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6 白と黒の間のグレーな日々。
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次の日、約束の時間には約束の場所にいた。
初めてスーツじゃない示現君を見た。
ちょっとだけガッチリした感じが消える。
スーツが一層迫力を加えてたみたいで、色が明るくなるとその分優しくも見える。
「お待たせ、亜紀さん。」
「おはよう、示現君、今来たところだから大丈夫。」
「じゃあ行こうか。」
ふらりと歩き出した方向で、何を食べたいか話をしながら、レストランを見て歩く。
迷うほどたくさんあるけど、空いてるところに落ち着いた。
普通に食事をして、一杯だけお酒を飲んで。
普通に話しをするけど、仕事のことだったり、大学生の頃の事だったり。
会話は変に途切れることもなく、仕事の時にコーヒーを飲みながら話をしてる打合せの時間とあまり変わりがない気がする。
特別なんて、そんな事も感じない。
そして食事は終わって、あっさりと別れた。
びっくりしたのは自分だけだったかもしれない。
本当に食事をしただけだった。
多分陽はまだ柴田さんといると思う時間。
だってせっかくだから、食事した後、一緒にふらふらと買い物したり、疲れたらコーヒーを飲んで話をして、駅に向かいながらもあちこちのお店を覗いて。
夕方になって別れると思う。
その時に次の約束をするかもしれない。
そうじゃなくてもまた連絡したいと言うかもしれない。
示現君はそんなこと少しも思ってないみたいで、本当に食事をしたら約束の分の二人の時間は終わった。
ちょっとだけ寂しい気持ちもあって、一人でフラフラとしたけど、買うものも無くて、しばらくしたら電車に乗って帰った。
出かける時には楽しみにして、いろいろ想像してたのに。
アクセサリーを外して、服を脱いで、いつもの私に戻る。
いつもよりちょっと寂しさを抱えた自分になった。
その後もぼんやりとしてテレビを見ていた。
携帯が光って、メッセージが入った。
それは友達からで。
いつの間にか時間も夜になっていた。
『帰って来てる?亜紀一人かな?ちょっとだけ聞きたい気もする。どう?』
私に対してのメッセージだった。
『まだデート中かも。夜景を二人で見てたりして。』
『隣にまだいたら、無視していいよ。でも報告会は早めにね。』
皆の期待は大きく現実を上回っていた。
『帰って来てます。ランチを食べて別れて、午後には戻って来てました。』
『多分みんなの期待することはちらりともありませんでした。本当に食事をしただけでした。』
『返事は?したの?』
『どうなった?』
確かに一度仕事外で会ってみないかと言われた、それで考えて欲しいと。
ただその返事を求められてると思ったこともなく、聞かれることもなく。
『別に何も聞かれてない。本当に食事だけ、同僚みたいに。』
そのことを物足りなく思った自分もいた。
今もって何の連絡もない。
奢ってもらったからお礼をした方がいいのに、なんだかそんな事も言い出せずにダラダラと考えてる。
『ゆっくり進める方だったのかな?しばらくは皆手を出さないだろうしね。』
『邪魔は入らないからね。』
『じゃあ、ゆっくり考えられるんじゃない?必要ならばね。』
『分からない・・・・。』
それを求められてるのかも自信がなくなった。
本当に、まったく、間違ったという気分だ。
それは私なのか、示現君なのか。
その後も連絡はなかった。
そして一緒にやったあの仕事もひと段落ついた。
新人任せの企画は一つだけのことで、あとは特に打ち合わせて進めるものもなく、会社でも会うこともなかった。
陽にも連絡を取らず、向こうもあれからどうなってるのか分からない。
しばらくして柴山さんとすれ違った。
前より笑顔が明るく、綺麗だと思った。
だからそれは陽のお陰だと思うことにした。
週末も何も変わらずに静かに迎えた。
今日のランチタイム。
「本当に何もなし?」
「連絡もない、来ないし、私もしてない。」
