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4 懐かしい仲良し二人の可愛い記憶。~コタロ④
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月曜日、ニヤニヤの柴田が朝からうざったかった。
それでもエレベーターの中だから惚気られることもなく、話題に出されることもなく。
「じゃあ、昼な。」
そう言われて背中を思いっきり叩かれた。
惚気くらいなら聞いてやろう。
ちょっとくらい参考にしてもいいと思えるポイントを見つけよう。
しょうがないから付き合ってやる。
「で?」
柴田がそう言ってスプーンを動かしながら聞いてきた。
「何?惚気たいならどうぞ。」
「俺の方はまあまあいい感じ、真麻ちゃんも強力な助っ人を呼んでくれたから助かった。虎太郎もありがとな。」
感謝はされた。まあいい。
そっちで役に立ったというなら感謝されよう。
恩を売っていて、無駄はないだろう。
「だから、虎太郎の方だよ。いい感じじゃん、一個上の大人女子。」
「柴田、あんなに文句言ってたのに、何だよ。図々しいとか何とか言ってたよね。」
「仕事の上ではそれなりに真剣勝負だけど、別にいいよ。これで協力の交換条件に真麻ちゃんに何か頼んでたとか言うならまた話は別だけど、彼女自体がそんな意見を言う立場にないって言ってたし。」
「聞いたの?」
「まあ、軽く。」
「ふ~ん、それで仕事以外だったらまあまあ大人女子って認めて、僕に薦めて来るわけ?」
「かなりいい雰囲気だったよ。虎太郎があんなに打ち解けて話してるのも珍しいって思ったくらいに。」
「本当にもうライバルだからとか、なんとか、そんな事はいいの?」
「ああ、いいって、いいって。仲良くなっても別にどうぞどうぞだよ。」
「それじゃあはっきり言うけど、マシロは小さいころの古い知り合い。あの場では内緒にしてもらっただけ。だから別に普通。」
さすがにもっと面白い報告が聞けると思ったんだろう。
せわしなく動いてた手も口も止まったまま。
「何だよ~、もしかして初恋の相手って、そういうこと?マジ?」
「違うよ、それは違う幼なじみだよ。」
思わず否定した。
ちょっと顔が赤くなったかもしれないけど、信じてくれたらしい。
「何だよ~、せっかく面白いって思ったのに、そこ違うって。じゃあ、ただの昔馴染みっていうだけ?発展無し?」
「ないよ。」
「連絡先は交換した?」
「それは一応したよ。懐かしかったし、また飲もうって口約束はしたから。」
「でもいいじゃん、これから何かあるかもしれないだろう?」
「マシロは別に不自由してないって言ったじゃん。僕は別に弟分だよ。そこの関係は変わらないし。」
「それはつまらない。それじゃあ盛り上がらない。是非、盛り上がって欲しいのに。」
「柴田を楽しませるために生きてるんじゃない。」
「当たり前だよ。虎太郎だって誰かいた方が楽しいって。いい雰囲気だったけどなあ。」
「そりゃあそうだよ。偶然先に会って、頑張って盛り上げようって、そんな計画は外で打ち合わせたんだから。」
「は~、なるほど。何となくそんな感じもしたけど。」
したのかよ。本当かよ。
ガッツリと意識は矢来さんにしか向いてなかったくせに。
「しょうがないか。」
納得してくれたらしい。
「他の二人は?」
「まあまあいい感じらしい。」
ちぇ、やっぱり僕だけじゃないか。本当に嫌になる。
もう二度と行きたくない。誘って欲しくない。
本当に嫌なんだから。
でもじゃあ、どこで出会うんだろう?
職場しかないじゃないか・・・・・やっぱり無理だよ。
手が先に無力を感じて箸を転がした。
別に人気のピークの山が二個あっても三個あってもいいのに。
その気配はない。
別にあの時にそんな事を感じてたわけじゃない。
だいたい子供仲間なんて、そんなものだろうし、自分を中心にもめごとが起こるなんて事ももちろんなかった。
みんな仲良しだった。
そういう意味では大学でもそうだった。
もしかしてピークでもなんでもなかったりして。
そうしたら今後来るだろうと期待していいのか、ただただ平たんに行くだろうと予測すればいいのか。
時々そんな事を考えてたりして、それでもやっぱり『判で押したような』平凡な日々を送っていたある夜。
自分の部屋で雑誌を読んでいたら、マシロから連絡があった。
『コタロ、金曜日か、土曜日、飲みに行こ。』
『金曜日は何時に終わる?土曜日は空いてるよね?』
週末をダラダラと過ごしてるのはこの間うちの母親に聞いたから分かってるんだろう。
毎週そんな感じで変わらない。
金曜日も誘いなんてないんじゃないだろうか?
あっても珍しいマシロとの約束を優先してもいいくらいだし。
そう思ってるのに素直に返事もせず。
『用事があった?』
読んでるとは気がついてるだろう。
まったく便利な機能は時々不便なんだ。
隠す気がないとバレるんだから。
『金曜日は多分6時には終わる。土曜日もマシロが想像した通り。』
『よかった。じゃあ、ちょっと都合つけてみるから、連絡待っててね。』
すぐには決まらなかった。
じゃあ、分からない。
だいたいマシロだって暇じゃないのだろう。
数日連絡もなく、ちょっとなんだよって思ってた。
せっかく珍しく予定が出来たって思ったのにって。
あれから柴田もランチにすら誘いに来ない、そしてあの時のメンバーに何かを聞かれることもなく。
むしろマシロ一人が部外者だったから良かったのかも。
矢来さんたち皆と繋がる仲間だったら、きっと僕の事を聞かれただろう。
『実は幼なじみだったの。偶然でビックリだった!』
マシロは正直にそう答えるだろうか?
『う~ん、年下で弟みたいだよね、ないかな?』
そんな感じだったらって想像して、勝手にがっかりした。
仕事は淡々と、ほとんど会話らしい会話もなく終わる毎日。
本当にちょっとした区切りをつけるくらいの残業だけ。
そんな人は何をして長い夜に向き合えばいいんだろうか?
