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12 華乃 ~月の時間 大好きな人と過ごす時間のこと~
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結局研修の後の食事会は私の新しい『友達以上』の人の話になった。
あああ・・・・・写真まで見せてしまった。
二人が携帯を見て笑顔で。
「似てるね。本当に双子なんだ。」
「そっくり。美人だね。雰囲気は大分違うけどね。」
まず初めの感想は貴乃の事。
ただその後は・・・・。
間違えられて声をかけられたことから、こんがらがった四人の思惑で集まった食事会の事の話になって。
いろいろと褒められたことを教えてしまった。
「爪も綺麗だと褒めてもらえました。」
「そう、爪も・・・・。」
正直にそれまで褒めてもらったことを話していたので、さすがにお腹いっぱいみたいな顔をされた。
「華乃ちゃんは、その人のこと、まったく記憶に残ってなかったの?」
「だって貴乃の事を、って思ってたし。すごく短い間で、逃げ出すようにお辞儀をして向きを変えました。」
「そうかあ。でもこれから楽しめるといいね。来月から週末は平等に休もう。」
そう言われた。
本当はすごくうれしい。
そう言ってくれた遥さん。
綾さんを見るとニコニコと嬉しそうにしててくれてる。
「いいんですか?」
「もちろん。」
「ありがとうございます。」
「なんだか、『月』に例えられるって、どう?」
「手に入れたいだろうなあ、綺麗な『月』」
勝手に先輩達が変な想像をしてる気がする。
「貴乃が明るくて元気で太陽みたいな子なんです。だから貴乃に比べたら私は静かだからです。」
「でも写真をみても同じような髪型に同じ色のワンピースでしょう?何だか意味ありげだよね。」
「偶然です。本当に時々あるんです。あの日は貴乃と被らないような服を着て行ったんです。だけどそうなることもあるんです。」
「面白い。是非、来てもらって。二人並べて見たい。」
取りあえず楽しんでもらえたらしい、そして週末のお休みが増えることにもなった。
『先輩達と研修の後に食事をして、週末のお休みが増えることになりました。あと貴乃にも会いたいみたい。本当に今度招待するね。』
『良かったね。宮藤君には伝えとく。夜にでも電話して華乃も教えてあげて。絶対喜ぶから、何度でも喜ぶから。』
『そうする。ありがとう。』
そして喜んでもらえたと思う。
あの日よりはずっと落ち着いた感じで話が出来てる。
今度どこかに行こうといい、私の休みの前の日食事をしようと約束をして。
職場が近いから待ち合わせもしやすい。
そんな時は掃除や片付けもお願いして、代わりにそれ以外は私が引き受ける。
スーツを着た大人っぽい姿の宮藤さんにも随分慣れた。
隣に並んでもあんまり違和感のない服を着て会う。
もともとシンプルでもジーンズを履いたり、Tシャツを着てるほうでもない。
背中に手を置かれて歩き出し、その内腰や肩に手を置かれたり、手をつなぐことにもビックリすることもなくなってきた。
ある金曜日。
次の土曜日は休みだった。
どこに行こうかと、前日に食事をしながら決めようと言ってお互いの仕事終わりに待ち合わせた。
すごく小さな美術館がある。
金曜日は夜遅くまでやってる。
明日でもいいけど、ちょっと夜の美術館も興味深い。
エジプトの宝飾品を見れる。
もしかしたら・・・・・宮藤さんは全く興味がないかもしれないけど。
「宮藤さん、お腹空いてます?」
「そうだね。あ、もしかしてお茶タイムとかとってお腹空いてない?」
「いいえ、お茶タイムはありますが、近くの美術館が金曜日は遅くまで入れるんです。少しだけ行ってみたいんですが、今日は遅くなっても大丈夫だし。」
「いいよ。」
「あの、全然興味ないかもしれないですよ。いいですか?私がお金は払いますので。」
「じゃあ、食事は僕が払うから、お願いしようかな。」
「・・・・それじゃあ、全然です。」
「いいよ、華乃さんの興味があるものを知りたいし。」
何だろう?なんて言いながら笑顔を向けられた。
もともといつ来ても空いてる。
展示スペースもそんなに広い訳ではない。
大きな石づくりの美術館は夜の暗がりで見ると何かの儀式が行われそうな厳かな雰囲気さえ感じられる。
二枚のチケットを手にして二人でエレベーターに乗る。
案内と渡したチケットで展示内容は分かったと思う。
チェックしてもらってすぐ財布にしまっていた。
ゆっくり端からガラスケースを覗き込む。
とにかく今はいろんなデザインの物を見たい。
和柄のデザインは好評で、夏の季節にはお願いしたいと言われることが多い。
通って来てくださるお客様は落ち着いた女性が多い。
秋から冬に向けて、新しいデザインを考えるのも楽しくて。
美術品はとても大胆なデザインが多い。
色合いはゴールドとブルーが基本。
特徴的なデザインは虫、太陽、神様の使徒。
いつもよりいっそう静かで人もいない。
昼間いる美術館の人もいない。
当然これらの装飾品はそれなりの人のために作られたもので、副葬品である。
発掘をしていた墓所から出てきた品物がほとんどだと思う。
何かの儀式。そう感じた印象にも合う。
昼間だともっと明るいなかで見るけど、夜はまた違う雰囲気になる。
ゆっくり歩く。
つい夢中になっていた。
軽くつながれた手、一緒に横にいてくれる宮藤さん。
「すみません。宮藤さん、大丈夫ですか?」
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと夢中になってしまって、話しもしなかったので、退屈してませんか?」
最後は小声になった。
「まさか。全然、嫌いじゃないよ。時々特番があると見るよ。随分ミステリー色は薄れて来たけど、代わりにすごい世界観があったと分かってきてるよね。ちょっとガッカリする気もするけど、やっぱりすごいと思う。」
ガラスケースを見ながらそう言ってくれる。
「華乃さんはマイペースで見ていいよ。同じペースで僕も見てる。同じ物に対する価値観が少し違っても価値があるって分かってるから、すごく楽しいよ。」
「はい。」
ゆっくりと歩き出す。
二つの展示室を回ってお終い。
正直デザインが参考になったかと言われるとちょっと特殊過ぎた感じだった。
仕事の為じゃなくて、純粋に楽しんだ。
美術館を出て、明るい現代の光の中に戻るまで、宮藤さんが話をしている。
本当に嫌いじゃないみたい、知識は私なんかよりずっとあるし。
楽しんでもらえたみたい。良かった。
「夜に来て良かったです。すごく雰囲気がありました。一人じゃなかなか夜は来れなかったと思います。お付き合いいただいてありがとうございました。」
「そうだね。太陽が沈んだあと再生を繰り返すまでは夜の世界で、月の世界だね。太陽神で知られてるけど、その太陽がいない時間のほうが長いからね。」
そう言う顔を見る。
残念だが何を言ってるのか、そこまで詳しくはなくて。
「食事にしようか?」
涼しかった雰囲気から一転、笑顔にかえてそう言う。
「はい。」
明るい光がたくさん溢れる今に戻ってきた。
つないだ手に力をいれた。
線路をくぐり落ちついたエリアに入る。
何も聞かれず、坂を上る。
「あ、僕の行きたいお店でいい?」
「はい。よく来ますか?」
「ううん、少し調べたんだ。相談相手もいることだしね。」
もしかして貴乃?
