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「弓弦、また痩せた?」
キッチンに立つ僕の横に立った和真が、出来立ての甘い卵焼きを一つ抓んで口に放り込んだ。
左目にある消えない傷を目にして、僕の胸がツキンと痛んだ。視力には問題ないらしい。でも一生消えない傷を、僕のせいでつけてしまった。
二年前の和真が怪我をした日から、僕たちの関係ははっきりと変わった。僕の態度の変化を、和真が察知して距離を置いてくれたのだろう。
いびつな三角関係を描いたまま、均衡を保ち、暮らしている。
視線を落とせば和真の首筋には昨晩、兄さんがつけたであろうキスマークが三つほど目についた。
身体からは兄さんの使っているコロンの匂いが、僕の鼻孔を刺激する。
「出張、お疲れ様」
「ああ。土産があるから後で弓弦の部屋に……って、おい」
「大切な朝食を勝手に食べないでいただきたい。あなたの食事はこちらです」
和真がもう一つ卵焼きを食べようとすると、秀一に横から奪われた。さらにはコンビニの菓子パンを一つだけ、押し付けられる。
「……はあ?」
「なにか?」
「いや……てか、俺もここの……」
「家元と若様のお食事の用意をいたしますので、邪魔者は出て行ってください」
秀一が和真を睨んだ。
和真は兄さんの恋人として、ここに住んでいる。父さんには良い顔をされてないみたいだ。仕事の関係上、出張の多い和真だから住んでいるといっても、週に一日か二日程度の帰宅だ。
長いときは、一か月も帰ってこないときもある。今回はその長い出張からの帰宅。久々に兄さんと朝方まで盛り上がっていたみたいだ。
「嫌われてんなあ、俺。あとでな、弓弦」
秀一の威嚇に屈した和真が苦笑しながら、キッチンを出ていく。
「番犬」
「……弓弦様が無理する必要はないですから」
「いつも通りの朝、だろ」
「夜にまた離れにお籠りになるのでしょう?」
「それもいつも通りだろ」
「日中はお傍にいられないから、心配です」
くすくすと僕は笑うと、秀一が和真から取り上げた卵を半分だけ咥えた。僕の行動の意味がわからない秀一の顔がぽかんと間抜けな顔になる。
僕はつま先立ちになると、咥えた卵焼きの端を秀一の唇に持っていく。
「……んっ、ふっ、んんぅ」
秀一と口だけで、分け合うと僕から距離を開けた。
「今夜は満月じゃないから、大丈夫。僕よりも君の大事な若様を心配したらどう? 和真に思う存分抱き潰されて、仕事にならないんじゃないか? すでに立ち上がれないかもしれないね」
「……卵焼き……食べさせて?」
「え?」
「もう一つ、食べたい。口移しで」
僕は卵焼きを口に咥えると、まるごと秀一に食べられてしまう。口の中に卵はもうないのに、荒々しく口腔内を貪られ、舌を吸い上げられた。
「んぅ……んっ!」
秀一の胸を叩くと、やっと唇を離してもらえた。
苦しくて呼吸が乱れる。
「俺にとって大切なのは家元や若様ではなく、弓弦様ですから」
「何を言って……」
「必ず助け出してみせます」
ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべると、お膳の準備を始めた。
今や、兄さんが仕切るこの小さい世界。すべてのルールは兄さんの判断で決まる。
無理、だよ。僕はここから出られない。飼われた狭い水槽の中でしか泳げない。女王様気質な兄さんの手によって、外に出され、息苦しさのあまり水槽に戻る。
そうやって二年前に大学を中退した僕は、一度も屋敷の外には出ていない。
兄さんのために食事を作り、お弟子さんたちと一緒に掃除や洗濯をする。兄さんは前よりも神経質になり、自分の着脱した服は全て僕以外の人間に触れることは許さなかった。ご飯も、僕の料理以外は口にしない。
だから父の食事と兄の食事は、献立は一緒でも、作っている人間が違う。表に出す性格は以前より人当りが丸くなり、お教室に通う女性生徒さんも増える一方で、父が抱えるお弟子さんたちにはより厳しく感情的になった。
僕への愛情も……たぶん、酷い。
「家元は隠居をお考えになっているみたいですよ?」
「父さんが?」
「家元にお食事を届けてきます」
秀一が完成したお膳を持って、台所を出ていった。