電車に乗ってる時にマシロから連絡があった。
土曜日に飲もうということになった。
お店も決められて予約してあると言われた。
『コタロ、デートだと思ってそこそこおしゃれはしてきてよ。』
そう書かれていた。
お店の名前をググってみた。
いい雰囲気のお店だ。
確かに男女二人で行くとなると、デートだと思われるだろう。
土曜日だし、夜だし。
美味しそうなメニューもちゃんと見て、マシロの嫌いな明太子を頼んでやったらどうだろうと思ったり。
小さいころ、想像以上に辛くて吐き出して、それが赤くて気持ち悪かったらしくて、それ以来食べれなかったはずだ。
僕は美味しく食べてたのに。
そんなにたっぷり入ってるのを食べたことがなくて、具の中の一つくらいだったし。
克服しただろうか?
ちょっと自分が笑顔になったのに気がついて、急いで表情を戻した。
まだまだ電車の中だし。
『了解。そう言うんだったらマシロもちょっとはおしゃれしてくるんだよね。』
そう送って携帯をポケットに入れた。
聞かれない予定は誰も知らない。
これが本当のデートだったら周りが気がつくくらいソワソワするんだろうか?
それでもお昼に一緒になった篠原先輩に言われた。
「虎太郎君、今週の予定は?」
飲みに・・・・・。
「古い知り合いと飲むことになってます。」
「昨日から携帯気にして、カレンダーを気にして、随分と落ち着かない感じだけど。」
「そんなことないです。ただ、珍しいから、何か、相談でもあるのかなあって思ってて、それで落ち着かないふうなのかも。」
「やっぱり落ち着かない感じなんだ。」
篠原先輩が笑う。
「そう見えたならってことです。」
「見えたけど。」
じゃあ、そんな感じだと思ってください。
「妹が一人いるんだけどさ、この間失恋したらしくて、もうすっごい飲むわ食うわ。人の奢りだと思って吐きそうになる一歩手前まで食べて、見捨てたくなるくらいに飲んだんだよ。」
「相当好きだったんでしょうね。」
「それがさあ、友達に寝取られたらしくてさ、ほぼ文句。二人の文句。うっすらと他の友達も知ってたらしくて、誰も言い出せないまま、決定的に振られたらしくてさ。そうなると愚痴るのは俺ってことになったらしいんだよ。」
「はぁ。それは気の毒に。付き合ってあげるしかないですね。」
「で、次の日にはケロッと元気になって、ビックリするほどさっさと元気になってさ、試しに虎太郎君の写真を見せた訳さ。『素直で穏やかで信頼出来るいい奴。』って。」
「いつの写真ですか?知りませんよ。」
「春の歓迎会の頃の写真だよ。数カ月前じゃあ変わってないし。」
そういえば何枚か映り込んだものがあったけど。皆が酔っぱらった顔の中でも一人緊張した表情だった気がする写真。まだまだ最初の頃のこと過ぎて、知らない中にぽつんと一人みたいな気分だったから。
「あいつが落ち着いたら、一度飲みに行こう!」
「なんでですか?」
「だから会いたいって言われたんだよ。他の数名を見ても虎太郎君がいいって言ったんだよ。結構見た目もおすすめの妹だよ。」
そう言う篠原先輩もカッコいいから、そうかもしれない。
先輩はさらに優しそうで、穏やかで、器用そうで。
「多分無理ですよ。」
「何が?」
「実際に会ったらがっかりされます。不器用なんです。」
「じゃあ、その辺も教えとく。まあ、そうならなくても、友達でもいいし。大学生の悩み相談にも乗ってよ。俺もこう見えて忙しいし。」
珍しく週末に用があると言ったのに、暇だと決められてる自分。
大学生の女の子に圧倒される自分も想像つく。
本当に自分と同じくらい大人しい子はもう絶滅してるのかもしれない。
絶対的に女性が強い時代だし、せっかくの年下だけど、僕が理想としたタイプはもう化石レベルなのかもしれない。
そのあとも篠原先輩が妹佐那さんとのエピソードを披露してくれる。
幼なじみでもたくさんエピソードはあるし、じゃあ、兄妹だったらもっとあるから。
しかも二人とも実家暮らしらしい。
「虎太郎君は一人っ子だろう。羨ましいって思ったよ。本当にアイツが生まれた頃は時々可愛い、時々憎らしいだったよ。長子あるあるね。愛情はともかく、母親の手が完全にそっちに行くからね。」
「それは確かに分かりません。でも逆にうらやましかったです。いつも一緒だった幼なじみが一つ上で、小学生の友達の話をされたりすると寂しくて、がっかりしながらも心の中で怒ってました。」
「虎太郎君のことは可愛い弟って思ってたんじゃないの?」
「そうだと思います。でも僕は姉だなんて思ってなかったです。」
「あ、女の子だったんだ。姉じゃなきゃ何だったの?」
「何と言われても・・・・なんだろう。いつも横にいる女の子だと思ってました。」
まさか初恋の相手とは言えない。
実際見栄を張って柴田達にはそう言ったけど、そんなにませた子供でもなかったし。
好きは好きで一番だったけど、その好きは母親と同じ感じだったと思う。
いつも横にいて当然の存在。
だから勝手に知らない世界に行ったって分かって、寂しいとも裏切られたとも捨てられたとも思った・・・すごく悲しくて・・・・まあ、そんな感じだった。
「まあ、その時は一番に声かけるから。よろしく。」
困ると思うのに、言えない。
どうだろうと考える自分もいて。
うっすらと期待してしまいそうになる自分だ。
そして今週も終わった。
明日はマシロと飲む。おしゃれに飲む。
「明日午後出かける。マシロと飲むんだ。」
「そう。あんまり遅くまで引き留めないように。遅くなった時はちゃんと送って行きなさい。」
「大丈夫だよ。そんなに遅くはならない。」
夕方の早い時間からの始まりだ。
よっぽどマシロにストレスが溜まってない限りは、遅くならない。
だいたいあんなおしゃれなお店なんだから、相談があったとしても愚痴じゃないだろう。
じゃあ、それ以外、何を自分に相談するかというと・・・・思い当たらない。
滅多に僕は行かないような、おしゃれな店を教えたいんだろう。
ただそうだろうと思った。
待ち合わせはお店だった。
駅から離れてもいないし、大きなビルの中、一人でも簡単にたどり着ける。
先に来てるらしくて席に案内された。
一応自分の中ではおしゃれな恰好で来たつもりだった。
ただ、マシロは思った以上におしゃれだった。
さすがフランスのなんとかかんとかの会社員。
この間の恰好よりも大人っぽい。
そして四人席の中で、もう一人女の人がいた。マシロ以外にオシャレな女の人が一人。
「あ、コタロ、やっと来た。」
マシロが気がついた。
やっとって言われても遅刻はしてない。
マシロは無視して、隣の女の人に軽く頭を下げた。
誰?
