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10 お互いに子供のころにはいろいろあったのだから。~裕司、ミミズのトラウマと姉の役割を思う~

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「由利乃さん、大丈夫?」

目を開けた由利乃さんはぼんやりとしている。

疲れてるのか反応がゆっくりで「大丈夫。」とかすれた声で答える。
布団の中で二人でくっつきあうように抱き合うと由利乃さんはまた目を閉じた。
眠ったらしい。
汗をかいた体と湿った髪、風邪をひかないか心配だけど。
とりあえずパジャマの上を持ってきて肩にかける。
自分は下着をつけて、眠る彼女の隣に入り込んでまた抱きしめるようにする。
布団をかけてあげて抱き寄せて一緒に眠った。

よく眠った。うっすらと眠りから覚めていきながらどこかに違和感を感じていた。
目が覚めて、自分がいる部屋がどこなのか分からなくて一瞬焦った。
隣に眠る彼女を起こす前に昨夜のことを思い出せてよかった。
彼女は静かに寝息を立ててぐっすり寝ている。
外が明るくなり昨夜より部屋の中もうっすらと明かりが入る。
彼女の表情も随分よく見える。こんなに近くで見ていても可愛い。
にやにやしながら見つめていたら彼女が目が覚めた時に変に思われるかもしれない。
それでもじっと見つめてしまうのは止められない。もう少し・・・・・。
やっと手に入れたという喜びが今更のように心を満たす。

ゆっくり彼女の背中に手を回して自分の体を寄せながら抱きしめる。
そろそろ朝だけど、起きないかなあ。
おでこにゆっくりキスをする。
なかなか起きない。
背中に置いた手は彼女の肌を触る。彼女は軽くパジャマの上を肩にかけてるだけだ。
少し手を動かして彼女の感触を味わう。
少し手を下にやると彼女の腰で、少し横にずらしながらさらに味わう。
ようやく彼女が目覚めたようでゆっくり目を開ける。

「おはよう、由利乃さん。」

はっきり目覚めた彼女はびっくりし体を引く・・・と思い出したようだ。

「・・・・おはようございます。裕司さん。」

起きるのを待つ間にすっかり彼女の体を味わった手は今更ひっこめられない。
体を抱き寄せるようにくっつける。キスをして・・・・・。
2人で息を荒くしてまた抱き合いながらお互いを感じあう。
昼に近い時間になったころシャワーを浴びて先に着替えた。

「由利乃さん。シャワー先に浴びたよ。」

ゆっくり由利乃さんが体を起こす。

「バスタオル持ってこようか?」

「お願いします。」

きょろきょろとあたりを見渡して答える。

「コーヒー入れるね。」

キッチンに立っていると由利乃さんが後ろを通り抜けていったのが分かった。
コーヒーメーカーをセットして寝室のカーテンと窓を開けた。


キッチンに戻り昨日彼女が持っていた袋をのぞく。パンが入っていた。
食べたい、お腹空いた。
シャワーを浴びて軽く着替えた彼女が出てくる。

「由利乃さん、これ食べていい?」

「はい、昨日買ってきました。」

「おいしそうだね。お腹空いたよね。」

トーストしてると彼女がこっちに来た。

「これでいいかな?」

「はい。ありがとうございます。」

テーブルに運んで一緒に食べる。
終わった食器を運んで片付けて出かける用意をする。
昨日調べていたところへ。
荷物は彼女のところに置いてきた。着替えとパジャマ。
一度は彼女の部屋へ戻ることになる。
明日は日曜日。

電車から降りて手をつないで目的の場所へ。
洋館を見上げる。
腕を伸ばして一緒に写真に入る。背後に洋館が何とか見えるくらい。
さらに二階へ、その後庭園をゆっくり歩く。

「裕司さん、そういえばどうして造園業向いてないって思ったんですか?」

「小さいときは大人の職人さんに褒められたくて後をついて行って手伝ってたんだけど、ある時庭の土を自分のスコップで掘り起こしてた時に・・・・ミミズを真っ二つにちょん切ってしまって。ミミズすごいよ、それでもうねうね動いてるんだから。あれからトラウマでしばらくミミズが見れなくて。基本的に虫が嫌いです、変な動きされるとぞぞぞぞっってくるくらい。ただ園児も甘くないですからね。捕まえた生き物を披露するのは猫レベルで喜んで見せにきます。結局今でも虫とは縁が切れないんですが。造園が嫌いなわけじゃなくて、子供相手の方が楽しいと思えるんです。」

