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12 『何かの時には頼りになる人』から、『頼っていいと思える人』に。

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ランチタイム。
このところ足を向けてなかった研究室に向かった。

蛍がいる。
優秀な研究者でもある。
今のブランドを立ち上げて、認めさせて、世に広めて・・・・。
ほぼ彼女の功績といえるのでは?

そして私が偉そうな上司役であることも、そのおかげだし、ついでに忙しいのも。

ランチタイムに来たと言っても一緒に外でランチをと言える相手ではない。
やりかけの研究に没頭してるといつ時間が空くか分からないし、もともと白衣を着替えたりするのも面倒というタイプだ。

一応研究室はセキュリティーがあって中の人に開けてもらうのだが。
ちょうどランチに出かける他の研究者に許可をもらってすれ違う。


「紺野さん、お久しぶりです。奥でクマのように引きこもり中です。」

「何か食べるように一応言ってみてください。」


そんな蛍の日常にも慣れたのか、上司を置いてさっさと皆でランチに行ったらしい。
誰も残っていなかった。
最近の後輩はなかなかドライだと、自分のところだけじゃないと分かった。

一応安心した。

奥のブースに見つけた。
外から分厚いガラス窓をノックしてみる。

顔をあげた蛍は、ちょっと白い顔をして、それでも綺麗だったが、怖いかも・・・・・。

外には出てきてくれた。

「邪魔ならまた来るけど。」

「大丈夫。14分少し位なら時間あるから。」

「じゃあ、用件だけ。ねえ、伊織が手伝ってる仕事、知ってる?」

「うん。」

「・・・・・・。」


あっさり普通に答えられた。
何でそんな事を聞くの?という感じで。

「今度、面白い企画出すらしいじゃない?」

何?

「真帆発の企画だって聞いたよ。男子社員による美の競演。」

「ああ、ちょっとハルに話してみたんだけど。どうなったのかは聞いてない。」

「ちゃんと企画書をおこさなきゃダメらしいよ。でもすっかりやる気だから。楽しそうだね。」

「・・・知らない、聞いてない。」

「まあ、その内呼び出されるよ。で、伊織君との再びのコラボじゃない。」

「なに?それ?」

「今回は真帆がモデルじゃないけど、二人でまた一人作り上げるでしょう?伊織君はやる気だよ。」

「ちょっと待って、伊織は知ってるの?」

「まだ具体的にはどうだろう。そこは真帆と同じレベルかな。やるなら二人で楽しんでやりたいって言ってた。楽しみにしてるね。」

何で伊織は知ってる?
何で私は知らない?