そう思う。
「コタロ、とりあえずお酒注文して。食事は勝手に頼んだからね。」
『勝手に』と自覚はあるらしい。
『先に』と言われなかっただけでもいい。
お酒を頼んで待つ間に、紹介をはじめられた。
「これがコタロ、市場 虎太郎。一個下だから成美ちゃんと同じ23歳。見えないよね?」
「で、こちらが私の可愛い後輩、白木成美(なるみ)ちゃん。23歳。見えるよね。」
一人でしゃべったマシロ。
「どうも初めまして。マシロの近所に住んでた市場虎太郎です。マシロの愚痴を聞くために呼び出されたと思ってました。遅くなってすみません。」
「ちゃんと言ったじゃない。コタロのために飲み会をするって。」
知らないよ、とそう言いたい視線を向けた。
「それに私一人だったら待たせていいって感じだったよね。コタロ、やっぱり小生意気になったよね。」
「そんな事言ってないよ。」
マシロによるお互いの紹介が終わって、お酒が届いた。
二人のお酒は明らかに減っていて、一度目の乾杯は終わったらしい。
それでも三人でもう一度。
皆が飲んで、マシロがグラスを置くまでの間はやっぱり無言のテーブルになった。
もっと前もって教えてもらっていたら、何を話そうかと少しは考えたり、心構えらしいものが出来て、きっともっとソワソワしてただろうけど。
急に言われても何を話ししていいのか。
「白木さんはマシロと同じ課で働いてるんですか?」
「いいえ、全然です。私は営業なんてとても向いてないので、経理にいます。私の先輩が真白さんと仲良しなんです。」
「そうなんですか。」
確かにそう思えた。
今も少し赤い顔をしてる。
自分もそうかも。
いっそ、さっさとお酒に酔ったふりして赤い顔になりたいと思う。
「そういうコタロだって営業は無理でしょう?地味な総務って言ったよね。」
「そうです。本当に黙々とパソコン仕事して一日が終わることも珍しくないです。」
白木さんに答えた。
軽く頷かれた、笑顔のまま。
「デレデレしないの。」
真横からどつかれた。
「何だよ。してないよ、デレデレなんて。」
何でマシロの横の席なんだろう?
白木さんの横は無理だけど、マシロがあっちでもいいよね?
食事が始まった。
サラダが届いて、バケットとアヒージョ。
しかも明太子のアヒージョらしい。
克服したらしいマシロ、美味しそうに食べてる。
「マシロ、いつもこんなところで食事してるの?」
「まさか、特別にコタロのために予約してあげたの。」
「まさか定食屋とか居酒屋とかじゃあ雰囲気ないし、コタロは良くても成美ちゃんには似合わないしね。」
「まあね、マシロと二人なら立ち飲み屋でもいいくらいだよね。」
そう言ったら思いっきり顎を掴まれた。
「本当にしばらく会わない内に生意気になって。私の可愛いコタロはどこに行ったのよ。」
「お互いにね。」
マシロの腕を払った。
「小さいころからの幼なじみで仲がいいなんて羨ましいです。」
「腐れ縁って奴だよね。」
マシロが言う。
偶然再会して、ちょっとじゃないか。
もしかしてずっと仲良しだと教えてるんだろうか?
「コタロは本当に小さいときは可愛かったのよ。昔、コタロのお気に入りの傘にカタツムリを5匹くらいくっつけて驚かそうとしたら思いっきり泣かれた気がする。振り払っても落ちて行かなくて、傘が放り出されてもしぶといカタツムリは張り付いたままで。葉っぱにいる時は一緒にずっと見てたのに、何が気に入らなかったのよ。」
「なんで自分の頭の上に五匹もいると思うんだよ。気持ち悪いじゃん、怖いじゃん。本当にお気に入りの傘だったのに。」
「いいじゃん、可愛いのに。」
「そう言うんだったらセミの抜け殻をマシロが集めてたから、お菓子の箱にたくさん集めてプレゼントしたのに、その場で悲鳴を上げて放り出したじゃないか。」
「だってお菓子だと思ったのよ。あれからあのお菓子食べれなくなったんだから。トラウマよ。」
「せっかく父さんの田舎に行った時にせっせと集めたのに。」
つい、マシロとだけ通じる話しをしてしまって、それはまずいと思った。
「白木さんは一人っ子ですか?」
「いいえ、兄がいます。ちょっと年が離れてて、6歳上なんです。」
「じゃあ可愛がってもらったでしょう?」
「はい。多分、そんな思い出はたくさんあります。」
「なんとなく想像できます。」
思わずにっこりと笑顔でうなずいた。
「一つ上の私もコタロの事を弟の様に可愛がりましたが。」
マシロが隣から口をはさむ。
「そんな記憶はない。対等だったよ。」
思わず見栄みたいなものがあってそう言ってしまった。
「ほぉ、一緒に出掛ける時は転ばないようにずっと手をつないであげて、おやつも食べやすいようにしてあげて。せっせせっせと親猫の様に面倒を見てたのに?」
確かにそんな記憶はあるけど、一つしか違わないから、その辺はマシロも不器用だった。
