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2 今度も私が反省すべきだと、すべてを知った日。
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新人だけで集まった親睦会。
研修中の疲れを飲んで食べて楽しく過ごしましょう、と。
何故か席がなく、隣同士になった私と陽。
お互いに向き合うこともなく、背を向けあっていた。
近くにいた同期と盛り上がり、すっかり酔っぱらってはいた。
そして・・・・どうしてそうなったのかわからない。
「性格悪かったよな、あの頃から。だいたい家事能力ゼロのくせに。」
「あんたの為じゃなきゃ、頑張れるわよ。いつまでもあの頃の成長してない私だと思わないで。」
「自分を捨てた女の面影を永遠に追えばいいのよ、パパに甘えたらヤキモチ焼くくせに。マザコン以外に何ですか?」
再会して初めてちゃんとした懐かしい相手との会話・・というか…悪ノリのじゃれ合い?
私と陽の間に交わされた会話。
ざわざわとした楽しいはずのお酒の席、酔っ払いのにぎやかな場、ただ張り上げた声は二人とも大きかった。
すぐ隣にいるのに、大きかった。
だって、私も十分酔ってたから。
普通に常識ある女性にまっすぐ育ちました、そう振舞っていたのに、思わぬ悪事を暴露された気分。暴露したのは自分だから自爆ですが、ちょっとは陽も悪いんだよね?
あの頃のちょっとひねくれていた自分を掘り起こされて、久しぶりに地金をさらけ出してしまった。
会社の同期のほとんどが揃った飲み会で。
まだまだこれから長くお付き合いが続く仲間に、最初の最初に。
その瞬間、確実にアンタッチャブルな女になっただろう。
酒癖の悪い女第一位に自ら華麗なステップで躍り出た私。
陽と私、同時に部屋を出て左右に別れた。
私の歩いていった先にトイレがあり、陽はどこかへ。
『アキツ アキ』にならずに済んだ出来事。
弟と思った期間も短かった。
結局は赤の他人でしかない現実。
あれから会うこともなかったのに。
秋津パパがいなくなって寂しいより、困った。
しばらく美味しいご飯に美味しいお弁当に、整えられていた家の中、明るい風景、そんな環境にずっぷりと甘えて慣れていた。
いなくなって、まず二人の食事内容が元に戻った。
ママも私、どちらも建設的な努力は放棄していた。
他にも徐々に秋津パパの気配が消えて、部屋はその内昔の風景を取り戻した。
だけど、私はあれから少しは成長してる。
陽が知らないだけで、一人暮らしするようになって私は努力はした。
大好きな彼氏の為に。
正確に言うと、成長させてもらった。
前半は犠牲も伴ったけど。
胃腸薬を常備して耐えてくれた。
長い目で諦めずに。
ただ、最後は、ダメになった。
悲しくて寂しくて禿げそうだった。
喪失感を乗り超えるのに時間もかかった。
もう過去のことだからしょうが無い。
形あった関係は影もなく消えたけど、成長した自分は維持できてると思う。
部屋はまあまあ綺麗で、音のしない二色の目玉焼きもお手の物。
炊き立てのご飯は食欲をそそるくらいツヤツヤにできあがる。
その二つに限れば火加減と水加減だけ気をつければいいから。
あの飲み会で二人が消えた後、残されたみんなの顔には驚きと好奇心が満ちていただろう。
まだまだ知り合ったばかりで、どんな噂が飛び交ってるのか教えてくれるお節介も、もっとはっきり聞こうとする図々しい人もいなかった。
だからみんなが誤解してるなんて知らなかった。
二人の関係が親を含めた複雑な関係なんて、確かにそう思い当たる人はいなかったかもしれない。話の流れは明らかに省かれていたらしい。
単純に元カレ元カノ、そう思われた・・・・・なんて知ったのはずっと後のこと。
久しぶりに秋津パパに会った。
4月の最後、連休前、仕事後に陽と一緒に待ち合わせ、秋津パパが予約してくれたレストランに向かった。
微妙な雰囲気ながら噂の二人が並んで歩いてる夕方、目撃者もびっくり!!