「今日の夜辺り来るかもしれないけど・・・・・。」
「そうだよね。週末の予定どうかなって来るかもね。」
首を倒した。
友達もあまりに動きがない私のことに、聞く方も気を遣うようになったみたい。
今携帯はテーブルの上において、さっきから時々見てる。
でも静かなまま、何のお知らせもしてくれない。
電源が入ってるのはさっき確認してる。
だから・・・・もう・・・・何も連絡がないということだろう。
結局友達に報告する『何か』もなく、大人しく部屋にいた。
もう携帯を見ることもなく、充電されすぎたくらいに放っとかれていたと思う。
次の週、皆が都合のついたランチタイムの時間。
一人で週末を過ごしたと真実を教えた。
そうがっかりした顔もしてなかったのだろう。
だからなのか容赦なく理由を解説された。
「やっぱ八文字君が酔ってたってことなのかな?」
「ついつい秋津くんに張り合って近寄りすぎたとか?」
「冷静になったらアレって思ったのかな?」
「二人で会った時に何かした?」
本当に容赦なくなってきてる。
「何もしてないよ。」
そんな反省すべき心当たりはない。
だって一緒にいた時間なんて三時間くらい。
半分はモグモグと口を動かしてたから、喋ったのも半分くらいの時間。
「やっぱり酔ってたんだろうね。」
そうかもしれない、私もそう思うことにした。
「二人共に酒癖が厄介なの?」
「私は別に、この間は普通だったし。」
だいたい今までも言われたことはない。
陽に絡んでしまったあの日だけだ。
「八文字君は酔うと惚れっぽくなるんだ。」
「視覚より何かを重視したのか、欲というか生存本能が優勢になるのかな。」
「でも仲良かったのは事実だよね。」
「だって他にいないし、一緒に仕事してたからね。普通といえば普通。」
「亜紀から連絡はしないの?」
出来なくない?
無かったことにしたいなら、それでも・・・・いいかなと。
ちょっと心に涼しい風が吹いてるのも気のせいだ。
陽と柴田さんがうまくいってると、私の出る幕もなくて。
・・・・もともと頼まれてもいないけど。
「亜紀は社内は無理かもね。八文字君にさっさと振られたって知られたら、なかなか曲者の噂は消えないね。」
何でそうなるの?
まったく訂正が意味をなしてないじゃない。
むしろどんな欠点があるのかって見られると思う。
そんなこと想像するより試してほしい!
普通だから。良くも悪くも普通になれてる。
本当に、ちょっとだけ斜めにとがった可愛い昔なんて忘れたくらいに。
そこそこ平均的な普通だから。
陽とは会うこともなくて、あれから連絡もしてなくて。
示現君から何か聞いただろうか?
反省点があるなら教えてほしいくらいだ。何が気になったんだろう?
あそこまで言われて、ただの酔っ払い癖でしたなんて落ちはないとも思う。
皆にはちゃんと教えてないからそう思うかもしれないけど、さすがに違うと思う。
いつまでも反省することはあり、すぐには自覚できない私。
そんなの全く変わってない、成長してないらしい。
ため息をついてトイレの鏡に映る残念な女を見ていた。
笑顔で入ってきた柴田さん。
一人だった。
ハッとして表情が固まったけど、その後柔らかくなった。
はっきり分かるくらい、陽とはいい感じなんだろう。
「お疲れ様。」
「お疲れ様です。」
「ずっと記憶を飛ばしてて、謝れなくてごめんね。最初の時、嫌な絡みしたみたいで。本当に他意はなかったと思うの。自分でもよく説明できないけど、生意気な弟と姉っていう関係をふと思い出したのかも。」
許されるんだろうか?
「陽にも悪いことしちゃったと思って。だからこの間は一番に柴田さんの誤解をときたかったの。」
二番目もあったし他の目的もあったけど、それが一番。
「ありがとう。ちょっと気にはなってたから。でもちゃんと聞いたから、大丈夫。」
「良かった。」
「亜紀さんも。八文字君、いい人だって、そう聞いてるから。」
そう言われても曖昧にしか笑えない。
陽はなにも聞いてないのかもしれない。
「じゃあ、 またね。」
「うん。また。」
やっぱり可愛いと思う。あの時、相手が違う子だった揶揄わなかったんじゃない?