「確かにポッキーの小袋を開けてもらおうと待ってたのに、上手に袋をあけれずバキバキに折れて短いポッキーをポリポリと食べた記憶はある。だからおばさんも小さいお皿を出しててくれたんだよね。上手に開けてくれるならいらないもん。」
「たまたまでしょう?最初から折れてたんじゃないの?あ、食べやすいように小さくしてあげたのかも。」
違うと思うけど言わないでおいてあげる。
「そういえば先輩が妹の話をしてて、4歳くらい違うって。生まれた時は本当にお母さんをとられて寂しかったって言ってた。そんな思いも6歳離れてるとちょっと違うのかな?」
「どうでしょう?聞いたことないです。でも写真ではいつも手をつないでもらってますし、無理やり抱っこされてる感じの写真もたくさんあります。」
「そんな兄弟姉妹はよく見るよね。抱きかかえるようにしててもほとんど足がつきそうなくらいの高さにしか持ち上がってない下の子って。」
「そんな感じです。」
やっぱりいい笑顔だと思う。
声もいい。喋り方もいい。圧がないから何となく話もしやすい。
「おかわり。」
マシロはさっさとグラスを空けてるし、ガンガンと食べてる。
「お腹空いてたの?」
そう言ったらテーブルの下でパンチが横腹に来た。
うっ、ってちょっと声が出たくらい。
みんなで一緒に次を頼んだ。
「白木さん、お酒は大丈夫なんですね。」
「普通くらいです。四杯くらいは飲めます。それ以上飲むことはあんまりないです。コタロさんは?」
マシロが呼ぶように『コタロ』に『さん』をつけられて呼ばれた。
新鮮だ。
「僕も普通。四杯よりは行けます。」
「良かったね、丈夫になって。昔ジョアみたいなものを欲張ってお代わりしたらトイレから出てこれなくて、泣き声だけ聞こえてた事あったしね。」
夏の暑い日、スイカをたくさん食べ過ぎた上に、冷たいそれを二本一気飲みしたのが良くなかったと思う。ただの食べ過ぎ飲み過ぎだと思う。
ただマシロも同じくらい食べて飲んでたのに平気だったのだ。
丈夫なのだ、昔から。
「真白さん、本当に記憶力がいいです。いろんな思い出がありますね。そんな子供の二人も簡単に想像できます。」
「でしょう?可愛い女の子が隣の隣の家の男の子を可愛がる映像ね。」
「はい。」
「多分想像通り。」
「喧嘩はしなかったんですか?」
「しなかったよ。たいていコタロが私の言うことを聞いてたし、昔から大人しかったからはむかうこともなかったし。」
「マシロ、もっといい方があるだろう。子供の頃の僕が素直だったんだよ。」
「そうね。その素直さも今じゃあ随分目減りしたみたいだけどね。」
してたらここにはいないと思うけど。
お酒が届いてまた乾杯して、食事にも手を出して、追加で頼んで。
楽しい飲み会ではあった。
本当に楽しめた。
ただ、マシロが本当に酔って来て、なんとなく絡んでくるような感じで。
いつもこうなるんだろうか?
この間は役に立とうと抑えてたんだろうか?
白木さんがさりげなくノンアルコールカクテルをすすめてくれた。
もうお酒はやめた方がいい、賛成だ。
僕はまだまだマイペースに飲める。
お洒落なだけじゃなくて料理もお酒も美味しい。
そして目の前には可愛い笑顔があって。
それはそれは楽しい時間で。
目を閉じても思い出して笑顔になれるくらいで。
そう思ってたら瞼が重たくなってきて。
「コタロ、寝てない?」
そう言われて目を開けた。
「寝てないよ。」
そう答えた自分の声が遠い。
何倍飲んだだろう?覚えてない。
アルコール抜きのおかわりが良かったのか、すっかり目が覚めたマシロ。
「もう随分飲んだし、終わりにしようか?」
マシロがそう言って終わりの宣言をした。
楽しい時間は終わったらしい。
そうか・・・・・。
やっぱり目が閉じる。
マシロがお会計をしてくれてる間、その声をちょっと遠くに聞いてる感じで。
それでも背中を叩かれて目を開けた。
二人とも荷物を持ってる。
自分もバッグを持って、マシロに腕を引っ張られて立ち上がった。
なんだか楽しい気分のまま帰れるようでうれしかった。
ゆっくりと三人で歩く土曜日の夜。
女性二人と、しかも片腕を組まれるようにくっついて、外から見たら幸せそうかもしれない。
自分でもそう思う。
駅まで行って、白木さんには笑顔で手を振れた。
「白木さん、気をつけて。楽しかったです。お休みなさい。」
ちょっと怪しかったけどその分笑顔が緩かったと思うから、楽しかった気持ちは伝わったと思う。
その後マシロに引き立てられて歩く。
さっきより遠慮もなくなり、腕を絡められた。ガッツリくっついた。
お世話になります・・・・。
もう少し飲みたいというマシロ。
コーヒーかと思ったら、普通に薄暗いバーだった。
だいたいここはどこだ?
電車に乗ったけど、どこだ?