「虫とミミズですか。たとえば家でゴキブリ見つけたらどうすんですか?」

「そんな時のための姉です。」

「香さんですか。」

「だいたい姉がそのちょん切ったミミズを両手に持って僕を追いかけまわして泣かしたんですよ。それを含めてのトラウマです。昔からその手のいたずらは実に執拗に受けました。ネズミくらいの大きさまでは姉なら一撃必殺です。」

美しい庭園には不似合いな悲惨なトラウマの記憶。でも。

「なんだかその時の光景が浮かんでくるようで面白いです。」思わず笑顔になる。

「本当に足が4本以上あると背筋が凍ります。」

「ゼロもダメですね。」

「もちろんです。」

ゆっくり歩く。

「桜が終わり、今はちょうど人がいない時で静かです。」

庭を一周すると洋館の脇に出る。

そこを後にして、電車で移動する。
誰も知り合いがいない町を手をつなぎながら歩く。

「由利乃さん、夕食どうしますか?」

「食べてばかりで今はそんなにお腹空いてないですけど、中途半端ですね。」

「駅の総菜屋さんで買って部屋で食べませんか?」

「そうですね。私の部屋でいいんですか?」

「由利乃さんがよければですけど。」

「私は大丈夫です、勿論。」

「一応姉に連絡しておきます。多分僕の分は最初から頭数に入ってないと思いますが。」

「何があるか楽しみですね。」

おしゃれなメニューが多く、高めの価格で売られている。
数種類買って、二人で食べるにはちょうどいいのでは?

「由利乃さんの食べたいものをどうぞ。」

「裕司さんも自分の食べたいもの選んでくださいね。」

少し日差しが弱くなると冷えてくる。
電車の乗り換えをくりかえし途中大きな駅ではお酒とおつまみを買う。
これで夕食の準備は大丈夫。

2人で昨日と同じように部屋へ戻るつもりだったけど一度家に戻ろうと思った。
キッチンの姉に声をかける。
夕食がいらないと伝えておいたけどつい何を作ってるのか手元を見てしまう。
今からまた彼女の部屋に行くと伝える。

「裕司、洗濯物ためないで、シャワー浴びて着がえて行ってちょうだい。」

姉に言われる。今着替えてどうするんだ?しかもシャワー?
そういわれると今日も彼女の部屋に泊まりたいと思ってる自分を見透かされてるようで。

「そのほうがいいわよ。」と言われてさっさと着替えて軽くシャワーを浴びる。
朝浴びたばかりですが・・・・。
洗濯まで頼んでる身としては言うとおりに。

「じゃあ出かけてくる、遅くなる。」と一応言ってから家を出た。

彼女の部屋にまた上がり込む。
すっかり部屋になじんだ気がするのは気のせいじゃないだろう。
さっきと洋服が違ってるが変に思われないだろうか?
このまま明日まで泊まりたいけどいかがなものだろうか?
彼女は一人でのんびりしたいだろうか?
買ってきたお酒を手に、テーブルに並んだ食事を食べながら考える。

「由利乃さん、疲れた?」

「いいえ、大丈夫ですけど。」

美味しいですね、なんて言いながら食べる彼女。


「じゃあ、今夜は広々と大の字になって寝たいと思ってる?」

「ん?・・・え、私、もしかして寝相悪かったですか?」

あまりにも回りくどい聞き方だったらしい。

「ああ、寝相は多分大丈夫、僕もぐっすり寝てたけど。ただ、・・・今日は一人で寝たいかなって思っただけ。」

「いえ、あの、どうでしょうか?」

「今夜もここにいていいかな?明日まで。」

「はい、お願いします。」うれしいです、と小さく聞こえた。

姉に朝ごはんもいらないと連絡する。
すぐに返信が来て、明日の夕食までなしにしてると書かれていた。
悔しいので了解と書いて送信した。
姉に言われてシャワーと着替えを済ませてきて良かった。
洗濯がどうのこうのと言われたが正解だった。
今日もここで過ごせる。