元さやの噂は当人たちの知らないところで連休の間に同期の中を駆け巡ったらしい。
ほんとにズケズケと聞いてくれる誰かがいたら否定できたのに。
その日の二人並びの光景で、噂に余計に変な尾ひれがついただけだったらしい。
そんな事も知らずに、レストランで向かい合い三人で食事をした。
秋津パパが懐かしかった。
秋津パパはあれからいい人には巡り合わず、もしくは懲りたのか一人のまま。
二人暮しから陽が独り立ちして、一人で生活してるらしい。
ママも縁が続かず一人のまま。
一緒に住むくらいのパパ候補は秋津パパが最初で最後だった。
あの時一つの家の中に集合したのに、今はみんなバラバラだということだ。
懐かしい話より、キレイになったと褒められて、私の大学生の頃の話も教えて、すっかり女性らしく成長した私に感動してくれた。
なんとなく涙まで見えてきて、逆にそんなにひどかった?
やっぱり『アキツ アキ』にならなかったのは私のせい?
最後に陽をよろしくと言われた。
なんで?
お互いにそんな顔をしてたのを確認した。
懐かしく集まった三人は、レストラン前で別れて見事に別方向に歩いていった。
しばらく歩いて秋津パパの後ろ姿を見る。
一人になった後姿はあの頃より寂しそうだった。
もし私のせいだとしたら、申し訳なかった。
秋津パパにも、もちろんママにも、陽はどうだろう?
まぁいいや。
でも仲良くしてあげてもいい。
そのくらいは思った。
それでも連休が明けて、いざ配属になった近くに陽はいなかった。
あの夜からみんなで飲む機会はなかった。
同期の男性に特別に話かけられることもなく。
誰も酒癖の悪い印象の女に用はないのだと思っていた。
酔っぱらいのやり取りとはいえ、やはり誰も忘れてくれない夜のイメージのまま。
その記憶が風化するのはいつだろうか?
それでも女子の友達はできた。
それで満足してる。
そして、しばらくすると遠慮もなくなる。
配属先での歓迎会は、しとやかに乗り切れた。
やっぱりあの夜の飲み合わせと隣の陽の存在自体が悪かったんだろう。
その翌週、仲良くなった友達と飲み会をした。
会社からも離れてて、ちょっとオシャレでゆっくりできるところ、しかも個室。
がんがん飲む気で臨んだ。
グラスを高々と掲げ、笑顔になる。
話題はまずは仕事の環境での小さな愚痴を言い合い、まだまだやる気を見せて、励まし合った。
そんな話題が終わると、個人のプライベート話が順番に披露される。
残念ながらその中には幸せ満喫中がいなくて、過去のひどい男披露会みたいだった。
「で、ずっと聞きたかったんだけど、秋津くんとはどうなの?」
「どう?」
みんなの視線を浴びた。
あの恥ずかしい喧嘩からは、お互いに接点もなく。
「ただの同僚の一人です。」
「今はわかった、今後は?」
「う~ん、とりあえず喧嘩はしないでおこうと思ってる。」
「久しぶりだったの?」
「そう。10年・・・・とまでは行かないけどね。」
「それは、小学生だよ。」
「流石に高校くらいの話?大学生?」
「そうか、そうだね。高校の頃の話だけど、昔過ぎて。もうすっかり化石のような昔話の域です。」
「偶然ここで会ったんだよね?びっくり?」
「うん。」
「どんな感じ?」
「元カレと再会なんて、ちょっと運命的な感じ?」
事情聴取は別にいい。昔の話だしって思ってたのに・・・・。
元カレ?
みんなの目は相変わらず好奇心に輝いていた。あれ?元カレ?
