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8 桜の花びらが落ち切ったころ。~裕司、天使と怪獣ともっともっと違う女性と。~
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水曜日から止まったやり取り。
どちらも返事が考え中となりそこから少しも動けない自分。ただ携帯を見つめる。
仕事の時はロッカーへ入れて置けばいい。
目の前の園児に集中しないと何が起こるか分からない小さな怪獣。
懐いて笑いかけてくれて癒しの存在、天使のパワーを持つ存在のはずが、本当に望んでいるものに手が届かない今、その小さな体に秘めた能力も全能とはいかないらしい。
癒されない、絶対的な何かが足りない。
それでも考えずに済む時間が必要で。
目の前のことにひたすら集中して時間を過ごす。
仕事終わりにロッカーで携帯を見ても彼女からの連絡はない。
後片づけと戸締りを頼んで先に帰る。
明日は金曜日。また週末が来る。
ぼんやりと庭に出て箒を手にする。
朝の時間も帰りの時間も彼女を見ていない。
毎日掃除をして集めるのはあの日一緒に見上げた桜の花びらの残骸。
あっという間に散り始めて毎日ピンクの絨毯が出来たと思ったら茶色に変色していく。
あの日の思い出まで褪せていくような気がして急いで掃除する。
枝には緑の葉が出始めている。
そろそろ花びらもなくなってきた。
ふ~。ため息を一つ。
姉は相変わらず彼女と連絡を取り合っているんだろうか?
あれから何も言ってこない。
結局庭掃除も箒を持って桜を見上げていただけ。何もしてない。
いつもの場所にしまい家に入ろうとすると健さんと目が合った。
こっちを見てたんだろう。そっと視線を外されて健さんが家の中に入る。
しばらくして家に入り手を洗い食事時間まで部屋にいることにする。
食卓には今日も姉の手料理が並ぶだろう。
最近子供二人の好みに加えて自分の好きなものも連日のように出されている。
食事はおいしくいただく、残すことはしない。
後片付けもきちんとしている。
いつものように、同じように。
そんな日常は変わらないまま。
夜。
携帯が着信を知らせる。反射的に携帯を見る。
手に取って見ると彼女からだった。
遅くなったお詫びと時間を作ってくださいと。
とりあえず会いたい。
ちゃんと、はっきりと自分の気持ちを伝えたい、聞いてほしい。
今から会いたいと返事すると部屋にいるとのことだった。
すぐに行くと返事をして、そのまま部屋から飛び出す。
リビングでは食事の準備が出来ていた。
作ってもらって申し訳ないが姉には正直に彼女に会いに行くと伝えた。
きっと一人分残してくれるだろう。
家を出る自分に姉が伝言を頼んできた。
気にはなったが詳しく聞いてる時間ももどかしいので適当に返事してそのまま出た。
走った。
二回、彼女を送ってゆっくり、必要以上にゆっくり歩いた道を猛ダッシュなくらいの勢いで走った。
走れば近い。こんな近い距離に今までいた事に、こんな距離をこの数日遠く感じていたことに改めて驚く。信号機が見えてきた。彼女がそこにいるのも分かる。
信号が赤の間に息を整える。
手を上げた自分に一つお辞儀をして道の向こうで待つ彼女。
車は来ない。でも園児の教育上もあり赤信号は渡らないようにしている。
駆け寄りたい気持ちを抑えて青になるのを待つ。
大分息も落ち着いてきた。
青信号を渡り彼女の前へ。
まだ帰ってきたばかりのようで服も仕事用のスーツだった。
遅くの訪問を詫びて彼女の後について部屋へ行く。
うれしいはずの初めての訪問だけど、どこか二人に漂う空気はやっぱりぎこちない。
部屋に入り彼女の話を聞きながらぼんやりとどこに座ろうかと考える。
横か正面か。テレビの位置をかんがえると彼女の定位置がわかる。
その少し横に落ち着いた。
コーヒーとチョコレートを口にしながら姉の伝言を先に伝えた。
彼女には分かったらしい。
しばらく彼女が空腹を満たすのを待った。
そして姿勢を正してやっと言えた。
彼女の返事もうれしいものだった。
まさか夏との会話を聞かれていたとは。
いつも夏は自分が庭にいる時間にやってくることが多い。
そういえば家の中でもリビングくらいで自分の部屋の中に通したのは昔のことだ。
家にいても姉も両親もよく知っていて家族のようなものだ。
健さんも二人の甥姪も知っている。
誰にとっても軽く挨拶するくらいの存在だ。
自分には近すぎてそんな風に見えるなんて思ったこともなかった。
仲が良くて当たり前の存在。
まさか彼女が自分たちの会話を聞いて夏を彼女だと思っていたなんて。
そんなこと気がつきもしなかった。
でもそれを考えていたんだろうか?
中途半端に会いたいなんて言う自分に不信感を抱いたんだろうか?