予約をしてなかったけど、最後の一つのテーブルに滑り込めた。
美味しいと勧められたお酒を頼んで、お任せで食事を頼んでもらって。
同じ年なのについ頼りにしてる。
食事もいつも任せてることが多い。
あの最初の時よりは本当に落ち着いてる、って言うのもなんだけど。
さすがに褒められまくることもなく、話をしながら優しい笑顔を見てる。
どの距離でもその優しさが伝わってくる。
もっとすごく近い距離でも、ドキドキしながらたまに視線が合って動かせない時もあった。それでも全然宮藤さんの笑顔は変わらない。
私は緊張して表情にも出てしまったかもしれないけど、変わらない宮藤さん。
食事を終わりにして、坂をのぼりきり、違う駅の地下へ。
何個もある入口の一つが見えてきた。
急に大きな通りを外れるようにして曲がり、大きな建物に囲まれた広い場所に出た。
明かりはあるから、所々で話をしてる人たちがいる。
手にはコーヒーを持ってたり、ビール瓶らしきものを持ってたり。
宮藤さんが立ち止まり、壁にある段差に荷物を置いた。
「『ホルスの目』知ってる?さっきのデザインにもたくさん入ってたよね。」
「はい、そう書かれてました。くわしくはあんまり・・・というか、全然。」
「『死と再生』の考え方って、終わった後は新しい何かが始まるってことだよね。命だけじゃなくて。あらゆるものが形を変えて、今日から明日になるまでに、なにか変わるかもしれない。」
「ホルスの目は先を見通せる目なんだよ、第三の目って言う感じ。ねえ、華乃さん、目を軽く閉じて。」
言われるように目を閉じる。
ドキドキしてる。顔をあげずに少し俯いて。
宮藤さんが動く気配を感じてた。
前髪をさらりと触られておでこに指を感じた。
眉間の少し上のあたりに指を置かれた。
「ねえ、月の時間だよね。ここにあるはずなんだ。第三の目。何か見えない?」
何が?
月の時間。夜だから。太陽は休憩中、再生準備中。
触れた一点に熱を感じる。
「まだ、何も変わらない?何度も会ってるけど、どうかな?少しは存在感が大きくなってると思いたいんだけど?」
指は離れた。
先が見えないかということ・・・・。
何か、宮藤さんの望む形に変わらないかと、そう言うこと・・・・。
目を開けて見上げる。
さっきだってキスされるのかもしれないと思ってた。
そう思って大人しく目を閉じた。
その予感だけでも恥ずかしくて少し俯いたのに。
お互いに静かに見つめ合う。
「誰より存在感はあります。いつも連絡を待ってるし、約束した日の前の日はドキドキするし、当日会う時間まで、キャンセルがないかと不安になったり、楽しみ過ぎて顔が勝手に喜んでたり・・・するみたいで。」
二人にはすぐバレる。それくらい違うらしい。
今日も午前中にはバレてた。
「今、見つめてる目だけでも、伝わりませんか?」
「ちょっと暗くて・・・・遠い・・・・。」
見つめたまま近寄られて、目をのぞかれてる、途中までは。
でも違うかも、先に目を閉じた。
その瞬間、背中を寄せられて、背伸びをした自分。
唇に、感じた。
優しいキスを。
すぐに離れた宮藤さん。
でも背中は支えられたままで。
目を開けて私も腰に手を回した。
「ちゃんと伝わってて良かったです。」
周りを見る勇気がないけど、大丈夫だろうか?
「華乃さん・・・・急に部屋に誘ったら、困るよね。」
「明日も休みだし、出来たら一緒にいたいと思ったんだけど。ご両親が心配するかな?」
「・・・貴乃のところに泊まると言います。」
「嘘をつかない方法はないの?全然言ってないの?梶原さんがバラしてたりしてないかな?」
「分からないです。別に反対はされません。明日お母さんには謝ってちゃんと言います。でもバレてる気もします。」
「うん。でも一応先にお母さんに連絡してから、ダメだったら諦めるし。」
貴乃のところって言えば何も言われないのに。
少しぐらい疑っても、そんなに心配はされないと思うのに。
「一応梶原さんにも言っといたほうがいいのかな?それは任せる。」
先に貴乃に、その後お母さんに伝えた。
『分かった。何かあったらいつでも連絡していいよ。』
貴乃には了解を取り付けた。
でも、何があるっていうの?
『飲んでました。そのまま貴乃のところに泊めてもらうことになりました。明日は休みなのでのんびりして帰ります。心配しないで。』
『分かりました。お休み、華乃。』
少し離れて段差に腰かけて待っていてくれた宮藤さん。
「貴乃のところにって言いました。」
「そう。じゃあ、帰ろうか。」
手をつないでまた太い通りに戻った。
やっぱり詳しいんじゃないの、この辺り。
駅で電車を降りて、買い物をする間待っててもらう。
また手をつないで暗い道を歩いた。
月の時間。
でも雲が多くて、月の光が雲の間からちょっと見えるだけ。
宮藤さんがしゃべらなくて、無言の二人。
緊張した私が立てる音だけが聞こえてそうで、ちょっと苦痛で。
「宮藤さん、今日は月は見えないですね。」
「そんなにいらないよ。一つあればいい。」
そう言って立ち止まった。
その意味を考える前に言われた。
「ここだよ。」
そう言ってバッグから鍵を出して、ポストを覗き込んでからエレベーターに乗る。
手はつながれたままで大人しくついて行く。
部屋は当然真っ暗で、手探りですぐに明かりがついて、廊下が見えた。
「どうぞ。」
そう言われたけど、さっきからあんまり笑顔がない。
緊張してる、でいいんだろうか?
