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19 誤解が解けたとすっきりした同期が一人

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会社の玄関を出ながら、何を食べようかと考える。
優しくなれるものが食べたい。
私に優しいものが食べたい。

ぼんやりと緩んでいた。

しばらく歩いて駅に向かってたら、
後ろから名前を呼ばれてびっくりした。

ここ二週間で覚えた声だったのに、声をかけられた場所も微妙で、芦田さんだと思ってしまった。

ビクッとなったのを、まず謝られた。
そこにいたのは佐々木君だった。
そう分かって、ほっと安心してしまった。

「ごめん。急に声かけて。ちょっと話がしたくて待ってた。」


「残業なかったの?」

「あぁ、先週随分手伝ってもらったから。」


「そう。」


仕事で評価してもらえるなら嬉しい。
それ以外がどうであれ・・・・ってそんな訳ない、酷すぎる評判の一人歩きはなんとかしたい。せめて新しく作り出すことは止めようと思ったばかりだし。


「悪いけど、離れて歩いて。すぐ変な噂になるらしいから。」


明らかな嫌みの応酬。
それでも素直に距離をとってくれた。
小声で謝りの言葉もあった。

だまされない、心の中では見下げられてるのは分かってる。



駅に行って、コンビニでお得価格のコーヒーをテイクアウトして、駅中の通路を歩いて外に出た。
色気も何もない場所。
ぼんやりとしてる人が数人いるくらい。


立ち止まる。
これで一人でここまで来てたら何だったのかと思うけど、佐々木君は同じようについて来ていた。
少し振り返って確認して、また視線をまっすぐに戻す。
その手にコーヒーはなかった。


「何?」

「ごめん。謝りたくて。」

「何を?」

覚えてないと林に言ったのに?

「よく覚えてないけど、声をかけられて、目が覚めて、寝起きで話をした気がする。その後会えなくて、何か間違ったと、そうは思った。ただ、よく覚えてなくて。ごめん、寝ぼけていたんだ。何か言ったんだと思うけど・・・・。」


「ねえ、林にも言ったから。別に忘れるからいいって。今回の事は忘れたいの、全部丸ごと。お礼もお終い、だから謝罪もお終い。だからいい。」


「下の奴の事はいい、別に恩を着せるつもりはない、忘れて欲しいくらいだし。
ただ、一緒に働けてうれしかった。忘れたくないし、終わりにもしたくない。何を言ったか、教えて欲しい、怒らせるつもりなんてなかった。言い方が悪かったから、伝わらなかったって思ってる。もう一度、ちゃんと言い直したい。」

そう言われた。
誰とでもすぐ寝る女って聞いてたから楽しみにしてたのに・・・・って、そんな噂をどういい直したいのか分からない。


「先輩達も分かってくれてたのに、本当のところは林から聞いてたと思ってた。でも確かに最初の時に林から『佐々木はお前の事は全く興味持ってない。』そう言われてたかも。だから私の噂が本当のところはどうなのか、ただ囁かれるままに、丸ごと信じてたんだ。」

林からそう聞いて意地になって、絶対手伝いが終わったら食事しようと誘われてやる!なんてやる気を出したことを思い出した。
あの時点での自分を笑ってしまう。
だって、興味もないんだから、そんな事は初めから『ない』私だった。



「さぞ、酷い女だと思ってたんでしょう?人の男をとりまくり、振りまくり、適当な笑顔と体と何かを、フルに使ってるみたいな・・・・・、そんなこと一度もしたことないのに。そこまで噂がひどかったなんて思いもしなかった。」


「ごめん、全然分からない。何のことなのか・・・・。」


「部屋に泊めてあげれば、友達の友達でも、同期の一人でも、さっさとベッドに誘うって思ってた?酔ってすぐに寝るような人でもベッドに放り込んで、服を脱がして、夜がダメでも朝にはきっとって、だから横に寝てるだろうって?」



「そんなことしたことないよ。悪かったわね、期待通りじゃなくて。」


「そんなこと思ってない、期待してない、全然。誤解だから。お願いだからなんて言ったのか教えて欲しい。自分の言ったことだろうけど、教えて欲しい。」


そう必死な顔をされた。
少なくとも表情はあって、私にはそう見えた。


「『全然評判と違う、ベッドに寝かせてくれると思ってた。一緒に隣で目を覚をさましてくれると思ってた。』寝ぼけながらもそう言ったよ。」


「どんな評判を聞いてたのか、私が聞きたいくらい。」

せっかく教えたのに、結局何の弁解もないらしい。



「じゃあ、私はこれで。本当に忘れたいから、もうあの事でお礼も言いたくない。お疲れ。」

階段を降りていく。
後ろから手を掴まれてびっくりした。

「待って。」

珍しく大きな声で、ぼんやりとその辺にいた人の注目を浴びてしまう。

手を振り払った。

「まだ、何か?」低い声で言った。

「誤解だから、今度は僕の話を聞いて。」


振り払ったのに、また腕を掴まれた。
今度は軽く。その手からお願いだからと、視線と同じような思いを勝手に感じ取ってしまいそうになる。


「噂とか、まったく興味がなかった・・・・わけじゃない。でも林君はいい奴だって、損な奴だって言ってた。女子の間で囁かれるくらいの話ならそうなんだと思った。先輩が気の毒そうにそう話をしてるのも聞いた。はっきりし過ぎてるって笑ってた。」

