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7 五年前と今とこれからと。
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ゆっくりできるはずの週末の朝。
涙がボロボロと落ちて目が覚めた。
初めての経験にびっくり。
何で?
さっきまで見てただろうに、その悲しい夢すら覚えてない。
酷い顔してるのは分かってる。
今日は外に出れないかも。
まあ、いいか。
起きだして、顔を洗い、目を冷やす。
部屋着に着替えて、パジャマもタオルも昨日の服も洗濯機に放り込んで回す。
陽気な曲が部屋に響く。
コーヒーを入れながら音楽に合わせて、鼻歌を歌う。
なのに合いの手がため息で。
誤魔化せないなら、うっとうしいだけだと分かった。
音楽を静かなものにして、珈琲を飲む。
パソコン上に鳥が空を飛ぶ映像を選んで流す。
日々の人間の営みなんて本当に小さな事。
そう思えるような、空からの鳥目線。
空からずっと下に見える人間の世界。
空から撮られた映像は心を静めてくれる。
ジタバタしても、そんなの地球の歴史の中では一瞬。
自分の人生の中でもきっと一瞬だから。
静かに映像を見つめ続ける。
なんだか私のために空を飛んでくれてる気さえしてくる。
見てるほど、鳥にとっては優雅な旅じゃないのに。
自然は鳥にも厳しい、迷子になったり、捕食されたり、怪我をすることだってある。
自然と一体化してるように見えても、その自然は優しいだけじゃないから。
鳥だってジタバタするから。
飛び立つ前は必死だし。
意外に着陸も足を突っ張って伸ばして必死かも。
そんな映像に笑いが出て。
立ち上がり冷蔵庫から牛乳を出して、シリアルにかける。
洗濯が終わり外に干し、簡単に掃除をして。
後は外に出よう。
天気もいいし。
部屋にいるよりは気分が晴れそう。
そう思って背伸びをして窓を閉めていたら、玄関でチャイムを鳴らされた。
時計を見るとそろそろ宅配便なら届くような時間ではあった。
心当たりはないけど?
玄関に行って細く開ける。
何で?
ハンドルに手をかけたまま固まった。
宅配ではなかった。だいたい何も頼んでないし。
そこにいたのは伊織で。
お互い無言時間が過ぎる。
「おはよう。」
普通に朝の挨拶をされた。
「何してるの?」
スッピンに部屋着。休日の午前の時間。それになんで住所を知ってるの?
「ごめん。いきなり。車で来てる。待つから、一緒に外に出て欲しい?」
「何で。」
「話がしたい。昨日の事も謝りたい。ちゃんと話がしたい。聞いてほしい。」
「私は出かけたい。話はない。昨日の事は具合が悪そうだったからタクシーで部屋の前まで送っただけ。元気になって良かった。安心した。じゃあ、いい週末を。」
そう言ってドアを閉めた。
でも体はその場から動かなかった。
自分の可愛げのなさにびっくり。
これからも一緒に働くのに、ずっといい関係でいたいのに、歩み寄れない。
「下で待ってる。月曜日の朝まで待てるから。黒の車だから。もし、無理なら、電話でもいい。文字じゃなくて、声で話がしたい。じゃあ、待ってる。」
そう言ったのは聞きとれた。
隣の人にも聞こえたんじゃないかと不安になる。
そっとベランダに引き返す。
チャイムのタイミングを考えたら、見えるところにいたのかも。
あった、黒い車。墓参りの人が止める駐車場にいた。
ちょうど戻ってきた伊織が車に向かう背中が見えた。
急いでベランダを離れた。
部屋でじっとした。1時間。
携帯を手にしたままの1時間。
そっと下を見ると黒い車はまだあった。
伊織がいるのがなんとなくわかる。
ガラスが光って見にくいけど、誰かいるのは分かる。
電話をかける?
本当に待つつもり?迷惑よ。
トイレはどうするのよ。
気温が上がったら熱いかもしれないのに。
何故か心配してる風になった。
携帯でメッセージを送った。
『化粧をして、着替える。出かけるつもりだから。』
だから?