「お邪魔します。」小さく言って靴を脱いだ。
廊下の先、リビングに連れていかれた。
明かりがついて、思ったより広い部屋が見えた。
私の昔の部屋に比べるとグンと広い。
「適当に座って。コーヒーでいい?」
「はい。」
荷物を下ろして足元に置き、ソファに座る。
テーブルの上にあった雑誌を見る。
男性ファッション誌があった。
ちょっと意外な感じもしたり。
部屋にコーヒーの香りがして顔をあげるといなかった。
玄関の方から戻って来て、ジャケットとネクタイを外してきたらしい。
カップに注いで、持ってきてくれた。
当然隣に座られて、すっかり体が硬くなる。
揃えた足を向けられて、手を重ねられた。
「最初の最初に梶原さんと約束してるし。無理じいはしないから大丈夫だよ。」
そう言われた。
やっと優しい声で言われたのはその事だった。
「はい。」
返事をしてみた。
静かな部屋でコーヒーを飲む音だけ。
微かに他の部屋から人の声がする気がする。
「明日の予定決めようか?」
そう言ってテーブルの上の雑誌を捲られて。
「行ってみない?」
公園のイベントに誘われた。
雑誌を手に取り、読む。
自分一人じゃいけないところ、でも二人だと行ける。
「はい。面白そうです。」
「天気もいいしね。」
雑誌をテーブルに置くついでに少し近寄られて、視線が合った後、肩を倒され抱き寄せられた。
その瞬間に固まった体のまま横に傾いて、もたれた形なのに、力が抜けない。
「疲れそうだなあ。もっとリラックスしていいよ。」
そう言われて、力を抜きながら体重を預けて手を太ももに置いた。
大きく息をついたら、ゆっくり背中に手を回された。
大人しく目を閉じて俯いたまま。
頭に温かさを感じて、耳元にも。
ゆっくり手を動かして、腰まで手を伸ばしてみる。
近くにあったから、すぐに巻き付けた。
「仕事後で疲れてるよね。先にシャワー浴びるから、ちょっと待ってて。」
そう言って背中をさすられてから離れた宮藤さん。
自分の体が急に寂しくなった。
歩いて行く後ろ姿を見送る。
「すぐ出るから、適当に、テレビを見ててもいいし。」
そう言われてリモコンを指された。
機械的に手を伸ばしテレビをつけた。
少しボリュームを落としてみる。
夜のニュース番組が流れる。
普段からあんまり見る方じゃなくて、社会人の常識としては本当に無知な方だと思う。
政治経済についてはまったく興味が持てなくて。
もっと違う分野に就職してたら、少しは関連企業や団体にまつわるニュースも気にするんだろうけど。
それでもぼんやりと見ている。
足音がして、バスタオルを首にかけて宮藤さんが出てきた。
多分早かったと思う。
「じゃあ、どうぞ。ゆっくりしていいからね。」
そう言われてタオルとパジャマ代わりの服を渡された。
ちょっと重たい気がする。
買い物した化粧品を持ってバスルームを借りた。
ゆっくりお湯をためて、本当にのんびりと入ったかもしれない。
何かを考えてた気がするけど、まったくまとまった思考にはならなかったし、しなかった。
ただ時間が過ぎていた、そんな感じ。
髪の毛を乾かして、スッピンで外に出た。
テーブルにビールがあり、のんびりと雑誌を見てる宮藤さん。
「いろいろありがとうございました。」
「ああ、疲れが取れた?」
「はい。」
そう言ったらちょっと見つめられた。
「素顔だと何となく、ちょっとだけ梶原さんに似てるね。」
「そうですか?」
「うん、研修中の夜に話をしたことがあったんだ。あの時はきっと小室の近くにいたくて元気なふりしてても緊張してたんだと思う。すっかり忘れてたけど、久ぶりに思い出した。」
そう言って笑顔を見せられた。
「なんだか貴乃との思い出の方が多そうですね。」
ああ、つい言ってしまった自分。
冗談ですと言う前に宮藤さんの言葉がかぶさった。
「まさか、それなりにはあるけど、普段忘れてるよ。華乃さんとの方がたくさん時間を過ごしてるじゃない。距離も全然違うよ。」
そう言われて手を引かれてソファに座る。
「それに、梶原さんの思い出の中の自分はおまけだしね。小室の横によくいる奴その1だよ。」
「ねえ、そう考えると、小室と一番に仲良くなって良かったと思うし、梶原さんが小室を好きになってくれてよかったと思うんだ。少しでもズレてたら、こうなる確率はぐんと減ったよね。」
それはそうかもしれない。
本当に不思議な重なり。
あの日偶然出会わなかったら貴乃の妹の私のことなんて気にも留めなかっただろう。
友達の彼女の妹なんていつ話題に出るの?って感じだし。
そうしたら週末はまだまだ仕事をしてたかもしれない。
本当に小さな偶然で導かれた今みたい。
顔をあげるとビールを飲み干して、缶を置いて、こっちを見たタイミングだったみたい。
「少しはこの偶然に感動してくれた?」
「かなり・・・・・。」
ずっと視線を合わせてて、近寄ってきた瞳に見つめられたまま目を閉じた。
ビールの味がする。
テレビは消されてたから、キスの音しかしない。
合間に自分が漏らす息の音も混ざる。
「お願いします。」
首に手を回してくっついた。
返事はなかったけど、背中に回された腕で強く抱きしめられた。
何をお願いしたか、されたか、はっきりしないままの二人のまま。
「愛してください、もっと。」
「無理・・・もう一杯一杯だけど。」
「まだ、もっと。」
そう言って離れた。
立ち上がって、手を引いた。
自分でもびっくりするけど、言った通り、もっと愛して欲しいと思ったから。
一緒に寝室に入って、またお願いして、今度も確かめられることはなかったけど、ちゃんと分ってくれた。
朝、目が覚めながら、ゆっくり気配を感じていた。
自分以外の暖かい存在。
背中に当てられた手がゆっくり動いていた。
動いた私に気がついて名前を呼ばれた。
「華乃さん、おはよう。大丈夫?」
そう聞かれて、いろいろと思いだした。
昨日も何度も聞かれた。
最初は辛くて、でも、その内我慢できなくて。
答える前に上げかけた顔を伏せたのに、しっかり胸あたりにくっついてしまった。
そんな反応を返した私に何を言うでもなく、背中を撫でていた手で、頭を撫でながらキスをされた、と思う。
さすがに失礼だ。
「おはようございます。すごくよく眠れました。ありがとうございました。」
まるでベットを借りたお礼か、それとも?