わかりやすく素直で可愛い子だったから、自分にない要素で、そこはちょっとカチンと来たのかも。
ああ、本当に心の狭い女なのです。
席に戻る時に廊下で示現君とすれ違った。
ゆっくりとした歩きが止まったのに気がついたけど、私はそのまま横を通り過ぎて、立ち止まらなかった。
気がついたことは丸わかりなのに。
やっぱり厄介で嫌な女で可愛げもないんです。
・・・・そして声はかけられなかった。
何も変わった事もない、平凡な日々。
仕事でも極々平均的に目立つこともなく。
「ねぇ、さすがに気になる。」
「なに?」
正面の席の冬美に言われて、食事から視線をあげた。
何?
「ここから八文字君が見えるんだけど、こっちを気にしてる。」
「誰かに用があるんじゃないの?」
「亜紀以外にはいないでしょう。」
「だって私に用なら連絡してくるよ。違うんじゃない?酔ってなくても惚れっぽいとか?」
「何ひねくれてるの?酔ってなくても癖の悪い女なの?秋津くんのときはあんなに白黒ハッキリさせたかったのに、八文字君の時はグレーのままなの?」
ひねくれてるらしい。そして癖の悪い女らしい。
友達の評価も下がる一方だ。
本当に飲み友達すらいなくなるかも。
だいたいグレーじゃない!白です。何もない、真っ白!
何も特別なことは始まらなかった。
一度の仕事外の食事、それが週末だったけど、同僚の範疇です。
私だって何も言ってない。
だから、お互い何も始まらなかったんだから。
「友達でしょう?気かかりがあれば聞いてあげればいいのに。」
「そんなの男友達でいいじゃない。」
四人いるグループで二人が喧嘩、そんな感じ。
穏やかにランチをとってたのに、心に波を起こさないで欲しい。
自分の嫌な部分はもうよく分かったから。
そんなところばかり目にしたくない。
実害がなきゃ逸らしたい。
「あ~あ、とうとう他の人にアプローチ受けてるじゃない。いいの?」
知らない。
そっちは見ないで、でも想像だけで誰か分かった気がする。
もしかしたら違う誰かかもしれない。
人気者なのかもしれない。
私は知らない。
目の前のランチに集中した。
お腹は空いてなくても残すのは失礼。
あのころだって秋津パパの作ってくれたご飯は美味しく完食していた。
あの短い期間でも私もママもすっかり太ったんだ。
懐かしい日々。それを壊した私。あぁ・・・また反省の波が。
柴田さんんも太る?陽のご飯で太るかな?
あ、柴田さんもきっと器用に料理が出来そうだよね。
苦手だとしてもきっと陽なら一緒につくってくれると思う。
そして少しづつ上達するんだろう。
一昔前の私みたいに。
ああ・・・・いい人だったなあ。
感謝感謝。
盛大にため息を目の前でつかれたけど、気にしなかった。
仕事が終わって一人駅に向かう。
帰ったらグラタンでも作ろうか。
とろりと温かくも優しいミルク味のものが食べたい。
市販の箱を使えば後は野菜とベーコンとちょいちょいで私にも何とかなる。
チーズをたっぷりとかけてこんがりと焼いて食べたい。
ランチの後半が味わえなかったから、ゆっくり吹きながら食べたい。
もしくは濃厚なスープを買ってもいい。
とにかく優しいものを食べよう。
「亜紀さん。」
改札まであと少し、優しいグラタンまではまだまだのところ。
そんなタイミングで声をかけられた。
誰だか振り向かなくても分かる。
今まで呼ばれる声よりは少し硬い声で呼ばれたとしても。
ビクッとしたあと、振り向いた。
示現君がそこにいた。
仕事は終わったらしい。ずっと後ろにいたんだろうか?
「お疲れ様。」
「お疲れ。」
その場で立ち止まったままの二人。
ちょっと迷惑、駅に吸い込まれる人の波の中にいる二人は横目で見られながらよけられている。
「話がしたいんだけど。」
やはり笑顔もなく固い声で言われた。
どうやら示現君が白黒はっきりつけたいらしい。
示現君の中ではグレー状態だったんだろうか?