目の前には薄めに作られたカクテルが置かれた。
「レモンの味がする、目が覚めるはず、と思ったけどやっぱりアルコールだよ、マシロ。」
「一杯だけ奢ってやるから大切に飲みなさい。」
「マシロが先に酔っぱらったくせに。」
「おかげですっかり一人素面にまで醒めました。」
「白木さんがお世話してくれたんじゃない。お礼言わないと。」
「言ったわよ、それより忘れてない?コタロはお金払ってないんだよ。」
「あれ?だって会計終わってたじゃん。奢りかと思ってた。ここ僕払おうか?」
「冗談でしょう。ちゃんと徴収します。」
「ケチ。」
「マシロのケチ。」
「ずっとずっと・・・・そんな時もお姉さんぶってもいいのに。」
レモン味のカクテルをちびりちびりとやりながら、ふにゃふにゃの意識で話をしたのは覚えてる。
「でも、楽しいね、マシロ。」
そう思ったけど、口にしたかどうかは覚えてない。闇の中だ。
記憶は遠く遠く、どこかに行った。
それでもエレベーターの中だから惚気られることもなく、話題に出されることもなく。
「じゃあ、昼な。」
そう言われて背中を思いっきり叩かれた。
惚気くらいなら聞いてやろう。
ちょっとくらい参考にしてもいいと思えるポイントを見つけよう。
しょうがないから付き合ってやる。
「で?」
柴田がそう言ってスプーンを動かしながら聞いてきた。
「何?惚気たいならどうぞ。」
「俺の方はまあまあいい感じ、真麻ちゃんも強力な助っ人を呼んでくれたから助かった。虎太郎もありがとな。」
感謝はされた。まあいい。
そっちで役に立ったというなら感謝されよう。
恩を売っていて、無駄はないだろう。
「だから、虎太郎の方だよ。いい感じじゃん、一個上の大人女子。」
「柴田、あんなに文句言ってたのに、何だよ。図々しいとか何とか言ってたよね。」
「仕事の上ではそれなりに真剣勝負だけど、別にいいよ。これで協力の交換条件に真麻ちゃんに何か頼んでたとか言うならまた話は別だけど、彼女自体がそんな意見を言う立場にないって言ってたし。」
「聞いたの?」
「まあ、軽く。」
「ふ~ん、それで仕事以外だったらまあまあ大人女子って認めて、僕に薦めて来るわけ?」
「かなりいい雰囲気だったよ。虎太郎があんなに打ち解けて話してるのも珍しいって思ったくらいに。」
「本当にもうライバルだからとか、なんとか、そんな事はいいの?」
「ああ、いいって、いいって。仲良くなっても別にどうぞどうぞだよ。」
「それじゃあはっきり言うけど、マシロは小さいころの古い知り合い。あの場では内緒にしてもらっただけ。だから別に普通。」
さすがにもっと面白い報告が聞けると思ったんだろう。
せわしなく動いてた手も口も止まったまま。
「何だよ~、もしかして初恋の相手って、そういうこと?マジ?」
「違うよ、それは違う幼なじみだよ。」
思わず否定した。
ちょっと顔が赤くなったかもしれないけど、信じてくれたらしい。
「何だよ~、せっかく面白いって思ったのに、そこ違うって。じゃあ、ただの昔馴染みっていうだけ?発展無し?」
「ないよ。」
「連絡先は交換した?」
「それは一応したよ。懐かしかったし、また飲もうって口約束はしたから。」
「でもいいじゃん、これから何かあるかもしれないだろう?」
「マシロは別に不自由してないって言ったじゃん。僕は別に弟分だよ。そこの関係は変わらないし。」
「それはつまらない。それじゃあ盛り上がらない。是非、盛り上がって欲しいのに。」
「柴田を楽しませるために生きてるんじゃない。」
「当たり前だよ。虎太郎だって誰かいた方が楽しいって。いい雰囲気だったけどなあ。」
「そりゃあそうだよ。偶然先に会って、頑張って盛り上げようって、そんな計画は外で打ち合わせたんだから。」
「は~、なるほど。何となくそんな感じもしたけど。」
したのかよ。本当かよ。
ガッツリと意識は矢来さんにしか向いてなかったくせに。
「しょうがないか。」
納得してくれたらしい。
「他の二人は?」
「まあまあいい感じらしい。」
ちぇ、やっぱり僕だけじゃないか。本当に嫌になる。
もう二度と行きたくない。誘って欲しくない。
本当に嫌なんだから。
でもじゃあ、どこで出会うんだろう?
職場しかないじゃないか・・・・・やっぱり無理だよ。
手が先に無力を感じて箸を転がした。
別に人気のピークの山が二個あっても三個あってもいいのに。
その気配はない。
別にあの時にそんな事を感じてたわけじゃない。
だいたい子供仲間なんて、そんなものだろうし、自分を中心にもめごとが起こるなんて事ももちろんなかった。
みんな仲良しだった。
そういう意味では大学でもそうだった。
もしかしてピークでもなんでもなかったりして。
そうしたら今後来るだろうと期待していいのか、ただただ平たんに行くだろうと予測すればいいのか。
時々そんな事を考えてたりして、それでもやっぱり『判で押したような』平凡な日々を送っていたある夜。
自分の部屋で雑誌を読んでいたら、マシロから連絡があった。
『コタロ、金曜日か、土曜日、飲みに行こ。』
『金曜日は何時に終わる?土曜日は空いてるよね?』
週末をダラダラと過ごしてるのはこの間うちの母親に聞いたから分かってるんだろう。
毎週そんな感じで変わらない。
金曜日も誘いなんてないんじゃないだろうか?
あっても珍しいマシロとの約束を優先してもいいくらいだし。
そう思ってるのに素直に返事もせず。
『用事があった?』
読んでるとは気がついてるだろう。
まったく便利な機能は時々不便なんだ。
隠す気がないとバレるんだから。
『金曜日は多分6時には終わる。土曜日もマシロが想像した通り。』
『よかった。じゃあ、ちょっと都合つけてみるから、連絡待っててね。』
すぐには決まらなかった。
じゃあ、分からない。
だいたいマシロだって暇じゃないのだろう。
数日連絡もなく、ちょっとなんだよって思ってた。
せっかく珍しく予定が出来たって思ったのにって。
あれから柴田もランチにすら誘いに来ない、そしてあの時のメンバーに何かを聞かれることもなく。
むしろマシロ一人が部外者だったから良かったのかも。
矢来さんたち皆と繋がる仲間だったら、きっと僕の事を聞かれただろう。
『実は幼なじみだったの。偶然でビックリだった!』
マシロは正直にそう答えるだろうか?
『う~ん、年下で弟みたいだよね、ないかな?』
そんな感じだったらって想像して、勝手にがっかりした。
仕事は淡々と、ほとんど会話らしい会話もなく終わる毎日。
本当にちょっとした区切りをつけるくらいの残業だけ。
そんな人は何をして長い夜に向き合えばいいんだろうか?