そうだったらしい。
きちんと言えた。目を見ても言えた。
静かに目を閉じた彼女を抱きしめてキスをして。
良かった。やっとここまでたどり着いた。
正直に一目ぼれしたことを告げた。
あの日どうしても声を掛けたかったことも伝わった。
後ろから抱きしめて彼女の気持ちも聞けた。
ついついうれしくて気持ちを乗せたキスをして彼女の体を抱きしめて。
手を止められるまで自分も目を閉じて触れた部分から彼女を感じ、味わっていた。
彼女が自分の手を止めて訴えるような顔で言う。
困惑したような表情の彼女を見て激しく後悔した。
自分だけがずっと見ていたからやっとと思ってたけど、彼女にしてみればこの間会ったばかりの男に過ぎない。
ただ嫌悪感や拒否感はなかったと思いたい。
しばらくそのまま抱きしめてお互いの体温を感じた。
彼女も一緒にいたいと言ってくれた後、小さく帰らないでと言った。
驚いた自分に彼女も驚きの表情を見せる。
もともと週末は彼女に会えると信じたくて予定も入れてなかった。
明日の夜また来たいといった自分に彼女が嬉しそうに笑ってくれた。
泊まりたいといった自分に。
駅まで迎えに行ってこの場所に一緒に帰ってくることにした。
予定は希望をのせて、明日がまた彼女との時間に続く。
しばらく一緒に過ごしてふと気がつくと彼女は帰ってきたままの姿で。
食事もチョコレートだけ。
明日は仕事の後飲み会だという。遅くなる前に帰ることにした。
信号のところまで見送りに出てきてくれる彼女にお休みを言って別れる。
「由利乃さん、じゃあ、また明日。何時でもいいですので、連絡を待ってます。」
「おやすみなさい。また明日。」
出会った時のぎこちなさも取れて彼女の笑顔も見れた。
信号が青になって道を横断する。振り返り彼女に手を振り駆け出した。
家に帰ったらすっかり食事時間は過ぎていたけどテーブルに一人分の夕食が残されていた。自分で温めて食べる。
お風呂から出てきた姉が水を飲みに来る。
ガツガツと食べている自分を見て笑う。
「言えたのね?」
「うん。後片付けするからいいよ。」
「当たり前でしょう。良かった、元気になって。もう、みんなが気を使うわよ。息苦しい。」
「ごめん。・・・・姉さん、明日ご飯の後に出かけるから。」
「わかった。朝ごはんは?」
「・・・・いらない・・・・と思う。」
「了解。」
からかわれるかと思ったけどあっさりしたもんだ。
「姉さん、この間夏が来て映画と食事に付き合ってと言われていたのを彼女が聞いてたんだ。夏の声がでかくて外まで丸聞こえで。夏が僕の彼女だと誤解された。」
「なるほどね。・・・・裕司はなっちゃんと結局そうなるかと思ってたけど違ったのよね。なっちゃんにもはっきりと言った方がいいわよ。可哀そうよ。」
「なんで、夏は妹みたいなもんだよ。夏もそう思ってるよ。」
姉もそう思ってると思ったけど、違うのか?
「本当に言われたことない?」
「ないない、全然。」まったくない。
「そうかしら?でも彼女ができたくらいは言った方がいいわよ、きちんと。」
「うん、そうする。」
一応報告をしよう。彼女の家は近いし、いつどこで見られるか分からない。
「裕司、唇赤いね。」
フェイントだ。完全に終わったと思ってたのに。
思わず手で口を隠す。
「弟の進歩に姉も安心。不器用だと思ってたけどやるじゃない。」
にやりと笑い席を立って部屋へ、愛する家族の元へ戻った姉。
この家は大きい。昔から職人さんがお昼を食べたり、話し合いをしたり、園児が休んだりしていた。姉夫婦の部屋も広い部屋があり、いずれ自分の部屋は誰かのための部屋になるかもしれない。甥か姪か。
自分は彼女と二人で部屋を借りてもいい・・・・ってどんなパターンを想定してるのか。
一緒にいたいと望まれれば一緒にいることはいつでも、どこまでも可能だ。
食器を片付けながらお茶をいれる。
しばらくすると健さんが来た。
「樹たちは寝たんですか?」
「ああ、誰かさんが最近遊んでくれないってぶうぶう言ってたよ。それにしても唇腫らして帰ってきたって聞いたけどもうすっかり落ち着いてない?」
「っぶっ。」
お茶を吹き出して口を押えたまま健さんを見る。
「姉さんが言ったんですか。」
「なかなか帰ってこないからうまくいくかどうか賭けようとしたんだけど、皆うまくいく方に賭けて勝負にならなくてね。期待通りだね。」
ピースサインを作ってみかんを持って部屋に行く。
本当にみかんを取りに来たか怪しい。
赤くなってるとは言われたけど、腫れてたのか?
そんなに・・・・したかもしれないけど。
しかもみんなに不在理由がバレるなら、明日はどういう顔して帰ってくればいいんだ、あ、明後日か。
28歳の大人の男の久しぶりの恋愛を、もっとそっと見守ってくれる環境が欲しい。
そう思いながらもうれしくもあり感謝するばかりだった。
次の日、いつものように庭掃除をする。
しだれ桜は完全に散ってしまった。
緑の葉に覆われた桜を見る。
あんなに寂しく思えたのは昨日のことなのに、一日ですっかり緑の葉の生命力と自然の勢いを感じる。
今日は園児がさぞかし最上級の天使に見えることだろう。
自分の単純さに笑いが出る。
「思い出し笑い気持ち悪ぅ~。」
健さんがぼさぼさの頭にキャップをかぶりながら出てくる。
「庭掃除まだするの?」
「しますよ。当分。」
背後からでも笑ってるのがわかったんだろうか?
もしかしてすごく鋭いんじゃないだろうか?
