名もない香りに包まれて。

羽月☆

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4 やっと新しい香りを纏ったその日に。

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それから毎日連絡があり、それを当たり前に思うように、夜は連絡を待って返事をする。
時々は私から。
そのために何か面白い事とかないだろうかと探しながら日々を過ごしてた。

人は慣れる。
ちょっとした変化も、それが続くと当たり前になるから。

『週末仕事になったんだ。せっかく頑張って仕事してるのに。』

『平日でもどこかで食事でも出来たらいいなあって思ってるんだけど、どうですか?』

『だいたい大丈夫です。予定が分かった時点で連絡いただければ。6時まででしたら当日でも会社にいるので。』

全力で待ってますみたいな文章。
あの日から服を外に出して、いらない思い出の香りを吹き飛ばしている。
消えただろうか?
4番はいまだに活躍はしてない。
部屋に置いたままだったけど、仕事用のバッグに入れておこう。
もし急に会うことになっても、つけれるように。
今度会う時はきちんとつけてる事を知らせたい。
多分気がつくだろうから。

これで何も言われなかったり、ちょっと違うとか言われたらがっかりだけど。


その日から少し緊張してたのに、夕方携帯を見る時に期待しそうな自分がいるのを感じてたのに。
期待させるような点滅のない日があり、開いても友達だったり。

それでも前日に連絡が来た。
部屋で受けた連絡はいつものような今日の出来事くらいのつもりだった。

『やっと一つの仕事の区切りがつきました。明日の夜はどうですか?』

『今のところ大丈夫です。目安の時間はどのくらいですか?』

『六時ごろに終わる予定です。週末の予定を決めたいのもありますので是非。』

『はい、お互いに終わったら連絡しましょう。』

お互いの路線の別れる駅で待ち合わせすることにした。

週末はあのイベントがある。
一緒に行こうと誘われた女性のためのイベント。

友達にも宣伝しておいた。

デートの合間に立ち寄れるし、女性同士で行っても楽しめるだろう。
宣伝に楽しみたいような反応があったから何人かは行ってくれるだろう。
もしかしたらそこで会う可能性もある。
知り合いが関わったイベントだとは教えた。

『その人と一緒に行くの?』

『うん、そのつもり。』

そう言ってるので誘われてはいない。

もう、これで都合がつかなくなったとか言われて、一人で行ってと言われたら悲しいから。


約束の夕方、待ち合わせて食事をしながら時間を決めた。
メインのイベントの日に。

「知ってる人がいるんですよね。」

「そうだね。」

「私が隣にいていいんですか?」

「いいよ。なんで?挨拶するくらいだし、それもないかも。完全にお客さんに紛れてれば声をかけて来ることもないかも。」

「そうなんですか。」

無用な気遣いらしい。

「友達も来てくれるらしいです。」

「・・・・・僕が横にいてもいいの?」

「・・・・会うとは限りませんし・・。」

「そう。」

「はい。」

会ったらなんと紹介すればいいんだろう。
知り合いの一言。

「そういえば坂下さんはどうなりました?」

「教えない。」

なんで?
視線も合わない。

何よ!

こっそり連絡を取ろう。私だって連絡先を知ってるんだから。
そうは思ってもなかなか連絡を取りずらい。
さすがにね。しょうがないので諦めた。
本当に知らないんだと思ってあげる。

約束の日。

イベントのサイトをまた見て、それなりに大人っぽくして出かけた。
お互いの知ってる人に会うかもしれない、私はいい、でもほうかさんは仕事相手に見られるんだから。私があんまりあれって感じでもよくないし、バランスを考えた。
少し大人びた感じで。

そう思ったけど、さすがにほうかさんもスーツじゃなかった。
そう言えば全然似合ってなかったから、あの日のスーツ。
この間の夜はスーツじゃなかった。

「ほうかさん、いつも仕事はスーツじゃないんですか?」

「滅多にないよ。だいたい白衣を着てることが多いしこんな感じが多いかな。ただ、この間みたいに仕事相手に会う時だけは一応スーツにしてるけど。」

「そうなんですね。」

「なんだか、どう評価されてるのか気になるんだけど。」

「この間のスーツはちょっとサイズが合ってない気がしてました。あんまり着てないのならしっくりきてなかっただけかもしれません。今の感じの方は似合ってます。」

清潔なブルーのシャツに、羽織物を手にしている。
首が長いのかもしれない。
首元を緩めたシャツでもそんなにラフ感が出ないし、本当にこの間よりもいいと思う。

「なんだかまだ見てる?」

「すみません。首が長いんだなあって思って見てました。」

「そうかな?あんまり自分じゃ分からないけど。」

視線は外した。どうしても視線が真横だと胸から首辺りになるから、見えてしまう。
上を見よう、斜め上。
そう思って顔を見たら私が見られてる気がした。

「今日はつけてくれたんだね。」

4番のボトルを朝つけた。
この間バッグに入れたのに、なかなか元の香りが抜けてないと思ったので、結局つけなかった。もちろんすぐに気がつかれた。
だから言い訳の様には言って謝った。