「ねえ、私がショーに出てたのは何で知ってるの?」

「最初から真帆に出て欲しかったみたいだけど。断ったんでしょう?」

「・・・・・知らない。覚えてないけど。」

「確かそう聞いたけど。で、ちょうど代役が必要になって、頼んで欲しいってお願いしてるのは聞いてた。もともと真帆のためのデザインだし、結構様になってたよね。」

「誰にも言ってない?」

「うん、伊織君に口止めされてたから。」

「ありがとう。そのまま忘れて。」

「まさか・・・・、伊織君の出世作だから。あれでコケてたらちょっと違ったかもね。真帆のお陰だよ。」

何がどうなってるか分からない。
でも役に立てたらしい、知らない間に役にたってたらしい。
そう聞いたらうれしい。

「それで、いい報告も内緒?」

「っなにっ??」

「真っ赤だよ。この流れでバレるでしょう。」

「・・・・・なんか聞いてたの?」

「そんなの最初から知ってた。仲良かったじゃん。飲み会でもさりげなく見てるよね。今まで普通の同僚の関係だったのが逆にびっくり。ふたりとも気が長い。」

そんな・・・・・。

「誰が気が付いてるの?」

「ほとんど・・・皆?」

「うそ・・・・・・・。」

「どうだろう?薄々って感じかな。この度の進展がどこまで伝わってるかは分からない。」

「なんで?だって私は伊織の噂をたくさん聞いてたけど、私以外の女の子だったよ。」

「だってそれは仕事相手ばっかりだったじゃん。違うって、知らない人が勝手に誤解してるって分かるし。」

じゃあ同期の子の分は?でも今更それは聞けない。
というか私の佐藤先輩への片思いもバレてないらしい、まったく・・・・・。
良かった。そこは安心したい。

奥から機械のアラーム音がした。

「仕事に戻る。」

「ねえ、食事とってね。」

「うん、この後は少し時間空くから食べる。心配しなくても大丈夫。じゃあいろいろ楽しみにしてるね。」

手を振って蛍はブースに戻った。

私の食欲がなくなった。
いろいろどういうこと。

そのままブースに背は向けたけど、ちょっと休憩したくて。
誰かの席に座った。

同期で飲んだとしても、そんなに伊織と喋った記憶はない。
席も特に誰かの作為で一緒になったこともない。
だから、きっと蛍の気のせいだと思う。
別に探られたこともないし、匂わされたこともない。
本当に気のせいだよ。
そう思うことにした。

それでも食欲は戻ってこなかった。

ふらりとハルのところに行ってみた。
いなかった。

まあ、いいや。
今度捕まえよう。
ハルにも確認したい・・・・・・。
あの同期の子 的場慶ちゃんはハルと同じイベント企画課だった。
やめた理由は聞いてるだろうか?
それとも本当に伊織しか知らないんだろうか?

中途半端に早い時間に席に戻ってきたら、伊織がいた。
他はお弁当組が二人いるくらい。

「伊織、食事は?」

「頭が忙しい。後でいい。」

「そう。」

例の話を聞いてみたかったけど忙しいならいい。
後は誰に聞いていいか分からない。
どうしよう。

一応企画書らしきものを書いてみようか。

イベント企画課じゃなくても企画の立案は自由だ。
何でもやってみたいことは自分の意見を通していい事になっている。
もちろんいろんな人の前でプレゼンする勇気が必要だが。

