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15 夏になるころ、一人の時間が寂しくなってると感じ始めたころ。
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一緒にお風呂に入った後、のぼせたように体温が熱くなる。
いつものようにバスタオルを巻かれて髪の毛を乾かしてもらう。
裕司さんはとてもまめに世話を焼いてくれる。
冷蔵庫からペットボトルを持ってきて手渡してくれる。
一気に半分くらい飲む。そのまま一息つくとペットボトルは裕司さんの手へ。
のどを鳴らして残りを飲む姿をぼんやりと見上げる。
首筋を見上げると骨っぽい。
しかもちょっと色っぽさを帯びた男らしさを感じてしまう。
体をくっつけて見ることはあっても距離を持って首筋を見上げることはなかった。
大体顔を見るし。
飲み終わったボトルにキャップをして見下ろされる。
「由利乃さん、たまにそんな目で見つめられるけど・・・何を考えてるの?」
「すみません。」
どんな目だろう。じっと見入りすぎたも。思わず視線を下げる。
「謝らないで、すごく色っぽい目で見られるとちょっと・・・・。」
抱き寄せられて顔をあげられる。
「何考えてた?」もう一度聞かれる。
「見上げた首筋が色っぽいなあと思ったりしてました。」
「それだけ?」
背伸びして手を首の後ろに回してさっきまで見上げていた首に顔を寄せる。
腰に押し付けられたものはタオル越しでも熱さを感じる。
「裕司さん、裕司さんが欲しいです。」
うれしそうな顔をした裕司さんとベッドまで手をつないで行き、潜り込むようにして抱き合う。
バスタオルはあっという間にベッドの下へ。
目が覚めた翌朝、珍しく裕司さんと視線も合わず。
私の方が先に起きた!
この時間も大好き。自分の隣で無防備な顔で寝ている裕司さん。
何度か狸寝入りで急に目を開けてびっくりさせられたけど、今日はどうだろう。
しばらくしても目を開ける気配がない。
体をくっつけて肌の温度を分け合う。
男の人は暖かい。ずっとこのままでいたい。
裕司さんが目覚めるまでの少しの間そのままでいられた。
みんな何をきっかけに結婚しようと思うんだろうか?
心地いい今にも十分に満足してるはずなのに。
わざわざ形を変えようとしてまで望むものは。
もっとずっと一緒にいたい、勿論裕司さんが帰った後の一人の部屋で静かな空間に寂しさを感じたりもする。
一度突然電話があってすぐに訪ねてきてくれたことがあった。
さっきまで一緒にいたけど・・・と思うことなくただうれしくて。
目が覚めた時に、部屋を出る時に、駅に着いたときに、食事をするときに、裕司さんがすぐそばにいてくれたら。
今でもたいていの日の朝に裕司さんの家の庭で顔を合わせる。
そうなると毎日会えているみたいなもので。
結婚すると何が変わるんだろう。名前、住むところ、そして役割。
今は週末に二人で食事を作って食べるけど、毎日夕ご飯を準備しないといけない。
帰りが遅い私が買い物をしてそれから作る・・・・作れる?
