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3 一人で抱えてるわだかまり、それはなかなか消えるものじゃない。
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待ち合わせの駅に着くと少し遅れて妹がやってきた。
今日ほど待たずに妹と会えた日も珍しい。
一緒に食事をする。
妹は大学生でバイトと学生を存分に楽しんでいるようだ。
小さい頃あんなに病弱だった片鱗もなくすっかりたくましく育ち、身長も私よりも大きい。
一緒にいると私の方が妹だと思われるくらいだった。
小学生の頃一緒に通わされたスイミングで、上達して体力をつけて負けん気まで強くなったのは妹だけで、私はいつも昇級試験にも落ちるし、精一杯手足を動かして泳いでいるのになかなか前に進まないし、とにかく嫌で嫌で仕方なかった。
母親も早々に諦めて辞めることを許してくれた。
母親が妹のスイミングに付き添う時間、私は一人で家にいた。
本を読み、絵を描くかわりに文字を書いていた。
知らない文字を一生懸命、面白い形の絵を描くように。
「お姉ちゃん、そういえば保さんが最近来てくれないって言ってたけど、寄ってないの?」
「うん、そういえば。先月と今月、毎年年度末は一番忙しい時期なのよ。私はそうじゃないけどそれなりに疲れて。まっすぐ帰ってたわ。」
なんて嘘。
避けていた。
あの居心地よく、ひそかに心をときめかせて通っていたお店。
まだまだ就職したての頃、気ばかりが疲れていた一年ほど前のころ。
仕事の後にそのお店を見つけて入ってみた。
外からは色ガラスで中が見えなかったので勇気が必要だった。
それでもぼんやりとした明かりがついて分厚い手作り感のある看板にひかれて恐る恐る入った。
ドアについたカウベルがガランと音を立ててビックリしたけど、コーヒーの香りといらっしゃいませというやわらかな声を聞いたとたんスルッと体をいれていた。
席はカウンターと少しのテーブル。
カウンターにはいくつか空きがあり端の席に座った。
カウンターの向こうは少し低くなっているらしく、ちょっと上に男性の顔があり先ほどと同じ優しい声が聞こえてきた。
「ご注文が決まりましたら声をかけてください。」
ゆっくりでいいですよと言われてるみたいな気がした。
特にコーヒーに詳しいわけではない。インスタントでもいいくらい。
説明を読みながらよさそうなコーヒーを注文する。
サンドイッチやパンケーキや焼き菓子があるらしい。食べたい気もするが・・・・。
メニュー表を見ながら悩んでいたら、また声が聞こえてきた。
「おすすめはパンケーキです。お腹が空いていたら是非どうぞ。」
勿論お腹が空いている。夕食代わりにしてもいいくらいの時間だった。
「じゃあ、パンケーキをお願いします。」とお願いした。
パンケーキもその人が焼いてくれた。
程なく小さくて3段のパンケーキが目の前に置かれた。
メープルシロップとジャムとナッツ。
少しずつ味わいながら食べるうちに疲れも癒えてきた。
ぼんやりとコーヒーを見ていたらしく気がつくとカウンターのお客さんは誰もいない。
ハッとしてキョロキョロする。
時間は1時間くらいたっていた。
コーヒーも半分残っていて冷めていた。
後で知ったけど完全に営業時間が終わっていたらしい。
一人で静かに片づけをして音楽を聞きながら本を読んでいたその人は、私の焦った動きに気がついたらしい。
「お疲れ様です。少しはゆっくりしていただけましたか?」
「はい、すみません。ぼんやりして遅くなってしまいました。お会計をお願いします。」
「はい、初めてでいらっしゃいますよね?」
「はい。一人では入りにくくて・・・・。あ、すみません。」
「いえ、そうおっしゃられる方は多いです。是非またいらしてください。」
お客に対するお決まりのセリフだとしてもそれがとてもうれしくて。
また明日にでも来たくなった。
「パンケーキも美味しかったです。ごちそうさまでした。」
背中を向けてドアを開けるとまたカウベルがなる。ガラン。
外に出てバッグを肩にかけなおして部屋へと戻った。
週末用の食材は明日買うことにしてそのまままっすぐに帰った。
部屋でのんびりしながら、甘いパンケーキに癒されお腹も心もいっぱいだった。
コーヒー屋さんのマスターにしては若かった。
パンケーキも焼いていたし、私がぼんやりしていた時は本を読んでいたり。
まだ30歳くらいだと思うけど。
明日にでも又行きたい気持ちを押して次の週末まで待った。
毎週金曜日の夜って決めれば変じゃないかな?