姉さんばかりに気を取られていたけど、よく考えれば・・・・。
「あ、由利乃ちゃん。」
健さんがちゃん付けで入り口を見る。駆け出そうとしたけど誰もいない。
「なんて、うっそ~。」
くるりと向きを変えて裏庭へ行く健さん。
かわいい義弟をからかいたかったんだろう。
今日は特に寛容ですから腹も立ちません。
それでも通らないかなあ~と通り過ぎる足音を注意して聞いてはいた。
しばらく掃除を続けていると久しぶりに聞いた足音。
入り口に顔を出すと、あたり。
「おはよう、由利乃さん。」
「おはようございます。裕司さん。」
「じゃあ、今日連絡待ってます、いってらっしゃい。」
手を振って送り出そうとしたら後ろからちょっと待ってと声がする。
「由利乃ちゃん、おはよう。」姉。
「おはようございます。香さん。あのいろいろすみませんでした。ありがとうございました。」
お辞儀をしてしっかりお礼を言う由利乃さん。
「ううん、こちらこそ、本当に。ね、今日裕司がお邪魔するんでしょう?」
げっ、何も朝からそんなはっきり言うことないじゃないか。
彼女も照れてるように赤くなる。
「ね、裕司寝相悪いし、いびきかいたりするかも。うっとうしかったら蹴とばしていいからね。」
小さく声を落として、それでもこっちまで聞こえるように言っている、わざとだ。
「姉さん、由利乃さんが遅刻するでしょう。」
「あ、ごめんね。由利乃ちゃん、じゃあね。」
手を振っていってきますと言い出かける由利乃さんを姉と見送る。
「姉さん・・・・わざとだよね。」
何のことかしら?と言って家へ戻る姉。
ふと彼女の背中を見ようと思った時に夏の家に人影を見た気がした。
夏?
箒をしまい朝ごはんの準備を手伝う。
「今日はいつもに増して働くねえ~。」健さん。
子供たちもお皿を運んだりしてくれる。
でもさっきのは自分に言ったんだろう。
やっぱり似たもの夫婦だ。
母と父もちらりちらりとこちらを見る。
逆に気になるんですが。
「明日の朝ごはんはいりません。」
自分で言った方がいっそスッキリする。
「由利乃ちゃんに追い出されなかったらね。」姉。
「これで明日の朝いたら声かけずらいね。聞かなかったことにするから。」健さん。
「裕司兄ぃ、ご飯いらないの?」樹。
「悪いことしてないよ、いいことしてるのに、何でご飯いらないんだろうね?不思議だね。」
健さんが微妙な言い方をして無邪気な子供に説明する。
ここでいい事って何?とか聞かれたらどうするんだ。
無言で自分が掘った墓穴が埋まるのを待つ。
母親が心配そうに見ている。今、何を言えば安心してくれるだろう。
「ちゃんと改めて連れてきます。」
今更だけど。今はこれくらいしか言えない。
まだまだこれからなんだから。
天使半分怪獣半分の子供たちと遊び、あっという間に一日が終わる。
日報を書いて当番の戸締りをして楽しい週末へ。
部屋でパジャマと着替え(一応)と歯ブラシと・・・・そんなものか。
そういえば必要なアレをどこで買えばいいんだろう。
みんな普通にコンビニとかドラッグストアとかで買ってるのかな?
遠くに行きたい、自転車でちょっと離れた大きなドラッグストアに行くべきだろう。
ついでに必要なものがあれば買ってくるけどと思っても姉には聞きづらい。
園とも家とも離れた方向へ。
ホテルの備え付け以外あんまり自前を使ったことがない自分。
「裕司~、開けるよ~。」
健さんがいてカラフルな箱を振っている。
「はい、餞別。足りなかったら言って。たんまりあるから。」
投げられたそれを受け取ると・・・・それはアレだった。
うれしいけど・・・・・どんな顔をすれば。
「足りないかあ~、香にも言われたんだ。はい。今週はこれでなんとか。」
続けて二箱投げてくる。こんなに使うわけないじゃないか・・・・・一箱で十分。
手に三箱も乗せて馬鹿みたいに見ている自分。
健さんがまだそこにいて、姉さんにも見抜かれている。やはり鋭い二人。
「ありがとうございます。」
平常心を装って棒読みでお礼を言う。でも顔が赤くなってるのがわかる。
「いえいえ、家族が増えるのはうれしいけどね。じゃ。」
さすがに3箱も持って行って彼女にドン引きされると痛い。
一箱だけ、心より深く感謝して荷物に入れる。難関突破の心境だ。
後は特に必要なものもない。一応着替えを汗をかくだろうし・・・もう一組・・・・・。
お泊り保育以上に荷物が多くなりそうだ。
着替えなら帰ってくればいいんだ。
すぐそこなのに。
食事の用意が出来たと楓が呼びに来てくれる。
手をつないで食卓へ。
今や元の通りに自分の好物よりも子供目線のメニューになっている。
いつもの通り美味しくいただき片づけを手伝う。
いつもはもう帰ってくる時間だけど、今頃食事会の最中だろう。
歯を磨いて準備は完璧。
部屋に戻るとすぐに樹と楓が声をかけてきてドアを開ける。
2人で入ってきてから背後に隠した紙袋をそれぞれ渡してくる。
「何?」座り込んで子供目線で聞く。
「プレゼント。」嬉しそうに差し出す二人。
「皆応援してるから頑張れって。」樹。
「頑張れ~裕司兄ぃ。」楓。
嫌な予感がする。
「パパとママが持って行けって言ったの?」
「うん。」
軽くない時点で4箱目じゃないらしい。でも重い。二人に分けたのが故意なのか。
紙袋の中には瓶が一本づつ。とりあえず。
「ありがとう。お礼を言っててね。」
喜んでたとは言わなくていい、これは。
2人は仲良く帰っていった。報告してるだろう。笑う姉家族、思い浮かぶようだ。
姉義兄2人に遊ばれてるような気がしてきた。
さっきのはともかくこっちは買おうとなど思ってもなかった。
しかもなんというネーミングのドリンク。
どこで買ったんだ、誰が買ったんだ?とてもおいしそうとは思わない。
机の中にしまいこんだ。
彼女は・・・初めてなんだからそんな勢いは抑える方に作用させたいくらいなのに・・・・多分。
携帯を手にする。着信はまだない。
ちょっと準備が早すぎたかな。
暇だ。タブレットで明日出かけるところでも検索しよう。
山、海、街、建物・・・・。
一つ行きたいところがあった。ちょっと駅から歩くけど古い建物と広い庭園のある所。