「違うよ、元カレじゃないよ、ただ危うく家族になりそうだっただけ。」
みんなの瞳のキラキラが少し陰った。
「やだなぁ、違う違う。結局親同士がくっつかなくて、あいつの姉にならずに済んだの。良かった~!」
「なに?」
みんなの目が好奇心の輝きから一転、明らかに怪訝な感じに曇った。
「あれ?ちょっと待って、私と陽が元カレ元カノって思われてるの?」
「何を今更でしょう?」
「それ以外になに??って話じゃない。」
急いで説明した。ざざざっと、昔話を思い出して。
はっきり誤解は解けたらしいけど、このメンバーだけだ。
「みんなそう思ってるの、他の同期も?」
「他にどう思う?二人はそんな仲で、ついでに亜紀にはパパがいた、それが破局の原因になった、みたいな認識。」
「パパはいない。小さい頃、本当に私が赤ちゃんの頃に死んだの。本当に記憶もない、全然知らないの。陽のパパはいい人だったんだけど、残念ながらご縁がなくて。」
まさかそのきっかけが、自分のかわいい非行行動かもしれないとはさすがに言いたくない。そこまではいいだろう。
みんなが白けた顔をしていた。
「パパってそっちのパパじゃないよ、パトロン的なパパ。」
「そんな便利な人、会ったことないし。」
笑って冗談にした。でも皆が笑わない。
「ん?ちょっとそれも皆そう思ってるの?」
「さっき言ったよね。」
ウソ。
そこまでアンタッチャブルな感じ?
同僚の元カノで、家事音痴で、そして援助交際の過去がある女ってことになってるの?あ、あと酒癖最悪ってことも・・・・。
「だって、なんでそんな誤解するの?せめて確認してよ。単なる姉弟喧嘩もどきだよ。」
「そんな曲解する人がいるとは思わない。どう聞いても事実はさっきの感じと思われてるよ。元カレと再会して、過去のパトロンの存在を暴露された、口の悪い女。」
指をさされた。
さっきよりひどくない?
「なんで誰も聞いてくれないの?あ、でも、陽が聞かれたよね、さすがにびっくりしてムキになって否定したよね。」
「そんな話ちらりとも伝わってこないし。ちなみに、この間二人で帰っていくのも目撃されてるよ。祝日中なのにしっかり情報はみんなに伝わったと思うけど。」
「来た来た。なんだかんだ言ってそうなんだねって。休み前だしね、みたいな感じで回ってきた!」
「それ、他に回したの?」
「まぁ、でもみんな知ってた。」
頷く皆。
まさか、そこまで・・・・・・。
なんとか誤解は解きたい!
そんな本物のやばい女って思われたままでは、楽しい社会人一年目も、語り継がれて来年も、課を問わず広く社内に広まってしまう。そんなのは嫌だ。
本当に訂正したい。
やさぐれた感じもひねくれた感じもすっかり影を潜めて、料理も人並みにできるようになって、そんなパパなんて本物の影もおぼろげなくらいだし、援助・・・・なんてない。
全然恋愛対象としてもそんなに不適格じゃない、普通にいる普通の女だ。
会社の廊下で同期とすれ違うたびにそう思った。
だって、あの後、あの場にいた子達にお願いしたのに。
特に誤解を面白く語って来てくれる人がいない。
広まってないの?
「今更かなあ?」
「どうだろう?」
「二人が一緒にいる時に否定したら、まあ、信じる?」
「だって姉弟になるって、よくできた話だし。」
そう言われても、よくできた話だとしてもそれが真実だから。
広めてくれる気配がそもそもないみたい。
何で邪魔するの?
もしかして意地悪?
