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6 懐かしい絵本の挿絵はずっと心の中に残っていたみたい。
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視線を下ろして、現実に戻ると大きな背中が見えた。
同じようなスーツの背中が並んでるけど、誰だか分かる。
だっていつも端っこにいるし。
本当に大きい。
子どもの頃よくお父さんの脚の上にいた。
隣にはお兄ちゃんがいて、二人でお父さんを分け合って話をして、ちょっかい出して、出されて、たまに喧嘩して、絵本を読んでもらって。
子どもの頃はお父さんは大きいとしか思わなかった。
今は細身だと分かるけど、脚の上も支えてくれる手も温かくて優しくて。
ある時からお兄ちゃんが一緒にその大切なスペースを分け合わなくなった。
いつも右左それぞれが決まったほうに乗っかっていたのに。
そうなるとしばらくして私もそこにはいかなくなった。
何でかは分からない。
ただ、側にはいて、体はピッタリとくっついていたからお父さんも寂しくなかっただろう。
ある時、図書館の本か、従兄弟の本か分からない、自分で選んで本を読んでもらった。
知らない本だったから自分の本じゃなかった。
それは有名なクマのぬいぐるみの本。
小さな男の子とクマと森の仲間たち。
あんまり話の内容は覚えてない。
クマはハチミツが好きなんだと、ハチミツの入れ物を抱えた挿絵は覚えてる。
それ以外に挿絵であったんだろう、クマと男の子が背中合わせに座って、男の子が長靴を履いてる絵を覚えている。
男の子がクマにお礼を言う。
「そこにいてくれると靴が履きやすい。」って。
たくさんの絵の中でも、その絵がその時一番印象に残っていたらしい。
次の日からお父さんが玄関で靴を履くタイミング、私は背中合わせに座った。
最初ビックリしたお父さんとお母さん。
「優、どうしたの?」
「こうすると靴が履きやすいんだって。」
それらしいことを言ったと思う。
自慢げに。
お父さんが読んでくれた話だろうに、大発見のように言ったかもしれない。
それからいつもお父さんが行こうかなって玄関に行くとついて行って、背中合わせに座った。
「優、ありがとう。ちゃんと履けたよ。」
そう言われたら立ち上がる。
いつもいつもちょっとだけ時間をかけて靴を履いてくれてたかもしれない。
その内私は同じタイミングで靴下を一緒に履くようになった。
そうなるともっと時間がかかる。
上手くクルクルできなかったり、きちんと伸びなかったり。
お兄ちゃんが真似しなかったから、玄関でのこの時間のお父さんの背中は私が独り占めだった。
しばらくそんな朝の儀式が続いて、いつの間にかやめたんだろう。
本当に『いつものようにしてる事』もいつの間にか必要なくなるみたい。
お父さんには全く必要なかっただろうから、きっと私が上手に靴下を履けるようになったのかもしれない。あるいは冬になって起きた途端寒くて靴下を履いていたとか。
矢田君の背中を見て、そんな事を思い出していたんだと思う。
ふすまを閉めても背中を見ていたら、ちょっと色々間違えたのかもしれない。
そのまま座って、懐かしい背中にもたれて目を閉じた。
トイレに行って目を覚ましたつもりなのに、やっぱり飲み過ぎてたんだろう。
ふらつくより前に眠くなったのかもしれない。
大人しくもたれたけど、急に背中に重みが来てビックリしただろう矢田君。
振り落としもせず、首だけで誰だか探っただろう。
まさかそんなに仲良くもない女子だとは・・・・さすがに思わなかっただろうし、私だとは気がつかなかっただろう。
隣の人が教えてくれたかもしれない。
そうだろう。
周囲の疑問は当然。
『何してるの?赤城さん。』それは私に。
『矢田・・・赤城さんと、そんな感じだったの?』きっと矢田君は聞かれただろう。
必死に否定しただろう。
一番びっくりしてただろう。
それでも動いて背中からずらされることもなくて、しばらく目を閉じたままいたみたい。
『優、何してるの?』
お母さんが言ってたセリフ、でもあきらかに違う誰かの声。
半分寝ていた脳が目を覚ます。
そこに花音がいた。
ぼんやりした私は、実家の玄関にいるのでもなく、まして子供でもない、今現在。
ん?
