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7 少し寂しい終わりはどこにでもあるから。
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そんな始まりが歪だった二人だったけど、その後は大きな喧嘩もない。
デートは私だって提案して一緒に行ってもらってる。
全部お任せコースって訳じゃない。
ランチは相変わらず美味しそうな顔もせずに一人で食べてるのを見かける。
さすがに一緒になんてことはない。
その代わりに時々あのレトロな場所で会うことがある。
外に出る時はさりげなく連絡する。
時間が合うのはラッキーな日だけ、時間もほんの少しの時もあるけど、上手く重なって一緒にいることがある。
今のところ会社の人はいないみたいで。
でも分からないからいつも偶然のふりと当たり障りない会話で過ごしてる。
そんな事はもちろん私がお願いしたこと。
本当に噂になったりしたくない。
面倒がらずに付き合ってくれてる。
でも笑顔で話してるのを見たら、バレるかもしれない。
そんなある時に社食で後ろ姿を見つけてた。
他の人は気がつかなくても私は分かる!
一人でポツンと食べていた。
トレーに食事を乗せて、先に歩く琴葉ちゃんについて行く。
琴葉ちゃんも二人の時はさり気なく視界に入るところに座ってくれる。
近くに行ってもいいんじゃない?って言われたけど、それは最初にしたくないと断ったから、伊賀君がいる時は行こうと条件を付けた。
今のところそんな事がない。
もしかして伊賀君は外派かコンビニ派なのかもしれない。
そして今日もいつもと同じと思ったのに。
立ち止まった琴葉ちゃん。見てるのは榎木田君の方。私も見た。
一人だったはずなのに、今は三人になっていた。
あまり表情は変ってない。
でも一人が凄く話しかけてる感じがうかがえる、聞こえなくてもそんな感じ。
もう一人はおまけだろう。
そしてそれは同期の子だった。
はっきりした美人さん。琴葉ちゃんは可愛いけど、美人で言ったらその人が二番目くらい、隣の人が三番目くらい、それくらいには美人だった。
振り向いた琴葉ちゃんと目が合って、すぐそこの席に座って食べた。
見たくなくて視線もあげずに、会話が聞こえたら嫌だから、琴葉ちゃんに話しかけて。
ずっと見て食べてたのに、何を食べたのか味がさっぱり分からなかった。
・・・・・誘われたんだろうか?
これからもランチの時はあの三人組を見ることに?なるんだろうか?
私が見てた事には気がついてないと思う、多分。
食べ終わって名前を呼ばれて顔を上げた。
ついチラリと見たけど、誰もいなかった。いつのまにかいろいろは終わったらしい。
「やっぱり内緒にするとそうなると思う。」
「だって話しかけるなオーラ全開なのに。」
「伊賀君が聞かれたらしいよ。彼女いるのかって。」
「あの人に?」
「それは分からない。」
「本人が『好きな人はいるって答えて欲しい。』って言ったらしいから、そう教えたって。」
それはさっきの彼女だと思いたい。
他にもいるなんて考えたくない。
「それでも言いたくないの?せめてランチは近くに座ればいいのに。私も一緒だとそう不思議じゃないかもよ。」
変だよ。
今まで一人だったのに、私か琴葉ちゃんがアプローチしてるって思われるだけだと思う。
まあそのために近くに座るのかもしれないけど。
「とりあえず聞いてみるしかないよね。ただの同期話かもしれないしね。」
そんな訳はないだろうって琴葉ちゃんだって思ってるだろうに、そう言ってくれた。
聞けないだろう・・・・・、きっと聞かないだろう。
そして聞かなかった。
やっぱり榎木田君も私がいたことに、私が気にしてることに気がつかないまま。