時間はないと言いたかったのに。
その後が続かない。
『少しの時間でいい。お願いだ。謝りたい。』
『少しだけ聞く。』
そう送って外出の準備をした。
ずっと同じところに停まってると不審に思われる。
1時間待たせたのは自分だけど、でもその前から待ってたかもしれない。
出来るだけ急いで支度して、外に出た。
車の助手席に行きノックしようとしたら、少し前に気が付いたらしくてドアを開けてくれた。
顔を見るとホッとした表情に見える。
そりゃ、そうだ。
さすがに時間もわからず待つだけはつらいだろう。
シートベルトを確認されてゆっくり動いた車。
「ごめん。話は停まってしたいから、少し移動するから。ちゃんと送って行く。」
そう言われて連れていかれたのは川沿いの道だった。
下にはグランドが見えて、すでに試合が始まってる。
子どもの試合に応援の大人。
週末ゆっくり出来ない人は多いらしい。
心地よさそうな景色に少し窓を開ける。
外を向いたまま、窓にもたれて。
「今日、何か、約束があった?」
「ない。」
適当にふらふらして、軽い食事をして、買い物をして帰る、それが私の週末の基本的な過ごし方だ。
「こっちを向いてくれないか?真剣に・・・真面目に話したいんだ。」
そう言われたので窓を閉めて少し体を運転席に向ける。
「ありがとう。」
軽く笑われた。
「昨日は悪かった。この間から、どうしても伝えたくて。全然変わってなさそうで、もう、だいぶん経つのに、俺はそう思ってるけど、紺野はそうは思ってないんだなって。」
ぼかした会話だけど、佐藤さんの事だろう。認めたりはしないが。
「忘れてるだろうけど、他の誰より早く話をしてるつもりだった。面接のときに思い切って話しかけたんだけど。」
一気にそこまで記憶をさかのぼらせた。
覚えてたの?
目を見る。
「思い出した?」
「・・・・・忘れてると思ってた。入社してからも全然そんなそぶりなかったし。」
「覚えてたよ、真っ先に探した。なかなか話しかけるチャンスがなかったんだよ。それになんだか目的がバレそうで。」
全然知らないけど。
「でも、時間が経ってしまうと、もう言えなくなって。三カ月過ぎたら、もう言えないよなあって思って、諦めた。そうじゃなくてもなんとなく仲良くなれたし。」
普通だけど。
それでも新人の頃はいろいろ相談もした。
指導も皆まとめてだったから、分からないことは他の仲間も入れて相談した。
それに指導してくれたのが厳しい先輩だったのだ。
1人じゃ辛かったかもしれない。
その内にボロボロと人が辞めていって二人になった。
「だから・・・・ずっと好きだった。ずっと見てたのに、まさかなあ・・・・・。」
「紺野は寂しかっただろうけど、俺は拍手喝采で喜んだ。二度と帰ってくるなって思うくらい喜んだけど、よく考えたら奥さんいるしなあって。でも明らかに顔を出してくれた日は違うよな。ぼんやりしてる。」
そんな冷静に観察しないで。
それに、そんな事はない。
この間だって・・・違う。
「別に・・・・。そう言って、可愛い子をとっかえひっかえ付き合い続けてる理由もそれっていうの?同期の子だって・・・・。」
「昨日もそれ言ってたか?何のことだかわからない。同期って何だよ、誰だよ。それに身代わりとかって。全然分からない。さっき言ったのがすべてだけど。」
「仕事中、よく、いなくなるじゃない。非常階段から出てくるところ見た。その後ご丁寧に私を元気つけたいって口実で飲み会を開いて、その子を呼んだりして。ねえ、結構バレてるよ。あんまりいい評判じゃないよ。知らなかった?」
自分で言って胸が痛い。
こんなひどいことを私に言わせるの?