「由利乃さん、料理本当にダメなの?」

「はい・・・・多分作ったことがないメニューがほとんどです。」

「じゃあ、明日一緒に作ろう、夕食。カレーくらいなら僕も一緒に作れるし。」

「カレーなら作れるはずです。」

「箱に作り方が書いてるし、シンプルに基本に忠実にで。」

「楽しみです。お米ならありますから。ご飯は大丈夫です。」

「何を入れる?買い出しメモを作っておこうか?」

シンプルなビーフカレーを作ることにした。野菜は少なめの辛口で。
それでも玉ねぎとニンジンをいれることにして、サラダと・・・。
紙に材料を書く。
まるでままごとの延長だ。いつも子供たちがやってるごっこ遊びと変わらない。
思わず笑いがこみ上げる。
楽しければいいんじゃないか。

テーブルの上はほとんど空っぽになった。
買ってきたお酒も少なくなった。

「由利乃さん、寒いんじゃない?」

外出したままの薄い生地のスカートのままだった。

「気にせずに楽な格好に、ゆっくりとお風呂入ってきてもいいよ。テレビ見てるから。」

気を遣って言ったまでのことだが。

「裕司さん、お風呂先に入ってもらっても大丈夫ですよ。」

「・・・・家に帰った時に着替えるついでに済ませてきたから。なので・・・・どうぞ。」

泊まる気十分だったみたいで恥ずかしいが。

「じゃあ、少しゆっくりしててもらっていいですか?」

「どうぞ。由利乃さんもいつもの通りに。その間に僕も着替えます。」

今朝脱いだパジャマを入れたボストンバッグを指さす。
勿論アレも一緒にしまってある。
彼女が着替えを持ってバスルームに消えるのを待って自分もパジャマに着替える。
あれはまたポケットに入れておく。
彼女が気にしないようにテレビをつけてぼんやりと見る。
当たり障りのないバラエティ番組を見るふりで。

この部屋で一人でいる時に彼女は何をしているんだろう。
たくさんの人の気配のする家で育ってきた自分。
今まで一度も家を出たことがない。
食事も掃除洗濯も、母や姉に任せきりで。
仕事をしている今は食費として毎月姉にお金を渡している。
実際に一人暮らしをするのは大変なんだろう。
こんな年になっても家族に甘えてる自分。
結局健さんが一緒に住んでくれて、姉も一度も家を出ていない。
二番目の兄だけが大学に入ったころから一人暮らしだ。
家を出たら出たで居心地がいいんだろう。まったく仕事以外では帰ってこない。
いっそさっぱりしてるみたいに。
彼女とか結婚とかの話も一度も聞いたことがない。
そういえば自分の進みたい方向にマイペースな兄だった。
家族に見守られて、背中を押されて恋愛してる自分とはなんと違うことか。
あの家にいることを疑問にも思わなかった自分。
でも彼女といるこの部屋もすっかり居心地がよくて。
たとえこの部屋が実家から遠くても変わらないかもしれない。
どこにいるかではなく、誰と一緒にいるか。
二日しかいないのに明日も明後日もここに帰ってきそうになる。

いつの間にか彼女はすっかりお風呂から出ていたらしく、髪の毛を乾かして出てくる。

「由利乃さん、お茶でもコーヒーでも飲むならいれるけど?」

「大丈夫です。すっかり裕司さんの部屋みたいですね。」

「すみません、すっかりくつろいでしまって。」

「いえ、いいです。居心地よく過ごしてもらえれば。」

「居心地いいよ。ついつい明日も明後日もここに帰ってきそうだと思ってたくらいだから。」

彼女が笑う。

「いつでもどうぞ。」

湯上りの赤い顔でそう言う。
隣に座る彼女の肩を抱いて彼女を香りを楽しむ。
自分がこんなに匂いフェチだとは思わなかった。
シャンプーやボディーソープと化粧品の匂い、いろんな匂いが混ざり合ってやわらかく心地いい香りがする。