やり取りは夜、内容は変わりない。
日々の何かの出来事、そして週末に向けて計画をする。
その週末、都合が悪くなったと言われた。
昨日まではあれこれと天気を見てから考えようかなんて話してたのに。
「そう・・なんだ・・・・。」
『悪い。』
仕方ない、残念と思う心の隅っこで美人の彼女の事を思った。
一対一とは限らないけど、食事に行ったり、お酒を飲みに行ったり。
二日ともダメなの?そう聞きたいけど、答えに詰まられても困る。
「うん。」
その後電話を終わりにした。
「つまんない。」
声にしたらもっと悲しくなった。
とりあえず友達に暇な子がいないか誘ってみた。
土曜日は一緒にランチをしようと言ってくれる子がいた。
日曜日はとりあえず返事待ち。
ランチは外に行こうと誘ってみた。
なんとなく表情をうかがわれながらも琴葉ちゃんと二人で外に行った。
「たまにはいいね。」
琴葉ちゃんがそう言ってくれたから私も笑顔で答えた。
「いいよね。」
あの馴染みの古い喫茶店の話はしてない。
あの喫茶店で榎木田君とすれ違う時間は本当に少し。
そしてやっぱりおじいさんとおばあさんがお店を閉めようと思ってるという話も聞いた。
一人で行ったのが遅い時間で、ちょっとだけおばあさんと話をした時のことだった。
「いつも美味しくいただいてます。一人で外に出る時は出来るだけここで食事をしたいんです。」
「ありがとう。時々一緒になる男の人は同じ会社の人なの?」
「はい、同期の人です。あの人も時間がまちまちらしいので時々ここでは会います。逆に会社では全く見かけることはないです。」
「そうなのね。気に入っていただいてるのはうれしいんだけど、そろそろお店もね、終わりにしてゆっくり暮らすのもいいかなあって言ってるのよ。本当に決まったらお知らせするけど、もう少しよろしくね。」
そんな話をされてびっくりした。
だってゆっくり時間が流れてるからずっとここにあるんじゃないかって思ってたし。
無くなるの?
「まだまだはっきりしないの。そんな悲しい顔をさせてしまって、申し訳ないわね。ごめんなさいね。」
そう言っておじいさんに注文を届けてくれた。
きっと私が選んだメニューの声は聞こえてただろう。
静かな音楽と、数人の食後ゆっくりしてるお客様だけで、店内は本当に静かだった。
そんな楽しみな時間も無くなる。
・・・・ずっと続くと思ってた。
でもそんな事、何であってもずっとはない。
始まったことは必ず終わりがあるから。
自分で終わりにすることもあるし、自分以外が終わりにしてしまう場合もある。
そんな事はたくさんある。
外でのランチは気分もちょっとだけ変わる。
午後は長いから。
仕事の前に歯磨きをして、トイレを済ませて。
トイレですれ違ったのはあの二人組の美人さんだった。
思わず横にのけて道を譲るような感じになった。
ただ二人はそんな事は少しも気にしてないみたい。
私と琴葉ちゃんの広く空いた間を通り抜けて行った。
鏡に顔を寄せて、はっきりと赤い唇を作っていた。
とても色っぽいと思う。
横から見えた唇を塗り合わせるしぐさにそんな事を思った。
金曜日の夜、いつもなら週末の事を話して決めて、『楽しみだね。』なんて言い合うのに。
約束がないと、打ち合わせもないみたい。
電話は鳴らなかった。
大切な用事があるなら、その打ち合わせも大切だから、今頃そんな話をしてるのかもしれない。
私は約束した友達と時間を決める簡単なやり取りをして終わりにした。
「お待たせ、美結。」
「久しぶり、杏ちゃん。」
「お店、行こう!すごくお腹空いた。」
「うん。」
楽しそうに弾むような足取りの杏。
本当に食事を楽しみ!って感じだ。
いつも、榎木田君と一緒の時、私もそんな感じだっただろうか?
隠せてないうれしい気持ちが足取りに出てただろうか?