桜の季節が過ぎて人も少なくなってるかもしれない
検索してみる。土曜日曜日開いてる。
そのあと少し動いて有名な商店街を散歩して。
他には・・・と探してると携帯に着信が。
彼女からだった。あと30分くらいで駅に着くと。
さすがに今出たら早すぎるか。あと少し。
そのままタブレットで検索をして何か所かピックアップしお気に入りに。
落ち着かないので玄関に荷物を運ぶ。
タブレットも入れた。アレも。ドリンクはなし。
携帯はポケットに入れて。リビングに行くと和室の方に父と母がいるのが見えた。
2人に一応挨拶を。
「出かけてくる。」それだけだけど。
「いってらしゃい。」「おう。」
2人の声を聞いて出かける。
のんびりと駅まで歩き改札の前に立つ。
しばらく着くはずもないのに人波に彼女を探す。
「あれ、裕司~!」
手を振りながら来る夏。ちょうど帰ってきたらしい。
「夏、お疲れ、仕事だったの?」
「そうそう。裕司は何してるの?」
仕事後で化粧もすっかり落ちてるけど相変わらず元気そうだ。
「あ、彼女を迎えに・・・。もうすぐ着くと思うんだ。紹介するよ。」
夏が自分の荷物を見る。
「今日の朝、仲良く話してた人?」
やっぱりあれは夏だったんだ。
「そうだよ。」
そんな姿を幼馴染に見られてたのも恥ずかしい。
改札に視線を送ると新しい流れがやってきてその中に彼女を見つけた。
「あ、帰ってきた。」
「うれしそうね、裕司。」
気持ち悪いっ。小さく言う。
彼女も気がついて手を振る。急ぎ足になった彼女が夏に気がついた、そんな表情だった。
「じゃあね、裕司。」
夏は急に走っていった。夏の後ろ姿をとりあえず見送った。
そして改札に向かい出てきた彼女の荷物を受け取り手をつなぐ。
「由利乃さん、お帰り。」
「わざわざありがとうございます。」
夏のことはすっかり忘れていて、つないだ手を振るように歩いた。
会社の食事会のことを聞いたり、今日の園児の話をしたりして浮ついたように話をした。
まっすぐな近道を通ったので自分の家の前は通ってない。
彼女の部屋について荷物を下ろして座る。
いきなりパジャマに着替えるのもなんだしなあ。
彼女はジャケットを脱いでハンガーにかける。
「裕司さん使いますか?」
「ううん、いいよ。」
「由利乃さん疲れてるでしょう?僕のことはほっといてお風呂でも着替えでもしてね。」
「はい。」と言いながらも彼女はお茶をいれる。
「僕がしようか?いつも手伝ってるからたいていできるよ。」
「大丈夫ですよ。」
「じゃあ、何でも言って。」
大人しく元の場所に座る。最初からクッションのある位置の隣へ。
コーヒーを入れて彼女が座る。
「由利乃さん、ありがとう。」
さっきから自分はずっと笑ってると思う。楽しい。この上なく楽しい。
「疲れてる?大丈夫?飲みすぎた?」
「いえ、大丈夫ですよ。」
隣でソファにもたれるようにしてぼんやりしてる彼女。
少しずれて彼女の肩に手を乗せる。
コーヒーは二人の前で暖かそうに湯気を立ててる。
髪をすくように手を動かす。彼女が首に抱きついてきた。
「やっぱりどうかした?・・・・話せない事?」
「すみません。やっぱり改札の前でいる二人を見て・・・・彼女は裕司さんのこと好きなんじゃないですか?」
由利乃さんの言う彼女が夏だということはわかった。
すっかり忘れてた。
「改札に早めについて待ってるときに夏が帰ってきて。彼女を待ってるって言ったんだ。今朝話してるのも見られてたみたいで。紹介するって言ったんだけど由利乃さんに気がついて喜んだ顔が気持ち悪いって走っていって。夏の気持ちは分からない。家族みたいだったし。由利乃さんが帰ってきてくれてうれしくて、今まで忘れてたくらい。由利乃さん。」
首に回された手を外す。
「僕は由利乃さんが好きだから。」
「はい、ありがとうございます。ごめんなさい。」
「謝らないでいいよ。わがままもむくれるのもどんな感情だって、子供たちで慣れてるから大丈夫。」
横並びでコーヒーを飲む。
「裕司さん、食事とお風呂は?」
「済んでます。パジャマも持ってきました。」バッグを指さす。
「じゃあ私もお風呂に入ってきていいですか?」
「いいよ。ゆっくりして。」
タブレットをバッグから出してテーブルにのせる。
「僕も着替えるね。」
ついでのようにパジャマを出してさりげなく言う。
おっとあの箱は奥へ奥へ。
彼女がシャワーを浴びる音を聞いてまず着替えをする。
着てきた服をたたんで隅に置いておく。
アレは箱から出してちぎりポケットにいれておく。
うん。
なんとなく気になるけど。
ウロウロしてるうちにシャワーの音はしなくなっていた。
ドライヤーの音がしてるうちに元の場所に戻りタブレットで検索の続きをする。
緊張してきた。彼女もきっともっとだろうけど。
コーヒーのカップは二つとも空になっていた。
キッチンに行って洗ってふせて置く。
準備完了。
・・・違う、後片付け終了。
どちらも返事が考え中となりそこから少しも動けない自分。ただ携帯を見つめる。
仕事の時はロッカーへ入れて置けばいい。
目の前の園児に集中しないと何が起こるか分からない小さな怪獣。
懐いて笑いかけてくれて癒しの存在、天使のパワーを持つ存在のはずが、本当に望んでいるものに手が届かない今、その小さな体に秘めた能力も全能とはいかないらしい。
癒されない、絶対的な何かが足りない。
それでも考えずに済む時間が必要で。
目の前のことにひたすら集中して時間を過ごす。
仕事終わりにロッカーで携帯を見ても彼女からの連絡はない。
後片づけと戸締りを頼んで先に帰る。
明日は金曜日。また週末が来る。
ぼんやりと庭に出て箒を手にする。
朝の時間も帰りの時間も彼女を見ていない。
毎日掃除をして集めるのはあの日一緒に見上げた桜の花びらの残骸。
あっという間に散り始めて毎日ピンクの絨毯が出来たと思ったら茶色に変色していく。
あの日の思い出まで褪せていくような気がして急いで掃除する。
枝には緑の葉が出始めている。
そろそろ花びらもなくなってきた。
ふ~。ため息を一つ。
姉は相変わらず彼女と連絡を取り合っているんだろうか?