「本当に来たくなったら連絡していい?少しの時間でも会いたくなったら。」

「はい。いつでもどうぞ。」さっきと同じように繰り返す彼女。

テレビでは相変わらず誰かがしゃべっている音がする。
胸にもたれるようにしてきた彼女の髪を向こうに寄せて首筋に鼻をつける。

「由利乃さん、香水はつけないよね?」

「普段仕事の時はつけないです。時々ですが気分で少し手首につけることもあります。」

くすぐったそうに肩を揺らして彼女が答える。

「背中にいきなり子供が乗ってくることがあるんだけど、そんな子の匂いは覚えてしまうんだよ。服の匂いだと思うんだけど、顔を見なくても匂いで誰だか分かるくらい。樹と楓の二人からはだいたい同じ匂いがするし。本当に小さい頃はミルクの匂いがしてたんだけど、当たり前だけど今はすっかりそれがなくなってね。でも、由利乃さんも全然違う大人の匂いがする。」

しつこく首筋や肩に鼻をつけて匂いを楽しむ。

「香水なんていらないくらい、いい匂い。」

「裕司さん、くすぐったいです。」

笑いながら体を引こうとする彼女。
両腕を回すようにして抱きしめる。
あきらめたように力を抜いた彼女に聞く。

「由利乃さん、この部屋に引っ越してきてどのくらい経つ?」

「この春で一年になります。」

「どうしてこの駅だったの?あんまり目立つ駅でもないよね?」

「特に駅にこだわったわけではないんです。職場に通いやすい所でと、お値段を考えてこのあたり数駅周辺を探してました。数件捜し歩いてるうちに疲れてしまって。だからあんまり理由はないです。」

「由利乃さん、一年の間に僕の家の前を通ったことはなかったの?」

「ありましたよ。でも3、4回くらいです。適当にふらふらして帰った時でいろんな道を通ってたのであまり記憶にないんです。桜にも気がつかなかったくらいです。」

「今までもどこかですれ違ってたかもしれないって思わない?」

「そうかもしれません。道や駅やお店で。もしかしたら同じ電車に乗ってたりとか。」

「僕はすごく偶然に感謝してます。いろんなタイミングが合って出会えたとしたら、すごくない?」

「そうですね。いろんな偶然ですよね。私も感謝してます。香さんやお兄さんや桜にももちろん。」

「そうだね。」

だからもっと早く会いたかったって思うのは贅沢なんだと思う。
これからの時間を大切にできればと思う。会えない時間も、勿論一緒にいる時間も。

「由利乃さん、ここに妹さんは来ないの?」

「来たことないです。どうしてですか?」

「・・・あの今度紹介してほしいかな、由利乃さんの家族にも会ってみたい。」

しばらく返事を待ったけど何も言われなかった。
突然だったかと思って彼女を見る。その表情は下を向いていてよく分からなかった。

「すみません。あの・・・その内で。」

「・・・・・・・その内に。」下を向いたまま彼女が答える。

なかなか顔を上げない彼女。

「由利乃さん、ごめんね、何か都合があったら・・・本当に気にしないで欲しい。」

彼女の話はあんまり聞いたことがない。祖父母の話、桜とお酒と風邪を引いた話。
あの日妹とランチをした話。それに仕事の話もあまりしないかもしれない。
自分ばかりが話をしただろうか?まだ一緒にいる時間が短い、そのせいだと思いたいけど。
顔を覗き込むようにしていた自分にゆっくり振り返るようにして体を寄せてきた。
背中に手を回されて顔は胸にくっつけられて相変わらず表情は分からない。
何を彼女が考えてるのか。
ゆっくりと抱きしめながら背中を撫でる。

「まだ自信がないんです。だからまだ・・・・妹には会わないでください。」

自信とは・・・・。
自分とこの先も一緒に過ごしていくということか?それ以外何かあるだろうか?
少し・・・いやかなり自分が落ち込んでいるのがわかる。
自分の未来と彼女が望む未来はまだ重なってないらしい。
何を言ったらいいだろうか?
背中に回した手も止まる。

「僕は自信があるよ。これからも由利乃さんと一緒に過ごしていきたいと思ってる。でもそれは僕が勝手に思い描く未来で、由利乃さんの描く未来にまだはっきりと僕がいないとしたら僕は・・・・ただ待ちます。」

焦ってもどうしようもない。22歳の彼女が初めて付き合う男に、しかも会ってからも時間もたってない今、どれだけ信頼しろというのか。これが運命だと勝手に思っているのは自分だけなのだ。
想いは時間の積み重ねで途切れることもあるけど、深まることもある。
ただこれからの時間を大切にしようと思ったばかりだったじゃないか。
由利乃さんがゆっくり顔を上げる。