「杏、いい事あった?」
「何?別にないよ。朝食べてないし、もうがっつくように食べたい!」
「そういう美結は?例の噂の先輩は?」
そういえば教育担当の先輩が噂のイケメンだと前に会った時に教えた。
そのくらいしか話題はなかった。
「うん、今は割と独り立ちしてるから、時々相談するくらい。今のところ誰かとどうかなったって言う噂は知らない。」
「そんな他人事じゃない。全然そこは噂に参加しなかったの?」
「ないよ。怖いじゃない。だって外に出てもランチだって別だったよ。」
「そうなんだ。他には何かない?」
「・・・・ないなあ。」
チラリと思い出した顔は懐かしいくらいの無表情の最初の頃の顔で。
急いで目を閉じて消した。
丁度レストランについたから、そのまま消したまま。
今何してるんだろうとか、思ったこともすぐ忘れた。
友達の情報を交換し合う。
誰もが仕事を頑張って、辞める話は聞いてない。
そう、まだまだ頑張ってる時期だ。
皆いろいろあっても頑張ってるだろう。
その内に懐かしい話になって、楽しい日々を振り返りながら笑顔になる。
凝縮された想い出の中では、ちょっとした悲しいこともいい思い出だ。
人生長いんだから、ちょっとくらいの悲しみはそのうち薄れて、他の思い出の中に埋没できるくらいの出来事になるらしい。
本当にまだまだだから。
食事も終わり、デザートをのんびり食べて、お終い。
近くのお店を順に見ながら、駅で別れた。
「次に会う時はお互いにもっといい話しようね。」
そう言って笑っていなくなった。
一人になったら急に寂しくなった。
笑顔がゆっくり自分の顔から消えていく。
電車に乗って、『またね。』と言って、すぐに同じ返信が来て、そのまま電源を落とした。
本当にお腹いっぱい食べてしまって、買い物もせずに部屋に戻り、ぼんやりする。
テレビを適当につけて見ながら、明日の予定が白紙なのを残念に思い、何をしようかと考える。
結局何もしない日曜日だった。
化粧をしようとしても、途中で面倒になり、服を選ぶのも面倒になり、適当な感じで部屋で過ごした。
食事も冷凍食品とインスタントの中から選んで困らなかった。
ひたすらだらけた日曜日だった。
元気だったのはテレビだけだったかも。
携帯を放っておき過ぎてすっかり電源を切ったことを忘れていた。
朝、会社に着いて気がついて、電源を入れた。
昨日の昼に連絡があったらしい。
ぽつりとメッセージが浮いていた。
『今日、時間ある?』
昼前に来た連絡。
当然読んでなくて、その後も特に続いてなかった。
じっとそれを見て、そのまま消した。
お昼。
さすがに社食だった。
四人で食事をとっていた。その四人と自分の食事だけを視界に入れていた。
「ねえ、またやるみたい、同期の飲み会。本当にマメにやりたいタイプなんだよね。」
「また同じ店なのかな?」
「そうかもね。毎回皆参加するしね。」
ぼんやりと話を聞いて、一生懸命口を動かして飲み込むを繰り返す。
「何か変わりあった?」
千秋ちゃんが聞いてきた。
何?
「何もないよ。」まだ何も。
「千秋ちゃんは?」
「最近フットサルの応援に行ってる。そこで他の人の彼女と仲良くなったの。いい人で良かった。結構時間が長くて、一人でぼんやり見ててもあんまりよくわからないし。一緒に色んな話をして見てるの。」
「健康的なサラリーマンだね。趣味なんだよね。」
「そう、週末運動組。でも結構激しいから疲れそう、怪我もしそうだし。」
「そうなんだ。」
「アレ、聞いたの?」
ランチが終わって席に戻る二人の時に、琴葉ちゃんが聞いてきた。
何かは分かった。でも思い出したくもないので、首を倒しただけにした。
元気がないのは分かってるだろう。
いつもより、ちょっとだけ元気がないと思う。
普通にしてるつもりでも、ちょっとは無理してるって自分でも思う。
小さくため息をつかれた気がするけど、その後は聞かれなかった。
夕方までに次の同期飲み会のお知らせは回って来た。
この間と同じく不参加の人は連絡をと書かれていた。
あの部屋だったら多少の人数の変化は問題ないだろう。
最初の頃より盛り上がるんだろうか?