ランチの時に聞いてみた。
「う~ん、今度皆で飲む機会があるんじゃない?」
「そうだね、その時にでも釈明会見を二人でしたら?」
「喜ぶ女子はいると思うしね。」
「女子?なんで?」
「だって、秋津君の事をいいと思ってる子がいたら吉報じゃない?だって元カノが同じ会社にいるってね。」
「そんな子いる?趣味悪いの?」
冗談だと思って笑った。
あれ?今度も誰も笑ってなかった。
「だって元々秋津君が楽しそうに女の子と話してるところに割り込んだんだよ。」
そう言われて指と視線が私を指していた。
「誰が?・・・もしかして私?」
まったく記憶にないことで、一応確認してみた。
「だって最初から隣にいたよ。わざわざ背を向けて話もしてないのに。」
「最初はそうだったけど、確か柴山さんだったかな、秋津君と楽しそうに話しをしてた時に後ろから肩を掴んで割りこんでたよ。」
「マジ?まったく覚えてない。それじゃあ本当に元カレに未練ありか、ただの焼もちか、ただの難癖か。」
「だからそう思ったって。元恋人の二人なんだろうって。」
「柴山さん・・・可愛いいよね、なんで陽なの?」
「まあ、そのあたりはまだ何となく、あの時は邪魔したくなるほどいい感じだったってことだろうし。」
「『なに可愛い子を口説いてるのよ~。』 なんて言って指さしてたからね。」
やっと明らかにされたあの夜の一幕の始まり。
それは・・・私から始めたらしい、まずはそんな難癖をつけたらしい。
本当に性格悪いじゃない。
絶対訂正する。このままじゃあ悲しい。
「同期皆で飲もうよ。陽にも絶対参加させるから。二人でちゃんと報告する。」
「ご自由に、亜紀を含めて皆が酔う前にね。」
「誤解がとけて私の分も吉報と思ってくれる人は?いないの?」
冗談のように皆に聞いてみたけど誰も首をかしげるばかり。
陽にはいて、私にはいないってどういうこと?
本当に、そこは何も言ってくれなかった。
でも、ごめんね、陽。
本当にそんないい雰囲気をぶち壊しにしたとしたら・・・やっぱり今度も自分が反省すべきだと分かった。
おかしいなあ・・・・・・。
研修中の疲れを飲んで食べて楽しく過ごしましょう、と。
何故か席がなく、隣同士になった私と陽。
お互いに向き合うこともなく、背を向けあっていた。
近くにいた同期と盛り上がり、すっかり酔っぱらってはいた。
そして・・・・どうしてそうなったのかわからない。
「性格悪かったよな、あの頃から。だいたい家事能力ゼロのくせに。」
「あんたの為じゃなきゃ、頑張れるわよ。いつまでもあの頃の成長してない私だと思わないで。」
「自分を捨てた女の面影を永遠に追えばいいのよ、パパに甘えたらヤキモチ焼くくせに。マザコン以外に何ですか?」
再会して初めてちゃんとした懐かしい相手との会話・・というか…悪ノリのじゃれ合い?
私と陽の間に交わされた会話。
ざわざわとした楽しいはずのお酒の席、酔っ払いのにぎやかな場、ただ張り上げた声は二人とも大きかった。
すぐ隣にいるのに、大きかった。
だって、私も十分酔ってたから。
普通に常識ある女性にまっすぐ育ちました、そう振舞っていたのに、思わぬ悪事を暴露された気分。暴露したのは自分だから自爆ですが、ちょっとは陽も悪いんだよね?