キョロキョロ見回した途端何人かの視線を感じた。
すぐ近く、背中の隣で声を潜めて聞かれた。
「矢田の背中はもたれて寝るのにいい具合だった?」
そう、矢田君の隣によくいる佐島君。
一気に目が覚めたと思う。現実が私に降りかかり、もたれていた背中から離れて距離をとった。もうそれはあからさまに、失礼なくらい。
「ごめん、矢田君。なんだか大きな背中がお父さんの背中に見えて。」
お父さん・・・・。
小さい誰かのつぶやきが聞こえた。
女子だから許して。
実家にいる理由は独り立ちの必要がないから、別に毎日もたれてるわけじゃない。
ちなみにお父さんは細身ですが。
あああ・・・・・。
「ちょっと酔ってたみたい。ごめんなさい。」
ひたすらお辞儀をした。
顔は見えてないけどお世話になったその背中の腰の部分辺りに。
「大丈夫。急に重たくなったけど。まあ、大丈夫。」
重たくて困ったとは言わないだろう。
優しいから。
周りの興味はササッと引いたらしい。
とりあえず決定的な場面でも、隠すような間柄でもないと判断されたんだろう。
この際家での私とお父さんの距離なんてどうでもいいだろう。
それでもコソコソと小さくなって歩いて、さっきいた場所まで移動した。
大きなグループを越えて、最初の場所まで行く勇気はなかった。
「ただいま。」
小さく言った。
「お帰り。随分面白い寄り道してたんだね。」
瑞樹ちゃんに言われた。
一理さんに至っては不思議顔。
そんな変わった人だったの?って思ってる??
「ちょっと飲み過ぎたみたい。いつもより飲んでるから。」
「でも良かったよね、お父さんとお兄さんと同じ呪われた血は流れてなくて。あそこでそんな特技を披露したら二人ともに廊下に連れ出すしかないよね。」
「しない、全然違う。それに何で矢田君も連れ出されるの?そんな時は私だけ連れ出して。」
「手をつなぐって言ったから、一緒にくっついて連れ出されるよね?」
最初の頃ぐいぐいとは飲めない理由のついでに披露した我が家の男性の悲劇と喜劇とその顛末。
一理さんがやっぱり不思議顔をしている。
「あのね・・・・。」
花音が嬉しそうに説明してる。
一理さんがどんどん面白い表情をして行く。
楽しんでくれたんならいいです。
明日のお礼の先払いです。
「ねえ、何で矢田君?明日楽しみにしてるんだよね、誘っていいんだよね?」
「も、もちろんです。」
本当に何で矢田君って、私も矢田君も思ってるよ。
酔っぱらったから、直ぐ入り口にいたから、大きかったから、さっきちょっとだけご機嫌にお礼を言ったから、以上。
でもそれだけのことでいきなり柱代わりにされたんだから気の毒かも。
抱き枕を使う習慣がなかったことを喜ぼう。
手をつなぐより、抱きつくなんて、一族の呪いを越えてしまう。
それに言葉の甘えはなかった。
そこはあの二人はしつこいくらいに甘えるらしいから。
お兄ちゃんの感じを目の当たりに見たけど、さすがに・・・・ね。
やっぱり飲み過ぎたんだろう。
懐かしい記憶が蘇ってきたからだろう。