夜、やっと返事をした。
『ごめんなさい。昨日は全く気がつかなくて。』
『今週は皆で飲むみたいだね。』
『お疲れ様。お休み。』
最後まで一気に送った。
その返事はすぐに来た。
『気にしないで。お疲れ様。また。』
電話じゃなくなり、ただのメッセージの一往復。
次の日もそんな感じだと思ってたけど、何も連絡がなくて、お疲れも、お休みもなかった。
次の日も。
『明日、参加するよね。』
『終わったら少し話が出来るかな?』
何か話があるみたいで。
『分かった。じゃあ、終わった後に。お休みなさい。』
最初の頃は不愛想で話しが続かない人だって思ったのに、今は私がそう思われてるかもしれない。
でもそんなに困ってないのかもしれない。
デートは私だって提案して一緒に行ってもらってる。
全部お任せコースって訳じゃない。
ランチは相変わらず美味しそうな顔もせずに一人で食べてるのを見かける。
さすがに一緒になんてことはない。
その代わりに時々あのレトロな場所で会うことがある。
外に出る時はさりげなく連絡する。
時間が合うのはラッキーな日だけ、時間もほんの少しの時もあるけど、上手く重なって一緒にいることがある。
今のところ会社の人はいないみたいで。
でも分からないからいつも偶然のふりと当たり障りない会話で過ごしてる。
そんな事はもちろん私がお願いしたこと。
本当に噂になったりしたくない。
面倒がらずに付き合ってくれてる。
でも笑顔で話してるのを見たら、バレるかもしれない。
そんなある時に社食で後ろ姿を見つけてた。
他の人は気がつかなくても私は分かる!
一人でポツンと食べていた。
トレーに食事を乗せて、先に歩く琴葉ちゃんについて行く。
琴葉ちゃんも二人の時はさり気なく視界に入るところに座ってくれる。
近くに行ってもいいんじゃない?って言われたけど、それは最初にしたくないと断ったから、伊賀君がいる時は行こうと条件を付けた。
今のところそんな事がない。
もしかして伊賀君は外派かコンビニ派なのかもしれない。
そして今日もいつもと同じと思ったのに。
立ち止まった琴葉ちゃん。見てるのは榎木田君の方。私も見た。
一人だったはずなのに、今は三人になっていた。
あまり表情は変ってない。
でも一人が凄く話しかけてる感じがうかがえる、聞こえなくてもそんな感じ。
もう一人はおまけだろう。
そしてそれは同期の子だった。
はっきりした美人さん。琴葉ちゃんは可愛いけど、美人で言ったらその人が二番目くらい、隣の人が三番目くらい、それくらいには美人だった。
振り向いた琴葉ちゃんと目が合って、すぐそこの席に座って食べた。
見たくなくて視線もあげずに、会話が聞こえたら嫌だから、琴葉ちゃんに話しかけて。
ずっと見て食べてたのに、何を食べたのか味がさっぱり分からなかった。
・・・・・誘われたんだろうか?
これからもランチの時はあの三人組を見ることに?なるんだろうか?
私が見てた事には気がついてないと思う、多分。
食べ終わって名前を呼ばれて顔を上げた。
ついチラリと見たけど、誰もいなかった。いつのまにかいろいろは終わったらしい。
「やっぱり内緒にするとそうなると思う。」
「だって話しかけるなオーラ全開なのに。」
「伊賀君が聞かれたらしいよ。彼女いるのかって。」
「あの人に?」
「それは分からない。」
「本人が『好きな人はいるって答えて欲しい。』って言ったらしいから、そう教えたって。」
それはさっきの彼女だと思いたい。
他にもいるなんて考えたくない。
「それでも言いたくないの?せめてランチは近くに座ればいいのに。私も一緒だとそう不思議じゃないかもよ。」
変だよ。
今まで一人だったのに、私か琴葉ちゃんがアプローチしてるって思われるだけだと思う。
まあそのために近くに座るのかもしれないけど。
「とりあえず聞いてみるしかないよね。ただの同期話かもしれないしね。」
そんな訳はないだろうって琴葉ちゃんだって思ってるだろうに、そう言ってくれた。