軽く頷いたら、そのまま背中を向けられて歩き出した。
ついて来てとその背中が言っている。
大人しく後を追う。
それでも少し距離がある。
お店の外に置かれた小さなテーブル。
ほぼ待ち合わせの人専用だと思う。
そこにバッグを置かれたから私もそこにたどり着いた。
「コーヒー買ってくる。」
示現君が何のこだわりもないコーヒーを買ってくるらしい。
少しも美味しいとは思わないだろう黒いお湯。
味わうより、手持無沙汰を何とかするもの、テーブルを借りるためのもの。
本当に二つ、小さいカップを持って戻ってきてくれた。
ミルクと砂糖とマドラーを一つづつ。
熱すぎて飲む気にもならないだろう。
そのままお礼も言わずに手にもせず。
「お願いしていた返事だけど・・・・。」
はい?
「そんなの忘れてた?それとも返事しない事が返事?そこは悟れってこと?」
言われたことを考えた、もしかして、思いっきりグレー・・・なの?
「あの日、まったくそんな感じじゃなかったじゃない。食事をしても、その後も。今まで待たれてるなんて思ったこともなかった。だからもう必要ないんだと思ってた。」
「勝手にそう判断したの?」
勝手に・・・・、そう言われるの?
「あれから連絡もなくて、それじゃあ、分からない。」
「じゃあ、亜紀さんから連絡してくれても良かったんじゃない。何か反応があるんだろうって待ってたよ。廊下でガッツリと無視された時はショックだったけど。」
「『どうなってるの?』って亜紀さんの友達に聞かれたけど、僕が聞きたい。『返事待ち』って言ったら困った顔をされたけど。」
誰、誰、誰よ?誰が聞いたの?
「・・・・私なんて放っといて、今日も誰かにアプローチされてたんでしょう?その人は?好みの気の強い美人じゃなかったの?」
「誰のことか分からない。」
「ランチの時に、誰かと話してたでしょう?」
「一人で食べてたけど。」
嘘。
でも、まあ、いい。それが誰だか私も知らないし。
私が問いただすことじゃない。
目の前に置かれたコーヒーを手にした。
中の席だって空いてるのに、立ちっぱなしのここ。
だってこんな微妙な雰囲気は周りの迷惑にもなるし。
「いつまで待てばいいの?それとも待たない方がいいの?」
「それとももう一度言い直す?勝手に無しにされたけど、あと一回くらいは聞いてくれる?」
「ハッキリ・・・・分からない。何で私なのか?何でまだ私なのか?」
「じゃあ、もう一度言う。ずっと見てた。返事も聞きたい。何でと言われても、そんな気持ちになったとしか言えない。すぐに気になって、話をするようになってはっきり好きになった。返事は欲しい。ちゃんと考えた上できちんと教えて欲しい。勝手に無しにしないで。待ってるんだから。」
「それに他の人の事は全く見てない。」
酔ってない。仕事終わりでコーヒーすら口にしてないから。
それにさすがに私が悪かったらしいと反省するところ。
廊下でもあえて立ち止まらなかったこともすごく反省してる。他にもいろいろ。
「返事をします。」
「いつ?」
「・・・・今週中に。」
今日の夜と週末。
猶予は二日ちょっとくらい。
一人で考えるべきだと思う。
「分かった。待ってる。」
そう言ってやっとコーヒーに口をつけた示現君。
最初の声よりは普通に戻ってる気がする。
その表情まで確認する心の余裕はなかった。
コーヒーを飲み終わり、ここにいる意味も半分以上無くなった。
「食事に行く?」
言い出してみた。
「ただの同僚として?」
そう聞かれたのか、確認されたのか。
「この間、なんであんなに自信があったんだろう。本当に絶対大丈夫だって、それも伝わってるって思ってたのに。まだ考えるんだ・・・・って分かって、勝手だけど今は、まだ・・・軽い誘いにのるのはやめておく。」
視線も合わないまま、そうつぶやかれた。
「帰ろうか。」
コーヒーのゴミを片付けてもらった。
また先に歩いた背中について行く。
返事をするまで普通に横にも並べないなんて。