明日は気をつけよう。
「明日はそんなに飲まないようにする。みんなも気をつけててね。」
「え~、そう言われると飲ませたい気もする。どうなるんだろう?」
「的を絞るかどうかも検証したいしね。」
「ちょっと楽しくない?」
無責任に花音と瑞樹ちゃんが言う。
「それも面白いかも。」
一理さんまで・・・そんな・・・・・。
二杯までにしよう。
とりあえず明日はこれ以上恥ずかしい思いはしたくない。
なんなら今日分って良かった。
あんまり調子に乗ったら、いつか呪いにかかりそう。
ガンガンとお水を飲んで目を覚ました。
明日の待ち合わせ場所もちゃんとメモにいれた。
お開きになって帰るタイミングで元のメンバーに合流した。
「一気に話題の人になったね。」
「言わないで・・・・飲み過ぎたんだと思う。」
「でも何で矢田君だったんだろうね?」
「これで真ん中の蜂田くんとか、雫井君辺りにぴったりとくっついてくれたら、もっと騒然となっただろうけどね。」
「そんなところ行かないし、くっつく前に追い払われそうじゃん。」
さすがに酔っていてもそのくらい空気を読む余力はあったと思う。
そこまで大胆になれるくらいだったら今までも伝説を作ってたと思う。
伝説からの何らかの成果があったと思う。
本当に何もなかったし。
「あ、ほら、もう一度謝ってきたら?あの後いろいろ聞かれたかもよ。」
ちょうど矢田君が一人でいた。
携帯を見てる。
暗い中明るい画面に照らされてる静かな横顔が見えた。
背中を押されて一歩前に出た。
そのまま誰も矢田君に近寄らないのを確認しながら近寄った。
「矢田君、本当にごめんなさい。勝手に背中を借りてしまいました。酔っていたとはいえご迷惑をおかけいたしました。」
ちゃんと距離はとりながらも、深々とお辞儀をして謝罪の気持ちを伝えた。
「ああ、大丈夫。何でもないよ。」
「本当に失礼しました。」
もう一度さらに深く頭を下げて、視線を合わせた。
怒ってないし、きっとそんなに不快な質問はなかったんだろう。
謝ったら急いで退散。
「じゃあ、お疲れさまでした。」
そう言って元のメンバーのところに戻った。
恥ずかしくて顔が赤いと思う。
とんだ酔っ払いとは思われただろう、まさかクマと男の子のシーンを思い浮かべてたりはしないよね、そこまでは伝わってないよね。
お父さんと私の姿を想像しただろうか?
それも・・・ちょっと・・・・。
本当に恥ずかしい。
「これで二人で話をしてるのを見られたら、あっという間に噂が流れるね。いっそ事実にしてもいいのに。」
「矢田君、彼女いるのかな?」
「聞いたことないね。」
「ちょっと聞いてくる。」
何で・・・・・・やめて、せめて今日は・・・・・。
そんな心の叫び声は届かず、勢いよく近寄って話しかけてる聖。
聖だってそんな仲良くなかったんじゃないの?
普通に笑顔で話しかけてる。
彼女の有無の確認だけじゃなくて、普通に話しをしてる。
あ、佐島君が帰ってきた。
聖はそっちにも愛想良く話をしてる。
急に三人がこっちを向いた。
何?