「仕事中いなくなるのは・・・・・仕事だから。誰にも言ってないけど、ちゃんと仕事だから。頼まれてるんだよ。商品開発部とあと少し他のところにも。女の子が一緒なのもたいていその絡みだから。俺のペースで進めていいって言われて、時間が空いたときに誘って、仕事に付き合ってもらってる。それにこの間の飲み会は、本当に元気になってもらうために開いた。あの日は変だったから、明らかに落ち込んでたから。」
あの日、久しぶりに先輩に会えた日、・・・・別に、今更そんなには。
それよりも非常階段から戻ってきた二人を見て、隠れた。多分そっち。
絶対、言えないけど。
「分かった。仕事なら、私は何も言えない。でもちゃんと今度から言って。それは・・・・常識でしょう?」
もう何度も言ってる。
「分かった。」
その返事も何度も聞いてる。
「なあ、やっぱり、ダメなのか?」
「何が?」
「何がって、俺の話の返事だよ。」
「だから、しょうがないって、仕事なら。もっと詳しく聞いていいなら教えて欲しい気もするけど。秘密の仕事ならいい、聞かない。」
「わざと避けたい話題なのか?なあ、そんな酷いことするのか?」
「何よ、構わないって言ったじゃない。仕事ならどうぞって。後は知らないわよ。個人的な事は、噂だって私が否定できるものじゃないから。」
「別にいいよ。何を言われても。関係ない奴は別に。俺はお前が好きだって言ったんだよ、ずっと見てたって。それごと無視する気なのか?」
「新人の頃の話でしょう?自分がさっき仲良くなれたからいいって満足したっていう風に言ったんじゃない。別にいいわよ、昔の話は。お互い若かったんだから。」
お互いよ・・・。あの頃のことだから。
「誰が過去の話なんかするかよ。むしろ絶対しない。昨日も言ったよな、忘れられないなら待つって。近くにいて待つからって。いつ過去になってるんだよ、今だし、未来の話だし。」
昨日と同じ、怒った顔をする。
狭い車内で肩を掴まれて、顔を少し寄せられて、その分体を引いた。
痛みとびっくりした私の反応に少し手をゆるめて、表情も少しは緩んだ。
「お願いだから、ちゃんと、一度は向き合ってくれないか?急がないから。今更急がせないから。・・・・俺にしろよ。誰より早く話をしたって言っただろう。」
どんな顔をしてるのか分からない。
私から見えるのはつむじ。
頭を肩に軽くつけられるくらいに近い。
「怒鳴ってごめん、あんまり・・・ひどい。このままじゃあ、全然気が付かなくて、絶対他に好きな奴作るつもりだろう?昨日だって後輩に年下勧められてたし。」
聞いてたの?
一体あの時間何してたのよ。
具合悪いとか眠いとか、何だったの?
「昨日のあれ・・・・、何があったの?」
「まだ分からないのかよ。黙ってるのに耐えられなかったんだよ。もう、五年以上だって。ほぼ六年。どうしても話がしたかったんだよ。部屋が一番安心できるし、もし、うまくいったら、泊まってもらいたいって思ってたし。」
「じゃあ、具合悪くなかったの?」
「悪いよ、異常な緊張で。結構飲んだんだよ。心配してくれてるのは分かったけど、でも、ソファに寝かせたらすぐに帰りたそうだったし。」
そりゃ、そうだろうよ。
入るのにも躊躇してたのに、ずっといるとかないって。
「なあ、いつまで待てばいい?」
うっかり目を見てしまった。
普通の顔じゃないし、怒ってもいないし、本当にお願いされてるって顔と目で。
「・・・・・・・。」
何と言っていいか分からない。
「ごめん、急がせないって言ったのに。待つから。仕事中に催促したりもしない。約束も守る。だから、絶対忘れないで欲しい。待ってるから。」
うなずいた。
体も顔も離れて行った。
両方の窓が開いて風が通る。
外を見てそのままぼんやりしてるみたいで。
その姿を横から見た。
今返事できないのはなぜだろうって思う。
覚えててくれた・・・・あの頃言われてたら、すごくうれしかったのに。
じゃあ、今は?