それは同僚以下じゃない。
初めてスーツじゃない示現君を見た。
ちょっとだけガッチリした感じが消える。
スーツが一層迫力を加えてたみたいで、色が明るくなるとその分優しくも見える。
「お待たせ、亜紀さん。」
「おはよう、示現君、今来たところだから大丈夫。」
「じゃあ行こうか。」
ふらりと歩き出した方向で、何を食べたいか話をしながら、レストランを見て歩く。
迷うほどたくさんあるけど、空いてるところに落ち着いた。
普通に食事をして、一杯だけお酒を飲んで。
普通に話しをするけど、仕事のことだったり、大学生の頃の事だったり。
会話は変に途切れることもなく、仕事の時にコーヒーを飲みながら話をしてる打合せの時間とあまり変わりがない気がする。
特別なんて、そんな事も感じない。
そして食事は終わって、あっさりと別れた。
びっくりしたのは自分だけだったかもしれない。
本当に食事をしただけだった。
多分陽はまだ柴田さんといると思う時間。
だってせっかくだから、食事した後、一緒にふらふらと買い物したり、疲れたらコーヒーを飲んで話をして、駅に向かいながらもあちこちのお店を覗いて。
夕方になって別れると思う。
その時に次の約束をするかもしれない。
そうじゃなくてもまた連絡したいと言うかもしれない。
示現君はそんなこと少しも思ってないみたいで、本当に食事をしたら約束の分の二人の時間は終わった。
ちょっとだけ寂しい気持ちもあって、一人でフラフラとしたけど、買うものも無くて、しばらくしたら電車に乗って帰った。
出かける時には楽しみにして、いろいろ想像してたのに。
アクセサリーを外して、服を脱いで、いつもの私に戻る。
いつもよりちょっと寂しさを抱えた自分になった。
その後もぼんやりとしてテレビを見ていた。
携帯が光って、メッセージが入った。
それは友達からで。
いつの間にか時間も夜になっていた。
『帰って来てる?亜紀一人かな?ちょっとだけ聞きたい気もする。どう?』
私に対してのメッセージだった。
『まだデート中かも。夜景を二人で見てたりして。』
『隣にまだいたら、無視していいよ。でも報告会は早めにね。』
皆の期待は大きく現実を上回っていた。
『帰って来てます。ランチを食べて別れて、午後には戻って来てました。』
『多分みんなの期待することはちらりともありませんでした。本当に食事をしただけでした。』
『返事は?したの?』
『どうなった?』
確かに一度仕事外で会ってみないかと言われた、それで考えて欲しいと。
ただその返事を求められてると思ったこともなく、聞かれることもなく。
『別に何も聞かれてない。本当に食事だけ、同僚みたいに。』
そのことを物足りなく思った自分もいた。
今もって何の連絡もない。
奢ってもらったからお礼をした方がいいのに、なんだかそんな事も言い出せずにダラダラと考えてる。
『ゆっくり進める方だったのかな?しばらくは皆手を出さないだろうしね。』
『邪魔は入らないからね。』
『じゃあ、ゆっくり考えられるんじゃない?必要ならばね。』
『分からない・・・・。』
それを求められてるのかも自信がなくなった。
本当に、まったく、間違ったという気分だ。
それは私なのか、示現君なのか。
その後も連絡はなかった。
そして一緒にやったあの仕事もひと段落ついた。
新人任せの企画は一つだけのことで、あとは特に打ち合わせて進めるものもなく、会社でも会うこともなかった。
陽にも連絡を取らず、向こうもあれからどうなってるのか分からない。
しばらくして柴山さんとすれ違った。
前より笑顔が明るく、綺麗だと思った。
だからそれは陽のお陰だと思うことにした。
週末も何も変わらずに静かに迎えた。
今日のランチタイム。
「本当に何もなし?」
「連絡もない、来ないし、私もしてない。」
「今日の夜辺り来るかもしれないけど・・・・・。」
「そうだよね。週末の予定どうかなって来るかもね。」
首を倒した。