聞けないだろう・・・・・、きっと聞かないだろう。
そして聞かなかった。
やっぱり榎木田君も私がいたことに、私が気にしてることに気がつかないまま。
やり取りは夜、内容は変わりない。
日々の何かの出来事、そして週末に向けて計画をする。
その週末、都合が悪くなったと言われた。
昨日まではあれこれと天気を見てから考えようかなんて話してたのに。
「そう・・なんだ・・・・。」
『悪い。』
仕方ない、残念と思う心の隅っこで美人の彼女の事を思った。
一対一とは限らないけど、食事に行ったり、お酒を飲みに行ったり。
二日ともダメなの?そう聞きたいけど、答えに詰まられても困る。
「うん。」
その後電話を終わりにした。
「つまんない。」
声にしたらもっと悲しくなった。
とりあえず友達に暇な子がいないか誘ってみた。
土曜日は一緒にランチをしようと言ってくれる子がいた。
日曜日はとりあえず返事待ち。
ランチは外に行こうと誘ってみた。
なんとなく表情をうかがわれながらも琴葉ちゃんと二人で外に行った。
「たまにはいいね。」
琴葉ちゃんがそう言ってくれたから私も笑顔で答えた。
「いいよね。」
あの馴染みの古い喫茶店の話はしてない。
あの喫茶店で榎木田君とすれ違う時間は本当に少し。
そしてやっぱりおじいさんとおばあさんがお店を閉めようと思ってるという話も聞いた。
一人で行ったのが遅い時間で、ちょっとだけおばあさんと話をした時のことだった。
「いつも美味しくいただいてます。一人で外に出る時は出来るだけここで食事をしたいんです。」
「ありがとう。時々一緒になる男の人は同じ会社の人なの?」
「はい、同期の人です。あの人も時間がまちまちらしいので時々ここでは会います。逆に会社では全く見かけることはないです。」
「そうなのね。気に入っていただいてるのはうれしいんだけど、そろそろお店もね、終わりにしてゆっくり暮らすのもいいかなあって言ってるのよ。本当に決まったらお知らせするけど、もう少しよろしくね。」
そんな話をされてびっくりした。
だってゆっくり時間が流れてるからずっとここにあるんじゃないかって思ってたし。
無くなるの?
「まだまだはっきりしないの。そんな悲しい顔をさせてしまって、申し訳ないわね。ごめんなさいね。」
そう言っておじいさんに注文を届けてくれた。
きっと私が選んだメニューの声は聞こえてただろう。
静かな音楽と、数人の食後ゆっくりしてるお客様だけで、店内は本当に静かだった。
そんな楽しみな時間も無くなる。
・・・・ずっと続くと思ってた。
でもそんな事、何であってもずっとはない。
始まったことは必ず終わりがあるから。
自分で終わりにすることもあるし、自分以外が終わりにしてしまう場合もある。
そんな事はたくさんある。
外でのランチは気分もちょっとだけ変わる。
午後は長いから。
仕事の前に歯磨きをして、トイレを済ませて。
トイレですれ違ったのはあの二人組の美人さんだった。
思わず横にのけて道を譲るような感じになった。
ただ二人はそんな事は少しも気にしてないみたい。
私と琴葉ちゃんの広く空いた間を通り抜けて行った。
鏡に顔を寄せて、はっきりと赤い唇を作っていた。
とても色っぽいと思う。
横から見えた唇を塗り合わせるしぐさにそんな事を思った。
金曜日の夜、いつもなら週末の事を話して決めて、『楽しみだね。』なんて言い合うのに。
約束がないと、打ち合わせもないみたい。
電話は鳴らなかった。
大切な用事があるなら、その打ち合わせも大切だから、今頃そんな話をしてるのかもしれない。
私は約束した友達と時間を決める簡単なやり取りをして終わりにした。
「お待たせ、美結。」
「久しぶり、杏ちゃん。」
「お店、行こう!すごくお腹空いた。」
「うん。」
楽しそうに弾むような足取りの杏。
本当に食事を楽しみ!って感じだ。
いつも、榎木田君と一緒の時、私もそんな感じだっただろうか?
隠せてないうれしい気持ちが足取りに出てただろうか?