何でそんな顔をするのか、つらそうに見える。

「違います。」

そう言ってまたうつむいたけど、ゆっくり話をし始めた。

「大切なものをずっと妹に・・・とられていた気がします。私が勝手に思ってるだけだとは分かってます。病気がちな妹の為に私は一時期を祖父母の家に預けられました。どんなに寂しくて泣いても電話で会いたいと言っても迎えには来てもらえませんでした。遠かったんです。今はわかります。でも、私より妹を選んだんだと、もう私はいらないんだと思って泣いてました。その後も幼馴染も友達も、みんな私よりも妹と仲良くなっていくようで。少し前に素敵だと思える人に出会って半年くらいかけて挨拶できるようになった時、初めて会ったはずの妹が私よりずっと楽しそうに話してるのを見たんです。私の大切なものは全部・・・・。」

自分が思うよりずっと心に闇を抱えていた彼女の話を聞いてびっくりする。
姉と兄と自分の間にもそんなことがあっただろうか?
一番年下の立場だとよくわからないかもしれない。

「妹が欲しそうにしたものを私は諦めてしまうんです。この間はやっと買ってお気にいりだったバッグを妹に貸してほしいと言われ、ずいぶん経ちましたが返してもらえないままです。もうあきらめました。バッグはいいんです。素敵だと思った人もいいんです。しばらく目に入らなければ忘れられます。でも裕司さんは・・・・。私はまた諦めてしまうかもしれません。裕司さんだけじゃなく香さんも他の皆さんも。あんなに優しくしてくれた人たちを私は諦めてしまうかもしれません。その時はもう完全に妹も嫌いになりそうで。そんな自分も嫌なんです。今は無理です。まだ。」

由利乃さんはまだ顔を伏せている。きっとすごい泣き顔なんだろう。
胸に涙が落ちるのを感じるくらいに。

「由利乃さん、子供の頃にそんな思いをする子はたくさんいます。母親が自分より園児をかわいがってると思ったことなんてたくさんありました、本当に数えきれないくらい。仕事だからしょうがないとすねる自分をなだめてくれたのは姉でした。父親も植木の方を気にしてばかりで、さすがにそれは自分でも違うとは思ってましたが。今の園児たちもそうです。特に下に妹や弟が生まれる時なんて、生まれるまでは楽しみにしていても、実際に生まれるとすぐに寂しそうに元気がなくなる子も多いんです。食事を食べなかったりいたずらしたり、トイレを失敗したり、いろいろです。僕たちはそれもきちんと受け入れて両親にも伝えます。子供たちもそれなりに考えていずれ乗り越えていくようです。由利乃さんが小さい頃両親と離れたのがよほどつらかったんだと分かります。でも大人になった今はもっと人を信じてもいいんじゃないですか?由利乃さんのことが大切だから、妹さんのことも大好きで大切だと思うんです。僕はそうです。由利乃さんの家族だからです。僕が由利乃さんを大切に思うから姉たちも由利乃さんが大好きで大切にしたいと思ってくれてます。僕のことも、僕の家族も信じてほしいです。やっぱり僕は待ちます。さっきも言いましたが僕はただ待ちます。いろんなことを諦めないでください。もちろん僕のことも。」

ゆっくりと背中や頭を撫でながら彼女が泣き止むのを待つ。
しばらくして落ち着いた彼女がすみませんと小さく言う。
彼女の顔を上げて涙を指でふく。

「由利乃さん、そんな顔をするんですね。子供みたいな顔で、本当の素顔を見た気がします。」

額にキスをして笑いかける。なんとも・・・・正直に言うと大人の顔というより色気の消えた素朴な表情だった。
ほっぺたをぷにぷにとつまむ。

「色気がない顔じゃ、つまんないですよ。」

ふざけて笑いかける。でも半分本気で。

少し表情が緩んだ。
彼女が首に腕を回してきて体を寄せてくる。
彼女が楽なように横抱きにして抱きしめる。
思い出したようにまた彼女の首元に鼻を寄せる。
ゆっくりと時間が流れていく。
今から続く未来へ。一緒にいる時間が二人を進めてくれる。
こうしてくっついていれば離れることもないだろう。
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