今年も綺麗に咲いたねって、一緒に桜を見上げてくれる人と。

羽月☆

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1 久しぶりに桜を見上げて待ちました。

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いつもと違う道を通ったのに理由はなかった。

ただちょっと遠回りをしてふらふらと午後の散歩を楽しむように歩いていただけ。
住宅街の細い道をただふらふらと。
休みの日には部屋でのんびり過ごすことも多い。
それでも今日は友達とランチの約束をしていた。
そのあと彼氏と会う友達と別れ一人適当にお店を見てぶらぶらしていた。
特に買うつもりの物はなくても、見てるだけでもいい。
いろんな綺麗なものや可愛いものを見ていると女子としてはテンションが上がる。
それでも早めに電車に乗って帰ってきたからまだ明るい時間だった。

最近の会社の通勤には一番の近道を選ぶのであんまり他の道を通って行き来することもなかった。
寒さが落ち着き、日差しが暖かくて気持ちのいい日。
ふと大きな桜の木が見えてきた。まだまだつぼみも目立たないけど大きなしだれ桜の木。
もう少しして桜の季節にはさぞ見事な桜が見れるのだろう。
ただ背の高いブロック塀があり全体が見れないのが残念。
真下に立ち見上げると本当に大きかった。

どこからともなく甘い香りがする。早咲きの梅の花が咲いてるのだろうか?
しばらく立ち止まったままその匂いを深く吸い込んで味わった。
なんとも幸せな気持ちになる。まったりとした甘さに癒される。

そんなことをしていたら視線を感じた。
顔を向けると一人の男の人が庭用の大きな竹箒を抱えてこちらを見ていた。
男の人も気がついたようで急いで向きを変え家の敷地に入っていった、塀のむこうに。
私も恥ずかしくて急ぎ足になりながらその木の下から離れる。
途中男の人が立っていた入り口を通り過ぎたけど、とても中を見る勇気はなかった。

これから梅、桜と春の花の季節になる。あの桜の木全体を見れたら・・・・。

それからもやっぱりその道を通ったいた。

桜のつぼみがちょっとだけ見えてきた。
大きな桜の木はただ春の日を待っていた。




「ゆりの、ごめんね。春になって暖かくなって、まりちゃんが元気になったら迎えに来るからね。おじいちゃんとおばあちゃんの言うことを聞いていい子にするのよ。」

昔の記憶がふっとよみがえる。
そう言われて、『春』を待つ子供の私。
もうずいぶん昔の事なのに。

ついついお気に入りになったしだれ桜の木の下でそんな思い出に引きずられていたら、塀の向こうから顔が出てきて、声がした。

「うちのこの桜の木になにか用があるんですか?」

背の高い男性が・・・・いや高すぎるのでこちらとは段差があるのだろう、ぼうっと桜の木を見上げていた私に話しかけてきた。
作業着で金パツにちょっと怖そうな顔。
上から見下ろされていて怖かった。

「すみません・・・・。」

そう言って一つお辞儀をして顔もあげず、急ぎ足でそこを離れた。
後ろからちょっと待ってと聞こえたけど聞こえないふり。
この間も急ぎ足で今日もまた。

気にしてなかったけどブロック塀はところどころのぞき穴のようにブロックが抜かれていて中が見える。当然中からも見えたのかもしれない。
恥ずかしい。この間の人とは違う人だった。
・・・家の人二人に見られてたってことよね。
それでも桜が咲くまでのつぼみの変化も楽しみたくてその道を通ってた。
もちろん決して立ち止まらないで。
朝の時間だから通り過ぎる時に見上げるだけにしていた。

それでもこっそり塀の中を横目で見るとたくさんの植木が見えた。

私も見守る春の日。
どんどんつぼみも大きくなってあちこちで桜の開花宣言が出された。
ニュースでも早めの花見客の映像が見られる。
しだれ桜だとすると少し時期が遅くなるのかな?

今年はなかなか天気のいい週末に当たらなかったので恒例の会社の花見はなかった。
会社と言ってもこじんまりとした会計事務所だった。
所長をはじめベテランの年上の人に囲まれながらひとり雑用係のように仕事をする。
資格を持った人たちの手伝い、とはいっても本当に電話や来客対応、資料の準備と言ってもコピーなど。さほど難しいものも頼まれない。

そんな私が誇れる特技は字がきれいなこと。
いろんな事務的な手紙以外、夏、暮れの賀状やお礼状に挨拶状などは私の得意とするところ。他にこれと言って自慢することのない私はせめてこれだけはと丁寧に心を込める。
会社の雰囲気も良く、今は満足している。


今週は天気がいいらしい、雨は降らないらしい。
そろそろ今週くらいにあの桜もきれいに咲き揃いそう。
そんな事を考えながら通勤途中の景色を楽しんでいた。

この週末は妹と待ち合わせをして食事をすることになっていた。
私は待ち合わせ時間より先に着いていたいタイプ、妹は待ち合わせに遅れてくるタイプ。
しかも姉相手だと本当に遠慮がない。