次期家元は兄さんで決まり……僕の生活も変わらない。ただ……問題は、後継ぎの問題が出てくる。兄さんはどうするんだろう。
キッチンに立つ僕の横に立った和真が、出来立ての甘い卵焼きを一つ抓んで口に放り込んだ。
左目にある消えない傷を目にして、僕の胸がツキンと痛んだ。視力には問題ないらしい。でも一生消えない傷を、僕のせいでつけてしまった。
二年前の和真が怪我をした日から、僕たちの関係ははっきりと変わった。僕の態度の変化を、和真が察知して距離を置いてくれたのだろう。
いびつな三角関係を描いたまま、均衡を保ち、暮らしている。
視線を落とせば和真の首筋には昨晩、兄さんがつけたであろうキスマークが三つほど目についた。
身体からは兄さんの使っているコロンの匂いが、僕の鼻孔を刺激する。
「出張、お疲れ様」
「ああ。土産があるから後で弓弦の部屋に……って、おい」
「大切な朝食を勝手に食べないでいただきたい。あなたの食事はこちらです」
和真がもう一つ卵焼きを食べようとすると、秀一に横から奪われた。さらにはコンビニの菓子パンを一つだけ、押し付けられる。
「……はあ?」
「なにか?」
「いや……てか、俺もここの……」
「家元と若様のお食事の用意をいたしますので、邪魔者は出て行ってください」
秀一が和真を睨んだ。
和真は兄さんの恋人として、ここに住んでいる。父さんには良い顔をされてないみたいだ。仕事の関係上、出張の多い和真だから住んでいるといっても、週に一日か二日程度の帰宅だ。
長いときは、一か月も帰ってこないときもある。今回はその長い出張からの帰宅。久々に兄さんと朝方まで盛り上がっていたみたいだ。
「嫌われてんなあ、俺。あとでな、弓弦」
秀一の威嚇に屈した和真が苦笑しながら、キッチンを出ていく。
「番犬」
「……弓弦様が無理する必要はないですから」
「いつも通りの朝、だろ」
「夜にまた離れにお籠りになるのでしょう?」
「それもいつも通りだろ」
「日中はお傍にいられないから、心配です」
くすくすと僕は笑うと、秀一が和真から取り上げた卵を半分だけ咥えた。僕の行動の意味がわからない秀一の顔がぽかんと間抜けな顔になる。
僕はつま先立ちになると、咥えた卵焼きの端を秀一の唇に持っていく。
「……んっ、ふっ、んんぅ」
秀一と口だけで、分け合うと僕から距離を開けた。
「今夜は満月じゃないから、大丈夫。僕よりも君の大事な若様を心配したらどう? 和真に思う存分抱き潰されて、仕事にならないんじゃないか? すでに立ち上がれないかもしれないね」
「……卵焼き……食べさせて?」
「え?」
「もう一つ、食べたい。口移しで」
僕は卵焼きを口に咥えると、まるごと秀一に食べられてしまう。口の中に卵はもうないのに、荒々しく口腔内を貪られ、舌を吸い上げられた。
「んぅ……んっ!」
秀一の胸を叩くと、やっと唇を離してもらえた。
苦しくて呼吸が乱れる。
「俺にとって大切なのは家元や若様ではなく、弓弦様ですから」
「何を言って……」
「必ず助け出してみせます」
ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべると、お膳の準備を始めた。
今や、兄さんが仕切るこの小さい世界。すべてのルールは兄さんの判断で決まる。
無理、だよ。僕はここから出られない。飼われた狭い水槽の中でしか泳げない。女王様気質な兄さんの手によって、外に出され、息苦しさのあまり水槽に戻る。
そうやって二年前に大学を中退した僕は、一度も屋敷の外には出ていない。
兄さんのために食事を作り、お弟子さんたちと一緒に掃除や洗濯をする。兄さんは前よりも神経質になり、自分の着脱した服は全て僕以外の人間に触れることは許さなかった。ご飯も、僕の料理以外は口にしない。
だから父の食事と兄の食事は、献立は一緒でも、作っている人間が違う。表に出す性格は以前より人当りが丸くなり、お教室に通う女性生徒さんも増える一方で、父が抱えるお弟子さんたちにはより厳しく感情的になった。
僕への愛情も……たぶん、酷い。
「家元は隠居をお考えになっているみたいですよ?」
「父さんが?」
「家元にお食事を届けてきます」
秀一が完成したお膳を持って、台所を出ていった。
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