仕事の疲れを取るように立ち寄るお店、そう考えながらまたあのドアを開ける。
いつでも優しい笑顔と声が迎えてくれる。
2度目以降、少しづつ話をすることができた。
本当に少しづつ。
毎週通いたかったけどたまに行かない時もあった。
そうして数か月が過ぎ、仕事にも慣れてきたころ、フードメニューは一通り食べて、コーヒーもちょっとだけいろんなものを試してみた。
コーヒーの違いはさっぱりと分からないのが正直なところ。
その中で他のお客さんに声を掛けられて『たもつさん』という名前と、年齢32歳というのがわかった。
おじさんからこのコーヒー屋さんを引き継いだらしい。
もともと興味があってコーヒー専門店で働いて10年くらいの経験があったらしい。
なるほど。
他の人の会話を小耳にはさみ一人で頭の中にメモを取る。
そう、この人に惹かれて毎週通った。
結婚していてもおかしくないけど。
その辺はまだ誰も聞いてくれなくてちょっとウズウズしている。
でもきっと彼女がいるんだろうなあ。
なんて心構えとして思っていた。
まだまだぼんやりとした思いを胸に抱いていたころ。
相変わらず横目で見ながらも週に一回には抑えていた。
ある日、妹がバッグを借りたいと電話をかけてきた。
ゆっくりと朝ごはんを食べて休日の朝らしくのんびりしていた時だった。
窓を開けて空を仰ぎ洗濯を始めていた。
「今から駅に行くからお願いね、お姉ちゃん。」
言いたいことを言うと切れた電話。のんびりしていた気持ちが少し重たくなった。
『お姉ちゃん、お願い。』そう言うとお願いは何でも叶う、そんな言葉だと思っているような妹。
『駅に着く時間が分かったら教えて。』
頼まれたバッグを持って準備する。
一度帰ってきて洗濯物を干さないといけないのか・・・・。
それでも連絡があるまで洗濯機の残り時間を確認しつつ軽く化粧をして着替える。
メールの返信が来ない。
きっとあの後から準備して遅くなっているのだろうと思っていた。
洗濯は終わりベランダに干して小さく満足する。
しばらくして携帯が着信を知らせる。
『駅前のレトロなコーヒー屋さんにいるからね。ゆっくりでいいよ。』
珍しい気遣いが見えた。きっとメールを気がつかずにこっちまで来てしまったんだろう。
そして待っていると言っているコーヒー屋さんこそあのお店だった。
今週は行ってなかったのでラッキーとは思える。
ただいつもは仕事用の格好で、今の格好は・・・・・。
これはどうしよう。
出かける用もないけど洗濯も終わったし、ちょっとおしゃれして出かけようとさっさと着替えなおした。
いろんな意味で心が躍る、揺れるスカートが膝上でうれしそう。
あの桜のある家の前を通る。
桜の木はまだまだだけど一足早い春の匂いがしてくる。
ゆっくり匂いをたどるように中を見れないのが残念。ちょっと覗いてみたけど立ち止まりは厳禁。
若そうな男の人の後ろ姿が見えて、子供の声も聞こえる。
微笑ましくも思いながら、大きく深呼吸して何事もなく通り過ぎた。
看板の前に立ち一つ息を吐いて肩の力を抜く。
ガランというカウベルにいつものいらっしゃいませという声。
いつもより笑顔で迎えられた。彼の前に妹がいた。
妹もこっちを向いて笑顔になる。
「おねえちゃん、こっちこっち。」
狭いお店でまだそんなにお客様もいないのに、すぐわかるってば・・・・・。
『たもつさん』がびっくりしたように私と妹を見る。
「姉妹でいらしたんですね。」ちょっと驚きの表情。
「え、お姉ちゃん、ここ知ってたの?」と妹もびっくり。
「おはようございます。妹です。」
一応軽く紹介する。
「ねえ、保さん、似てない姉妹って思ってる?」
妹のセリフにびっくりする。
私がゆっくり通っても作れない雰囲気をいとも簡単に作れる妹。
たもつさん・・・・。
「まりのさんとは確かに雰囲気が違いますが並びで座るとやはり似てらっしゃいますよ。」
まりのさん・・・・。
『たもつさん』は私の名前は知らないと思う。
それからも妹がじゃんじゃんとしゃべる。