まさか最初から裕司さん担当なんて期待してはいけない。
それが面倒だと思わないでもないけど、それは料理がダメだと分かってる裕司さんの方が理解してくれそう。
どこからどこまで考えて結婚しようと思えばいいのか。
結婚はしたい、裕司さんとしたいと思う。
でも今結婚しようと裕司さんに言えるかというと・・・・・。
ひとりで考えてると自分の気持ちすらあやふやになりそうで分からなくなる。
時計を見るともうすぐお昼。
今日も急ぎの仕事はなく、ぼんやりと時計をもう一度見る。
時計の隣にはあの日に買ってもらったブレスレット。
毎日つけていて、仕事中でも気にならない。
「由利乃ちゃん。今日一緒にお昼行かない?」
隣の席の天野裕子さんに声を掛けられた。
いつも個人個人の仕事がある皆。お昼時間は決まってなくて、自分が出かける時だけ電話対応を残る人にお願いする。誰もいなくなるような日は時間をずらしてお昼にしたり、ロッカーの中のもので済ませたり。
たまに誰かに誘われていくときは堂々と外に行けるのでうれしい。
「はい。ご一緒させてください。」
裕子さんはもう30歳になるころ。
ベテランの中でも若いのでお姉さんみたいに勝手に思ってる。
12時の時計の音とともに椅子を動かして出かける人。
残ってお弁当を食べる人もいるので、よろしくお願いしますと声をかけて裕子さんと一緒に外へ。
「大分、暑くなりましたね。」
ビルの谷間にも日差しは容赦なく差し込んでくる。
梅雨が明けて晴れの日を楽しみたいけど、既に夏をおもわせる暑さ。
「最近お気に入りのお店があるんだけど、そこでいい?いろいろとメニューは豊富よ。」
「はい、どこでも。」
手をおでこの前にかざして日差しを遮るようにする。
ちらりと裕子さんがこちらを見る。
お店はそう遠くはなく残り少なくなったテーブルの一つに席を見つけた。
「はぁ~。」思いっきりため息をついてしまった。
思考が忙しいこの頃。ぼんやりするといろいろ考えてしまう。
いつの間にかブレスレットを指でもてあそんでいたらしい。
裕子さんの視線が腕に行く。
「由利乃ちゃん、そのブレスレットプレゼントでしょ?」
「え、・・・はい。」
「何か相談が必要なら乗るけど?」
裕子さんは数年前に同業の人と結婚している。
子供も一人。幼稚園に預けていてどちらか、もしくはご両親にお迎えを頼んでいるらしい。
いずれ独立するのはご主人で、自分はずっと雇われでいいと言っている。
リスク分散とかなんとか。
ローンでマンションも買いしっかりと自分の場所に立った生き方だと思う。
食事が運ばれてきて少しずつ口にしながら意見を聞いてみた。
「由利乃ちゃん、考えてると面倒にならない?」
「はい。初めてお付き合いした人だし、あんまり速い展開で。」
「そうよね、ずいぶん惚れられてるみたいね。由利乃ちゃん、すっごくきれいになったと思ってたのよ。幸せそうだし、あんまり考えても仕方ないかもね。このまま一緒にいたいと思ったら受けてもいいんじゃない。結婚するとある程度は変わるわよ、お互いに。気に入らないことも増えるしく愚痴も増えるし。完璧なんて思えることなんてないから。」
裕子さんこそ幸せそうに微笑みながら教えてくれる。
「本当は返事は決まってるでしょう?それに今返事したとしても結婚はある程度準備が必要だから夫婦になるのは先になってその頃にはお付き合い一年くらいにはなってるんじゃない?」
・・・・それはそうだ。返事をしたからと言ってすぐに一緒に住んだり、入籍して名前が変わったりする訳じゃない。多分。
「幸せな悩みね。由利乃ちゃんに彼氏が出来てどこかで悲しい思いしてる人がいると思うわ~。」
「裕子さん、そんな人いませんよ。」
「そうかしら?」
ドリンクまで堪能してあまり消費してないカロリーをチャージし終えて会社へ戻る。
通勤以外に運動をしてないのに最近裕司さんと食事をすることが増えてしっかり食べてる。じつはちょっと太ってきた気がする。
もっとスカートの腰回りに余裕があった気がするのに。
なんて思ってもおいしいものは好きで満足ランチに元気になって自分の席へ。
歯磨きをして化粧直しを軽くする。
隣に並んだ裕子さんが鏡越しにちらちらと視線を向けてくる。
「やっぱり前よりぐっと明るく女らしくなったわよ。風に吹かれて飛ばされそうな頼りなさが庇護欲をそそってたのに、一つ大人になった感じ。その彼がたった数か月でこんなに由利乃ちゃんを変えるなんて偉業だわ。」