春を感じる明るい色の服を着て、ヒールのある靴も履いて。
ゆっくりと駅まで歩いていく。
どうせ時間を気にしても絶対私が待つことになるんだから。

やっぱりあの桜は満開になったみたい。
外から見える頭の方の枝にはたくさんのつぼみが綺麗に花を咲かせていた。
思わず笑顔になって視線を桜に向けてゆっくり歩く。

天気予報以上に天気が良くてよかった・・・・。

塀の中からはとにかくにぎやかというかうるさいくらいの声がする。
子供の声がかなり聞こえる。
広い入り口からつい覗くとたくさんの子供とたくさんの大人。
桜の木の下にシートが広げられて子供たちがいて、大きなテーブルが置かれていて大人たちが座っていた。
もちろんそのテーブルの上には飲み物や食べ物が。

あまりのにぎやかな宴の光景に、つい立ち止まって見てしまった。
中の一人が私に気がつきこちらに走ってきた・・・わぁ。

「すみません、間違ってたらごめんなさい。この間そのあたりで強面の男の人に声かけられましたか?」

ああ・・・私だって分かってるみたい。
恥ずかしい。
逃げてしまったのも余計に。

「はい、すみません。あまり立派な桜の木で、つい見入ってしまいました。」

「いえ、驚かせてしまって申し訳なかったです。あの・・・・お時間よろしかったら中に入って中から見上げませんか?」

中で見れるの?見たいけど、誰の家?
急な誘いに驚いていると女の人が近寄ってきた。

「裕司、どうしたの?」

誰だろう、さっぱりした格好だけど落ち着いたきれいな人だった。

「あ、姉さん。・・・・健(たけし)さんが声かけた人だよ。」

「あ・・・・・。」

女の人が私を見て無言になる。
この人のお姉さんらしい。
目の前の人が『ゆうじさん』という名前なのはわかった。
あの最初の時の箒の人だと思う。

「ああああ・・・えっとうちの旦那が急に声かけたみたいでごめんなさい。ちょっと謝らせるから中へどうぞ。」

「え、そんな・・・」

戸惑う私の手を握って中へ連れていく。
外から覗いたとおり、塀の内側の広い庭にはたくさんの植物があった。どちらかと庭木が多いみたい。ちょっと不思議な庭になっていた。
私は桜から離れた大人のテーブルに連れていかれた。

いた~。あの人だ。
金髪と怖そうな顔・・・が今は膝に子供をのせて、優しい顔に。
女の人がその人に声をかけて私は向かいに座らされた。

「おしっこ~」

子供の声がして『ゆうじさん』は私にすみませんと言いながら、急いで子供をトイレへ連れていく。
私は湯呑にお茶をつがれて目の前にお皿とお箸と食べ物を並べられた。
大人のテーブルはどちらかというとかなりのおじさんばかり。
子供はたくさんいるけど、パパママと言えそうなのは数人。

何の集まり? ご近所さん?
そんな私の思いに気がつかず、お姉さんとその強面の旦那さんに謝られる。

「いえ、びっくりしただけで。こちらこそ失礼いたしました。」

これから私はどうすればいいんだろう。
謝ってもらう必要もまったくないのに謝られて、何故か目の前にお食事が。

「えっと、お名前聞いていい?」とお姉さん。

「あ、初めまして。池田 由利乃といいます。」

「由利乃さんね、かわいい名前ね。私は香で、これが旦那の健です。膝に乗ってるのが長男の樹です。」

「よろしくお願いいたします。」

何をだか分からないけど一応そう言う。

「会えてよかったわ。うちの桜を気に入ってくれたのよね?」

「はい、すごくきれいです。いつも外からしか見れなかったんで残念だったんです。今、全体が見れてとても感激です。」

離れて見る桜は素晴らしく今日まさにピークかと思えるほどの満開だった。
その下では桜を気にすることなく動き回る子供たちが。

時々大人テーブルからも誰だろうという私への視線を感じる。

当然です。

それでも香さんと話をするのに集中して。

「さっきいた弟の裕司が言ってたの、そんなに気に入ってもらえてるならできたら一緒に見れたらって。でも、出かける途中だったのよね?」

香さんが私の格好を見ながら聞いてくる?