すぐに三人の視線は外れた。
幹事も帰って来て、解散の宣言をした。
聖はそのまま二人と歩きながら話をしてる。
すごい。やるじゃん。
皆もそう思ったらしい。
「帰ってこないね。」
「まだ聞いてないんじゃない。さすがに前振りをしつつ、サラリと聞くつもりなんでしょう。」
さっきの三人の視線は私とは無関係だと思いたい。
後ろの方からゆっくりと集団について行く。
「優、明日大丈夫?」
マコトに聞かれた。
「もちろん。ランチと美術館ね。夜は花音たちと合流することになったの。」
「そうなんだ。飲み過ぎないでね。」
「飲まない・・・・のも寂しいから、本当に気を付ける。」
「本当にびっくりした。素地はあるから気を付けた方がいいのかな?気をつけない方がいいのかな?」
素地とはもちろん皆も知ってる一族の呪いの顛末のことだ。
「気を付けた方がいいんだよ。気を付けるから。」
ちょっと後ろに下がってそんな話をしてたら聖が戻ってきた。笑顔だった。
「彼女いないって。」
「本当?」
嬉しそうに反応してる皆。
そしてこっちを見た。
首を振った。
「関係ないから。飲み過ぎたんだって。それに聖だって今まで話もしてないでしょう?いきなり彼女の事を聞いたりして、言いたくなくて誤魔化したかもしれないよ。」
「そこはこのメンバーで彼氏がいない人を発表して、佐島君のことも聞いたりして、私も過去のいろいろを披露したりして。それなりの交換情報は渡したんだもん、嘘をつかれてたら悲しい。」
そんなの勝手に渡されても困ると思うけど。
だいたい私たちの分も暴露してるし。
さっきの視線の意味も分かった。まあ、いい、事実は事実だ。
「今度飲みに行こうって話をしたんだ。誰か佐島君と飲みに行きたそうな子知ってたら教えて。楽しみだね、優。」
ニコニコしてる聖。
明らかに何か企んでるんだろう。
私は明日にも可能性があるんだから、大きな声で宣言できないけど、可能性はゼロじゃない。
酔いも醒めて、すっかり普通に家に帰った。
「優、飲み会楽しかった?」
「うん。」
まあね。
「明日はどうする?」
「明日も友達に会うの。昼に美術館とランチで、夜は別な子と飲み会に誘われた。」
「いいじゃない、珍しく充実してて。ご飯は?」
「いい。全部いらない。」
「了解。」
お腹もいっぱい、心は明日のことでドキドキが一杯。
でもチラチラと今日の失敗が頭をよぎる。
本当に何でああなったんだろう・・・・自分。
これでまた矢田君と飲むことになったら、また思い出して謝罪から始まるじゃない。
とりあえずは明日の年上男子。
その前に美術館。
いいじゃない、楽しい週末!
ご機嫌にお風呂に入り、鼻歌交じりに二階に上がり、寝た。
同じようなスーツの背中が並んでるけど、誰だか分かる。
だっていつも端っこにいるし。
本当に大きい。
子どもの頃よくお父さんの脚の上にいた。
隣にはお兄ちゃんがいて、二人でお父さんを分け合って話をして、ちょっかい出して、出されて、たまに喧嘩して、絵本を読んでもらって。
子どもの頃はお父さんは大きいとしか思わなかった。
今は細身だと分かるけど、脚の上も支えてくれる手も温かくて優しくて。
ある時からお兄ちゃんが一緒にその大切なスペースを分け合わなくなった。
いつも右左それぞれが決まったほうに乗っかっていたのに。
そうなるとしばらくして私もそこにはいかなくなった。
何でかは分からない。
ただ、側にはいて、体はピッタリとくっついていたからお父さんも寂しくなかっただろう。
ある時、図書館の本か、従兄弟の本か分からない、自分で選んで本を読んでもらった。
知らない本だったから自分の本じゃなかった。
それは有名なクマのぬいぐるみの本。
小さな男の子とクマと森の仲間たち。
あんまり話の内容は覚えてない。
クマはハチミツが好きなんだと、ハチミツの入れ物を抱えた挿絵は覚えてる。
それ以外に挿絵であったんだろう、クマと男の子が背中合わせに座って、男の子が長靴を履いてる絵を覚えている。
男の子がクマにお礼を言う。
「そこにいてくれると靴が履きやすい。」って。
