名もない香りに包まれて。

羽月☆

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5 すり替わった月曜日のちょい飲みの相手。

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月曜日からいっそう無臭の女になったはずだ。

そうなると周りの人の香りが気になる。
詳しくはないのでブランドを当てたりは出来ないけど、みんなそれぞれの香りに包まれてるようだ。それは香水とは限らないけど。

女性専用車両の中はむわむわとした香りが充満している。

それは分厚い空気を伴っている。

同じ電車に乗っていて同じ駅で降りる人は多い。
すごく大きな駅だから。
そのホームから降りたところで乗り換える人、改札を出る人、そしてさらにあちこちに別れていく。
今は・・・確かほうかさんも同じ駅を使ってる。

別に・・・・どうでもいいけど。

もちろん視界にはいない。
まっすぐ前を向いて歩く。


いつものような地味な時間を過ごすのはしょうがない。


それでも昼に玲がやって来た。

「ランチ行こう。」


「直接誘ってくるの?」

「だって携帯見てくれないか、返事くれないか。無視してくれるくせに。」

そこは何も反論が出来ない。

「ごめん。」

「いい、ちゃんと訳は聞くから。」

そう言われて立ち上がって一緒に外に出た。
ランチを・・・・それだけでは済まないとしても、食べ始める前にさっさと切り出された。

「何があった?昔の知り合いにあったらしいとは聞いたけど。」

「元カノ。」

「それで?」

「前の人と同じタイプだった。本当に情けないくらい。その彼女にも気に入った香りをプレゼントしてた、多分歴代の彼女に。ただ、同業者っぽい話だったし、まあ、あるだろうとは思うけど。」

「それは、プロだし、そうだろうね、買うよりは作る方だよね。それに理由は前の人とは違うんじゃない?」

「それは分かってる。でも彼女の方が気がついたのよ、私のつけていた香りをかぎ取って。試作品だから世の中には出てない香りなのに。きっとあの人も同じ香りを纏ってほうかさんの横にいたことがあるんだと思う。私は思いっきり嫌味も言われて。それなのにかばうでもなく、注意して止めてくれるわけでもなく。ほうかさんは、ぼうっと聞いてただけだった。」


「私に昔の香りは似合わないって言いながら、似合うからって言いながら自分の好みを押し付けてただけ。」



「本当に、もうあの香りも、どの香りもしばらくは纏いたくない。」


「・・・・そうか。しょうがないかな。」


「うん。そういうこと。・・・・あ、来た来た、さあ食べよう。時間が無くなるよ。」


「うん。続きは夜ね。仕事終わったら連絡して。飲みに行って散々愚痴ればいいよ。」

「続きはないけど。お酒に付き合ってくれるならお願いしようかな。月曜日だしちょっとだけにするから。」

「うん、飲もう!」

まずは食べた。目の前のランチだ。
元気なふりしてひたすら口と手を動かして、どこまでも絡み合うパスタを減らすことに力を注いだ。バターと醤油の香りがいい。そんな和風な香りが自分の周りに漂う。
おいしそうな香りが自分を包む。
それでも食欲はあまり刺激されなかった。


午後も単調な作業をコツコツとして、集中して仕事をした。
終わりが見えたころに定時になり、少しの残業を伝えて待ち合わせ場所を決めた。

席で待っててくれてもいいのに。駅前のお店の中を指定された。
夜はビールやワインもあるし、お酒のリキュールを使ったコーヒーも飲める。
月曜日だからちょい飲みくらいの感じで、その店にしたんだろうかとも思った。

仕事を終わらせて、待ち合わせの場所に向かう。
一人で携帯をいじってるのが見えた。
小さな紙カップがテーブルにある。


移動するの?

「お疲れ。ごめんね、待たせた?」

「大丈夫。そんなに待ってないし、やる事あったし。」

そう言いながら携帯をバッグに仕舞い込み立ち上がった。
一応私は注文はまだだった。

行こう、そう誘われると思っていたのに。
だってコーヒーを持って立ち上がったから。

「じゃあ、私は帰ります。後はその人に交代。」

そう言って私の後ろを見た。
振り向いたら・・・・・ほうかさんがいた。
相変わらず似合わないスーツを着てる。

変。
この間よりいっそう肩が落ちてる感じがして、変。かっこよくないし。
スーツに猫背じゃ残念だし。

「同じことが続いたからって、ちゃんと違うって分かってるじゃない。それに、ちゃんと話をしないと可哀想でしょう?それから決めてもいいんじゃない?」

そう言ってカップを持って手を振っていなくなった玲。


「お疲れ様。ごめんね。お願いして待たせてもらったんだ。」


「そう。残業なかったんだ。」

「うん。その辺は割と余裕があれば自由にできるし。」


「そう。いい仕事だね。」

心のない相槌が続く。

手には大きなカップが握られていた。
視線をやったら気がついたみたいで。

「どこか別のところに場所を変えたいんだけど。」

「分かった。」

隣の席との距離は近い、こんなところで話をするのも少し。

先を歩くほうかさんについてお店を出た。

どこか目的の場所があるらしくて、目指してるように歩く。

飲もうと誘われたのは完全な嘘だったのだろうか、それとも本当に相手が変わるだけだろうか?