あれから何も言ってこない。
結局庭掃除も箒を持って桜を見上げていただけ。何もしてない。
いつもの場所にしまい家に入ろうとすると健さんと目が合った。
こっちを見てたんだろう。そっと視線を外されて健さんが家の中に入る。
しばらくして家に入り手を洗い食事時間まで部屋にいることにする。
食卓には今日も姉の手料理が並ぶだろう。
最近子供二人の好みに加えて自分の好きなものも連日のように出されている。
食事はおいしくいただく、残すことはしない。
後片付けもきちんとしている。
いつものように、同じように。
そんな日常は変わらないまま。
夜。
携帯が着信を知らせる。反射的に携帯を見る。
手に取って見ると彼女からだった。
遅くなったお詫びと時間を作ってくださいと。
とりあえず会いたい。
ちゃんと、はっきりと自分の気持ちを伝えたい、聞いてほしい。
今から会いたいと返事すると部屋にいるとのことだった。
すぐに行くと返事をして、そのまま部屋から飛び出す。
リビングでは食事の準備が出来ていた。
作ってもらって申し訳ないが姉には正直に彼女に会いに行くと伝えた。
きっと一人分残してくれるだろう。
家を出る自分に姉が伝言を頼んできた。
気にはなったが詳しく聞いてる時間ももどかしいので適当に返事してそのまま出た。
走った。
二回、彼女を送ってゆっくり、必要以上にゆっくり歩いた道を猛ダッシュなくらいの勢いで走った。
走れば近い。こんな近い距離に今までいた事に、こんな距離をこの数日遠く感じていたことに改めて驚く。信号機が見えてきた。彼女がそこにいるのも分かる。
信号が赤の間に息を整える。
手を上げた自分に一つお辞儀をして道の向こうで待つ彼女。
車は来ない。でも園児の教育上もあり赤信号は渡らないようにしている。
駆け寄りたい気持ちを抑えて青になるのを待つ。
大分息も落ち着いてきた。
青信号を渡り彼女の前へ。
まだ帰ってきたばかりのようで服も仕事用のスーツだった。
遅くの訪問を詫びて彼女の後について部屋へ行く。
うれしいはずの初めての訪問だけど、どこか二人に漂う空気はやっぱりぎこちない。
部屋に入り彼女の話を聞きながらぼんやりとどこに座ろうかと考える。
横か正面か。テレビの位置をかんがえると彼女の定位置がわかる。
その少し横に落ち着いた。
コーヒーとチョコレートを口にしながら姉の伝言を先に伝えた。
彼女には分かったらしい。
しばらく彼女が空腹を満たすのを待った。
そして姿勢を正してやっと言えた。
彼女の返事もうれしいものだった。
まさか夏との会話を聞かれていたとは。
いつも夏は自分が庭にいる時間にやってくることが多い。
そういえば家の中でもリビングくらいで自分の部屋の中に通したのは昔のことだ。
家にいても姉も両親もよく知っていて家族のようなものだ。
健さんも二人の甥姪も知っている。
誰にとっても軽く挨拶するくらいの存在だ。
自分には近すぎてそんな風に見えるなんて思ったこともなかった。
仲が良くて当たり前の存在。
まさか彼女が自分たちの会話を聞いて夏を彼女だと思っていたなんて。
そんなこと気がつきもしなかった。
でもそれを考えていたんだろうか?
中途半端に会いたいなんて言う自分に不信感を抱いたんだろうか?