たくさんの絵の中でも、その絵がその時一番印象に残っていたらしい。
次の日からお父さんが玄関で靴を履くタイミング、私は背中合わせに座った。
最初ビックリしたお父さんとお母さん。
「優、どうしたの?」
「こうすると靴が履きやすいんだって。」
それらしいことを言ったと思う。
自慢げに。
お父さんが読んでくれた話だろうに、大発見のように言ったかもしれない。
それからいつもお父さんが行こうかなって玄関に行くとついて行って、背中合わせに座った。
「優、ありがとう。ちゃんと履けたよ。」
そう言われたら立ち上がる。
いつもいつもちょっとだけ時間をかけて靴を履いてくれてたかもしれない。
その内私は同じタイミングで靴下を一緒に履くようになった。
そうなるともっと時間がかかる。
上手くクルクルできなかったり、きちんと伸びなかったり。
お兄ちゃんが真似しなかったから、玄関でのこの時間のお父さんの背中は私が独り占めだった。
しばらくそんな朝の儀式が続いて、いつの間にかやめたんだろう。
本当に『いつものようにしてる事』もいつの間にか必要なくなるみたい。
お父さんには全く必要なかっただろうから、きっと私が上手に靴下を履けるようになったのかもしれない。あるいは冬になって起きた途端寒くて靴下を履いていたとか。
矢田君の背中を見て、そんな事を思い出していたんだと思う。
ふすまを閉めても背中を見ていたら、ちょっと色々間違えたのかもしれない。
そのまま座って、懐かしい背中にもたれて目を閉じた。
トイレに行って目を覚ましたつもりなのに、やっぱり飲み過ぎてたんだろう。
ふらつくより前に眠くなったのかもしれない。
大人しくもたれたけど、急に背中に重みが来てビックリしただろう矢田君。
振り落としもせず、首だけで誰だか探っただろう。
まさかそんなに仲良くもない女子だとは・・・・さすがに思わなかっただろうし、私だとは気がつかなかっただろう。
隣の人が教えてくれたかもしれない。
そうだろう。
周囲の疑問は当然。
『何してるの?赤城さん。』それは私に。
『矢田・・・赤城さんと、そんな感じだったの?』きっと矢田君は聞かれただろう。
必死に否定しただろう。
一番びっくりしてただろう。
それでも動いて背中からずらされることもなくて、しばらく目を閉じたままいたみたい。
『優、何してるの?』
お母さんが言ってたセリフ、でもあきらかに違う誰かの声。
半分寝ていた脳が目を覚ます。
そこに花音がいた。
ぼんやりした私は、実家の玄関にいるのでもなく、まして子供でもない、今現在。
ん?
キョロキョロ見回した途端何人かの視線を感じた。
すぐ近く、背中の隣で声を潜めて聞かれた。
「矢田の背中はもたれて寝るのにいい具合だった?」
そう、矢田君の隣によくいる佐島君。
一気に目が覚めたと思う。現実が私に降りかかり、もたれていた背中から離れて距離をとった。もうそれはあからさまに、失礼なくらい。
「ごめん、矢田君。なんだか大きな背中がお父さんの背中に見えて。」
お父さん・・・・。
小さい誰かのつぶやきが聞こえた。
女子だから許して。
実家にいる理由は独り立ちの必要がないから、別に毎日もたれてるわけじゃない。
ちなみにお父さんは細身ですが。
あああ・・・・・。
「ちょっと酔ってたみたい。ごめんなさい。」
ひたすらお辞儀をした。
顔は見えてないけどお世話になったその背中の腰の部分辺りに。
「大丈夫。急に重たくなったけど。まあ、大丈夫。」
重たくて困ったとは言わないだろう。
優しいから。
周りの興味はササッと引いたらしい。
とりあえず決定的な場面でも、隠すような間柄でもないと判断されたんだろう。
この際家での私とお父さんの距離なんてどうでもいいだろう。
それでもコソコソと小さくなって歩いて、さっきいた場所まで移動した。
大きなグループを越えて、最初の場所まで行く勇気はなかった。
「ただいま。」
小さく言った。
「お帰り。随分面白い寄り道してたんだね。」
瑞樹ちゃんに言われた。
一理さんに至っては不思議顔。
そんな変わった人だったの?って思ってる??