涙がボロボロと落ちて目が覚めた。
初めての経験にびっくり。
何で?
さっきまで見てただろうに、その悲しい夢すら覚えてない。
酷い顔してるのは分かってる。
今日は外に出れないかも。
まあ、いいか。
起きだして、顔を洗い、目を冷やす。
部屋着に着替えて、パジャマもタオルも昨日の服も洗濯機に放り込んで回す。
陽気な曲が部屋に響く。
コーヒーを入れながら音楽に合わせて、鼻歌を歌う。
なのに合いの手がため息で。
誤魔化せないなら、うっとうしいだけだと分かった。
音楽を静かなものにして、珈琲を飲む。
パソコン上に鳥が空を飛ぶ映像を選んで流す。
日々の人間の営みなんて本当に小さな事。
そう思えるような、空からの鳥目線。
空からずっと下に見える人間の世界。
空から撮られた映像は心を静めてくれる。
ジタバタしても、そんなの地球の歴史の中では一瞬。
自分の人生の中でもきっと一瞬だから。
静かに映像を見つめ続ける。
なんだか私のために空を飛んでくれてる気さえしてくる。
見てるほど、鳥にとっては優雅な旅じゃないのに。
自然は鳥にも厳しい、迷子になったり、捕食されたり、怪我をすることだってある。
自然と一体化してるように見えても、その自然は優しいだけじゃないから。
鳥だってジタバタするから。
飛び立つ前は必死だし。
意外に着陸も足を突っ張って伸ばして必死かも。
そんな映像に笑いが出て。
立ち上がり冷蔵庫から牛乳を出して、シリアルにかける。
洗濯が終わり外に干し、簡単に掃除をして。
後は外に出よう。
天気もいいし。
部屋にいるよりは気分が晴れそう。
そう思って背伸びをして窓を閉めていたら、玄関でチャイムを鳴らされた。
時計を見るとそろそろ宅配便なら届くような時間ではあった。
心当たりはないけど?
玄関に行って細く開ける。
何で?
ハンドルに手をかけたまま固まった。
宅配ではなかった。だいたい何も頼んでないし。
そこにいたのは伊織で。
お互い無言時間が過ぎる。
「おはよう。」
普通に朝の挨拶をされた。
「何してるの?」
スッピンに部屋着。休日の午前の時間。それになんで住所を知ってるの?
「ごめん。いきなり。車で来てる。待つから、一緒に外に出て欲しい?」
「何で。」
「話がしたい。昨日の事も謝りたい。ちゃんと話がしたい。聞いてほしい。」
「私は出かけたい。話はない。昨日の事は具合が悪そうだったからタクシーで部屋の前まで送っただけ。元気になって良かった。安心した。じゃあ、いい週末を。」
そう言ってドアを閉めた。
でも体はその場から動かなかった。
自分の可愛げのなさにびっくり。
これからも一緒に働くのに、ずっといい関係でいたいのに、歩み寄れない。
「下で待ってる。月曜日の朝まで待てるから。黒の車だから。もし、無理なら、電話でもいい。文字じゃなくて、声で話がしたい。じゃあ、待ってる。」
そう言ったのは聞きとれた。
隣の人にも聞こえたんじゃないかと不安になる。
そっとベランダに引き返す。
チャイムのタイミングを考えたら、見えるところにいたのかも。
あった、黒い車。墓参りの人が止める駐車場にいた。
ちょうど戻ってきた伊織が車に向かう背中が見えた。
急いでベランダを離れた。
部屋でじっとした。1時間。
携帯を手にしたままの1時間。
そっと下を見ると黒い車はまだあった。
伊織がいるのがなんとなくわかる。
ガラスが光って見にくいけど、誰かいるのは分かる。
電話をかける?
本当に待つつもり?迷惑よ。
トイレはどうするのよ。
気温が上がったら熱いかもしれないのに。
何故か心配してる風になった。
携帯でメッセージを送った。
『化粧をして、着替える。出かけるつもりだから。』
だから?