そうだったらしい。
きちんと言えた。目を見ても言えた。
静かに目を閉じた彼女を抱きしめてキスをして。
良かった。やっとここまでたどり着いた。
正直に一目ぼれしたことを告げた。
あの日どうしても声を掛けたかったことも伝わった。
後ろから抱きしめて彼女の気持ちも聞けた。
ついついうれしくて気持ちを乗せたキスをして彼女の体を抱きしめて。
手を止められるまで自分も目を閉じて触れた部分から彼女を感じ、味わっていた。
彼女が自分の手を止めて訴えるような顔で言う。
困惑したような表情の彼女を見て激しく後悔した。
自分だけがずっと見ていたからやっとと思ってたけど、彼女にしてみればこの間会ったばかりの男に過ぎない。
ただ嫌悪感や拒否感はなかったと思いたい。
しばらくそのまま抱きしめてお互いの体温を感じた。
彼女も一緒にいたいと言ってくれた後、小さく帰らないでと言った。
驚いた自分に彼女も驚きの表情を見せる。
もともと週末は彼女に会えると信じたくて予定も入れてなかった。
明日の夜また来たいといった自分に彼女が嬉しそうに笑ってくれた。
泊まりたいといった自分に。
駅まで迎えに行ってこの場所に一緒に帰ってくることにした。
予定は希望をのせて、明日がまた彼女との時間に続く。
しばらく一緒に過ごしてふと気がつくと彼女は帰ってきたままの姿で。
食事もチョコレートだけ。
明日は仕事の後飲み会だという。遅くなる前に帰ることにした。
信号のところまで見送りに出てきてくれる彼女にお休みを言って別れる。
「由利乃さん、じゃあ、また明日。何時でもいいですので、連絡を待ってます。」
「おやすみなさい。また明日。」
出会った時のぎこちなさも取れて彼女の笑顔も見れた。
信号が青になって道を横断する。振り返り彼女に手を振り駆け出した。
家に帰ったらすっかり食事時間は過ぎていたけどテーブルに一人分の夕食が残されていた。自分で温めて食べる。
お風呂から出てきた姉が水を飲みに来る。
ガツガツと食べている自分を見て笑う。
「言えたのね?」
「うん。後片付けするからいいよ。」
「当たり前でしょう。良かった、元気になって。もう、みんなが気を使うわよ。息苦しい。」
「ごめん。・・・・姉さん、明日ご飯の後に出かけるから。」
「わかった。朝ごはんは?」
「・・・・いらない・・・・と思う。」
「了解。」
からかわれるかと思ったけどあっさりしたもんだ。
「姉さん、この間夏が来て映画と食事に付き合ってと言われていたのを彼女が聞いてたんだ。夏の声がでかくて外まで丸聞こえで。夏が僕の彼女だと誤解された。」
「なるほどね。・・・・裕司はなっちゃんと結局そうなるかと思ってたけど違ったのよね。なっちゃんにもはっきりと言った方がいいわよ。可哀そうよ。」
「なんで、夏は妹みたいなもんだよ。夏もそう思ってるよ。」
姉もそう思ってると思ったけど、違うのか?
「本当に言われたことない?」
「ないない、全然。」まったくない。
「そうかしら?でも彼女ができたくらいは言った方がいいわよ、きちんと。」
「うん、そうする。」
一応報告をしよう。彼女の家は近いし、いつどこで見られるか分からない。
「裕司、唇赤いね。」
フェイントだ。完全に終わったと思ってたのに。
思わず手で口を隠す。
「弟の進歩に姉も安心。不器用だと思ってたけどやるじゃない。」
にやりと笑い席を立って部屋へ、愛する家族の元へ戻った姉。
この家は大きい。昔から職人さんがお昼を食べたり、話し合いをしたり、園児が休んだりしていた。姉夫婦の部屋も広い部屋があり、いずれ自分の部屋は誰かのための部屋になるかもしれない。甥か姪か。
自分は彼女と二人で部屋を借りてもいい・・・・ってどんなパターンを想定してるのか。
一緒にいたいと望まれれば一緒にいることはいつでも、どこまでも可能だ。
食器を片付けながらお茶をいれる。
しばらくすると健さんが来た。
「樹たちは寝たんですか?」
「ああ、誰かさんが最近遊んでくれないってぶうぶう言ってたよ。それにしても唇腫らして帰ってきたって聞いたけどもうすっかり落ち着いてない?」
「っぶっ。」
お茶を吹き出して口を押えたまま健さんを見る。
「姉さんが言ったんですか。」
「なかなか帰ってこないからうまくいくかどうか賭けようとしたんだけど、皆うまくいく方に賭けて勝負にならなくてね。期待通りだね。」
ピースサインを作ってみかんを持って部屋に行く。
本当にみかんを取りに来たか怪しい。
赤くなってるとは言われたけど、腫れてたのか?
そんなに・・・・したかもしれないけど。
しかもみんなに不在理由がバレるなら、明日はどういう顔して帰ってくればいいんだ、あ、明後日か。
28歳の大人の男の久しぶりの恋愛を、もっとそっと見守ってくれる環境が欲しい。
そう思いながらもうれしくもあり感謝するばかりだった。
次の日、いつものように庭掃除をする。
しだれ桜は完全に散ってしまった。
緑の葉に覆われた桜を見る。
あんなに寂しく思えたのは昨日のことなのに、一日ですっかり緑の葉の生命力と自然の勢いを感じる。
今日は園児がさぞかし最上級の天使に見えることだろう。
自分の単純さに笑いが出る。
「思い出し笑い気持ち悪ぅ~。」
健さんがぼさぼさの頭にキャップをかぶりながら出てくる。
「庭掃除まだするの?」
「しますよ。当分。」
背後からでも笑ってるのがわかったんだろうか?
もしかしてすごく鋭いんじゃないだろうか?