「ちょっと飲み過ぎたみたい。いつもより飲んでるから。」
「でも良かったよね、お父さんとお兄さんと同じ呪われた血は流れてなくて。あそこでそんな特技を披露したら二人ともに廊下に連れ出すしかないよね。」
「しない、全然違う。それに何で矢田君も連れ出されるの?そんな時は私だけ連れ出して。」
「手をつなぐって言ったから、一緒にくっついて連れ出されるよね?」
最初の頃ぐいぐいとは飲めない理由のついでに披露した我が家の男性の悲劇と喜劇とその顛末。
一理さんがやっぱり不思議顔をしている。
「あのね・・・・。」
花音が嬉しそうに説明してる。
一理さんがどんどん面白い表情をして行く。
楽しんでくれたんならいいです。
明日のお礼の先払いです。
「ねえ、何で矢田君?明日楽しみにしてるんだよね、誘っていいんだよね?」
「も、もちろんです。」
本当に何で矢田君って、私も矢田君も思ってるよ。
酔っぱらったから、直ぐ入り口にいたから、大きかったから、さっきちょっとだけご機嫌にお礼を言ったから、以上。
でもそれだけのことでいきなり柱代わりにされたんだから気の毒かも。
抱き枕を使う習慣がなかったことを喜ぼう。
手をつなぐより、抱きつくなんて、一族の呪いを越えてしまう。
それに言葉の甘えはなかった。
そこはあの二人はしつこいくらいに甘えるらしいから。
お兄ちゃんの感じを目の当たりに見たけど、さすがに・・・・ね。
やっぱり飲み過ぎたんだろう。
懐かしい記憶が蘇ってきたからだろう。
明日は気をつけよう。
「明日はそんなに飲まないようにする。みんなも気をつけててね。」
「え~、そう言われると飲ませたい気もする。どうなるんだろう?」
「的を絞るかどうかも検証したいしね。」
「ちょっと楽しくない?」
無責任に花音と瑞樹ちゃんが言う。
「それも面白いかも。」
一理さんまで・・・そんな・・・・・。
二杯までにしよう。
とりあえず明日はこれ以上恥ずかしい思いはしたくない。
なんなら今日分って良かった。
あんまり調子に乗ったら、いつか呪いにかかりそう。
ガンガンとお水を飲んで目を覚ました。
明日の待ち合わせ場所もちゃんとメモにいれた。
お開きになって帰るタイミングで元のメンバーに合流した。
「一気に話題の人になったね。」
「言わないで・・・・飲み過ぎたんだと思う。」
「でも何で矢田君だったんだろうね?」
「これで真ん中の蜂田くんとか、雫井君辺りにぴったりとくっついてくれたら、もっと騒然となっただろうけどね。」
「そんなところ行かないし、くっつく前に追い払われそうじゃん。」
さすがに酔っていてもそのくらい空気を読む余力はあったと思う。
そこまで大胆になれるくらいだったら今までも伝説を作ってたと思う。
伝説からの何らかの成果があったと思う。
本当に何もなかったし。
「あ、ほら、もう一度謝ってきたら?あの後いろいろ聞かれたかもよ。」
ちょうど矢田君が一人でいた。
携帯を見てる。
暗い中明るい画面に照らされてる静かな横顔が見えた。
背中を押されて一歩前に出た。
そのまま誰も矢田君に近寄らないのを確認しながら近寄った。
「矢田君、本当にごめんなさい。勝手に背中を借りてしまいました。酔っていたとはいえご迷惑をおかけいたしました。」
ちゃんと距離はとりながらも、深々とお辞儀をして謝罪の気持ちを伝えた。
「ああ、大丈夫。何でもないよ。」
「本当に失礼しました。」
もう一度さらに深く頭を下げて、視線を合わせた。
怒ってないし、きっとそんなに不快な質問はなかったんだろう。
謝ったら急いで退散。
「じゃあ、お疲れさまでした。」
そう言って元のメンバーのところに戻った。
恥ずかしくて顔が赤いと思う。
とんだ酔っ払いとは思われただろう、まさかクマと男の子のシーンを思い浮かべてたりはしないよね、そこまでは伝わってないよね。
お父さんと私の姿を想像しただろうか?