「あ、はい。ゆっくりと桜を見ながら歩いてたら声を掛けられて。」

「まあまあ、さすが・・・・だわ。あ、帰ってきた。」

「裕司、私代わるからどうぞ。」

香さんはそう言ってトイレから帰ってき子供の手をつなぎ子供席へ。

「急に声かけて大丈夫でしたか?あ、お出かけでしたよね・・・すみません。」

「いえ、妹と待ち合わせしてるんですが、いつも1時間くらいは遅刻する子なので大丈夫です。」

1時間は言いすぎか、でも確実に40分くらいは遅刻する子なのだ。
もう少し桜を堪能したい。
だって咲くのをすごく待ってたから。めったにない機会だし。

「子供たちにもいい思い出ですよね。」

「そうだといいです。母親が幼稚園の園長をしているんです。僕も一応そこの先生です。」

あそこにいるのが母親です。と教えられた先にいた女性がちょうど香さんに声を掛けられたようでこちらを見た。
軽くお辞儀をして挨拶した。

「毎年この時期で天気がいい日を選んで桜見会をしてます。お母さんたちに庭から出ないように言い聞かせられてますし、お昼御飯が終わるころにママチャリで次々に迎えが来ます。」

「そうなんですか。」

そんなお迎えの光景を想像するだけでなんとも暖かい気持ちになる。
数人の母親と園長先生とそのお嬢さん、その息子さん。
この家の人たちが一つの大きな輪を作る中に子供たちの笑顔があった。

「はぁ~」

小さくため息をついてしまう。なんだか出てしまった。

「あの、突然引き止めてしまって、無理を言ってしまって。」

「いえ、すみません、ちょっと・・・・うらやましいくらい素敵な光景だなあと思ってました。ご家族も一緒でいいですね。すごく仲が良さそうです。」


「ありがとうございます。父親が造園業をやっていて子供のころから職人さんたちの中で育ちました。姉が職人見習の健さんをお婿さんにしてくれたので僕はそっちにはかかわってないんです。でも、もう一人の兄はデザインという方向から造園にかかわってます。母親が園児を預かってくることもあって人が多い中で育ったんです。おかげでどんなにうるさいところでも勉強できるし眠れるし。僕の特技です。」

にっこりと笑う。
とにかく雰囲気すべてが優しそう、中でもとりわけ目が優しそうだった。
じっと見たら見つめ合うようになって、急いでお茶の方に手を伸ばした。
なるほどご近所さんと思っていたけど職人さんたちらしい。
かなりアルコールが入って昼間の顔とは思えないほど真っ赤なおじさんたち。

「あの、今更ですがお名前を聞いてもいいですか?僕は『日比野 裕司』といいます。」

名刺を一枚ポケットから出された。『ゆうじさん』の漢字がわかった。
文字を書くことが特技の私は人の名前も漢字で記憶するほうだ。
改めて名前を漢字で知ってしっくりときた。

「あ、すみません。名刺は持ってなくて。池田 由利乃と言います。」

私はテーブルの上に漢字を書いた。

「綺麗な名前ですね、ぴったりです。」

そこに香さんが帰ってきた。

「お待たせしました。由利乃さん。まだ時間大丈夫?」

「はい、あと少しなら。」時計を見て答える。

「ねえ、裕司、もし時間があったら夜の桜も誘ったら?」

ええっ?

「由利乃さん、今日は遅くなる?」

「いいえ、妹と食事して少し買い物するくらいです。夕方には帰ってくる予定です。」

「まあ、それなら、今はあの通り子供がすごいけど夜は桜の真下でお酒なんてどう?」

「・・・素敵です。本当に。」

「ほら、由利乃さんならそう言ってくれると思った。じゃあ・・・。」

「ママ、お腹痛い・・・。」

一人の女の子が香さんに縋りついてきた。

「あ~、楓、食べ過ぎたんじゃないの?」

子供の顔を見ながら少し心配そうな母親の顔になる香さん。

「ごめんね、由利乃さん、落ち着かなくて、裕司、メールアドレス聞いて時間教えてもらえるようにしたら?」

香さんは女の子の頭を撫でながら言う。

「由利乃さん、じゃあ、ちょっとごめんなさい。あとは裕司に。」

そういうと女の子の手を引いて大きな家へ入っていった。

「すみません。姪っ子の楓です。よくお腹を壊すんです。あのさっきの名刺のアドレス宛に時間を・・・あの本当に無理言ってませんか?姉は結構マイペースに強引で。気がついてないだけで悪気はないんです。」

「大丈夫です。確かに今日初めてお邪魔したのに図々しいですが、あの桜も今週までですよね。お邪魔してもよろしいんですか?」

「もちろんです。是非。家族以外もいますから静かかどうかはわかりませんが桜の下には行けますよ。」

優しそうにまた笑う。

「じゃあ、楽しみにしてます。そろそろ行きます。お誘いありがとうございました。香さんにもよろしくお伝えください。」

立ち上がると裕司さんが入り口まで送ってくれた。

「じゃあ、連絡お待ちしてます。」

そう言われて見送られて、私は駅に向かった。
今日は珍しく妹から遅れるという連絡がない。
今日に限って時間通りに来たりして。
一応遅刻の連絡をする、といっても10分くらいだろうが遅刻は遅刻だ。

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