姉さんばかりに気を取られていたけど、よく考えれば・・・・。
「あ、由利乃ちゃん。」
健さんがちゃん付けで入り口を見る。駆け出そうとしたけど誰もいない。
「なんて、うっそ~。」
くるりと向きを変えて裏庭へ行く健さん。
かわいい義弟をからかいたかったんだろう。
今日は特に寛容ですから腹も立ちません。
それでも通らないかなあ~と通り過ぎる足音を注意して聞いてはいた。
しばらく掃除を続けていると久しぶりに聞いた足音。
入り口に顔を出すと、あたり。
「おはよう、由利乃さん。」
「おはようございます。裕司さん。」
「じゃあ、今日連絡待ってます、いってらっしゃい。」
手を振って送り出そうとしたら後ろからちょっと待ってと声がする。
「由利乃ちゃん、おはよう。」姉。
「おはようございます。香さん。あのいろいろすみませんでした。ありがとうございました。」
お辞儀をしてしっかりお礼を言う由利乃さん。
「ううん、こちらこそ、本当に。ね、今日裕司がお邪魔するんでしょう?」
げっ、何も朝からそんなはっきり言うことないじゃないか。
彼女も照れてるように赤くなる。
「ね、裕司寝相悪いし、いびきかいたりするかも。うっとうしかったら蹴とばしていいからね。」
小さく声を落として、それでもこっちまで聞こえるように言っている、わざとだ。
「姉さん、由利乃さんが遅刻するでしょう。」
「あ、ごめんね。由利乃ちゃん、じゃあね。」
手を振っていってきますと言い出かける由利乃さんを姉と見送る。
「姉さん・・・・わざとだよね。」
何のことかしら?と言って家へ戻る姉。
ふと彼女の背中を見ようと思った時に夏の家に人影を見た気がした。
夏?
箒をしまい朝ごはんの準備を手伝う。
「今日はいつもに増して働くねえ~。」健さん。
子供たちもお皿を運んだりしてくれる。
でもさっきのは自分に言ったんだろう。
やっぱり似たもの夫婦だ。
母と父もちらりちらりとこちらを見る。
逆に気になるんですが。
「明日の朝ごはんはいりません。」
自分で言った方がいっそスッキリする。
「由利乃ちゃんに追い出されなかったらね。」姉。
「これで明日の朝いたら声かけずらいね。聞かなかったことにするから。」健さん。
「裕司兄ぃ、ご飯いらないの?」樹。
「悪いことしてないよ、いいことしてるのに、何でご飯いらないんだろうね?不思議だね。」
健さんが微妙な言い方をして無邪気な子供に説明する。
ここでいい事って何?とか聞かれたらどうするんだ。
無言で自分が掘った墓穴が埋まるのを待つ。
母親が心配そうに見ている。今、何を言えば安心してくれるだろう。
「ちゃんと改めて連れてきます。」
今更だけど。今はこれくらいしか言えない。
まだまだこれからなんだから。
天使半分怪獣半分の子供たちと遊び、あっという間に一日が終わる。
日報を書いて当番の戸締りをして楽しい週末へ。
部屋でパジャマと着替え(一応)と歯ブラシと・・・・そんなものか。
そういえば必要なアレをどこで買えばいいんだろう。
みんな普通にコンビニとかドラッグストアとかで買ってるのかな?
遠くに行きたい、自転車でちょっと離れた大きなドラッグストアに行くべきだろう。
ついでに必要なものがあれば買ってくるけどと思っても姉には聞きづらい。
園とも家とも離れた方向へ。
ホテルの備え付け以外あんまり自前を使ったことがない自分。
「裕司~、開けるよ~。」
健さんがいてカラフルな箱を振っている。
「はい、餞別。足りなかったら言って。たんまりあるから。」
投げられたそれを受け取ると・・・・それはアレだった。
うれしいけど・・・・・どんな顔をすれば。
「足りないかあ~、香にも言われたんだ。はい。今週はこれでなんとか。」
続けて二箱投げてくる。こんなに使うわけないじゃないか・・・・・一箱で十分。
手に三箱も乗せて馬鹿みたいに見ている自分。
健さんがまだそこにいて、姉さんにも見抜かれている。やはり鋭い二人。
「ありがとうございます。」
平常心を装って棒読みでお礼を言う。でも顔が赤くなってるのがわかる。
「いえいえ、家族が増えるのはうれしいけどね。じゃ。」
さすがに3箱も持って行って彼女にドン引きされると痛い。
一箱だけ、心より深く感謝して荷物に入れる。難関突破の心境だ。
後は特に必要なものもない。一応着替えを汗をかくだろうし・・・もう一組・・・・・。
お泊り保育以上に荷物が多くなりそうだ。
着替えなら帰ってくればいいんだ。
すぐそこなのに。
食事の用意が出来たと楓が呼びに来てくれる。
手をつないで食卓へ。
今や元の通りに自分の好物よりも子供目線のメニューになっている。
いつもの通り美味しくいただき片づけを手伝う。
いつもはもう帰ってくる時間だけど、今頃食事会の最中だろう。
歯を磨いて準備は完璧。
部屋に戻るとすぐに樹と楓が声をかけてきてドアを開ける。
2人で入ってきてから背後に隠した紙袋をそれぞれ渡してくる。
「何?」座り込んで子供目線で聞く。
「プレゼント。」嬉しそうに差し出す二人。
「皆応援してるから頑張れって。」樹。
「頑張れ~裕司兄ぃ。」楓。
嫌な予感がする。
「パパとママが持って行けって言ったの?」
「うん。」
軽くない時点で4箱目じゃないらしい。でも重い。二人に分けたのが故意なのか。
紙袋の中には瓶が一本づつ。とりあえず。
「ありがとう。お礼を言っててね。」
喜んでたとは言わなくていい、これは。
2人は仲良く帰っていった。報告してるだろう。笑う姉家族、思い浮かぶようだ。
姉義兄2人に遊ばれてるような気がしてきた。
さっきのはともかくこっちは買おうとなど思ってもなかった。