「悪い女の印象なんて少しもないよ、今でも。それは自分がそう思った、最初に見かけた時にそう思ったから、そこはブレないでいたし、林君の話を聞いてやっぱりって何度もそう思ってた。ただ、亜弓さんに自分から近寄ることはないって思ってた、そんなタイプじゃないし。林君も何も知らなくて、だから誘われることもなかったし。」


「課長から手伝いに来てくれるのが亜弓さんだと聞いて、ちょっとうれしくなった。同期の人ですって課長にも言ったから、じゃあ話をして適当に進めてくれって言われて、ちょっと緊張してたんだ。わざわざ挨拶にも来てくれたのに、ちゃんと話もできなくて。すごくムッとした表情をされて、自分にがっかりした。」



「その後もずっとそんな調子で。勝手に電気も消されて、本当に嫌われてると思ってた。印象も悪いんだろうし、まったく言葉を交わすこともなくて、ひたすら仕事してるし。お昼もとらなくて、頑張ってるけど、きっと自分を手伝うのも嫌なんだろうなあって、早く終わらせたいんだろうなあって、そう思ってた。」



「廊下で誰かと楽しそうにしゃべってるのを聞いて、本当に悔しくて。多分、相手が評判の悪い奴じゃなくても、嫌味の一言くらい言ったかもしれない。でもそれどころじゃない事態だと思って、急いで友達に確認して。悪口を言うような嫌な奴に思われたのは分かったけど、本気で心配したんだ。」



「本当に何もなくて良かった。少し話が出来るようになって、ずっと昼も休まずに働いてるのを先輩達も心配してたんだと思う。笑顔も見れるようになって良かったと思ったし、ついでに電気の件も誤解だって分かってホッとした。」



「林君にお願いしたんだ。一度一緒に飲みに行きたいって。」



「すぐにバレて、嬉しそうな顔で協力すると言われたのに、結局酔っぱらって、どうしようもなかったみたいで。ちゃんと伝えるつもりだった。それなのに、全然出来てないって分かって。目が覚めて、自分にがっかりしてそんなこと言ったんだと思う。本当はもっと違う風に話がしたかったし、せっかくのチャンスを無駄にしたくないって思っただけで、きちんと自分の気持ちを伝えるつもりだった。本当にごめん。」


話しは終わったらしい。

どうしたらいいか分からない。

結局どうすればいいの?

すっかり弁解が終わったと思ってスッキリした顔をしてるんじゃないかとすら思ってる。
漂ってくる雰囲気が誤解も解けて、きちんと伝えられてスッキリって。

そんな中途半端過ぎる状態で。
返事を求められてるわけでもないらしい。

それならそれでいいと思った。




「じゃあね。」

背中を向けた。
勝手に歩き出して、二、三歩して走った。


特に何も言われなかったし、追いかけられることもなくて、勿論腕も掴まれることもなかった。

取りあえず終わったらしい。

私だけ相変わらずモヤッとした思いは残ってるけど、まあ、あれでスッキリしてくれたんなら、それでいいならいい。
そう思うことにした。


まだまだ今週は始まったばかり。
先は長い。


一切忘れて、日常に戻るべく。


お風呂に入って温まりながら、何も食べてこなかったことに気がついた。
美味しいものを食べようと思ってたのに、残念。
優しいものを食べたかった。
誰かの手の加わったものを。
ギスギスした私を癒してくれるような食事を。

まあ、明日でいいか。

冷蔵庫の中の物を食べて、空腹を満たして、テレビを見た。


携帯を充電しようと手にしたら、浩美から連絡が来ていた。


『どう、今度こそ、うれしい事あった?』
『ちゃんと向き合ってあげてね。いい人だと思うよ。慣れると亜弓にだけは愛想よくなるんじゃない?』
『相手じゃない私は想像できないけどね。じゃあ。』


いつから知ってたの?
林があの飲み会を仕組んだんだから、その時に聞いたの?

だいたい私のほうは存在もあやふやだったと言うのに、林を通していつの間にか知られていたらしい。
直接の接点なんてまったくなかったのに。


結局よくわからないことが増えただけだった。
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