時間はないと言いたかったのに。
その後が続かない。
『少しの時間でいい。お願いだ。謝りたい。』
『少しだけ聞く。』
そう送って外出の準備をした。
ずっと同じところに停まってると不審に思われる。
1時間待たせたのは自分だけど、でもその前から待ってたかもしれない。
出来るだけ急いで支度して、外に出た。
車の助手席に行きノックしようとしたら、少し前に気が付いたらしくてドアを開けてくれた。
顔を見るとホッとした表情に見える。
そりゃ、そうだ。
さすがに時間もわからず待つだけはつらいだろう。
シートベルトを確認されてゆっくり動いた車。
「ごめん。話は停まってしたいから、少し移動するから。ちゃんと送って行く。」
そう言われて連れていかれたのは川沿いの道だった。
下にはグランドが見えて、すでに試合が始まってる。
子どもの試合に応援の大人。
週末ゆっくり出来ない人は多いらしい。
心地よさそうな景色に少し窓を開ける。
外を向いたまま、窓にもたれて。
「今日、何か、約束があった?」
「ない。」
適当にふらふらして、軽い食事をして、買い物をして帰る、それが私の週末の基本的な過ごし方だ。
「こっちを向いてくれないか?真剣に・・・真面目に話したいんだ。」
そう言われたので窓を閉めて少し体を運転席に向ける。
「ありがとう。」
軽く笑われた。
「昨日は悪かった。この間から、どうしても伝えたくて。全然変わってなさそうで、もう、だいぶん経つのに、俺はそう思ってるけど、紺野はそうは思ってないんだなって。」
ぼかした会話だけど、佐藤さんの事だろう。認めたりはしないが。
「忘れてるだろうけど、他の誰より早く話をしてるつもりだった。面接のときに思い切って話しかけたんだけど。」
一気にそこまで記憶をさかのぼらせた。
覚えてたの?
目を見る。
「思い出した?」
「・・・・・忘れてると思ってた。入社してからも全然そんなそぶりなかったし。」
「覚えてたよ、真っ先に探した。なかなか話しかけるチャンスがなかったんだよ。それになんだか目的がバレそうで。」
全然知らないけど。
「でも、時間が経ってしまうと、もう言えなくなって。三カ月過ぎたら、もう言えないよなあって思って、諦めた。そうじゃなくてもなんとなく仲良くなれたし。」
普通だけど。
それでも新人の頃はいろいろ相談もした。
指導も皆まとめてだったから、分からないことは他の仲間も入れて相談した。
それに指導してくれたのが厳しい先輩だったのだ。
1人じゃ辛かったかもしれない。
その内にボロボロと人が辞めていって二人になった。
「だから・・・・ずっと好きだった。ずっと見てたのに、まさかなあ・・・・・。」
「紺野は寂しかっただろうけど、俺は拍手喝采で喜んだ。二度と帰ってくるなって思うくらい喜んだけど、よく考えたら奥さんいるしなあって。でも明らかに顔を出してくれた日は違うよな。ぼんやりしてる。」
そんな冷静に観察しないで。
それに、そんな事はない。
この間だって・・・違う。
「別に・・・・。そう言って、可愛い子をとっかえひっかえ付き合い続けてる理由もそれっていうの?同期の子だって・・・・。」
「昨日もそれ言ってたか?何のことだかわからない。同期って何だよ、誰だよ。それに身代わりとかって。全然分からない。さっき言ったのがすべてだけど。」
「仕事中、よく、いなくなるじゃない。非常階段から出てくるところ見た。その後ご丁寧に私を元気つけたいって口実で飲み会を開いて、その子を呼んだりして。ねえ、結構バレてるよ。あんまりいい評判じゃないよ。知らなかった?」
自分で言って胸が痛い。
こんなひどいことを私に言わせるの?