鏡の中の自分を見つめる。
見た目の変化は自分ではよく分からないけど、毎日楽しくてうれしくて、気分も安定して前向きになったと思う。裕司さんとけんかになったことも一度もない。いつも楽しい報告をし合い、香さんとも時々裏話をやり取りしている。
席に戻ると唯一の同期と呼べる佐々木さんが私のデスクへ。
この時期クライアントに夏の挨拶をする準備に入る。その他にも契約更新のお礼や、次回来訪予定をお知らせする文書など毎年定期便以外にもある。すっかり書き馴染んだクライアントの宛先もあるくらい。
皆が順々に私のところに持ってきてくれる。
他の先輩が依頼し終えたタイミングで佐々木さんが同じように封筒と住所録を持って来て、宛名書き仕事を依頼された。
集中してできる仕事があってうれしいくらい。
机から移動して小さな会議テーブルに筆ペンと住所一覧と封筒を持っていく。
午前中の悩みはランチの時間に随分軽くなり、大好きな文字を書くことに集中することですっかり忘れられそう。
一心に書いていく。一時間くらいかかった。
ふと時計を見上げて依頼してきた佐々木さんの方を見る。
当然こちらの仕事をぼうっとして待つほど暇な訳はなく、近くに行って声をかける。
「佐々木さん、依頼された分は書き終わりました。お忙しいようでしたら投函まで手伝いますけど。」
「ありがとうございました。これもお願いしていいですか。同じ内容ですので。」
「了解しました。」
きれいに折り、一つづつ入れて封緘する。
全部終わって時計を見る。
まだまだ時間があるので行って帰ってこれる。
「郵便局行きますけど他に頼まれるものありませんか?」
二人手の上がった人の元へ行き、封筒を預かる。
「じゃあ行ってきます。」
財布を持って書類を会社の袋に入れて出かける。
佐々木さんがこっちを見ていたので行ってきますと声をかけて外へ。
郵便局はすぐそこ。コンビニくらいの近さで助かるけど少し外にいたい気分だったりする。
少し並んで書類をごそっと預ける。
レシートを受け取りお願いする。
ついでに隣のコーヒー屋さんで二つ飲み物を買い袋に入れてもらう。
あと2時間位あるので隣の裕子さんの分と自分の分。
「戻りました。」と声をかけて自分の席へ。
コーヒーを取り出して自分の机に、もう一つを裕子さんへ渡す。
「裕子さん、ランチの時の相談料です。どうぞ。」
「あら、ありがとう。」裕子さんが背伸びをして左右に揺れる。
コーヒーを飲んで一休みしていると次の仕事は書類作りを頼まれる。
明日でも大丈夫とのことでしばらく気を抜く。
メモに従ってフォルダを探し書類を印刷してまとめて行く。
会議用の書類もまとめ上げると終業時間間近になった。
こうして一日が過ぎていく。
時間のある時は経理関係の仕事を手伝ったりもする。
いろんな勉強をするともっと手伝えることが増えるかもしれない。
一年ここで仕事をして思った。
今度尾山さんと食事をする機会があったら聞いてみようかと思う。
パソコンのスキルアップから、もっと踏み込んだ資格まで。
仕事ではほとんど残業がないんだからその時間を使って勉強することは可能だ。
机から携帯を出してメールを確認する。
妹からだった。
『お姉ちゃん、この間はごめんね。でも結果良かったよね。幸せを分けてもらい私も頑張ってるところです。こうご期待。』
「由利乃ちゃん、誰からかなあ?」裕子さんが小声で聞いてくる。
「妹ですよ。」
なんだぁ~と言って興味をなくしてパソコンに向かう裕子さん。
終業時間まで待ってトイレに行く。
戻ると数人が部屋から出ていくところだった。
「お疲れ様です。」
この後接待のような会に出かける人もいるし、家に帰る人もいる。
ロッカーから上着と荷物を持って机の上を整理する。
「裕子さん、お先に失礼します。」
「うん、お疲れ。ご馳走様でした。」
コーヒーのことだろうけど、妹のメールのこともあり裕子さんの笑顔にも含みがあるような気がするんだけど。
会社を出て駅に向かう。
駅にあるフリーペーパーで仕事後の学校ついての記事を探す。
都内通勤だと6時からのクラスでも余裕で出席できそう。
短くて3か月位からあるらしい。週一日くらいだと半年はかかりそう。
何のどのコースを選ぶかとそこから考えなくてはいけない。
目についたものをバッグにしまい込み電車に乗って自分の部屋へ。
まだまだ月曜日。
週末を一緒に過ごして、火曜日か水曜日の裕司さんの早い日に一緒にご飯を作る。
今日の帰りにも会えるだろうか?