それも・・・ちょっと・・・・。
本当に恥ずかしい。
「これで二人で話をしてるのを見られたら、あっという間に噂が流れるね。いっそ事実にしてもいいのに。」
「矢田君、彼女いるのかな?」
「聞いたことないね。」
「ちょっと聞いてくる。」
何で・・・・・・やめて、せめて今日は・・・・・。
そんな心の叫び声は届かず、勢いよく近寄って話しかけてる聖。
聖だってそんな仲良くなかったんじゃないの?
普通に笑顔で話しかけてる。
彼女の有無の確認だけじゃなくて、普通に話しをしてる。
あ、佐島君が帰ってきた。
聖はそっちにも愛想良く話をしてる。
急に三人がこっちを向いた。
何?
すぐに三人の視線は外れた。
幹事も帰って来て、解散の宣言をした。
聖はそのまま二人と歩きながら話をしてる。
すごい。やるじゃん。
皆もそう思ったらしい。
「帰ってこないね。」
「まだ聞いてないんじゃない。さすがに前振りをしつつ、サラリと聞くつもりなんでしょう。」
さっきの三人の視線は私とは無関係だと思いたい。
後ろの方からゆっくりと集団について行く。
「優、明日大丈夫?」
マコトに聞かれた。
「もちろん。ランチと美術館ね。夜は花音たちと合流することになったの。」
「そうなんだ。飲み過ぎないでね。」
「飲まない・・・・のも寂しいから、本当に気を付ける。」
「本当にびっくりした。素地はあるから気を付けた方がいいのかな?気をつけない方がいいのかな?」
素地とはもちろん皆も知ってる一族の呪いの顛末のことだ。
「気を付けた方がいいんだよ。気を付けるから。」
ちょっと後ろに下がってそんな話をしてたら聖が戻ってきた。笑顔だった。
「彼女いないって。」
「本当?」
嬉しそうに反応してる皆。
そしてこっちを見た。
首を振った。
「関係ないから。飲み過ぎたんだって。それに聖だって今まで話もしてないでしょう?いきなり彼女の事を聞いたりして、言いたくなくて誤魔化したかもしれないよ。」
「そこはこのメンバーで彼氏がいない人を発表して、佐島君のことも聞いたりして、私も過去のいろいろを披露したりして。それなりの交換情報は渡したんだもん、嘘をつかれてたら悲しい。」
そんなの勝手に渡されても困ると思うけど。
だいたい私たちの分も暴露してるし。
さっきの視線の意味も分かった。まあ、いい、事実は事実だ。
「今度飲みに行こうって話をしたんだ。誰か佐島君と飲みに行きたそうな子知ってたら教えて。楽しみだね、優。」
ニコニコしてる聖。
明らかに何か企んでるんだろう。
私は明日にも可能性があるんだから、大きな声で宣言できないけど、可能性はゼロじゃない。
酔いも醒めて、すっかり普通に家に帰った。
「優、飲み会楽しかった?」
「うん。」
まあね。
「明日はどうする?」
「明日も友達に会うの。昼に美術館とランチで、夜は別な子と飲み会に誘われた。」
「いいじゃない、珍しく充実してて。ご飯は?」
「いい。全部いらない。」
「了解。」
お腹もいっぱい、心は明日のことでドキドキが一杯。
でもチラチラと今日の失敗が頭をよぎる。
本当に何でああなったんだろう・・・・自分。
これでまた矢田君と飲むことになったら、また思い出して謝罪から始まるじゃない。
とりあえずは明日の年上男子。
その前に美術館。
いいじゃない、楽しい週末!
ご機嫌にお風呂に入り、鼻歌交じりに二階に上がり、寝た。
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