電車に乗ってる時にマシロから連絡があった。
土曜日に飲もうということになった。
お店も決められて予約してあると言われた。
『コタロ、デートだと思ってそこそこおしゃれはしてきてよ。』
そう書かれていた。
お店の名前をググってみた。
いい雰囲気のお店だ。
確かに男女二人で行くとなると、デートだと思われるだろう。
土曜日だし、夜だし。
美味しそうなメニューもちゃんと見て、マシロの嫌いな明太子を頼んでやったらどうだろうと思ったり。
小さいころ、想像以上に辛くて吐き出して、それが赤くて気持ち悪かったらしくて、それ以来食べれなかったはずだ。
僕は美味しく食べてたのに。
そんなにたっぷり入ってるのを食べたことがなくて、具の中の一つくらいだったし。
克服しただろうか?
ちょっと自分が笑顔になったのに気がついて、急いで表情を戻した。
まだまだ電車の中だし。
『了解。そう言うんだったらマシロもちょっとはおしゃれしてくるんだよね。』
そう送って携帯をポケットに入れた。
聞かれない予定は誰も知らない。
これが本当のデートだったら周りが気がつくくらいソワソワするんだろうか?
それでもお昼に一緒になった篠原先輩に言われた。
「虎太郎君、今週の予定は?」
飲みに・・・・・。
「古い知り合いと飲むことになってます。」
「昨日から携帯気にして、カレンダーを気にして、随分と落ち着かない感じだけど。」
「そんなことないです。ただ、珍しいから、何か、相談でもあるのかなあって思ってて、それで落ち着かないふうなのかも。」
「やっぱり落ち着かない感じなんだ。」
篠原先輩が笑う。
「そう見えたならってことです。」
「見えたけど。」
じゃあ、そんな感じだと思ってください。
「妹が一人いるんだけどさ、この間失恋したらしくて、もうすっごい飲むわ食うわ。人の奢りだと思って吐きそうになる一歩手前まで食べて、見捨てたくなるくらいに飲んだんだよ。」
「相当好きだったんでしょうね。」
「それがさあ、友達に寝取られたらしくてさ、ほぼ文句。二人の文句。うっすらと他の友達も知ってたらしくて、誰も言い出せないまま、決定的に振られたらしくてさ。そうなると愚痴るのは俺ってことになったらしいんだよ。」
「はぁ。それは気の毒に。付き合ってあげるしかないですね。」
「で、次の日にはケロッと元気になって、ビックリするほどさっさと元気になってさ、試しに虎太郎君の写真を見せた訳さ。『素直で穏やかで信頼出来るいい奴。』って。」
「いつの写真ですか?知りませんよ。」
「春の歓迎会の頃の写真だよ。数カ月前じゃあ変わってないし。」
そういえば何枚か映り込んだものがあったけど。皆が酔っぱらった顔の中でも一人緊張した表情だった気がする写真。まだまだ最初の頃のこと過ぎて、知らない中にぽつんと一人みたいな気分だったから。
「あいつが落ち着いたら、一度飲みに行こう!」
「なんでですか?」
「だから会いたいって言われたんだよ。他の数名を見ても虎太郎君がいいって言ったんだよ。結構見た目もおすすめの妹だよ。」
そう言う篠原先輩もカッコいいから、そうかもしれない。
先輩はさらに優しそうで、穏やかで、器用そうで。
「多分無理ですよ。」
「何が?」
「実際に会ったらがっかりされます。不器用なんです。」
「じゃあ、その辺も教えとく。まあ、そうならなくても、友達でもいいし。大学生の悩み相談にも乗ってよ。俺もこう見えて忙しいし。」
珍しく週末に用があると言ったのに、暇だと決められてる自分。
大学生の女の子に圧倒される自分も想像つく。
本当に自分と同じくらい大人しい子はもう絶滅してるのかもしれない。
絶対的に女性が強い時代だし、せっかくの年下だけど、僕が理想としたタイプはもう化石レベルなのかもしれない。
そのあとも篠原先輩が妹佐那さんとのエピソードを披露してくれる。
幼なじみでもたくさんエピソードはあるし、じゃあ、兄妹だったらもっとあるから。
しかも二人とも実家暮らしらしい。
「虎太郎君は一人っ子だろう。羨ましいって思ったよ。本当にアイツが生まれた頃は時々可愛い、時々憎らしいだったよ。長子あるあるね。愛情はともかく、母親の手が完全にそっちに行くからね。」
「それは確かに分かりません。でも逆にうらやましかったです。いつも一緒だった幼なじみが一つ上で、小学生の友達の話をされたりすると寂しくて、がっかりしながらも心の中で怒ってました。」
「虎太郎君のことは可愛い弟って思ってたんじゃないの?」
「そうだと思います。でも僕は姉だなんて思ってなかったです。」
「あ、女の子だったんだ。姉じゃなきゃ何だったの?」
「何と言われても・・・・なんだろう。いつも横にいる女の子だと思ってました。」
まさか初恋の相手とは言えない。
実際見栄を張って柴田達にはそう言ったけど、そんなにませた子供でもなかったし。
好きは好きで一番だったけど、その好きは母親と同じ感じだったと思う。
いつも横にいて当然の存在。
だから勝手に知らない世界に行ったって分かって、寂しいとも裏切られたとも捨てられたとも思った・・・すごく悲しくて・・・・まあ、そんな感じだった。
「まあ、その時は一番に声かけるから。よろしく。」
困ると思うのに、言えない。
どうだろうと考える自分もいて。
うっすらと期待してしまいそうになる自分だ。
そして今週も終わった。
明日はマシロと飲む。おしゃれに飲む。
「明日午後出かける。マシロと飲むんだ。」
「そう。あんまり遅くまで引き留めないように。遅くなった時はちゃんと送って行きなさい。」
「大丈夫だよ。そんなに遅くはならない。」
夕方の早い時間からの始まりだ。
よっぽどマシロにストレスが溜まってない限りは、遅くならない。
だいたいあんなおしゃれなお店なんだから、相談があったとしても愚痴じゃないだろう。
じゃあ、それ以外、何を自分に相談するかというと・・・・思い当たらない。
滅多に僕は行かないような、おしゃれな店を教えたいんだろう。
ただそうだろうと思った。
待ち合わせはお店だった。
駅から離れてもいないし、大きなビルの中、一人でも簡単にたどり着ける。
先に来てるらしくて席に案内された。
一応自分の中ではおしゃれな恰好で来たつもりだった。
ただ、マシロは思った以上におしゃれだった。
さすがフランスのなんとかかんとかの会社員。
この間の恰好よりも大人っぽい。
そして四人席の中で、もう一人女の人がいた。マシロ以外にオシャレな女の人が一人。
「あ、コタロ、やっと来た。」
マシロが気がついた。
やっとって言われても遅刻はしてない。
マシロは無視して、隣の女の人に軽く頭を下げた。
誰?