時々庭をのぞくと庭で箒を持っていたり、樹君や楓ちゃんと遊んでいて会えることがある。
会いたい。
顔を見たい。
そう正直に言えばいいのに。携帯を見ても特に連絡は来てない。
バッグのポケットに携帯を入れて電車の揺れに合わせてぼんやりとする。
車内吊りはすっかり夏休みの旅行に力を入れてるらしい。
夏休み。去年は一人で実家に帰ったり、一人で電車に乗って海を見に行った。
友達と週末に会うこともすっかり少なくなった。
一人でいても自由に思い立って行動していたのに、最近はすっかり裕司さんと誘いあって出かけている。一人でいるのがとても寂しく感じるようになったみたい。
やっぱり会いたいなあ・・・・
携帯に手を伸ばした時に着信を知らせる音がした。
見ると裕司さんからだった。
『仕事、終わった?』
『今電車の中?遊んでくれる二人が今日はいないので庭でぼんやりしてます。運動ついでに駅に迎えに行こうかな?』
出会ったころと違って大分明るい帰り道だけど、うれしくて返信する。
『駅には後20分くらいで着きます。会いたいです。』送信。
会いたいと文字だと伝えやすい。
いつものようにバスタオルを巻かれて髪の毛を乾かしてもらう。
裕司さんはとてもまめに世話を焼いてくれる。
冷蔵庫からペットボトルを持ってきて手渡してくれる。
一気に半分くらい飲む。そのまま一息つくとペットボトルは裕司さんの手へ。
のどを鳴らして残りを飲む姿をぼんやりと見上げる。
首筋を見上げると骨っぽい。
しかもちょっと色っぽさを帯びた男らしさを感じてしまう。
体をくっつけて見ることはあっても距離を持って首筋を見上げることはなかった。
大体顔を見るし。
飲み終わったボトルにキャップをして見下ろされる。
「由利乃さん、たまにそんな目で見つめられるけど・・・何を考えてるの?」
「すみません。」
どんな目だろう。じっと見入りすぎたも。思わず視線を下げる。
「謝らないで、すごく色っぽい目で見られるとちょっと・・・・。」
抱き寄せられて顔をあげられる。
「何考えてた?」もう一度聞かれる。
「見上げた首筋が色っぽいなあと思ったりしてました。」
「それだけ?」
背伸びして手を首の後ろに回してさっきまで見上げていた首に顔を寄せる。
腰に押し付けられたものはタオル越しでも熱さを感じる。
「裕司さん、裕司さんが欲しいです。」
うれしそうな顔をした裕司さんとベッドまで手をつないで行き、潜り込むようにして抱き合う。
バスタオルはあっという間にベッドの下へ。
目が覚めた翌朝、珍しく裕司さんと視線も合わず。
私の方が先に起きた!
この時間も大好き。自分の隣で無防備な顔で寝ている裕司さん。
何度か狸寝入りで急に目を開けてびっくりさせられたけど、今日はどうだろう。
しばらくしても目を開ける気配がない。
体をくっつけて肌の温度を分け合う。
男の人は暖かい。ずっとこのままでいたい。
裕司さんが目覚めるまでの少しの間そのままでいられた。
みんな何をきっかけに結婚しようと思うんだろうか?