あの頃のちょっとひねくれていた自分を掘り起こされて、久しぶりに地金をさらけ出してしまった。
会社の同期のほとんどが揃った飲み会で。
まだまだこれから長くお付き合いが続く仲間に、最初の最初に。
その瞬間、確実にアンタッチャブルな女になっただろう。
酒癖の悪い女第一位に自ら華麗なステップで躍り出た私。
陽と私、同時に部屋を出て左右に別れた。
私の歩いていった先にトイレがあり、陽はどこかへ。
『アキツ アキ』にならずに済んだ出来事。
弟と思った期間も短かった。
結局は赤の他人でしかない現実。
あれから会うこともなかったのに。
秋津パパがいなくなって寂しいより、困った。
しばらく美味しいご飯に美味しいお弁当に、整えられていた家の中、明るい風景、そんな環境にずっぷりと甘えて慣れていた。
いなくなって、まず二人の食事内容が元に戻った。
ママも私、どちらも建設的な努力は放棄していた。
他にも徐々に秋津パパの気配が消えて、部屋はその内昔の風景を取り戻した。
だけど、私はあれから少しは成長してる。
陽が知らないだけで、一人暮らしするようになって私は努力はした。
大好きな彼氏の為に。
正確に言うと、成長させてもらった。
前半は犠牲も伴ったけど。
胃腸薬を常備して耐えてくれた。
長い目で諦めずに。
ただ、最後は、ダメになった。
悲しくて寂しくて禿げそうだった。
喪失感を乗り超えるのに時間もかかった。
もう過去のことだからしょうが無い。
形あった関係は影もなく消えたけど、成長した自分は維持できてると思う。
部屋はまあまあ綺麗で、音のしない二色の目玉焼きもお手の物。
炊き立てのご飯は食欲をそそるくらいツヤツヤにできあがる。
その二つに限れば火加減と水加減だけ気をつければいいから。
あの飲み会で二人が消えた後、残されたみんなの顔には驚きと好奇心が満ちていただろう。
まだまだ知り合ったばかりで、どんな噂が飛び交ってるのか教えてくれるお節介も、もっとはっきり聞こうとする図々しい人もいなかった。
だからみんなが誤解してるなんて知らなかった。
二人の関係が親を含めた複雑な関係なんて、確かにそう思い当たる人はいなかったかもしれない。話の流れは明らかに省かれていたらしい。
単純に元カレ元カノ、そう思われた・・・・・なんて知ったのはずっと後のこと。
久しぶりに秋津パパに会った。
4月の最後、連休前、仕事後に陽と一緒に待ち合わせ、秋津パパが予約してくれたレストランに向かった。
微妙な雰囲気ながら噂の二人が並んで歩いてる夕方、目撃者もびっくり!!
元さやの噂は当人たちの知らないところで連休の間に同期の中を駆け巡ったらしい。
ほんとにズケズケと聞いてくれる誰かがいたら否定できたのに。
その日の二人並びの光景で、噂に余計に変な尾ひれがついただけだったらしい。
そんな事も知らずに、レストランで向かい合い三人で食事をした。
秋津パパが懐かしかった。
秋津パパはあれからいい人には巡り合わず、もしくは懲りたのか一人のまま。
二人暮しから陽が独り立ちして、一人で生活してるらしい。
ママも縁が続かず一人のまま。
一緒に住むくらいのパパ候補は秋津パパが最初で最後だった。
あの時一つの家の中に集合したのに、今はみんなバラバラだということだ。
懐かしい話より、キレイになったと褒められて、私の大学生の頃の話も教えて、すっかり女性らしく成長した私に感動してくれた。
なんとなく涙まで見えてきて、逆にそんなにひどかった?
やっぱり『アキツ アキ』にならなかったのは私のせい?
最後に陽をよろしくと言われた。
なんで?
お互いにそんな顔をしてたのを確認した。
懐かしく集まった三人は、レストラン前で別れて見事に別方向に歩いていった。
しばらく歩いて秋津パパの後ろ姿を見る。
一人になった後姿はあの頃より寂しそうだった。
もし私のせいだとしたら、申し訳なかった。
秋津パパにも、もちろんママにも、陽はどうだろう?
まぁいいや。
でも仲良くしてあげてもいい。
そのくらいは思った。
それでも連休が明けて、いざ配属になった近くに陽はいなかった。
あの夜からみんなで飲む機会はなかった。
同期の男性に特別に話かけられることもなく。
誰も酒癖の悪い印象の女に用はないのだと思っていた。
酔っぱらいのやり取りとはいえ、やはり誰も忘れてくれない夜のイメージのまま。
その記憶が風化するのはいつだろうか?