『裏メイクアップショー』

課内推薦でメイクの実演、課内ごとの発表。
メイク、衣装、演出 全て課ごとにする。
強制はなしで、優勝チームには報奨金金一封付き。

自薦枠あり。
その場合は女性同様プロチームによる演出。

勿論男装(男性メイク)可。

メイクが女装だけとは限らない。
男性メイクも取り入れていいと思う。
アーティストと同じレベルで、舞台人と同じように。

後は具体的に。
いろいろと決めればいい。


「食事は?」

「あんまり・・・・・。頭暇になった?」

「ああ。」

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、これについて。」

「ああ、話来たか?」

「ううん、来てない、全く聞いてない。蛍のところに言ったら楽しみにしてるって言われた。蛍以外に誰かに言われた?」

「いや、あそこに届いてるなら実現するだろう。あと四カ月はあるから、まだ間に合うかと思ってるけど。」

「何が?」

「企画書とかプレゼンとか。」

「なんか私発の企画ってことになってるんだけど。」

「そう聞いたけど。」

「ねえ、自分でやってみるけど、後で相談にのってくれる?」

「もちろん。」

そう言った顔があまりにも嬉しそうで、こっちが恥ずかしくなった。

「食事に行ってきていいよ。」

「何か買ってくるか?」

「ヨーグルト、フルーツ入り。何でもいい。」

「了解。」

出て行く後姿を見送った。


何とか普通に過ごせてる。
いざという時は頼れる同僚。もともとそうは思ってたから。

「紺野さん、この間ありがとうございました。」

「お邪魔しました。ありがとう。」

「あの後、他と合流したんですよね。」

「うん、原田君たち、二次会盛り上がった?」

「はい。ごちそうさまでした。」

「そんな大した金額じゃないし。」

そう言われると、本当に逆に恥ずかしい。

「田坂がまた一緒に飲みに行きましょうって言ってました。また誘いますね。」

「・・・うん、ありがとう。」

それは、無理かも。
また怒られる。
誘われるのも難しい私は断るのも難しい・・・とわかった。

「田坂どうでした?」

声を落として、少し顔を落とされて聞かれた。

「どう?って・・・・・。いい子ね。田坂君も。仕事も頑張るって言ってたから。」

「そんな話してたんですか?」

「うん、そうかな?」

「そうですか。じゃあ、また声かけると思います。」

そう言われても返事はしないで。
軽くうなずくのみにした。
ああ・・・、伊織がいなくて良かった。
今になってそうだったの?と思えてきた。
何で自分だけあのメンバーに入っていたのか。
その割に誰が誰なのか、紹介もされず、探りも入れられず。
最初っから遅刻するように田坂君と2人の時間があって・・・・・、偶然?

そう考えてたら、ヨーグルトが目の前に置かれた。
早くない・・・・もっとゆっくりランチして来てよ。

顔をあげないでいたら、スプーンがゆっくりと置かれた。
何で一緒に出してくれてなかった?

それに手を出そうとしたら、チロルチョコが置かれた。
おまけのように。

体を後ろにして財布を探す。

「奢る。」

そう言われたら、顔を見るしかない。

「ありがとう。」

さっきのやり取り聞いてない可能性が大きい、きっと大丈夫だと思ってたのに。
顔を見たらその可能性が低い事が分かった。

「・・・・早かったね。」

「一緒にさっきのプロジェクトを話し合いながら食べようかと思って。参考になる資料ももらってきた。」

ファイルを一冊出す。
あのイベント自体が随分前からやられてる。
その時の初期段階の資料らしい。

「企画書もちろん入ってる。午後時間空いてるなら、そのままやらないか?」

「お願いしたい。ありがとう。」

そう言うと奥を指さされた。
会議室の予約をして2時間。

ヨーグルトとパソコンとメモを持って一式書類を抱えて動く。

「伊織、ボード、お願い。」

昼時間内、まだ帰って来てる人は少ない。
いる人には伝わったと思う。

急にお腹空いてくる。
取りあえずお昼を。

そう思ったのに。

「原田はなんだって?」

「ああ、えっと、この間のお礼かな。」

「それで?」

「まあ、また一緒に飲みましょうねって言う社交辞令的な挨拶とか。」

「田坂って名前が聞こえてきたけど、経理ボーイだよな。さっき見てきた。」

「なんで?」

「経理の可愛い候補者を見て、敵情視察を兼ねて。」

「変でしょう?」

「別に、ついでに他に用事のある所はチラ見して来たし。」

何もそこまでって、・・・・単純にこのプロジェクトのためだと思いたい。

ヨーグルトのパックを開けて食べ始める。
チロルはベーシックなヌガーのもの。
なんでこれ?
手に取って眺める。

「昼食べなくていいのか?」

こっちに袋を押し出す。
近所のお弁当屋さんのおにぎりが入っていた。
5個買ってきたらしい、明らかに多い。

「一つもらっていい?」

「どうぞ。」

中身を見ながら選んだ。

「食欲あるならいいや。」

もしかして心配してくれてた?
結構いつものことだけど。朝食べたら、昼はそんなにたべてないし。

「ありがとう。」

「おにぎりとヨーグルトとチロルでそこまで感謝されるとは。じゃあ、金曜日は夕飯をおごってやる。」

「分かった。ごちそうになる。」

黙々と食事を終わらせて。
チロルはポケットに入れた。
後で食べよう。

ふたりで真面目に打ち合わせをして、2時間。

まだ正式な仕事としては来ないけど、本当にこれで来なかったらガッカリ。

課内の可愛い男の子を考えて口説き落とす順番まで決めて、それぞれの変身ワールドまで決めた。
楽しかった。
後半はほとんど楽しんだ。仕事を忘れて。
誰も訪ねてこなかったからよかった。
仕事してるとは見えなかったかも。

さて、現実に戻って仕事を始める。
今までも仕事でした、真面目な仕事でした。

机の前には留守中に提出された書類が小山を作っていた。

それも現実だった。

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