「良かった。ちょっと、我慢できなくて。起こしちゃったかな。」
「・・・いいえ。」
軽く腰に当てていた手が背中に回されて、ちょっとだけあった二人の距離が一気に縮んだらしい。
ビックリして顔をあげた。
よくお互いの顔を確かめる時間はなかった。
まだ部屋も薄暗くて、何時だか分からない。
外の人の声や車の音、朝の気配は聞こえない気もするけど自信がない。
宮藤さんの息と自分の息しか聞こえない。
首に手を回して体をすり寄せた。
上半身がくっついて、足を絡められて、少し重たい宮藤さんを感じる。
さっきまで安心していた暖かさとはちょっと違うけど、自分で欲しがった熱だった。
次に目が覚めた時は目の前にいて、じっと見られてた。
思わず距離をとった。
「おはよう、華乃さん。今度は起きる?」
「・・・・はい。」
「ねえ、やっと欲しかった月を手に入れたと思っていい?」
「・・・・はい。」
「良かった、やっぱり一つでいい。昨日空にあった月はいらない。一つでいい。」
「やっぱり・・・ロマンチストなんですか?」
「やっぱりって、何?」
「貴乃がおかしそうに言ってました。知らない一面を見たって。」
「あの、初めて一緒に飲んだ日?」
「はい。」
「あの日はきっと散々二人で人のことを面白がってたんだろうね。途中からすっかりあの二人は落ち着いてたし。」
「あの日は本当にそれだけでも良かったと思えます。」
「本当に?あの二人だけハッピーになって、それで満足するの?」
そう言われると・・・・
「・・・・いいえ、違いました。」
「そうだよ、もともと僕がもらったご褒美が最初だったんだから。最初は三人のはずだったのを、小室が誤解してたから納得してもらうために呼んだんだから。」
「そんな事言って最初から貴乃のためにいろいろとしてくれたんですよね。」
「まあ、小室の為でもあるけど、最初は、そうかな。たんなる好奇心だよ。」
「ロマンチストで優しくて、」
「他には?」
「すごく、」
「すごく?」
「素敵です。」
「ありがとう。ねえ、ご両親に聞いてみたの?二人の内どっちが月でどっちが太陽か。」
「いいえ、聞いてないです。多分宮藤さんの思った通りです。」
「そう。」
おでこをつけて、キスをして。
「起きようか。お腹空いた。先にシャワー浴びるから。ちょっとここで待ってて。タオル持ってくるね。」
そう言って何も持たずに歩いて行った。普通に。暗い中の影だとは言っても、裸だけど。
大人しくバスタオルを待った。
手だけ伸ばして下着とパジャマをかき集めた。
手の届く範囲にあって良かった。
シャワーから出ると朝ごはんを用意してくれていた。
ちょっとだけのパンとコーヒー。
そういえば出かける予定も決まってたのに。
いつもより、ずっと寝坊した時間だった。
化粧品は預かってもらって、昨日と同じ格好で手をつないで出かけた。
明るい外廊下が恥ずかしくなる。
昨日この部屋で一緒にいたことが、自分でも信じられない。
「どうしたの?」
「何でもないです。」
顔をあげた。
「また来てくれる?」
「はい。」
「次の休みに?」
「時々週末はあります。」
「平日でもいいよ・・・・・ってそんなに梶原さんの部屋に泊まるって嘘もつけないけどね。」
そうか・・・・。
きちんと言うつもりではある。
初めから嘘をついてもしょうがないし、貴乃だって男の人の部屋に泊ってる事は普通に言ってる。恋愛中と失恋後、そんな事も隠さないから。
急だったから、嘘をついたけど、帰ったらお母さんには言う。
貴乃の会社の人だと言えば、ずっと安心してくれると思う。
「帰ったらちゃんと言います。好きな人と一緒にいたと。」
エレベーターはとっくに一階についてマンションの外に出ていた。
駅に向かって歩きながら、上を向いてそう言った。
「お休みの日は泊りに行くことがあるかもしれないとも言います。」
「うん、問題なければ、来てほしい。」
「問題はないと思います。喜んでくれると思います。」
「そうだといいな。」
公園のイベントで青空の下で気取らない食事をして、すっかり普通の恋人同士になれたと思った。
そして家に帰ってお母さんに正直に伝えた。
「貴乃から聞いてる。良かったじゃない。随分と惚れられてるって貴乃が悔しそうに言ってたけど、同僚の人でいい人だって。」
「いつ聞いてたの?」
「ちょっと前。誕生日の時じゃない?今度紹介して一緒に飲むからって。しばらく後に上手くいきそうだって報告があったわよ。」
「昨日の夜にバレてたの?貴乃のところだって思った?」
「違うと思ったわよ。朝仕事に行く時間までで気がつくわよ。デートするって丸わかりで、その後帰らないって連絡あったんだから。騙せると思ったの?」
「分からない。ちゃんと言うつもりだったよ。それは宮藤さんにも伝えてる。」
「そんなに厳しくは言わないからご自由に。前もって言ってくれると食事のこととか助かるから。」
「うん、分かってる。」
「いい人なんでしょう?」
「うん、すごくいい人だよ。」
「なら安心。」
「ねえ、お父さんは知ってるの?」
「さすがに気がついて・・・・ないと思う。まあ、その内に。」
「お願いします。」
貴乃も教えてるよって言ってくれてもいいのに。
それもちょっと早くない?
それにお母さんもちょっとくらい聞いてくれてもいいのに。ずっと観察してたんじゃない。
もう。
部屋に戻って連絡した。
「貴乃が早い段階で宮藤さんのことを報告してたらしいです。昨日も朝の様子でデートだってバレてたから、すっかり嘘だと分かってたみたいです。一緒に過ごすことも問題ないです。よろしくお願いします。」
『良かった。嘘を怒られたりも、外泊を反対されたりもしなかったんだよね。梶原さんに会えたら、もろもろのお礼を伝えとく。』
それはやめて欲しい、恥ずかしいじゃない。
『宮藤君は優しかったでしょう?』
昼過ぎに来た貴乃からのメッセージに返事が出来ないままなのに。
夜まで待って返事した。
『お母さんに全部教えてたの?すっかり嘘も分かってたみたいじゃない。貴乃の同僚っていうだけでも安心してもらえました。ありがとう。』
そんな返事だけにした。
次の日に職場に行ったら・・・・。
本当に自分は分かりやすいみたい。
にこにこしながら聞かれた。
「デート楽しかった?」
「はい。」
「お泊りできた?」
えっ。
顔が赤くなるのが分かる。
「昨日もちょっとだけ気になってたの。金曜日の仕事終わりに会って食事してるって
言ってたから、土曜日休みだとそうかなって。」
本当に隠せない。
「はい。部屋に連れて行ってもらいました。ちゃんと返事をしたんです。」
「してなかったの?」
「はい。なんとなく友達からって、姉の友達って感じで。どうなのかなって聞かれたから、ちゃんと伝えました。」
「そうか。大丈夫だとは思ってただろうけど、部屋に連れて行く前に確認したかったのかもね。」
「そうかもしれません。」
「良かったね。」
「ありがとうございます。」
本当に良かったと思う。
今、大好きな人に囲まれてることがすごくうれしく思える。
ふと横を見上げると何?って顔で見下ろされるその笑顔にもすっかり慣れて。
宮藤さんの部屋でくっついてる事にも慣れた。
たくさんのうれしいシーンが日常になる。
あれから一度四人で食事をした。
貴乃と小室さんの前でも変わらない。
相変わらず褒めてくれて、優しくしてくれて。
ついいつものように笑顔を返したら咳払いされることが二回ほどあって。
もちろん貴乃にだ。
急いで視線を外すと呆れた二人の顔が見れたりする。
変?
多分変なのは宮藤さんだよね。ちょっと会社でのいつもとは違うんだよね。
『なんだか浮かれてなくても普通に変だったんだ。』
そう言われてたから。
まだまだちょっとくらい浮かれてもいいよね。
まだまだ新鮮な二人のまま。
それでも私の平日の休み前と、宮藤さんの週末休みと、結構外泊が増えてる気がする。
むしろ普通に週末だけ会うよりは多いかも。
預かった鍵で一人で部屋にいることもある。
ご飯を作って帰りを待つこともあるし、見送った後、のんびり部屋から出ることもある。
それでも時間を気にせずに寝坊できる週末の朝が一番好きだ。
一緒に目を覚まして、その日は一緒にいられる日。
「おはよう、華乃。」
「おはよう。」
「起きる?」
見下ろされて聞かれても、そんなつもりはないだろうに。
『起きます。』なんて言ったら離れるの?