友達もあまりに動きがない私のことに、聞く方も気を遣うようになったみたい。
今携帯はテーブルの上において、さっきから時々見てる。
でも静かなまま、何のお知らせもしてくれない。
電源が入ってるのはさっき確認してる。
だから・・・・もう・・・・何も連絡がないということだろう。
結局友達に報告する『何か』もなく、大人しく部屋にいた。
もう携帯を見ることもなく、充電されすぎたくらいに放っとかれていたと思う。
次の週、皆が都合のついたランチタイムの時間。
一人で週末を過ごしたと真実を教えた。
そうがっかりした顔もしてなかったのだろう。
だからなのか容赦なく理由を解説された。
「やっぱ八文字君が酔ってたってことなのかな?」
「ついつい秋津くんに張り合って近寄りすぎたとか?」
「冷静になったらアレって思ったのかな?」
「二人で会った時に何かした?」
本当に容赦なくなってきてる。
「何もしてないよ。」
そんな反省すべき心当たりはない。
だって一緒にいた時間なんて三時間くらい。
半分はモグモグと口を動かしてたから、喋ったのも半分くらいの時間。
「やっぱり酔ってたんだろうね。」
そうかもしれない、私もそう思うことにした。
「二人共に酒癖が厄介なの?」
「私は別に、この間は普通だったし。」
だいたい今までも言われたことはない。
陽に絡んでしまったあの日だけだ。
「八文字君は酔うと惚れっぽくなるんだ。」
「視覚より何かを重視したのか、欲というか生存本能が優勢になるのかな。」
「でも仲良かったのは事実だよね。」
「だって他にいないし、一緒に仕事してたからね。普通といえば普通。」
「亜紀から連絡はしないの?」
出来なくない?
無かったことにしたいなら、それでも・・・・いいかなと。
ちょっと心に涼しい風が吹いてるのも気のせいだ。
陽と柴田さんがうまくいってると、私の出る幕もなくて。
・・・・もともと頼まれてもいないけど。
「亜紀は社内は無理かもね。八文字君にさっさと振られたって知られたら、なかなか曲者の噂は消えないね。」
何でそうなるの?
まったく訂正が意味をなしてないじゃない。
むしろどんな欠点があるのかって見られると思う。
そんなこと想像するより試してほしい!
普通だから。良くも悪くも普通になれてる。
本当に、ちょっとだけ斜めにとがった可愛い昔なんて忘れたくらいに。
そこそこ平均的な普通だから。
陽とは会うこともなくて、あれから連絡もしてなくて。
示現君から何か聞いただろうか?
反省点があるなら教えてほしいくらいだ。何が気になったんだろう?
あそこまで言われて、ただの酔っ払い癖でしたなんて落ちはないとも思う。
皆にはちゃんと教えてないからそう思うかもしれないけど、さすがに違うと思う。
いつまでも反省することはあり、すぐには自覚できない私。
そんなの全く変わってない、成長してないらしい。
ため息をついてトイレの鏡に映る残念な女を見ていた。
笑顔で入ってきた柴田さん。
一人だった。
ハッとして表情が固まったけど、その後柔らかくなった。
はっきり分かるくらい、陽とはいい感じなんだろう。
「お疲れ様。」
「お疲れ様です。」
「ずっと記憶を飛ばしてて、謝れなくてごめんね。最初の時、嫌な絡みしたみたいで。本当に他意はなかったと思うの。自分でもよく説明できないけど、生意気な弟と姉っていう関係をふと思い出したのかも。」
許されるんだろうか?
「陽にも悪いことしちゃったと思って。だからこの間は一番に柴田さんの誤解をときたかったの。」
二番目もあったし他の目的もあったけど、それが一番。
「ありがとう。ちょっと気にはなってたから。でもちゃんと聞いたから、大丈夫。」
「良かった。」
「亜紀さんも。八文字君、いい人だって、そう聞いてるから。」
そう言われても曖昧にしか笑えない。
陽はなにも聞いてないのかもしれない。
「じゃあ、 またね。」
「うん。また。」
やっぱり可愛いと思う。あの時、相手が違う子だった揶揄わなかったんじゃない?