それでも女子の友達はできた。
それで満足してる。
そして、しばらくすると遠慮もなくなる。
配属先での歓迎会は、しとやかに乗り切れた。
やっぱりあの夜の飲み合わせと隣の陽の存在自体が悪かったんだろう。
その翌週、仲良くなった友達と飲み会をした。
会社からも離れてて、ちょっとオシャレでゆっくりできるところ、しかも個室。
がんがん飲む気で臨んだ。
グラスを高々と掲げ、笑顔になる。
話題はまずは仕事の環境での小さな愚痴を言い合い、まだまだやる気を見せて、励まし合った。
そんな話題が終わると、個人のプライベート話が順番に披露される。
残念ながらその中には幸せ満喫中がいなくて、過去のひどい男披露会みたいだった。
「で、ずっと聞きたかったんだけど、秋津くんとはどうなの?」
「どう?」
みんなの視線を浴びた。
あの恥ずかしい喧嘩からは、お互いに接点もなく。
「ただの同僚の一人です。」
「今はわかった、今後は?」
「う~ん、とりあえず喧嘩はしないでおこうと思ってる。」
「久しぶりだったの?」
「そう。10年・・・・とまでは行かないけどね。」
「それは、小学生だよ。」
「流石に高校くらいの話?大学生?」
「そうか、そうだね。高校の頃の話だけど、昔過ぎて。もうすっかり化石のような昔話の域です。」
「偶然ここで会ったんだよね?びっくり?」
「うん。」
「どんな感じ?」
「元カレと再会なんて、ちょっと運命的な感じ?」
事情聴取は別にいい。昔の話だしって思ってたのに・・・・。
元カレ?
みんなの目は相変わらず好奇心に輝いていた。あれ?元カレ?
「違うよ、元カレじゃないよ、ただ危うく家族になりそうだっただけ。」
みんなの瞳のキラキラが少し陰った。
「やだなぁ、違う違う。結局親同士がくっつかなくて、あいつの姉にならずに済んだの。良かった~!」
「なに?」
みんなの目が好奇心の輝きから一転、明らかに怪訝な感じに曇った。
「あれ?ちょっと待って、私と陽が元カレ元カノって思われてるの?」
「何を今更でしょう?」
「それ以外になに??って話じゃない。」
急いで説明した。ざざざっと、昔話を思い出して。
はっきり誤解は解けたらしいけど、このメンバーだけだ。
「みんなそう思ってるの、他の同期も?」
「他にどう思う?二人はそんな仲で、ついでに亜紀にはパパがいた、それが破局の原因になった、みたいな認識。」
「パパはいない。小さい頃、本当に私が赤ちゃんの頃に死んだの。本当に記憶もない、全然知らないの。陽のパパはいい人だったんだけど、残念ながらご縁がなくて。」
まさかそのきっかけが、自分のかわいい非行行動かもしれないとはさすがに言いたくない。そこまではいいだろう。
みんなが白けた顔をしていた。
「パパってそっちのパパじゃないよ、パトロン的なパパ。」
「そんな便利な人、会ったことないし。」
笑って冗談にした。でも皆が笑わない。
「ん?ちょっとそれも皆そう思ってるの?」
「さっき言ったよね。」
ウソ。
そこまでアンタッチャブルな感じ?
同僚の元カノで、家事音痴で、そして援助交際の過去がある女ってことになってるの?あ、あと酒癖最悪ってことも・・・・。
「だって、なんでそんな誤解するの?せめて確認してよ。単なる姉弟喧嘩もどきだよ。」
「そんな曲解する人がいるとは思わない。どう聞いても事実はさっきの感じと思われてるよ。元カレと再会して、過去のパトロンの存在を暴露された、口の悪い女。」
指をさされた。
さっきよりひどくない?