しかもなんというネーミングのドリンク。
どこで買ったんだ、誰が買ったんだ?とてもおいしそうとは思わない。
机の中にしまいこんだ。
彼女は・・・初めてなんだからそんな勢いは抑える方に作用させたいくらいなのに・・・・多分。
携帯を手にする。着信はまだない。
ちょっと準備が早すぎたかな。
暇だ。タブレットで明日出かけるところでも検索しよう。
山、海、街、建物・・・・。
一つ行きたいところがあった。ちょっと駅から歩くけど古い建物と広い庭園のある所。
桜の季節が過ぎて人も少なくなってるかもしれない
検索してみる。土曜日曜日開いてる。
そのあと少し動いて有名な商店街を散歩して。
他には・・・と探してると携帯に着信が。
彼女からだった。あと30分くらいで駅に着くと。
さすがに今出たら早すぎるか。あと少し。
そのままタブレットで検索をして何か所かピックアップしお気に入りに。
落ち着かないので玄関に荷物を運ぶ。
タブレットも入れた。アレも。ドリンクはなし。
携帯はポケットに入れて。リビングに行くと和室の方に父と母がいるのが見えた。
2人に一応挨拶を。
「出かけてくる。」それだけだけど。
「いってらしゃい。」「おう。」
2人の声を聞いて出かける。
のんびりと駅まで歩き改札の前に立つ。
しばらく着くはずもないのに人波に彼女を探す。
「あれ、裕司~!」
手を振りながら来る夏。ちょうど帰ってきたらしい。
「夏、お疲れ、仕事だったの?」
「そうそう。裕司は何してるの?」
仕事後で化粧もすっかり落ちてるけど相変わらず元気そうだ。
「あ、彼女を迎えに・・・。もうすぐ着くと思うんだ。紹介するよ。」
夏が自分の荷物を見る。
「今日の朝、仲良く話してた人?」
やっぱりあれは夏だったんだ。
「そうだよ。」
そんな姿を幼馴染に見られてたのも恥ずかしい。
改札に視線を送ると新しい流れがやってきてその中に彼女を見つけた。
「あ、帰ってきた。」
「うれしそうね、裕司。」
気持ち悪いっ。小さく言う。
彼女も気がついて手を振る。急ぎ足になった彼女が夏に気がついた、そんな表情だった。
「じゃあね、裕司。」
夏は急に走っていった。夏の後ろ姿をとりあえず見送った。
そして改札に向かい出てきた彼女の荷物を受け取り手をつなぐ。
「由利乃さん、お帰り。」
「わざわざありがとうございます。」
夏のことはすっかり忘れていて、つないだ手を振るように歩いた。
会社の食事会のことを聞いたり、今日の園児の話をしたりして浮ついたように話をした。
まっすぐな近道を通ったので自分の家の前は通ってない。
彼女の部屋について荷物を下ろして座る。
いきなりパジャマに着替えるのもなんだしなあ。
彼女はジャケットを脱いでハンガーにかける。
「裕司さん使いますか?」
「ううん、いいよ。」
「由利乃さん疲れてるでしょう?僕のことはほっといてお風呂でも着替えでもしてね。」
「はい。」と言いながらも彼女はお茶をいれる。
「僕がしようか?いつも手伝ってるからたいていできるよ。」
「大丈夫ですよ。」
「じゃあ、何でも言って。」
大人しく元の場所に座る。最初からクッションのある位置の隣へ。
コーヒーを入れて彼女が座る。
「由利乃さん、ありがとう。」
さっきから自分はずっと笑ってると思う。楽しい。この上なく楽しい。
「疲れてる?大丈夫?飲みすぎた?」
「いえ、大丈夫ですよ。」
隣でソファにもたれるようにしてぼんやりしてる彼女。
少しずれて彼女の肩に手を乗せる。
コーヒーは二人の前で暖かそうに湯気を立ててる。
髪をすくように手を動かす。彼女が首に抱きついてきた。
「やっぱりどうかした?・・・・話せない事?」
「すみません。やっぱり改札の前でいる二人を見て・・・・彼女は裕司さんのこと好きなんじゃないですか?」
由利乃さんの言う彼女が夏だということはわかった。
すっかり忘れてた。
「改札に早めについて待ってるときに夏が帰ってきて。彼女を待ってるって言ったんだ。今朝話してるのも見られてたみたいで。紹介するって言ったんだけど由利乃さんに気がついて喜んだ顔が気持ち悪いって走っていって。夏の気持ちは分からない。家族みたいだったし。由利乃さんが帰ってきてくれてうれしくて、今まで忘れてたくらい。由利乃さん。」
首に回された手を外す。
「僕は由利乃さんが好きだから。」
「はい、ありがとうございます。ごめんなさい。」
「謝らないでいいよ。わがままもむくれるのもどんな感情だって、子供たちで慣れてるから大丈夫。」
横並びでコーヒーを飲む。
「裕司さん、食事とお風呂は?」
「済んでます。パジャマも持ってきました。」バッグを指さす。
「じゃあ私もお風呂に入ってきていいですか?」
「いいよ。ゆっくりして。」
タブレットをバッグから出してテーブルにのせる。
「僕も着替えるね。」
ついでのようにパジャマを出してさりげなく言う。
おっとあの箱は奥へ奥へ。
彼女がシャワーを浴びる音を聞いてまず着替えをする。
着てきた服をたたんで隅に置いておく。
アレは箱から出してちぎりポケットにいれておく。
うん。
なんとなく気になるけど。
ウロウロしてるうちにシャワーの音はしなくなっていた。
ドライヤーの音がしてるうちに元の場所に戻りタブレットで検索の続きをする。
緊張してきた。彼女もきっともっとだろうけど。
コーヒーのカップは二つとも空になっていた。
キッチンに行って洗ってふせて置く。
準備完了。
・・・違う、後片付け終了。
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