ただ、思ってもいないところに入って行ったほうかさん。

ここ?上の階に何かある?
見上げても分からず。
入り口は明らかに、カラオケ店。
予約をしてたらしく部屋のキーを渡されて本当に上がって行った。

鍵の番号を呟いて部屋を見つけて入り、明かりをつけた。

「こんな使い方もあるんだね。」

「誰かに聞いたの?」

「うん、さっきの友達、玲さん。二時間だけ予約を取るから、その中で・・・・・無理なら諦めろって言われた。」

それを私に言うの?
私はそんなの聞いてないし。

それでも時計を見た。
メニュー表があるけど見るまでもなく、食事もお酒も諦めた。

画面からは勝手にいろんな動画が流れ、扉を閉めても他の部屋からの素人歌唱の声が聞こえる。
そしてマイクも握られずにいる二人。

部屋の画面からの音もボリュームを絞り、ゼロにされた。


「この間はゴメン。不愉快な思いをさせてしまって。」

しました、すごく。

「昔一緒に仕事をしたんだ。あの通りグイグイとくる感じで、振りまわされた周りの一人で、仕事が終わって縁が切れたらホッとしたくらいで。」

「その時の仕事の縁であの日の仕事も声をかけてもらったくらいだから、きっと余計に腹立たしかったんだと思う。」

そう言って話を終わりにしたほうかさん。
今の内容だとほうかさんが絡まれたと言う話にしかならない。
私に対してのことについてはまったく触れるつもりはないの?
美人に個人的に関わって振り回されて終わったことについては?
自分好みの香をプレゼントして私と同じ香りを纏わせた彼女をどうしたこうしたの話はなし?


「何か誤解してるみたいだけど。そんな話を聞いて、それなら話をしたら大丈夫だと思ったんだけど。あの人と個人的に付き合ったことはないから。だってまったくタイプじゃないし、最初からあんな感じだから距離はとってたんだけど。」

そんな話だった?
じゃあ、何で私まで敵視されたの、どうしてあそこまで失礼な視線を浴びせられたと言うの?


「あの時は気がつかなかったんだ。そんな風に思われてたなんて。だから何でだろうって思って。とにかくあの失礼な態度は全部僕に対する言葉だったから。本当にごめん、気がつかなくて、嫌な思いをさせて。」

鈍感?

もしかして仕事をやりたかったって『また一緒に。』とか入ってたんじゃないの。
前回の時もあの人なりの好意で絡んできて、まったく無反応だったから腹が立ったとか?
ただのライバルだったら私のことまでああは言わないと思うのに。


どこかから流行りのラブソングが不安定な音程で流れ込んでくる。

この部屋は本当に静かで。
レンタルスペースのような使い方。
玲もどうしてここを教えたんだろう。
確かに邪魔も入らない、距離感も自由に広げたり縮めたりできる。
あとは・・・・。

「何歌う?」

いきなりマイクを取りに動いた私。
二つ取り目の前に一つづつ置く。
さすがにデュエットとかないけど。
リモコンを操作して曲を入れる。
もちろんボリュームも上げた。

大学の頃はよく友達と来ていた。
暇な昼の時間、授業の合間、バイトまでの時間。
一年少し前の流行りの曲を入れる。
一人で画面を見たまま、歌う。
ただ懐かしいだけの曲。
別にそこにメッセージを込めたつもりはない。
ただ元気な曲だった、当時盛り上がれる曲だった。
さすがにほうかさんはノリノリとはいかなくて、大人しく聞いてくれた感じだった。

それなりにスッキリした。
ここ数日の、同じ策略にハマりそうになった愚かな自分を慰めることは出来た。
たとえほうかさんがプレゼントに自分の作品を考えていたとしても、それは普通。
だから忘れる。
あの人の意地悪な目つきと言葉と、多分あっただろう、匂わされた事実ごと。

私の歌った曲の演奏も終わりまた部屋の二人が静かになった。
モニター画面はさっきから同じアーティストの曲紹介など繰り返し流してるだけ。

「この間はすみませんでした。あの後すぐに帰ったんですか?」

歌い切った後の謝罪、さすがに驚いてる。

「そうだね。男一人だと目立つから。でも知り合いに声をかけられて話をしたし、後日お礼も言われた。平日もそれなりに来てくれる人が多いって。」

「そうですか。良かったです。」

「うん、安心したかな。」

それ以外どう言えばいいんだろうか?