「なんで誰も聞いてくれないの?あ、でも、陽が聞かれたよね、さすがにびっくりしてムキになって否定したよね。」
「そんな話ちらりとも伝わってこないし。ちなみに、この間二人で帰っていくのも目撃されてるよ。祝日中なのにしっかり情報はみんなに伝わったと思うけど。」
「来た来た。なんだかんだ言ってそうなんだねって。休み前だしね、みたいな感じで回ってきた!」
「それ、他に回したの?」
「まぁ、でもみんな知ってた。」
頷く皆。
まさか、そこまで・・・・・・。
なんとか誤解は解きたい!
そんな本物のやばい女って思われたままでは、楽しい社会人一年目も、語り継がれて来年も、課を問わず広く社内に広まってしまう。そんなのは嫌だ。
本当に訂正したい。
やさぐれた感じもひねくれた感じもすっかり影を潜めて、料理も人並みにできるようになって、そんなパパなんて本物の影もおぼろげなくらいだし、援助・・・・なんてない。
全然恋愛対象としてもそんなに不適格じゃない、普通にいる普通の女だ。
会社の廊下で同期とすれ違うたびにそう思った。
だって、あの後、あの場にいた子達にお願いしたのに。
特に誤解を面白く語って来てくれる人がいない。
広まってないの?
「今更かなあ?」
「どうだろう?」
「二人が一緒にいる時に否定したら、まあ、信じる?」
「だって姉弟になるって、よくできた話だし。」
そう言われても、よくできた話だとしてもそれが真実だから。
広めてくれる気配がそもそもないみたい。
何で邪魔するの?
もしかして意地悪?
ランチの時に聞いてみた。
「う~ん、今度皆で飲む機会があるんじゃない?」
「そうだね、その時にでも釈明会見を二人でしたら?」
「喜ぶ女子はいると思うしね。」
「女子?なんで?」
「だって、秋津君の事をいいと思ってる子がいたら吉報じゃない?だって元カノが同じ会社にいるってね。」
「そんな子いる?趣味悪いの?」
冗談だと思って笑った。
あれ?今度も誰も笑ってなかった。
「だって元々秋津君が楽しそうに女の子と話してるところに割り込んだんだよ。」
そう言われて指と視線が私を指していた。
「誰が?・・・もしかして私?」
まったく記憶にないことで、一応確認してみた。
「だって最初から隣にいたよ。わざわざ背を向けて話もしてないのに。」
「最初はそうだったけど、確か柴山さんだったかな、秋津君と楽しそうに話しをしてた時に後ろから肩を掴んで割りこんでたよ。」
「マジ?まったく覚えてない。それじゃあ本当に元カレに未練ありか、ただの焼もちか、ただの難癖か。」
「だからそう思ったって。元恋人の二人なんだろうって。」
「柴山さん・・・可愛いいよね、なんで陽なの?」
「まあ、そのあたりはまだ何となく、あの時は邪魔したくなるほどいい感じだったってことだろうし。」
「『なに可愛い子を口説いてるのよ~。』 なんて言って指さしてたからね。」
やっと明らかにされたあの夜の一幕の始まり。
それは・・・私から始めたらしい、まずはそんな難癖をつけたらしい。
本当に性格悪いじゃない。
絶対訂正する。このままじゃあ悲しい。
「同期皆で飲もうよ。陽にも絶対参加させるから。二人でちゃんと報告する。」
「ご自由に、亜紀を含めて皆が酔う前にね。」
「誤解がとけて私の分も吉報と思ってくれる人は?いないの?」
冗談のように皆に聞いてみたけど誰も首をかしげるばかり。
陽にはいて、私にはいないってどういうこと?
本当に、そこは何も言ってくれなかった。
でも、ごめんね、陽。
本当にそんないい雰囲気をぶち壊しにしたとしたら・・・やっぱり今度も自分が反省すべきだと分かった。
おかしいなあ・・・・・・。
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婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
【1/21取り下げ予定】悲しみは続いても、また明日会えるから
gacchi
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