「仕事中いなくなるのは・・・・・仕事だから。誰にも言ってないけど、ちゃんと仕事だから。頼まれてるんだよ。商品開発部とあと少し他のところにも。女の子が一緒なのもたいていその絡みだから。俺のペースで進めていいって言われて、時間が空いたときに誘って、仕事に付き合ってもらってる。それにこの間の飲み会は、本当に元気になってもらうために開いた。あの日は変だったから、明らかに落ち込んでたから。」
あの日、久しぶりに先輩に会えた日、・・・・別に、今更そんなには。
それよりも非常階段から戻ってきた二人を見て、隠れた。多分そっち。
絶対、言えないけど。
「分かった。仕事なら、私は何も言えない。でもちゃんと今度から言って。それは・・・・常識でしょう?」
もう何度も言ってる。
「分かった。」
その返事も何度も聞いてる。
「なあ、やっぱり、ダメなのか?」
「何が?」
「何がって、俺の話の返事だよ。」
「だから、しょうがないって、仕事なら。もっと詳しく聞いていいなら教えて欲しい気もするけど。秘密の仕事ならいい、聞かない。」
「わざと避けたい話題なのか?なあ、そんな酷いことするのか?」
「何よ、構わないって言ったじゃない。仕事ならどうぞって。後は知らないわよ。個人的な事は、噂だって私が否定できるものじゃないから。」
「別にいいよ。何を言われても。関係ない奴は別に。俺はお前が好きだって言ったんだよ、ずっと見てたって。それごと無視する気なのか?」
「新人の頃の話でしょう?自分がさっき仲良くなれたからいいって満足したっていう風に言ったんじゃない。別にいいわよ、昔の話は。お互い若かったんだから。」
お互いよ・・・。あの頃のことだから。
「誰が過去の話なんかするかよ。むしろ絶対しない。昨日も言ったよな、忘れられないなら待つって。近くにいて待つからって。いつ過去になってるんだよ、今だし、未来の話だし。」
昨日と同じ、怒った顔をする。
狭い車内で肩を掴まれて、顔を少し寄せられて、その分体を引いた。
痛みとびっくりした私の反応に少し手をゆるめて、表情も少しは緩んだ。
「お願いだから、ちゃんと、一度は向き合ってくれないか?急がないから。今更急がせないから。・・・・俺にしろよ。誰より早く話をしたって言っただろう。」
どんな顔をしてるのか分からない。
私から見えるのはつむじ。
頭を肩に軽くつけられるくらいに近い。
「怒鳴ってごめん、あんまり・・・ひどい。このままじゃあ、全然気が付かなくて、絶対他に好きな奴作るつもりだろう?昨日だって後輩に年下勧められてたし。」
聞いてたの?
一体あの時間何してたのよ。
具合悪いとか眠いとか、何だったの?
「昨日のあれ・・・・、何があったの?」
「まだ分からないのかよ。黙ってるのに耐えられなかったんだよ。もう、五年以上だって。ほぼ六年。どうしても話がしたかったんだよ。部屋が一番安心できるし、もし、うまくいったら、泊まってもらいたいって思ってたし。」
「じゃあ、具合悪くなかったの?」
「悪いよ、異常な緊張で。結構飲んだんだよ。心配してくれてるのは分かったけど、でも、ソファに寝かせたらすぐに帰りたそうだったし。」
そりゃ、そうだろうよ。
入るのにも躊躇してたのに、ずっといるとかないって。
「なあ、いつまで待てばいい?」
うっかり目を見てしまった。
普通の顔じゃないし、怒ってもいないし、本当にお願いされてるって顔と目で。
「・・・・・・・。」
何と言っていいか分からない。
「ごめん、急がせないって言ったのに。待つから。仕事中に催促したりもしない。約束も守る。だから、絶対忘れないで欲しい。待ってるから。」
うなずいた。
体も顔も離れて行った。
両方の窓が開いて風が通る。
外を見てそのままぼんやりしてるみたいで。
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覚えててくれた・・・・あの頃言われてたら、すごくうれしかったのに。
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