「風に当ててみたんです。でも何となく抜けてなくて。重なったりするのも嫌じゃないかなって思って。」

「うん、まだこの間の香りがするね。」

少し内緒話をするように近寄られた後、そう言われた。
早く消したいのにとか、呟かれた。
プレゼントされたものだと分かってるだろう。
別れた後も未練たらしく使っていたとも思われてるだろう。
違うとは言い切れない気もするけど。


今日は四番だけの香りになってると思う。

「すごくいいと思う。自分で言ったら変かもしれないけど、すごくいいと思う。今日の服の感じにも合うし。すごいいいと思う。」

「ありがとうございます。私もそんな気がします。」

お互いを褒め合ってる気がする。
手を出されて、普通に重ね、距離をつめるようにして歩いた。

最初にイベントの方に行こうと言ってた。
ビルの中を進んで、広い場所にあるはずだった。
確かにあった、ただ、思った以上に人がいた。
ほうかさんも驚くくらいに。
スタッフは笑顔で人の波を誘導している。
買い物をしてる人、甘いドリンクを手に友達と笑い合ってる人、ばらばらと人は均等にばらけてる。それでも賑わっていた。

端の方を歩いて、記念スポットの見えるところに行った。
既に行列が出来ている。
恋人同士、友達同士、カメラを手にしながら並んでいた。
笑顔になると頭上のアーチから香りのミストが噴霧されるらしい。
気がついた人が多く、ビックリして上を見る。
そしてまた笑顔になる。

「ほうかさん、みんな気がつくみたいですね。並んでる人は仕掛けにも気がつくし、楽しみにしてるみたいですし。」

「うん、すごく楽しそうに見えるし、良かった。」

「はい。大成功ですよ。」

「是非、涼さんにも体験してもらいたかったのに、時間かかりそうだね。」

そう言ってる間にも列は伸びている。

「先に食事をして、あとで来てみますか?今、並んでもいいですけど、写真を撮ってるスタッフの人は知らない人ですか?」

「うん、もちろん。僕が会ってた人は担当の人二人だけだから。」

二人で列が短くなるよりも伸びていくのを見ていた。

「後でもう一度来ようか。」

「そうですね。」

休日は無理のような気がしないでもない。

一緒に向きを変えて下の階を見に行く。

レストランがいくつか入っていた。
ビルの外でも困らない。
たくさん食べるところはあるから。

人混みの端を同じように戻ろうとした。

「ほうかっ。」

そう後ろの方から声がした。
立ち止まったほうかさん、私も当然後ろを向いた。

綺麗な女の人がこっちに来るのが分かった。
スタッフの人だろうか?
でも呼び捨てだった。
振り向きながらほうかさんがつないだ手をすぐに緩めたのが分かった。
はらりと自分の手が解放された。
・・・・力なく落ちた。

私から離れて駆け寄るでもない、相手の表情もあまり笑顔とは言い難い気もするし、そっと斜め上を見たら、ほうかさんもそうだった。

関係ない私まで少し緊張するような・・・なに?

ほうかさんが一歩前に出た。

「ほうか、おめでとう。この仕事あなたが取ったんですってね。」

『つかみ取った』と言うことだろうが、盗んだの『盗った』の響きにも聞こえる。

「私がやりたかったのに・・・まあ、いいけど。とりあえずはおめでとう。イベントも盛り上がってるみたいだしね。」

どうしても棘を感じてしまう。
同業者なんだろうか?

「元気そうだね。」

「ええ、変わりはないから、気にしないで。」

「そう。」

淡々としたほうかさんの返事。
相手の女性が私にやっと気がついたと言うように視線を下ろしてきた。
上から下まで、二往復。
そんな女性の視線はあからさまだった。

「仕事の関係の人?」

「いや。」

ほうかさんが答えた。
少し顎をあげて、見られてる。
その視線の意味は誰でも分かる。
確かに綺麗な人だった。
頭のてっぺんからつま先まで、隙が無いくらい。緩く組まれた手のネイルも色が完璧にコーディネートされている。そんな余裕のある大人の女性だった。
急に視線を外されて私に突き刺さっていた棘が少しだけ緩んだ。

「じゃあ、私はこれで。ちょっと興味あって見に来ただけだから。」

そう言って私の横を通り過ぎる。
でも、私の真横で立ち止まった女の人。
明らかに私を見て眉間にしわを寄せて、ほうかさんを見た。

「相変わらずね。お気に入りの女性にはマーキングせずにはいられないみたいね。確かにほうかの好みね、この香り。」

そう言って去って行った。

言われた意味が私にしみこむ。
今日つけた4番のボトル。
他にはないはずの物、試作品のサンプルなのに、あの人は分かったらしい、それがほうかさんの作ったものだと。
マーキング・・・。
ほうかさん好みの香りと言われた、つけてる私はどう見えたのだろう、考えるまでもなく見下されていた。
多分同業者、ライバル、そして私に向いた悪意をひっくり返したら、その存在感は見えてくる。・・・・・元、彼女。