そう思う。
「コタロ、とりあえずお酒注文して。食事は勝手に頼んだからね。」
『勝手に』と自覚はあるらしい。
『先に』と言われなかっただけでもいい。
お酒を頼んで待つ間に、紹介をはじめられた。
「これがコタロ、市場 虎太郎。一個下だから成美ちゃんと同じ23歳。見えないよね?」
「で、こちらが私の可愛い後輩、白木成美(なるみ)ちゃん。23歳。見えるよね。」
一人でしゃべったマシロ。
「どうも初めまして。マシロの近所に住んでた市場虎太郎です。マシロの愚痴を聞くために呼び出されたと思ってました。遅くなってすみません。」
「ちゃんと言ったじゃない。コタロのために飲み会をするって。」
知らないよ、とそう言いたい視線を向けた。
「それに私一人だったら待たせていいって感じだったよね。コタロ、やっぱり小生意気になったよね。」
「そんな事言ってないよ。」
マシロによるお互いの紹介が終わって、お酒が届いた。
二人のお酒は明らかに減っていて、一度目の乾杯は終わったらしい。
それでも三人でもう一度。
皆が飲んで、マシロがグラスを置くまでの間はやっぱり無言のテーブルになった。
もっと前もって教えてもらっていたら、何を話そうかと少しは考えたり、心構えらしいものが出来て、きっともっとソワソワしてただろうけど。
急に言われても何を話ししていいのか。
「白木さんはマシロと同じ課で働いてるんですか?」
「いいえ、全然です。私は営業なんてとても向いてないので、経理にいます。私の先輩が真白さんと仲良しなんです。」
「そうなんですか。」
確かにそう思えた。
今も少し赤い顔をしてる。
自分もそうかも。
いっそ、さっさとお酒に酔ったふりして赤い顔になりたいと思う。
「そういうコタロだって営業は無理でしょう?地味な総務って言ったよね。」
「そうです。本当に黙々とパソコン仕事して一日が終わることも珍しくないです。」
白木さんに答えた。
軽く頷かれた、笑顔のまま。
「デレデレしないの。」
真横からどつかれた。
「何だよ。してないよ、デレデレなんて。」
何でマシロの横の席なんだろう?
白木さんの横は無理だけど、マシロがあっちでもいいよね?
食事が始まった。
サラダが届いて、バケットとアヒージョ。
しかも明太子のアヒージョらしい。
克服したらしいマシロ、美味しそうに食べてる。
「マシロ、いつもこんなところで食事してるの?」
「まさか、特別にコタロのために予約してあげたの。」
「まさか定食屋とか居酒屋とかじゃあ雰囲気ないし、コタロは良くても成美ちゃんには似合わないしね。」
「まあね、マシロと二人なら立ち飲み屋でもいいくらいだよね。」
そう言ったら思いっきり顎を掴まれた。
「本当にしばらく会わない内に生意気になって。私の可愛いコタロはどこに行ったのよ。」
「お互いにね。」
マシロの腕を払った。
「小さいころからの幼なじみで仲がいいなんて羨ましいです。」
「腐れ縁って奴だよね。」
マシロが言う。
偶然再会して、ちょっとじゃないか。
もしかしてずっと仲良しだと教えてるんだろうか?
「コタロは本当に小さいときは可愛かったのよ。昔、コタロのお気に入りの傘にカタツムリを5匹くらいくっつけて驚かそうとしたら思いっきり泣かれた気がする。振り払っても落ちて行かなくて、傘が放り出されてもしぶといカタツムリは張り付いたままで。葉っぱにいる時は一緒にずっと見てたのに、何が気に入らなかったのよ。」
「なんで自分の頭の上に五匹もいると思うんだよ。気持ち悪いじゃん、怖いじゃん。本当にお気に入りの傘だったのに。」
「いいじゃん、可愛いのに。」
「そう言うんだったらセミの抜け殻をマシロが集めてたから、お菓子の箱にたくさん集めてプレゼントしたのに、その場で悲鳴を上げて放り出したじゃないか。」
「だってお菓子だと思ったのよ。あれからあのお菓子食べれなくなったんだから。トラウマよ。」
「せっかく父さんの田舎に行った時にせっせと集めたのに。」
つい、マシロとだけ通じる話しをしてしまって、それはまずいと思った。
「白木さんは一人っ子ですか?」
「いいえ、兄がいます。ちょっと年が離れてて、6歳上なんです。」
「じゃあ可愛がってもらったでしょう?」
「はい。多分、そんな思い出はたくさんあります。」
「なんとなく想像できます。」
思わずにっこりと笑顔でうなずいた。
「一つ上の私もコタロの事を弟の様に可愛がりましたが。」
マシロが隣から口をはさむ。
「そんな記憶はない。対等だったよ。」
思わず見栄みたいなものがあってそう言ってしまった。
「ほぉ、一緒に出掛ける時は転ばないようにずっと手をつないであげて、おやつも食べやすいようにしてあげて。せっせせっせと親猫の様に面倒を見てたのに?」
確かにそんな記憶はあるけど、一つしか違わないから、その辺はマシロも不器用だった。
「確かにポッキーの小袋を開けてもらおうと待ってたのに、上手に袋をあけれずバキバキに折れて短いポッキーをポリポリと食べた記憶はある。だからおばさんも小さいお皿を出しててくれたんだよね。上手に開けてくれるならいらないもん。」
「たまたまでしょう?最初から折れてたんじゃないの?あ、食べやすいように小さくしてあげたのかも。」
違うと思うけど言わないでおいてあげる。