心地いい今にも十分に満足してるはずなのに。
わざわざ形を変えようとしてまで望むものは。
もっとずっと一緒にいたい、勿論裕司さんが帰った後の一人の部屋で静かな空間に寂しさを感じたりもする。
一度突然電話があってすぐに訪ねてきてくれたことがあった。
さっきまで一緒にいたけど・・・と思うことなくただうれしくて。
目が覚めた時に、部屋を出る時に、駅に着いたときに、食事をするときに、裕司さんがすぐそばにいてくれたら。
今でもたいていの日の朝に裕司さんの家の庭で顔を合わせる。
そうなると毎日会えているみたいなもので。
結婚すると何が変わるんだろう。名前、住むところ、そして役割。
今は週末に二人で食事を作って食べるけど、毎日夕ご飯を準備しないといけない。
帰りが遅い私が買い物をしてそれから作る・・・・作れる?
まさか最初から裕司さん担当なんて期待してはいけない。
それが面倒だと思わないでもないけど、それは料理がダメだと分かってる裕司さんの方が理解してくれそう。
どこからどこまで考えて結婚しようと思えばいいのか。
結婚はしたい、裕司さんとしたいと思う。
でも今結婚しようと裕司さんに言えるかというと・・・・・。
ひとりで考えてると自分の気持ちすらあやふやになりそうで分からなくなる。
時計を見るともうすぐお昼。
今日も急ぎの仕事はなく、ぼんやりと時計をもう一度見る。
時計の隣にはあの日に買ってもらったブレスレット。
毎日つけていて、仕事中でも気にならない。
「由利乃ちゃん。今日一緒にお昼行かない?」
隣の席の天野裕子さんに声を掛けられた。
いつも個人個人の仕事がある皆。お昼時間は決まってなくて、自分が出かける時だけ電話対応を残る人にお願いする。誰もいなくなるような日は時間をずらしてお昼にしたり、ロッカーの中のもので済ませたり。
たまに誰かに誘われていくときは堂々と外に行けるのでうれしい。
「はい。ご一緒させてください。」
裕子さんはもう30歳になるころ。
ベテランの中でも若いのでお姉さんみたいに勝手に思ってる。
12時の時計の音とともに椅子を動かして出かける人。
残ってお弁当を食べる人もいるので、よろしくお願いしますと声をかけて裕子さんと一緒に外へ。
「大分、暑くなりましたね。」
ビルの谷間にも日差しは容赦なく差し込んでくる。
梅雨が明けて晴れの日を楽しみたいけど、既に夏をおもわせる暑さ。
「最近お気に入りのお店があるんだけど、そこでいい?いろいろとメニューは豊富よ。」
「はい、どこでも。」
手をおでこの前にかざして日差しを遮るようにする。
ちらりと裕子さんがこちらを見る。
お店はそう遠くはなく残り少なくなったテーブルの一つに席を見つけた。
「はぁ~。」思いっきりため息をついてしまった。
思考が忙しいこの頃。ぼんやりするといろいろ考えてしまう。
いつの間にかブレスレットを指でもてあそんでいたらしい。
裕子さんの視線が腕に行く。
「由利乃ちゃん、そのブレスレットプレゼントでしょ?」
「え、・・・はい。」
「何か相談が必要なら乗るけど?」
裕子さんは数年前に同業の人と結婚している。
子供も一人。幼稚園に預けていてどちらか、もしくはご両親にお迎えを頼んでいるらしい。
いずれ独立するのはご主人で、自分はずっと雇われでいいと言っている。
リスク分散とかなんとか。
ローンでマンションも買いしっかりと自分の場所に立った生き方だと思う。
食事が運ばれてきて少しずつ口にしながら意見を聞いてみた。
「由利乃ちゃん、考えてると面倒にならない?」
「はい。初めてお付き合いした人だし、あんまり速い展開で。」