そんな事は言わないから、代わりに大好きだと伝える。
貴重な週末の休みの朝だから。
太陽の下、だけど暗い部屋ではまだまだ月の時間の続き。
静かに新しく生まれ変わる瞬間を待っている時間。
大好きな人の隣にいる時間。
私の月の時間。
終わり
あああ・・・・・写真まで見せてしまった。
二人が携帯を見て笑顔で。
「似てるね。本当に双子なんだ。」
「そっくり。美人だね。雰囲気は大分違うけどね。」
まず初めの感想は貴乃の事。
ただその後は・・・・。
間違えられて声をかけられたことから、こんがらがった四人の思惑で集まった食事会の事の話になって。
いろいろと褒められたことを教えてしまった。
「爪も綺麗だと褒めてもらえました。」
「そう、爪も・・・・。」
正直にそれまで褒めてもらったことを話していたので、さすがにお腹いっぱいみたいな顔をされた。
「華乃ちゃんは、その人のこと、まったく記憶に残ってなかったの?」
「だって貴乃の事を、って思ってたし。すごく短い間で、逃げ出すようにお辞儀をして向きを変えました。」
「そうかあ。でもこれから楽しめるといいね。来月から週末は平等に休もう。」
そう言われた。
本当はすごくうれしい。
そう言ってくれた遥さん。
綾さんを見るとニコニコと嬉しそうにしててくれてる。
「いいんですか?」
「もちろん。」
「ありがとうございます。」
「なんだか、『月』に例えられるって、どう?」
「手に入れたいだろうなあ、綺麗な『月』」
勝手に先輩達が変な想像をしてる気がする。
「貴乃が明るくて元気で太陽みたいな子なんです。だから貴乃に比べたら私は静かだからです。」
「でも写真をみても同じような髪型に同じ色のワンピースでしょう?何だか意味ありげだよね。」
「偶然です。本当に時々あるんです。あの日は貴乃と被らないような服を着て行ったんです。だけどそうなることもあるんです。」
「面白い。是非、来てもらって。二人並べて見たい。」
取りあえず楽しんでもらえたらしい、そして週末のお休みが増えることにもなった。
『先輩達と研修の後に食事をして、週末のお休みが増えることになりました。あと貴乃にも会いたいみたい。本当に今度招待するね。』
『良かったね。宮藤君には伝えとく。夜にでも電話して華乃も教えてあげて。絶対喜ぶから、何度でも喜ぶから。』
『そうする。ありがとう。』
そして喜んでもらえたと思う。
あの日よりはずっと落ち着いた感じで話が出来てる。
今度どこかに行こうといい、私の休みの前の日食事をしようと約束をして。
職場が近いから待ち合わせもしやすい。
そんな時は掃除や片付けもお願いして、代わりにそれ以外は私が引き受ける。
スーツを着た大人っぽい姿の宮藤さんにも随分慣れた。
隣に並んでもあんまり違和感のない服を着て会う。
もともとシンプルでもジーンズを履いたり、Tシャツを着てるほうでもない。
背中に手を置かれて歩き出し、その内腰や肩に手を置かれたり、手をつなぐことにもビックリすることもなくなってきた。
ある金曜日。
次の土曜日は休みだった。
どこに行こうかと、前日に食事をしながら決めようと言ってお互いの仕事終わりに待ち合わせた。
すごく小さな美術館がある。
金曜日は夜遅くまでやってる。
明日でもいいけど、ちょっと夜の美術館も興味深い。
エジプトの宝飾品を見れる。
もしかしたら・・・・・宮藤さんは全く興味がないかもしれないけど。
「宮藤さん、お腹空いてます?」
「そうだね。あ、もしかしてお茶タイムとかとってお腹空いてない?」
「いいえ、お茶タイムはありますが、近くの美術館が金曜日は遅くまで入れるんです。少しだけ行ってみたいんですが、今日は遅くなっても大丈夫だし。」
「いいよ。」
「あの、全然興味ないかもしれないですよ。いいですか?私がお金は払いますので。」
「じゃあ、食事は僕が払うから、お願いしようかな。」
「・・・・それじゃあ、全然です。」
「いいよ、華乃さんの興味があるものを知りたいし。」
何だろう?なんて言いながら笑顔を向けられた。
もともといつ来ても空いてる。
展示スペースもそんなに広い訳ではない。
大きな石づくりの美術館は夜の暗がりで見ると何かの儀式が行われそうな厳かな雰囲気さえ感じられる。
二枚のチケットを手にして二人でエレベーターに乗る。
案内と渡したチケットで展示内容は分かったと思う。
チェックしてもらってすぐ財布にしまっていた。
ゆっくり端からガラスケースを覗き込む。
とにかく今はいろんなデザインの物を見たい。
和柄のデザインは好評で、夏の季節にはお願いしたいと言われることが多い。
通って来てくださるお客様は落ち着いた女性が多い。
秋から冬に向けて、新しいデザインを考えるのも楽しくて。
美術品はとても大胆なデザインが多い。
色合いはゴールドとブルーが基本。
特徴的なデザインは虫、太陽、神様の使徒。
いつもよりいっそう静かで人もいない。
昼間いる美術館の人もいない。
当然これらの装飾品はそれなりの人のために作られたもので、副葬品である。
発掘をしていた墓所から出てきた品物がほとんどだと思う。
何かの儀式。そう感じた印象にも合う。
昼間だともっと明るいなかで見るけど、夜はまた違う雰囲気になる。
ゆっくり歩く。
つい夢中になっていた。
軽くつながれた手、一緒に横にいてくれる宮藤さん。
「すみません。宮藤さん、大丈夫ですか?」
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと夢中になってしまって、話しもしなかったので、退屈してませんか?」
最後は小声になった。
「まさか。全然、嫌いじゃないよ。時々特番があると見るよ。随分ミステリー色は薄れて来たけど、代わりにすごい世界観があったと分かってきてるよね。ちょっとガッカリする気もするけど、やっぱりすごいと思う。」
ガラスケースを見ながらそう言ってくれる。
「華乃さんはマイペースで見ていいよ。同じペースで僕も見てる。同じ物に対する価値観が少し違っても価値があるって分かってるから、すごく楽しいよ。」
「はい。」
ゆっくりと歩き出す。
二つの展示室を回ってお終い。
正直デザインが参考になったかと言われるとちょっと特殊過ぎた感じだった。
仕事の為じゃなくて、純粋に楽しんだ。
美術館を出て、明るい現代の光の中に戻るまで、宮藤さんが話をしている。
本当に嫌いじゃないみたい、知識は私なんかよりずっとあるし。
楽しんでもらえたみたい。良かった。
「夜に来て良かったです。すごく雰囲気がありました。一人じゃなかなか夜は来れなかったと思います。お付き合いいただいてありがとうございました。」
「そうだね。太陽が沈んだあと再生を繰り返すまでは夜の世界で、月の世界だね。太陽神で知られてるけど、その太陽がいない時間のほうが長いからね。」
そう言う顔を見る。
残念だが何を言ってるのか、そこまで詳しくはなくて。
「食事にしようか?」
涼しかった雰囲気から一転、笑顔にかえてそう言う。
「はい。」
明るい光がたくさん溢れる今に戻ってきた。
つないだ手に力をいれた。
線路をくぐり落ちついたエリアに入る。
何も聞かれず、坂を上る。
「あ、僕の行きたいお店でいい?」
「はい。よく来ますか?」
「ううん、少し調べたんだ。相談相手もいることだしね。」
もしかして貴乃?