わかりやすく素直で可愛い子だったから、自分にない要素で、そこはちょっとカチンと来たのかも。
ああ、本当に心の狭い女なのです。
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「ねぇ、さすがに気になる。」
「なに?」
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何?
「ここから八文字君が見えるんだけど、こっちを気にしてる。」
「誰かに用があるんじゃないの?」
「亜紀以外にはいないでしょう。」
「だって私に用なら連絡してくるよ。違うんじゃない?酔ってなくても惚れっぽいとか?」
「何ひねくれてるの?酔ってなくても癖の悪い女なの?秋津くんのときはあんなに白黒ハッキリさせたかったのに、八文字君の時はグレーのままなの?」
ひねくれてるらしい。そして癖の悪い女らしい。
友達の評価も下がる一方だ。
本当に飲み友達すらいなくなるかも。
だいたいグレーじゃない!白です。何もない、真っ白!
何も特別なことは始まらなかった。
一度の仕事外の食事、それが週末だったけど、同僚の範疇です。
私だって何も言ってない。
だから、お互い何も始まらなかったんだから。
「友達でしょう?気かかりがあれば聞いてあげればいいのに。」
「そんなの男友達でいいじゃない。」
四人いるグループで二人が喧嘩、そんな感じ。
穏やかにランチをとってたのに、心に波を起こさないで欲しい。
自分の嫌な部分はもうよく分かったから。
そんなところばかり目にしたくない。
実害がなきゃ逸らしたい。
「あ~あ、とうとう他の人にアプローチ受けてるじゃない。いいの?」
知らない。
そっちは見ないで、でも想像だけで誰か分かった気がする。
もしかしたら違う誰かかもしれない。
人気者なのかもしれない。
私は知らない。
目の前のランチに集中した。
お腹は空いてなくても残すのは失礼。
あのころだって秋津パパの作ってくれたご飯は美味しく完食していた。
あの短い期間でも私もママもすっかり太ったんだ。
懐かしい日々。それを壊した私。あぁ・・・また反省の波が。
柴田さんんも太る?陽のご飯で太るかな?
あ、柴田さんもきっと器用に料理が出来そうだよね。
苦手だとしてもきっと陽なら一緒につくってくれると思う。
そして少しづつ上達するんだろう。
一昔前の私みたいに。
ああ・・・・いい人だったなあ。
感謝感謝。
盛大にため息を目の前でつかれたけど、気にしなかった。
仕事が終わって一人駅に向かう。
帰ったらグラタンでも作ろうか。
とろりと温かくも優しいミルク味のものが食べたい。
市販の箱を使えば後は野菜とベーコンとちょいちょいで私にも何とかなる。
チーズをたっぷりとかけてこんがりと焼いて食べたい。
ランチの後半が味わえなかったから、ゆっくり吹きながら食べたい。
もしくは濃厚なスープを買ってもいい。
とにかく優しいものを食べよう。
「亜紀さん。」
改札まであと少し、優しいグラタンまではまだまだのところ。
そんなタイミングで声をかけられた。
誰だか振り向かなくても分かる。
今まで呼ばれる声よりは少し硬い声で呼ばれたとしても。
ビクッとしたあと、振り向いた。
示現君がそこにいた。
仕事は終わったらしい。ずっと後ろにいたんだろうか?
「お疲れ様。」
「お疲れ。」
その場で立ち止まったままの二人。
ちょっと迷惑、駅に吸い込まれる人の波の中にいる二人は横目で見られながらよけられている。
「話がしたいんだけど。」
やはり笑顔もなく固い声で言われた。
どうやら示現君が白黒はっきりつけたいらしい。
示現君の中ではグレー状態だったんだろうか?