あの日の失礼はいいです、私こそ失礼しましたと謝った。
そして・・・・・。


「そういえば坂下も出来立ての友達以上彼女未満の女性と一緒に来てくれたらしい。安心した?」

「・・・・・何がですか?」

「上手く行ったかなって気にしてたから。」

「・・・・そうですね。良かったです。」

「後で伝えておく。多分心配してるから。」

やはりそこから玲までたどり着いたんだろうなあ。
坂下さんが私に直接連絡っていう手もあったと思うのに。
なぜ幹事二人まで行ったんだろうかと思う。
まあ、こんな思い切った手段は玲じゃなきゃ取らない。
全部正直に教えて、まんまと騙されて、身柄を引き渡された感じだった。
罪深いのは私じゃないと思うのに。
少しだけはそうだとしても、やっぱり引き寄せたほうかさんの責任じゃない。

「よかったら、食事に行かない?それともこの部屋をでたら背中を向けられるんだろうか?」

「そんな失礼はしばらくはないです。そこは私も反省してます。」

「そう?しばらくというのが不安だけど、ちょっとだけ良かったって思いたい。」

そう言いながら立ち上がった。
歩き出した私の手を取り受付に降りていく。
途中、伝票のはさまれたものを忘れたと気がついて取りに帰ったほうかさん。

「お腹空いたなあ。」

「そうですね。」

徐々に普通に戻ろう。忘れたことにしたんだから。


食事が終わる頃にはそうできていたと思う。

改札でつないだ手を離してから振って、そこそこの笑顔で別れた。


部屋について玲に報告はした。
そうじゃなくても坂下さんから報告は行くだろうから。

そう思ったのに、多分電車の中で坂下さんには連絡したらしい。

『うん、さっき聞いた。良かったね。雨降り後の地面でもいいよ。』

そこまで固まるほどの土壌はまだ育てていません。

『普通です。』

それでもどんな普通なのかはイメージできてない。
しばらくしてほうかさんからも連絡が来た。

『また週末誘いたいんですが、どこかへ出かけませんか?』

そう、まだ月曜日。
週末まではまだまだ。
それでも毎日二人で考えて約束を確かめ合うんだろう。
そうするとあっという間に来るとも思える。

『特に予定はないので大丈夫です。どちらにしましょうか?合わせます。』

そう、そんなやり取りも普通だと思うことにした。

明日から、普通の時も少しだけつけて見ようか。
目の前に持って来たサンプル番号4番。
名前のない香り。
これをオンリーワンだと思いたい。

ほうかさんはその人の元々の香りに足されるとまたちょっと違うって言っていた。
じゃあ、やっぱりこれをつけた私はただ一人だけのオンリーワンにはなれるはず。
急に思い立ってほうかさんに電話した。

『もしもし、涼さん、どうしたの?』

「ほうかさんに伝えたいと思ったことがあって。」

『・・・何かな?』

「ほうかさん、この間はあの人にすごく嫉妬して、そして悲しくて、悔しかったんです。だってあの人に向き合った瞬間手を離されました。それもすごく・・・・悲しかったんです。今部屋に帰ってきて、4番のボトルを見ながら急に伝えたくなりました。私とお付き合いしてください。」

『もちろん喜んで。でも返事は今度にする。もう一度僕が言うから、その時の返事を楽しみにしてる。いい返事をお願い。』

やり直し?電話は急だった?ダメだった?

「分かりました。すみません、急に伝えたくなって。」

『ううん、安心して週末を待てるから、すごく楽しみにできるからいいよ。うれしい、どうしよう週末を待てないかも。』

「じゃあ、金曜日でもいいです。一日早いだけですが。」

『うん、お店予約していい?』

普通に返事だけなのに?金曜日だから?

「そんな普通の気楽なお店でいいですけど。」

『イベントは大切にしたい。』

「はい・・・任せます。」

『うん、じゃあね。予約を取ったら連絡するね。』

そう言ってあっさりと切られた。あっさりと。
最後は本当にあっさりと終わりにされた私の決意。

一応玲に報告はした。

『良かったじゃない。もう一安心。こうなったら嫌な女に感謝したいくらい。でも邪魔されなくてもそうなったよね。』

『まあ、そうかも。』

そこは認めよう。

『じゃあ、また何かあったら相談してね。惚気でもいいよ。広い心で聞いてあげる。』

『ありがとう。じゃあ、またね。』

そう、今日は月曜日。
明日は仕事なのだ。
笑顔でそう思える自分が久しぶりでいいと思う。

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