予約をしてなかったけど、最後の一つのテーブルに滑り込めた。
美味しいと勧められたお酒を頼んで、お任せで食事を頼んでもらって。
同じ年なのについ頼りにしてる。
食事もいつも任せてることが多い。
あの最初の時よりは本当に落ち着いてる、って言うのもなんだけど。
さすがに褒められまくることもなく、話をしながら優しい笑顔を見てる。
どの距離でもその優しさが伝わってくる。
もっとすごく近い距離でも、ドキドキしながらたまに視線が合って動かせない時もあった。それでも全然宮藤さんの笑顔は変わらない。
私は緊張して表情にも出てしまったかもしれないけど、変わらない宮藤さん。
食事を終わりにして、坂をのぼりきり、違う駅の地下へ。
何個もある入口の一つが見えてきた。
急に大きな通りを外れるようにして曲がり、大きな建物に囲まれた広い場所に出た。
明かりはあるから、所々で話をしてる人たちがいる。
手にはコーヒーを持ってたり、ビール瓶らしきものを持ってたり。
宮藤さんが立ち止まり、壁にある段差に荷物を置いた。
「『ホルスの目』知ってる?さっきのデザインにもたくさん入ってたよね。」
「はい、そう書かれてました。くわしくはあんまり・・・というか、全然。」
「『死と再生』の考え方って、終わった後は新しい何かが始まるってことだよね。命だけじゃなくて。あらゆるものが形を変えて、今日から明日になるまでに、なにか変わるかもしれない。」
「ホルスの目は先を見通せる目なんだよ、第三の目って言う感じ。ねえ、華乃さん、目を軽く閉じて。」
言われるように目を閉じる。
ドキドキしてる。顔をあげずに少し俯いて。
宮藤さんが動く気配を感じてた。
前髪をさらりと触られておでこに指を感じた。
眉間の少し上のあたりに指を置かれた。
「ねえ、月の時間だよね。ここにあるはずなんだ。第三の目。何か見えない?」
何が?
月の時間。夜だから。太陽は休憩中、再生準備中。
触れた一点に熱を感じる。
「まだ、何も変わらない?何度も会ってるけど、どうかな?少しは存在感が大きくなってると思いたいんだけど?」
指は離れた。
先が見えないかということ・・・・。
何か、宮藤さんの望む形に変わらないかと、そう言うこと・・・・。
目を開けて見上げる。
さっきだってキスされるのかもしれないと思ってた。
そう思って大人しく目を閉じた。
その予感だけでも恥ずかしくて少し俯いたのに。
お互いに静かに見つめ合う。
「誰より存在感はあります。いつも連絡を待ってるし、約束した日の前の日はドキドキするし、当日会う時間まで、キャンセルがないかと不安になったり、楽しみ過ぎて顔が勝手に喜んでたり・・・するみたいで。」
二人にはすぐバレる。それくらい違うらしい。
今日も午前中にはバレてた。
「今、見つめてる目だけでも、伝わりませんか?」
「ちょっと暗くて・・・・遠い・・・・。」
見つめたまま近寄られて、目をのぞかれてる、途中までは。
でも違うかも、先に目を閉じた。
その瞬間、背中を寄せられて、背伸びをした自分。
唇に、感じた。
優しいキスを。
すぐに離れた宮藤さん。
でも背中は支えられたままで。
目を開けて私も腰に手を回した。
「ちゃんと伝わってて良かったです。」
周りを見る勇気がないけど、大丈夫だろうか?
「華乃さん・・・・急に部屋に誘ったら、困るよね。」
「明日も休みだし、出来たら一緒にいたいと思ったんだけど。ご両親が心配するかな?」
「・・・貴乃のところに泊まると言います。」
「嘘をつかない方法はないの?全然言ってないの?梶原さんがバラしてたりしてないかな?」
「分からないです。別に反対はされません。明日お母さんには謝ってちゃんと言います。でもバレてる気もします。」
「うん。でも一応先にお母さんに連絡してから、ダメだったら諦めるし。」
貴乃のところって言えば何も言われないのに。
少しぐらい疑っても、そんなに心配はされないと思うのに。
「一応梶原さんにも言っといたほうがいいのかな?それは任せる。」
先に貴乃に、その後お母さんに伝えた。
『分かった。何かあったらいつでも連絡していいよ。』
貴乃には了解を取り付けた。
でも、何があるっていうの?
『飲んでました。そのまま貴乃のところに泊めてもらうことになりました。明日は休みなのでのんびりして帰ります。心配しないで。』
『分かりました。お休み、華乃。』
少し離れて段差に腰かけて待っていてくれた宮藤さん。
「貴乃のところにって言いました。」
「そう。じゃあ、帰ろうか。」
手をつないでまた太い通りに戻った。
やっぱり詳しいんじゃないの、この辺り。
駅で電車を降りて、買い物をする間待っててもらう。
また手をつないで暗い道を歩いた。
月の時間。
でも雲が多くて、月の光が雲の間からちょっと見えるだけ。
宮藤さんがしゃべらなくて、無言の二人。
緊張した私が立てる音だけが聞こえてそうで、ちょっと苦痛で。
「宮藤さん、今日は月は見えないですね。」
「そんなにいらないよ。一つあればいい。」
そう言って立ち止まった。
その意味を考える前に言われた。
「ここだよ。」
そう言ってバッグから鍵を出して、ポストを覗き込んでからエレベーターに乗る。
手はつながれたままで大人しくついて行く。
部屋は当然真っ暗で、手探りですぐに明かりがついて、廊下が見えた。
「どうぞ。」
そう言われたけど、さっきからあんまり笑顔がない。
緊張してる、でいいんだろうか?