いつもは静かに過ごす空間だけど違うお店みたいで。
と、いきなり時計を見た妹が私の持ってきたバッグを手にして立ち上がる。
「また来ていいですか?」と明るく聞いて妹は私にも手を振り出ていった。
カウベルが鳴る。ガラン。
静けさが戻ってくる。
私はコーヒーも頼んでない。
「何か飲まれますか?」
妹は会計すら済ませてない。
いつものようにメニューをひらいても心が重く、適当に上のほうにあったコーヒーを頼む。
苦みのあるコーヒーを飲みながら、すっかりいつもの雰囲気を取り戻したお店に安堵するのに、いつもは心地いい空間がちっとも私を癒してくれない。
私は今日何をするんだろう?出かける気もなくなった。
妹はまた来るだろう。言った通りに。
私はもう来ないだろう。せっかく居心地のいい場所だったのに・・・・。
コーヒーを飲み終わり会計をしてもらいお店を出る。
「また、いらしてください。」ガラン。
いつもの声も音も遠くなった。
結局あの後からは、立ち寄ることもなくまっすぐに家に帰っている。
妹はやはり時々顔を出してるらしい。
こうして会うと時々『たもつさん』的場 保さんの話にもなる。
私の好意はあっさりとひいた。
ゆるく暖めてたのに、こんなにすぐにって思うくらいあっさりと。
雰囲気が好きだったのかな?お店やあの人の。
時々思うけど静かに忘れることが出来そうだった。
妹がどう思ってるのかは聞いてない、どうなってるのかも。
その手の話題はお互いにしない。私たちは少し距離がある気がする。
私の方は完全に距離を測っている。
どうしようもなく埋められないものを抱えているのは私だけだろうか?
子供の頃に感じた嫉妬や裏切られた気持ち、いなくなれと願った気持ち。
子どもだったから、それでも大人になった今でも心の隅にひっそりとある。
まだ消えない。
時々改めて思ったり・・・・・。
それだけ根深いみたい。
いっそ他人だったら、明るくてちょっと調子がいいけど楽しそうなただの友達だったなら。
そういえばあのバッグも返してもらってない。
お気に入りのバッグなのに・・・・、私が自分のお給料で買ったバッグなのに。
今日誘われたあの家とは違う。
あんなに大きな家族の輪ができていて暖かそうな人たち。
そんな中にいても自分の心の芯は冷えたまま、分厚い壁が私には見えていた。
帰りにはまた誘われている。行っていいのだろうか、本当に。
何か手土産を買って行ったら少しは入りやすくなるかも・・・なんて考えていた。
あんまり減らない私の前の料理。結局妹がちょうだいと言って食べた。
食べ終えた妹の話を聞きながらも、何を買おうかなあと考え始めると少し心が楽になってきた。
大人数でも分けられるもの、子供も喜ぶもの。
あとでゆっくりデパ地下で探そう。
珍しく妹が将来の話をしてきた。
大学に行っている間に何になるか決める!!とぼんやりとした状態で入った大学でやっと気になることを見つけたらしい。
何を思ったかマスコミ関係と大きく出た。
どう聞いても競争率が高そうだが。女性向けの雑誌作りに興味があるという。
最終的にタウン誌でもいいと規模は小さくなった。
それでも相変わらず前向きでキラキラとした若さとやる気と。
「応援する。あと一年よく考えて絞っていけばいいんじゃない?」
姉らしく言う。
そうちょっとわだかまりはあっても二人きりの姉妹だから。
今のサークルもミニコミ誌を作っているらしくそれが楽しいという。
しゃべるのが得意で物おじしないところなど意外に適性はあったりして。
楽しそうにしゃべるのを聞いているとこちらもつられて気分が上がる。
・・・・何のわだかまりもない二人だと思えてくる。
結局食べ終えてからの時間が長かった気がする。
会計して、勿論姉としてここは奢り、別れた。
持ち物を貸したり、食事を一緒にして話し込んだり、そんな姉妹は仲良し姉妹だと言われてる。
今日ほど待たずに妹と会えた日も珍しい。
一緒に食事をする。
妹は大学生でバイトと学生を存分に楽しんでいるようだ。
小さい頃あんなに病弱だった片鱗もなくすっかりたくましく育ち、身長も私よりも大きい。