「涼さん、ごめんね。昔から失礼な人だったから、嫌な気分になったらゴメン。忘れて。」

そう言われた。
斜め後ろ、全く動いてない場所から。
最後どんな表情をしていたのか私は分からない。
彼女に見破られて悔しそうな表情だったのか、それとも、同じことを彼女にもしていたから気まずかったのか、何か懐かしい日々の一コマでも思い出していたのか。

「やっぱり今日は混んでて無理そうですね。平日に私は友達と来てみます。これじゃあ楽しめないです。せっかく誘っていただいたのに、すみません。失礼します。」

お辞儀をして人混みを器用にすり抜けて、地下鉄の入り口から潜った。
適当なホームに降りて、滑り込んできた電車に乗った。
どこでもいい、どこかから、自宅に帰ればいい。

ほうかさんはきっと担当の人に話しかけたりして仕事をしただろう。
そんな過ごし方の方が良かったのかもしれない。
ほうかさんが仕掛けた香りは、何も知らない人達も驚いて楽しんで満足していたから。

ため息をついてバッグを持った両手におでこをつけた。
手首につけた、まだ馴染み切ってない4番の香りが一層強く感じられた。
ほうかさん好みの香り、この香りを気に入った人に纏ってもらうほうかさん。


また・・・私はまた結局同じやり方で巻き込まれたんだろうか?
そんな事ある?
部屋に着いて、手首を洗ったうえでシャワーを浴びた。
着ていた服はベランダに干して風を通す。
言われたように消臭スプレーも振りかけた。
洗濯をしてしまえば、馴染み切らないままの香りは私の周りからは消えると思う。

捨ててなかったボトルの横に並んだブルーの小瓶、名もない四番のボトル。

あの時、何も言われなかった。
あんな言い方されて、気がついてないわけないのに。
私よりあの人の事も知ってるだろうに。

まだ、仕事の関係者と紹介された方が良かったかもしれない。

思いっきり値踏みされた。
前回は相手に、今回は相手の元相手に。

まだ早い時間。
ゆっくり食事をする予定だった。
イベントの感想を言いながら、楽しそうに仕事の話するのを聞きながら。

「はぁ~。」

何だかしばらく無臭の女でいいと思った。
だって元々そんなにこだわる方じゃなった。
今だって貰い物の二種類しかないくらい。
ハンドクリームでもリップでも、つければそれなりの香りはする。
いまさらながら自分にとっての必要性の無さを感じた。

そんなことを言ったら調香師であるほうかさんはがっかりするんだろう。
『もともとそんなに香りには興味がないんです。』
そんな女性がいることにびっくりするだろうか?
だってわざわざ香水を毎日つける人、外出用に同じ香りのアトマイザーを持ち歩いている人、そんな人はどのくらいいる?

半分くらいいる?
そんな半分くらいの人を思って仕事してるほうかさん。
私はその中には入らないから。


次の日も携帯の電源を入れることなく過ごした。
失礼しますと背を向けて、駅に行くまでに電源を落として一日以上。

さすがに日曜日の夜にいれてみた。

少しは期待していた。
だけど何の連絡も来てなかった。
拒否したのに、この瞬間は期待していた自分を自覚せずにはいられないくらいのがっかり感を感じた。


代りに玲から連絡が来ていた。

『困ってるみたいよ。』

『いいの?』

なぜ、そんな連絡が来たか分からない。
玲はともかく、もう一人の幹事だった彼氏とも面識がないはずだ。
あとは遠回りに坂下さんからの幹事からの玲?
直接弁解する気はないらしい。
出来なくて困ってる?

全然違う問題があるか考えても思い浮かばない。
ほうかさんのこと以外何もない。そこは明らかに、ない。

それでも放っといた。
困ればいいとかじゃなくて、よく分からない。
本当にまだ全然分かってなかったんだし。
私は特に困らない。まだまだだったから、そう、いろいろが。

でも気の強い人が好きなんだろうか?
随分牙を出して威嚇された。
どんな気持ちなのかと考えて、きっと幸せじゃないんだと思った。
気の毒に、そう思われるくらいなら笑って懐かしんで、挨拶したほうがいいのに。
そう思いながら自分でできるかと思ったらどうだろうと考える。

人の事はどうとでも言える。

感覚を刺激するって厄介だ。

ふとしたときに思い出す。
声や仕草や香りも色も。
懐かしいくらいだったらいいのに、まだ、苦い。

本当に厄介。


玲も何も言わなくなった。あと一度くらい直接言われるだろうか?
言うんだろうなぁ。

だからって私は何も言えない。

どうにもならない。
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