「そういえば先輩が妹の話をしてて、4歳くらい違うって。生まれた時は本当にお母さんをとられて寂しかったって言ってた。そんな思いも6歳離れてるとちょっと違うのかな?」
「どうでしょう?聞いたことないです。でも写真ではいつも手をつないでもらってますし、無理やり抱っこされてる感じの写真もたくさんあります。」
「そんな兄弟姉妹はよく見るよね。抱きかかえるようにしててもほとんど足がつきそうなくらいの高さにしか持ち上がってない下の子って。」
「そんな感じです。」
やっぱりいい笑顔だと思う。
声もいい。喋り方もいい。圧がないから何となく話もしやすい。
「おかわり。」
マシロはさっさとグラスを空けてるし、ガンガンと食べてる。
「お腹空いてたの?」
そう言ったらテーブルの下でパンチが横腹に来た。
うっ、ってちょっと声が出たくらい。
みんなで一緒に次を頼んだ。
「白木さん、お酒は大丈夫なんですね。」
「普通くらいです。四杯くらいは飲めます。それ以上飲むことはあんまりないです。コタロさんは?」
マシロが呼ぶように『コタロ』に『さん』をつけられて呼ばれた。
新鮮だ。
「僕も普通。四杯よりは行けます。」
「良かったね、丈夫になって。昔ジョアみたいなものを欲張ってお代わりしたらトイレから出てこれなくて、泣き声だけ聞こえてた事あったしね。」
夏の暑い日、スイカをたくさん食べ過ぎた上に、冷たいそれを二本一気飲みしたのが良くなかったと思う。ただの食べ過ぎ飲み過ぎだと思う。
ただマシロも同じくらい食べて飲んでたのに平気だったのだ。
丈夫なのだ、昔から。
「真白さん、本当に記憶力がいいです。いろんな思い出がありますね。そんな子供の二人も簡単に想像できます。」
「でしょう?可愛い女の子が隣の隣の家の男の子を可愛がる映像ね。」
「はい。」
「多分想像通り。」
「喧嘩はしなかったんですか?」
「しなかったよ。たいていコタロが私の言うことを聞いてたし、昔から大人しかったからはむかうこともなかったし。」
「マシロ、もっといい方があるだろう。子供の頃の僕が素直だったんだよ。」
「そうね。その素直さも今じゃあ随分目減りしたみたいだけどね。」
してたらここにはいないと思うけど。
お酒が届いてまた乾杯して、食事にも手を出して、追加で頼んで。
楽しい飲み会ではあった。
本当に楽しめた。
ただ、マシロが本当に酔って来て、なんとなく絡んでくるような感じで。
いつもこうなるんだろうか?
この間は役に立とうと抑えてたんだろうか?
白木さんがさりげなくノンアルコールカクテルをすすめてくれた。
もうお酒はやめた方がいい、賛成だ。
僕はまだまだマイペースに飲める。
お洒落なだけじゃなくて料理もお酒も美味しい。
そして目の前には可愛い笑顔があって。
それはそれは楽しい時間で。
目を閉じても思い出して笑顔になれるくらいで。
そう思ってたら瞼が重たくなってきて。
「コタロ、寝てない?」
そう言われて目を開けた。
「寝てないよ。」
そう答えた自分の声が遠い。
何倍飲んだだろう?覚えてない。
アルコール抜きのおかわりが良かったのか、すっかり目が覚めたマシロ。
「もう随分飲んだし、終わりにしようか?」
マシロがそう言って終わりの宣言をした。
楽しい時間は終わったらしい。
そうか・・・・・。
やっぱり目が閉じる。
マシロがお会計をしてくれてる間、その声をちょっと遠くに聞いてる感じで。
それでも背中を叩かれて目を開けた。
二人とも荷物を持ってる。
自分もバッグを持って、マシロに腕を引っ張られて立ち上がった。
なんだか楽しい気分のまま帰れるようでうれしかった。
ゆっくりと三人で歩く土曜日の夜。
女性二人と、しかも片腕を組まれるようにくっついて、外から見たら幸せそうかもしれない。
自分でもそう思う。
駅まで行って、白木さんには笑顔で手を振れた。
「白木さん、気をつけて。楽しかったです。お休みなさい。」
ちょっと怪しかったけどその分笑顔が緩かったと思うから、楽しかった気持ちは伝わったと思う。
その後マシロに引き立てられて歩く。
さっきより遠慮もなくなり、腕を絡められた。ガッツリくっついた。
お世話になります・・・・。
もう少し飲みたいというマシロ。
コーヒーかと思ったら、普通に薄暗いバーだった。
だいたいここはどこだ?
電車に乗ったけど、どこだ?
目の前には薄めに作られたカクテルが置かれた。
「レモンの味がする、目が覚めるはず、と思ったけどやっぱりアルコールだよ、マシロ。」
「一杯だけ奢ってやるから大切に飲みなさい。」
「マシロが先に酔っぱらったくせに。」
「おかげですっかり一人素面にまで醒めました。」
「白木さんがお世話してくれたんじゃない。お礼言わないと。」
「言ったわよ、それより忘れてない?コタロはお金払ってないんだよ。」
「あれ?だって会計終わってたじゃん。奢りかと思ってた。ここ僕払おうか?」
「冗談でしょう。ちゃんと徴収します。」
「ケチ。」
「マシロのケチ。」
「ずっとずっと・・・・そんな時もお姉さんぶってもいいのに。」
レモン味のカクテルをちびりちびりとやりながら、ふにゃふにゃの意識で話をしたのは覚えてる。
「でも、楽しいね、マシロ。」
そう思ったけど、口にしたかどうかは覚えてない。闇の中だ。
記憶は遠く遠く、どこかに行った。
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