一緒にいると私の方が妹だと思われるくらいだった。
小学生の頃一緒に通わされたスイミングで、上達して体力をつけて負けん気まで強くなったのは妹だけで、私はいつも昇級試験にも落ちるし、精一杯手足を動かして泳いでいるのになかなか前に進まないし、とにかく嫌で嫌で仕方なかった。
母親も早々に諦めて辞めることを許してくれた。
母親が妹のスイミングに付き添う時間、私は一人で家にいた。
本を読み、絵を描くかわりに文字を書いていた。
知らない文字を一生懸命、面白い形の絵を描くように。
「お姉ちゃん、そういえば保さんが最近来てくれないって言ってたけど、寄ってないの?」
「うん、そういえば。先月と今月、毎年年度末は一番忙しい時期なのよ。私はそうじゃないけどそれなりに疲れて。まっすぐ帰ってたわ。」
なんて嘘。
避けていた。
あの居心地よく、ひそかに心をときめかせて通っていたお店。
まだまだ就職したての頃、気ばかりが疲れていた一年ほど前のころ。
仕事の後にそのお店を見つけて入ってみた。
外からは色ガラスで中が見えなかったので勇気が必要だった。
それでもぼんやりとした明かりがついて分厚い手作り感のある看板にひかれて恐る恐る入った。
ドアについたカウベルがガランと音を立ててビックリしたけど、コーヒーの香りといらっしゃいませというやわらかな声を聞いたとたんスルッと体をいれていた。
席はカウンターと少しのテーブル。
カウンターにはいくつか空きがあり端の席に座った。
カウンターの向こうは少し低くなっているらしく、ちょっと上に男性の顔があり先ほどと同じ優しい声が聞こえてきた。
「ご注文が決まりましたら声をかけてください。」
ゆっくりでいいですよと言われてるみたいな気がした。
特にコーヒーに詳しいわけではない。インスタントでもいいくらい。
説明を読みながらよさそうなコーヒーを注文する。
サンドイッチやパンケーキや焼き菓子があるらしい。食べたい気もするが・・・・。
メニュー表を見ながら悩んでいたら、また声が聞こえてきた。
「おすすめはパンケーキです。お腹が空いていたら是非どうぞ。」
勿論お腹が空いている。夕食代わりにしてもいいくらいの時間だった。
「じゃあ、パンケーキをお願いします。」とお願いした。
パンケーキもその人が焼いてくれた。
程なく小さくて3段のパンケーキが目の前に置かれた。
メープルシロップとジャムとナッツ。
少しずつ味わいながら食べるうちに疲れも癒えてきた。
ぼんやりとコーヒーを見ていたらしく気がつくとカウンターのお客さんは誰もいない。
ハッとしてキョロキョロする。
時間は1時間くらいたっていた。
コーヒーも半分残っていて冷めていた。
後で知ったけど完全に営業時間が終わっていたらしい。
一人で静かに片づけをして音楽を聞きながら本を読んでいたその人は、私の焦った動きに気がついたらしい。
「お疲れ様です。少しはゆっくりしていただけましたか?」
「はい、すみません。ぼんやりして遅くなってしまいました。お会計をお願いします。」
「はい、初めてでいらっしゃいますよね?」
「はい。一人では入りにくくて・・・・。あ、すみません。」
「いえ、そうおっしゃられる方は多いです。是非またいらしてください。」
お客に対するお決まりのセリフだとしてもそれがとてもうれしくて。
また明日にでも来たくなった。
「パンケーキも美味しかったです。ごちそうさまでした。」
背中を向けてドアを開けるとまたカウベルがなる。ガラン。
外に出てバッグを肩にかけなおして部屋へと戻った。
週末用の食材は明日買うことにしてそのまままっすぐに帰った。
部屋でのんびりしながら、甘いパンケーキに癒されお腹も心もいっぱいだった。
コーヒー屋さんのマスターにしては若かった。
パンケーキも焼いていたし、私がぼんやりしていた時は本を読んでいたり。
まだ30歳くらいだと思うけど。
明日にでも又行きたい気持ちを押して次の週末まで待った。
毎週金曜日の夜って決めれば変じゃないかな?