「お邪魔します。」小さく言って靴を脱いだ。
廊下の先、リビングに連れていかれた。
明かりがついて、思ったより広い部屋が見えた。
私の昔の部屋に比べるとグンと広い。
「適当に座って。コーヒーでいい?」
「はい。」
荷物を下ろして足元に置き、ソファに座る。
テーブルの上にあった雑誌を見る。
男性ファッション誌があった。
ちょっと意外な感じもしたり。
部屋にコーヒーの香りがして顔をあげるといなかった。
玄関の方から戻って来て、ジャケットとネクタイを外してきたらしい。
カップに注いで、持ってきてくれた。
当然隣に座られて、すっかり体が硬くなる。
揃えた足を向けられて、手を重ねられた。
「最初の最初に梶原さんと約束してるし。無理じいはしないから大丈夫だよ。」
そう言われた。
やっと優しい声で言われたのはその事だった。
「はい。」
返事をしてみた。
静かな部屋でコーヒーを飲む音だけ。
微かに他の部屋から人の声がする気がする。
「明日の予定決めようか?」
そう言ってテーブルの上の雑誌を捲られて。
「行ってみない?」
公園のイベントに誘われた。
雑誌を手に取り、読む。
自分一人じゃいけないところ、でも二人だと行ける。
「はい。面白そうです。」
「天気もいいしね。」
雑誌をテーブルに置くついでに少し近寄られて、視線が合った後、肩を倒され抱き寄せられた。
その瞬間に固まった体のまま横に傾いて、もたれた形なのに、力が抜けない。
「疲れそうだなあ。もっとリラックスしていいよ。」
そう言われて、力を抜きながら体重を預けて手を太ももに置いた。
大きく息をついたら、ゆっくり背中に手を回された。
大人しく目を閉じて俯いたまま。
頭に温かさを感じて、耳元にも。
ゆっくり手を動かして、腰まで手を伸ばしてみる。
近くにあったから、すぐに巻き付けた。
「仕事後で疲れてるよね。先にシャワー浴びるから、ちょっと待ってて。」
そう言って背中をさすられてから離れた宮藤さん。
自分の体が急に寂しくなった。
歩いて行く後ろ姿を見送る。
「すぐ出るから、適当に、テレビを見ててもいいし。」
そう言われてリモコンを指された。
機械的に手を伸ばしテレビをつけた。
少しボリュームを落としてみる。
夜のニュース番組が流れる。
普段からあんまり見る方じゃなくて、社会人の常識としては本当に無知な方だと思う。
政治経済についてはまったく興味が持てなくて。
もっと違う分野に就職してたら、少しは関連企業や団体にまつわるニュースも気にするんだろうけど。
それでもぼんやりと見ている。
足音がして、バスタオルを首にかけて宮藤さんが出てきた。
多分早かったと思う。
「じゃあ、どうぞ。ゆっくりしていいからね。」
そう言われてタオルとパジャマ代わりの服を渡された。
ちょっと重たい気がする。
買い物した化粧品を持ってバスルームを借りた。
ゆっくりお湯をためて、本当にのんびりと入ったかもしれない。
何かを考えてた気がするけど、まったくまとまった思考にはならなかったし、しなかった。
ただ時間が過ぎていた、そんな感じ。
髪の毛を乾かして、スッピンで外に出た。
テーブルにビールがあり、のんびりと雑誌を見てる宮藤さん。
「いろいろありがとうございました。」
「ああ、疲れが取れた?」
「はい。」
そう言ったらちょっと見つめられた。
「素顔だと何となく、ちょっとだけ梶原さんに似てるね。」
「そうですか?」
「うん、研修中の夜に話をしたことがあったんだ。あの時はきっと小室の近くにいたくて元気なふりしてても緊張してたんだと思う。すっかり忘れてたけど、久ぶりに思い出した。」
そう言って笑顔を見せられた。
「なんだか貴乃との思い出の方が多そうですね。」
ああ、つい言ってしまった自分。
冗談ですと言う前に宮藤さんの言葉がかぶさった。
「まさか、それなりにはあるけど、普段忘れてるよ。華乃さんとの方がたくさん時間を過ごしてるじゃない。距離も全然違うよ。」
そう言われて手を引かれてソファに座る。
「それに、梶原さんの思い出の中の自分はおまけだしね。小室の横によくいる奴その1だよ。」
「ねえ、そう考えると、小室と一番に仲良くなって良かったと思うし、梶原さんが小室を好きになってくれてよかったと思うんだ。少しでもズレてたら、こうなる確率はぐんと減ったよね。」
それはそうかもしれない。
本当に不思議な重なり。
あの日偶然出会わなかったら貴乃の妹の私のことなんて気にも留めなかっただろう。
友達の彼女の妹なんていつ話題に出るの?って感じだし。
そうしたら週末はまだまだ仕事をしてたかもしれない。
本当に小さな偶然で導かれた今みたい。
顔をあげるとビールを飲み干して、缶を置いて、こっちを見たタイミングだったみたい。
「少しはこの偶然に感動してくれた?」
「かなり・・・・・。」
ずっと視線を合わせてて、近寄ってきた瞳に見つめられたまま目を閉じた。
ビールの味がする。
テレビは消されてたから、キスの音しかしない。
合間に自分が漏らす息の音も混ざる。
「お願いします。」
首に手を回してくっついた。
返事はなかったけど、背中に回された腕で強く抱きしめられた。
何をお願いしたか、されたか、はっきりしないままの二人のまま。
「愛してください、もっと。」
「無理・・・もう一杯一杯だけど。」
「まだ、もっと。」
そう言って離れた。
立ち上がって、手を引いた。
自分でもびっくりするけど、言った通り、もっと愛して欲しいと思ったから。
一緒に寝室に入って、またお願いして、今度も確かめられることはなかったけど、ちゃんと分ってくれた。
朝、目が覚めながら、ゆっくり気配を感じていた。
自分以外の暖かい存在。
背中に当てられた手がゆっくり動いていた。
動いた私に気がついて名前を呼ばれた。
「華乃さん、おはよう。大丈夫?」
そう聞かれて、いろいろと思いだした。
昨日も何度も聞かれた。
最初は辛くて、でも、その内我慢できなくて。
答える前に上げかけた顔を伏せたのに、しっかり胸あたりにくっついてしまった。
そんな反応を返した私に何を言うでもなく、背中を撫でていた手で、頭を撫でながらキスをされた、と思う。
さすがに失礼だ。
「おはようございます。すごくよく眠れました。ありがとうございました。」
まるでベットを借りたお礼か、それとも?
