

「ずるっ!」と和真が拗ねたような声をあげると、反対側の僕の手を取ってチュッと甲にキスをした。

 安全……ってどういう意味だろう?

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