仕事の疲れを取るように立ち寄るお店、そう考えながらまたあのドアを開ける。
いつでも優しい笑顔と声が迎えてくれる。
2度目以降、少しづつ話をすることができた。
本当に少しづつ。
毎週通いたかったけどたまに行かない時もあった。
そうして数か月が過ぎ、仕事にも慣れてきたころ、フードメニューは一通り食べて、コーヒーもちょっとだけいろんなものを試してみた。
コーヒーの違いはさっぱりと分からないのが正直なところ。
その中で他のお客さんに声を掛けられて『たもつさん』という名前と、年齢32歳というのがわかった。
おじさんからこのコーヒー屋さんを引き継いだらしい。
もともと興味があってコーヒー専門店で働いて10年くらいの経験があったらしい。
なるほど。
他の人の会話を小耳にはさみ一人で頭の中にメモを取る。
そう、この人に惹かれて毎週通った。
結婚していてもおかしくないけど。
その辺はまだ誰も聞いてくれなくてちょっとウズウズしている。
でもきっと彼女がいるんだろうなあ。
なんて心構えとして思っていた。
まだまだぼんやりとした思いを胸に抱いていたころ。
相変わらず横目で見ながらも週に一回には抑えていた。
ある日、妹がバッグを借りたいと電話をかけてきた。
ゆっくりと朝ごはんを食べて休日の朝らしくのんびりしていた時だった。
窓を開けて空を仰ぎ洗濯を始めていた。
「今から駅に行くからお願いね、お姉ちゃん。」
言いたいことを言うと切れた電話。のんびりしていた気持ちが少し重たくなった。
『お姉ちゃん、お願い。』そう言うとお願いは何でも叶う、そんな言葉だと思っているような妹。
『駅に着く時間が分かったら教えて。』
頼まれたバッグを持って準備する。
一度帰ってきて洗濯物を干さないといけないのか・・・・。
それでも連絡があるまで洗濯機の残り時間を確認しつつ軽く化粧をして着替える。
メールの返信が来ない。
きっとあの後から準備して遅くなっているのだろうと思っていた。
洗濯は終わりベランダに干して小さく満足する。
しばらくして携帯が着信を知らせる。
『駅前のレトロなコーヒー屋さんにいるからね。ゆっくりでいいよ。』
珍しい気遣いが見えた。きっとメールを気がつかずにこっちまで来てしまったんだろう。
そして待っていると言っているコーヒー屋さんこそあのお店だった。
今週は行ってなかったのでラッキーとは思える。
ただいつもは仕事用の格好で、今の格好は・・・・・。
これはどうしよう。
出かける用もないけど洗濯も終わったし、ちょっとおしゃれして出かけようとさっさと着替えなおした。
いろんな意味で心が躍る、揺れるスカートが膝上でうれしそう。
あの桜のある家の前を通る。
桜の木はまだまだだけど一足早い春の匂いがしてくる。
ゆっくり匂いをたどるように中を見れないのが残念。ちょっと覗いてみたけど立ち止まりは厳禁。
若そうな男の人の後ろ姿が見えて、子供の声も聞こえる。
微笑ましくも思いながら、大きく深呼吸して何事もなく通り過ぎた。
看板の前に立ち一つ息を吐いて肩の力を抜く。
ガランというカウベルにいつものいらっしゃいませという声。
いつもより笑顔で迎えられた。彼の前に妹がいた。
妹もこっちを向いて笑顔になる。
「おねえちゃん、こっちこっち。」
狭いお店でまだそんなにお客様もいないのに、すぐわかるってば・・・・・。
『たもつさん』がびっくりしたように私と妹を見る。
「姉妹でいらしたんですね。」ちょっと驚きの表情。
「え、お姉ちゃん、ここ知ってたの?」と妹もびっくり。
「おはようございます。妹です。」
一応軽く紹介する。
「ねえ、保さん、似てない姉妹って思ってる?」
妹のセリフにびっくりする。
私がゆっくり通っても作れない雰囲気をいとも簡単に作れる妹。
たもつさん・・・・。
「まりのさんとは確かに雰囲気が違いますが並びで座るとやはり似てらっしゃいますよ。」
まりのさん・・・・。
『たもつさん』は私の名前は知らないと思う。
それからも妹がじゃんじゃんとしゃべる。