「そうよね、ずいぶん惚れられてるみたいね。由利乃ちゃん、すっごくきれいになったと思ってたのよ。幸せそうだし、あんまり考えても仕方ないかもね。このまま一緒にいたいと思ったら受けてもいいんじゃない。結婚するとある程度は変わるわよ、お互いに。気に入らないことも増えるしく愚痴も増えるし。完璧なんて思えることなんてないから。」
裕子さんこそ幸せそうに微笑みながら教えてくれる。
「本当は返事は決まってるでしょう?それに今返事したとしても結婚はある程度準備が必要だから夫婦になるのは先になってその頃にはお付き合い一年くらいにはなってるんじゃない?」
・・・・それはそうだ。返事をしたからと言ってすぐに一緒に住んだり、入籍して名前が変わったりする訳じゃない。多分。
「幸せな悩みね。由利乃ちゃんに彼氏が出来てどこかで悲しい思いしてる人がいると思うわ~。」
「裕子さん、そんな人いませんよ。」
「そうかしら?」
ドリンクまで堪能してあまり消費してないカロリーをチャージし終えて会社へ戻る。
通勤以外に運動をしてないのに最近裕司さんと食事をすることが増えてしっかり食べてる。じつはちょっと太ってきた気がする。
もっとスカートの腰回りに余裕があった気がするのに。
なんて思ってもおいしいものは好きで満足ランチに元気になって自分の席へ。
歯磨きをして化粧直しを軽くする。
隣に並んだ裕子さんが鏡越しにちらちらと視線を向けてくる。
「やっぱり前よりぐっと明るく女らしくなったわよ。風に吹かれて飛ばされそうな頼りなさが庇護欲をそそってたのに、一つ大人になった感じ。その彼がたった数か月でこんなに由利乃ちゃんを変えるなんて偉業だわ。」
鏡の中の自分を見つめる。
見た目の変化は自分ではよく分からないけど、毎日楽しくてうれしくて、気分も安定して前向きになったと思う。裕司さんとけんかになったことも一度もない。いつも楽しい報告をし合い、香さんとも時々裏話をやり取りしている。
席に戻ると唯一の同期と呼べる佐々木さんが私のデスクへ。
この時期クライアントに夏の挨拶をする準備に入る。その他にも契約更新のお礼や、次回来訪予定をお知らせする文書など毎年定期便以外にもある。すっかり書き馴染んだクライアントの宛先もあるくらい。
皆が順々に私のところに持ってきてくれる。
他の先輩が依頼し終えたタイミングで佐々木さんが同じように封筒と住所録を持って来て、宛名書き仕事を依頼された。
集中してできる仕事があってうれしいくらい。
机から移動して小さな会議テーブルに筆ペンと住所一覧と封筒を持っていく。
午前中の悩みはランチの時間に随分軽くなり、大好きな文字を書くことに集中することですっかり忘れられそう。
一心に書いていく。一時間くらいかかった。
ふと時計を見上げて依頼してきた佐々木さんの方を見る。
当然こちらの仕事をぼうっとして待つほど暇な訳はなく、近くに行って声をかける。
「佐々木さん、依頼された分は書き終わりました。お忙しいようでしたら投函まで手伝いますけど。」
「ありがとうございました。これもお願いしていいですか。同じ内容ですので。」
「了解しました。」
きれいに折り、一つづつ入れて封緘する。
全部終わって時計を見る。
まだまだ時間があるので行って帰ってこれる。
「郵便局行きますけど他に頼まれるものありませんか?」
二人手の上がった人の元へ行き、封筒を預かる。
「じゃあ行ってきます。」
財布を持って書類を会社の袋に入れて出かける。
佐々木さんがこっちを見ていたので行ってきますと声をかけて外へ。
郵便局はすぐそこ。コンビニくらいの近さで助かるけど少し外にいたい気分だったりする。
少し並んで書類をごそっと預ける。
レシートを受け取りお願いする。