「杏、いい事あった?」
「何?別にないよ。朝食べてないし、もうがっつくように食べたい!」
「そういう美結は?例の噂の先輩は?」
そういえば教育担当の先輩が噂のイケメンだと前に会った時に教えた。
そのくらいしか話題はなかった。
「うん、今は割と独り立ちしてるから、時々相談するくらい。今のところ誰かとどうかなったって言う噂は知らない。」
「そんな他人事じゃない。全然そこは噂に参加しなかったの?」
「ないよ。怖いじゃない。だって外に出てもランチだって別だったよ。」
「そうなんだ。他には何かない?」
「・・・・ないなあ。」
チラリと思い出した顔は懐かしいくらいの無表情の最初の頃の顔で。
急いで目を閉じて消した。
丁度レストランについたから、そのまま消したまま。
今何してるんだろうとか、思ったこともすぐ忘れた。
友達の情報を交換し合う。
誰もが仕事を頑張って、辞める話は聞いてない。
そう、まだまだ頑張ってる時期だ。
皆いろいろあっても頑張ってるだろう。
その内に懐かしい話になって、楽しい日々を振り返りながら笑顔になる。
凝縮された想い出の中では、ちょっとした悲しいこともいい思い出だ。
人生長いんだから、ちょっとくらいの悲しみはそのうち薄れて、他の思い出の中に埋没できるくらいの出来事になるらしい。
本当にまだまだだから。
食事も終わり、デザートをのんびり食べて、お終い。
近くのお店を順に見ながら、駅で別れた。
「次に会う時はお互いにもっといい話しようね。」
そう言って笑っていなくなった。
一人になったら急に寂しくなった。
笑顔がゆっくり自分の顔から消えていく。
電車に乗って、『またね。』と言って、すぐに同じ返信が来て、そのまま電源を落とした。
本当にお腹いっぱい食べてしまって、買い物もせずに部屋に戻り、ぼんやりする。
テレビを適当につけて見ながら、明日の予定が白紙なのを残念に思い、何をしようかと考える。
結局何もしない日曜日だった。
化粧をしようとしても、途中で面倒になり、服を選ぶのも面倒になり、適当な感じで部屋で過ごした。
食事も冷凍食品とインスタントの中から選んで困らなかった。
ひたすらだらけた日曜日だった。
元気だったのはテレビだけだったかも。
携帯を放っておき過ぎてすっかり電源を切ったことを忘れていた。
朝、会社に着いて気がついて、電源を入れた。
昨日の昼に連絡があったらしい。
ぽつりとメッセージが浮いていた。
『今日、時間ある?』
昼前に来た連絡。
当然読んでなくて、その後も特に続いてなかった。
じっとそれを見て、そのまま消した。
お昼。
さすがに社食だった。
四人で食事をとっていた。その四人と自分の食事だけを視界に入れていた。
「ねえ、またやるみたい、同期の飲み会。本当にマメにやりたいタイプなんだよね。」
「また同じ店なのかな?」
「そうかもね。毎回皆参加するしね。」
ぼんやりと話を聞いて、一生懸命口を動かして飲み込むを繰り返す。
「何か変わりあった?」
千秋ちゃんが聞いてきた。
何?
「何もないよ。」まだ何も。
「千秋ちゃんは?」
「最近フットサルの応援に行ってる。そこで他の人の彼女と仲良くなったの。いい人で良かった。結構時間が長くて、一人でぼんやり見ててもあんまりよくわからないし。一緒に色んな話をして見てるの。」
「健康的なサラリーマンだね。趣味なんだよね。」
「そう、週末運動組。でも結構激しいから疲れそう、怪我もしそうだし。」
「そうなんだ。」
「アレ、聞いたの?」
ランチが終わって席に戻る二人の時に、琴葉ちゃんが聞いてきた。
何かは分かった。でも思い出したくもないので、首を倒しただけにした。
元気がないのは分かってるだろう。
いつもより、ちょっとだけ元気がないと思う。
普通にしてるつもりでも、ちょっとは無理してるって自分でも思う。
小さくため息をつかれた気がするけど、その後は聞かれなかった。
夕方までに次の同期飲み会のお知らせは回って来た。
この間と同じく不参加の人は連絡をと書かれていた。
あの部屋だったら多少の人数の変化は問題ないだろう。
最初の頃より盛り上がるんだろうか?
夜、やっと返事をした。
『ごめんなさい。昨日は全く気がつかなくて。』
『今週は皆で飲むみたいだね。』
『お疲れ様。お休み。』
最後まで一気に送った。
その返事はすぐに来た。
『気にしないで。お疲れ様。また。』
電話じゃなくなり、ただのメッセージの一往復。
次の日もそんな感じだと思ってたけど、何も連絡がなくて、お疲れも、お休みもなかった。
次の日も。
『明日、参加するよね。』
『終わったら少し話が出来るかな?』
何か話があるみたいで。
『分かった。じゃあ、終わった後に。お休みなさい。』
最初の頃は不愛想で話しが続かない人だって思ったのに、今は私がそう思われてるかもしれない。
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