「良かった。ちょっと、我慢できなくて。起こしちゃったかな。」
「・・・いいえ。」
軽く腰に当てていた手が背中に回されて、ちょっとだけあった二人の距離が一気に縮んだらしい。
ビックリして顔をあげた。
よくお互いの顔を確かめる時間はなかった。
まだ部屋も薄暗くて、何時だか分からない。
外の人の声や車の音、朝の気配は聞こえない気もするけど自信がない。
宮藤さんの息と自分の息しか聞こえない。
首に手を回して体をすり寄せた。
上半身がくっついて、足を絡められて、少し重たい宮藤さんを感じる。
さっきまで安心していた暖かさとはちょっと違うけど、自分で欲しがった熱だった。
次に目が覚めた時は目の前にいて、じっと見られてた。
思わず距離をとった。
「おはよう、華乃さん。今度は起きる?」
「・・・・はい。」
「ねえ、やっと欲しかった月を手に入れたと思っていい?」
「・・・・はい。」
「良かった、やっぱり一つでいい。昨日空にあった月はいらない。一つでいい。」
「やっぱり・・・ロマンチストなんですか?」
「やっぱりって、何?」
「貴乃がおかしそうに言ってました。知らない一面を見たって。」
「あの、初めて一緒に飲んだ日?」
「はい。」
「あの日はきっと散々二人で人のことを面白がってたんだろうね。途中からすっかりあの二人は落ち着いてたし。」
「あの日は本当にそれだけでも良かったと思えます。」
「本当に?あの二人だけハッピーになって、それで満足するの?」
そう言われると・・・・
「・・・・いいえ、違いました。」
「そうだよ、もともと僕がもらったご褒美が最初だったんだから。最初は三人のはずだったのを、小室が誤解してたから納得してもらうために呼んだんだから。」
「そんな事言って最初から貴乃のためにいろいろとしてくれたんですよね。」
「まあ、小室の為でもあるけど、最初は、そうかな。たんなる好奇心だよ。」
「ロマンチストで優しくて、」
「他には?」
「すごく、」
「すごく?」
「素敵です。」
「ありがとう。ねえ、ご両親に聞いてみたの?二人の内どっちが月でどっちが太陽か。」
「いいえ、聞いてないです。多分宮藤さんの思った通りです。」
「そう。」
おでこをつけて、キスをして。
「起きようか。お腹空いた。先にシャワー浴びるから。ちょっとここで待ってて。タオル持ってくるね。」
そう言って何も持たずに歩いて行った。普通に。暗い中の影だとは言っても、裸だけど。
大人しくバスタオルを待った。
手だけ伸ばして下着とパジャマをかき集めた。
手の届く範囲にあって良かった。
シャワーから出ると朝ごはんを用意してくれていた。
ちょっとだけのパンとコーヒー。
そういえば出かける予定も決まってたのに。
いつもより、ずっと寝坊した時間だった。
化粧品は預かってもらって、昨日と同じ格好で手をつないで出かけた。
明るい外廊下が恥ずかしくなる。
昨日この部屋で一緒にいたことが、自分でも信じられない。
「どうしたの?」
「何でもないです。」
顔をあげた。
「また来てくれる?」
「はい。」
「次の休みに?」
「時々週末はあります。」
「平日でもいいよ・・・・・ってそんなに梶原さんの部屋に泊まるって嘘もつけないけどね。」
そうか・・・・。
きちんと言うつもりではある。
初めから嘘をついてもしょうがないし、貴乃だって男の人の部屋に泊ってる事は普通に言ってる。恋愛中と失恋後、そんな事も隠さないから。
急だったから、嘘をついたけど、帰ったらお母さんには言う。
貴乃の会社の人だと言えば、ずっと安心してくれると思う。
「帰ったらちゃんと言います。好きな人と一緒にいたと。」
エレベーターはとっくに一階についてマンションの外に出ていた。
駅に向かって歩きながら、上を向いてそう言った。
「お休みの日は泊りに行くことがあるかもしれないとも言います。」
「うん、問題なければ、来てほしい。」
「問題はないと思います。喜んでくれると思います。」
「そうだといいな。」
公園のイベントで青空の下で気取らない食事をして、すっかり普通の恋人同士になれたと思った。
そして家に帰ってお母さんに正直に伝えた。
「貴乃から聞いてる。良かったじゃない。随分と惚れられてるって貴乃が悔しそうに言ってたけど、同僚の人でいい人だって。」
「いつ聞いてたの?」
「ちょっと前。誕生日の時じゃない?今度紹介して一緒に飲むからって。しばらく後に上手くいきそうだって報告があったわよ。」
「昨日の夜にバレてたの?貴乃のところだって思った?」
「違うと思ったわよ。朝仕事に行く時間までで気がつくわよ。デートするって丸わかりで、その後帰らないって連絡あったんだから。騙せると思ったの?」
「分からない。ちゃんと言うつもりだったよ。それは宮藤さんにも伝えてる。」
「そんなに厳しくは言わないからご自由に。前もって言ってくれると食事のこととか助かるから。」
「うん、分かってる。」
「いい人なんでしょう?」
「うん、すごくいい人だよ。」
「なら安心。」
「ねえ、お父さんは知ってるの?」
「さすがに気がついて・・・・ないと思う。まあ、その内に。」
「お願いします。」
貴乃も教えてるよって言ってくれてもいいのに。
それもちょっと早くない?
それにお母さんもちょっとくらい聞いてくれてもいいのに。ずっと観察してたんじゃない。
もう。
部屋に戻って連絡した。
「貴乃が早い段階で宮藤さんのことを報告してたらしいです。昨日も朝の様子でデートだってバレてたから、すっかり嘘だと分かってたみたいです。一緒に過ごすことも問題ないです。よろしくお願いします。」
『良かった。嘘を怒られたりも、外泊を反対されたりもしなかったんだよね。梶原さんに会えたら、もろもろのお礼を伝えとく。』
それはやめて欲しい、恥ずかしいじゃない。
『宮藤君は優しかったでしょう?』
昼過ぎに来た貴乃からのメッセージに返事が出来ないままなのに。
夜まで待って返事した。
『お母さんに全部教えてたの?すっかり嘘も分かってたみたいじゃない。貴乃の同僚っていうだけでも安心してもらえました。ありがとう。』
そんな返事だけにした。
次の日に職場に行ったら・・・・。
本当に自分は分かりやすいみたい。
にこにこしながら聞かれた。
「デート楽しかった?」
「はい。」
「お泊りできた?」
えっ。
顔が赤くなるのが分かる。
「昨日もちょっとだけ気になってたの。金曜日の仕事終わりに会って食事してるって
言ってたから、土曜日休みだとそうかなって。」
本当に隠せない。
「はい。部屋に連れて行ってもらいました。ちゃんと返事をしたんです。」
「してなかったの?」
「はい。なんとなく友達からって、姉の友達って感じで。どうなのかなって聞かれたから、ちゃんと伝えました。」
「そうか。大丈夫だとは思ってただろうけど、部屋に連れて行く前に確認したかったのかもね。」
「そうかもしれません。」
「良かったね。」
「ありがとうございます。」
本当に良かったと思う。
今、大好きな人に囲まれてることがすごくうれしく思える。
ふと横を見上げると何?って顔で見下ろされるその笑顔にもすっかり慣れて。
宮藤さんの部屋でくっついてる事にも慣れた。
たくさんのうれしいシーンが日常になる。
あれから一度四人で食事をした。
貴乃と小室さんの前でも変わらない。
相変わらず褒めてくれて、優しくしてくれて。
ついいつものように笑顔を返したら咳払いされることが二回ほどあって。
もちろん貴乃にだ。
急いで視線を外すと呆れた二人の顔が見れたりする。
変?
多分変なのは宮藤さんだよね。ちょっと会社でのいつもとは違うんだよね。
『なんだか浮かれてなくても普通に変だったんだ。』
そう言われてたから。
まだまだちょっとくらい浮かれてもいいよね。
まだまだ新鮮な二人のまま。
それでも私の平日の休み前と、宮藤さんの週末休みと、結構外泊が増えてる気がする。
むしろ普通に週末だけ会うよりは多いかも。
預かった鍵で一人で部屋にいることもある。
ご飯を作って帰りを待つこともあるし、見送った後、のんびり部屋から出ることもある。
それでも時間を気にせずに寝坊できる週末の朝が一番好きだ。
一緒に目を覚まして、その日は一緒にいられる日。
「おはよう、華乃。」
「おはよう。」
「起きる?」
見下ろされて聞かれても、そんなつもりはないだろうに。
『起きます。』なんて言ったら離れるの?
そんな事は言わないから、代わりに大好きだと伝える。
貴重な週末の休みの朝だから。
太陽の下、だけど暗い部屋ではまだまだ月の時間の続き。
静かに新しく生まれ変わる瞬間を待っている時間。
大好きな人の隣にいる時間。
私の月の時間。
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