軽く頷いたら、そのまま背中を向けられて歩き出した。
ついて来てとその背中が言っている。
大人しく後を追う。
それでも少し距離がある。
お店の外に置かれた小さなテーブル。
ほぼ待ち合わせの人専用だと思う。
そこにバッグを置かれたから私もそこにたどり着いた。
「コーヒー買ってくる。」
示現君が何のこだわりもないコーヒーを買ってくるらしい。
少しも美味しいとは思わないだろう黒いお湯。
味わうより、手持無沙汰を何とかするもの、テーブルを借りるためのもの。
本当に二つ、小さいカップを持って戻ってきてくれた。
ミルクと砂糖とマドラーを一つづつ。
熱すぎて飲む気にもならないだろう。
そのままお礼も言わずに手にもせず。
「お願いしていた返事だけど・・・・。」
はい?
「そんなの忘れてた?それとも返事しない事が返事?そこは悟れってこと?」
言われたことを考えた、もしかして、思いっきりグレー・・・なの?
「あの日、まったくそんな感じじゃなかったじゃない。食事をしても、その後も。今まで待たれてるなんて思ったこともなかった。だからもう必要ないんだと思ってた。」
「勝手にそう判断したの?」
勝手に・・・・、そう言われるの?
「あれから連絡もなくて、それじゃあ、分からない。」
「じゃあ、亜紀さんから連絡してくれても良かったんじゃない。何か反応があるんだろうって待ってたよ。廊下でガッツリと無視された時はショックだったけど。」
「『どうなってるの?』って亜紀さんの友達に聞かれたけど、僕が聞きたい。『返事待ち』って言ったら困った顔をされたけど。」
誰、誰、誰よ?誰が聞いたの?
「・・・・私なんて放っといて、今日も誰かにアプローチされてたんでしょう?その人は?好みの気の強い美人じゃなかったの?」
「誰のことか分からない。」
「ランチの時に、誰かと話してたでしょう?」
「一人で食べてたけど。」
嘘。
でも、まあ、いい。それが誰だか私も知らないし。
私が問いただすことじゃない。
目の前に置かれたコーヒーを手にした。
中の席だって空いてるのに、立ちっぱなしのここ。
だってこんな微妙な雰囲気は周りの迷惑にもなるし。
「いつまで待てばいいの?それとも待たない方がいいの?」
「それとももう一度言い直す?勝手に無しにされたけど、あと一回くらいは聞いてくれる?」
「ハッキリ・・・・分からない。何で私なのか?何でまだ私なのか?」
「じゃあ、もう一度言う。ずっと見てた。返事も聞きたい。何でと言われても、そんな気持ちになったとしか言えない。すぐに気になって、話をするようになってはっきり好きになった。返事は欲しい。ちゃんと考えた上できちんと教えて欲しい。勝手に無しにしないで。待ってるんだから。」
「それに他の人の事は全く見てない。」
酔ってない。仕事終わりでコーヒーすら口にしてないから。
それにさすがに私が悪かったらしいと反省するところ。
廊下でもあえて立ち止まらなかったこともすごく反省してる。他にもいろいろ。
「返事をします。」
「いつ?」
「・・・・今週中に。」
今日の夜と週末。
猶予は二日ちょっとくらい。
一人で考えるべきだと思う。
「分かった。待ってる。」
そう言ってやっとコーヒーに口をつけた示現君。
最初の声よりは普通に戻ってる気がする。
その表情まで確認する心の余裕はなかった。
コーヒーを飲み終わり、ここにいる意味も半分以上無くなった。
「食事に行く?」
言い出してみた。
「ただの同僚として?」
そう聞かれたのか、確認されたのか。
「この間、なんであんなに自信があったんだろう。本当に絶対大丈夫だって、それも伝わってるって思ってたのに。まだ考えるんだ・・・・って分かって、勝手だけど今は、まだ・・・軽い誘いにのるのはやめておく。」
視線も合わないまま、そうつぶやかれた。
「帰ろうか。」
コーヒーのゴミを片付けてもらった。
また先に歩いた背中について行く。
返事をするまで普通に横にも並べないなんて。
それは同僚以下じゃない。
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