ついでに隣のコーヒー屋さんで二つ飲み物を買い袋に入れてもらう。
あと2時間位あるので隣の裕子さんの分と自分の分。
「戻りました。」と声をかけて自分の席へ。
コーヒーを取り出して自分の机に、もう一つを裕子さんへ渡す。
「裕子さん、ランチの時の相談料です。どうぞ。」
「あら、ありがとう。」裕子さんが背伸びをして左右に揺れる。
コーヒーを飲んで一休みしていると次の仕事は書類作りを頼まれる。
明日でも大丈夫とのことでしばらく気を抜く。
メモに従ってフォルダを探し書類を印刷してまとめて行く。
会議用の書類もまとめ上げると終業時間間近になった。
こうして一日が過ぎていく。
時間のある時は経理関係の仕事を手伝ったりもする。
いろんな勉強をするともっと手伝えることが増えるかもしれない。
一年ここで仕事をして思った。
今度尾山さんと食事をする機会があったら聞いてみようかと思う。
パソコンのスキルアップから、もっと踏み込んだ資格まで。
仕事ではほとんど残業がないんだからその時間を使って勉強することは可能だ。
机から携帯を出してメールを確認する。
妹からだった。
『お姉ちゃん、この間はごめんね。でも結果良かったよね。幸せを分けてもらい私も頑張ってるところです。こうご期待。』
「由利乃ちゃん、誰からかなあ?」裕子さんが小声で聞いてくる。
「妹ですよ。」
なんだぁ~と言って興味をなくしてパソコンに向かう裕子さん。
終業時間まで待ってトイレに行く。
戻ると数人が部屋から出ていくところだった。
「お疲れ様です。」
この後接待のような会に出かける人もいるし、家に帰る人もいる。
ロッカーから上着と荷物を持って机の上を整理する。
「裕子さん、お先に失礼します。」
「うん、お疲れ。ご馳走様でした。」
コーヒーのことだろうけど、妹のメールのこともあり裕子さんの笑顔にも含みがあるような気がするんだけど。
会社を出て駅に向かう。
駅にあるフリーペーパーで仕事後の学校ついての記事を探す。
都内通勤だと6時からのクラスでも余裕で出席できそう。
短くて3か月位からあるらしい。週一日くらいだと半年はかかりそう。
何のどのコースを選ぶかとそこから考えなくてはいけない。
目についたものをバッグにしまい込み電車に乗って自分の部屋へ。
まだまだ月曜日。
週末を一緒に過ごして、火曜日か水曜日の裕司さんの早い日に一緒にご飯を作る。
今日の帰りにも会えるだろうか?
時々庭をのぞくと庭で箒を持っていたり、樹君や楓ちゃんと遊んでいて会えることがある。
会いたい。
顔を見たい。
そう正直に言えばいいのに。携帯を見ても特に連絡は来てない。
バッグのポケットに携帯を入れて電車の揺れに合わせてぼんやりとする。
車内吊りはすっかり夏休みの旅行に力を入れてるらしい。
夏休み。去年は一人で実家に帰ったり、一人で電車に乗って海を見に行った。
友達と週末に会うこともすっかり少なくなった。
一人でいても自由に思い立って行動していたのに、最近はすっかり裕司さんと誘いあって出かけている。一人でいるのがとても寂しく感じるようになったみたい。
やっぱり会いたいなあ・・・・
携帯に手を伸ばした時に着信を知らせる音がした。
見ると裕司さんからだった。
『仕事、終わった?』
『今電車の中?遊んでくれる二人が今日はいないので庭でぼんやりしてます。運動ついでに駅に迎えに行こうかな?』
出会ったころと違って大分明るい帰り道だけど、うれしくて返信する。
『駅には後20分くらいで着きます。会いたいです。』送信。
会いたいと文字だと伝えやすい。
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