いつもは静かに過ごす空間だけど違うお店みたいで。
と、いきなり時計を見た妹が私の持ってきたバッグを手にして立ち上がる。
「また来ていいですか?」と明るく聞いて妹は私にも手を振り出ていった。
カウベルが鳴る。ガラン。
静けさが戻ってくる。
私はコーヒーも頼んでない。
「何か飲まれますか?」
妹は会計すら済ませてない。
いつものようにメニューをひらいても心が重く、適当に上のほうにあったコーヒーを頼む。
苦みのあるコーヒーを飲みながら、すっかりいつもの雰囲気を取り戻したお店に安堵するのに、いつもは心地いい空間がちっとも私を癒してくれない。
私は今日何をするんだろう?出かける気もなくなった。
妹はまた来るだろう。言った通りに。
私はもう来ないだろう。せっかく居心地のいい場所だったのに・・・・。
コーヒーを飲み終わり会計をしてもらいお店を出る。
「また、いらしてください。」ガラン。
いつもの声も音も遠くなった。
結局あの後からは、立ち寄ることもなくまっすぐに家に帰っている。
妹はやはり時々顔を出してるらしい。
こうして会うと時々『たもつさん』的場 保さんの話にもなる。
私の好意はあっさりとひいた。
ゆるく暖めてたのに、こんなにすぐにって思うくらいあっさりと。
雰囲気が好きだったのかな?お店やあの人の。
時々思うけど静かに忘れることが出来そうだった。
妹がどう思ってるのかは聞いてない、どうなってるのかも。
その手の話題はお互いにしない。私たちは少し距離がある気がする。
私の方は完全に距離を測っている。
どうしようもなく埋められないものを抱えているのは私だけだろうか?
子供の頃に感じた嫉妬や裏切られた気持ち、いなくなれと願った気持ち。
子どもだったから、それでも大人になった今でも心の隅にひっそりとある。
まだ消えない。
時々改めて思ったり・・・・・。
それだけ根深いみたい。
いっそ他人だったら、明るくてちょっと調子がいいけど楽しそうなただの友達だったなら。
そういえばあのバッグも返してもらってない。
お気に入りのバッグなのに・・・・、私が自分のお給料で買ったバッグなのに。
今日誘われたあの家とは違う。
あんなに大きな家族の輪ができていて暖かそうな人たち。
そんな中にいても自分の心の芯は冷えたまま、分厚い壁が私には見えていた。
帰りにはまた誘われている。行っていいのだろうか、本当に。
何か手土産を買って行ったら少しは入りやすくなるかも・・・なんて考えていた。
あんまり減らない私の前の料理。結局妹がちょうだいと言って食べた。
食べ終えた妹の話を聞きながらも、何を買おうかなあと考え始めると少し心が楽になってきた。
大人数でも分けられるもの、子供も喜ぶもの。
あとでゆっくりデパ地下で探そう。
珍しく妹が将来の話をしてきた。
大学に行っている間に何になるか決める!!とぼんやりとした状態で入った大学でやっと気になることを見つけたらしい。
何を思ったかマスコミ関係と大きく出た。
どう聞いても競争率が高そうだが。女性向けの雑誌作りに興味があるという。
最終的にタウン誌でもいいと規模は小さくなった。
それでも相変わらず前向きでキラキラとした若さとやる気と。
「応援する。あと一年よく考えて絞っていけばいいんじゃない?」
姉らしく言う。
そうちょっとわだかまりはあっても二人きりの姉妹だから。
今のサークルもミニコミ誌を作っているらしくそれが楽しいという。
しゃべるのが得意で物おじしないところなど意外に適性はあったりして。
楽しそうにしゃべるのを聞いているとこちらもつられて気分が上がる。
・・・・何のわだかまりもない二人だと思えてくる。
結局食べ終えてからの時間が長かった気がする。
会計して、勿論姉としてここは奢り、別れた。
持ち物を貸したり、食事を一緒にして話し込んだり、そんな姉妹は仲良し姉妹だと言われてる。
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