ホッケ定食を頼んだら彼女が出来ました。

羽月☆

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30 ホッケに決まりました

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「本当に無理してないんだよね?」

子猫を実家に連れ帰ったのは先週の事。
やっぱり寂しい空間を二人で見つめてて。
猫がいなくなったら外デートしようと言ってたのに、先週と同じルートで実家に向かっている。

昨日電話した時は母親もびっくりして、でも喜んでくれた。

手土産を人間用、猫用と揃えて手にして電車に揺られる。

「でも約束したのに写真一枚も送ってこないのには、うっすらと悪意か策略を感じる。」

「なかなか思いつかないんじゃないですか?・・・・・・」

「今、そんなことないかって思いながら言ったよね。」

「バレました?」

「うん、わかった。・・・・絶対裏がある。」

「大きくなったかなあ?楽しみ。名前もなんだろう?聞いてないんですよね。」

「うん、教えてくれない・・・というか、本当に電話もない。」

本当にまったくなんだ、これがまた。

「怒ってもいいよね?」

「う~ん、どうなんでしょう。話し合いましょう。」

「麻美さん、そんな平和的な考えじゃあ、絶対してやられるから。」

何度メールを送っても写真が届かない。
分かったという単語での返事のみ。
途中病気になったのではとか本当に心配したのに。

駅を降りて家に着いた。

玄関で声を掛けたら飛び出てきた塊。

「わぁ~。元気ぃ?」
「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉ。元気だったかぁ?」

二人の声にビビったのか後ずさりして逃げられた。

2人して玄関に立ったまま、しばらくショックを分け合った。

もう一度ただいまと声をかけて中に入る。
静かな家の中。まさかいないのか?
取りあえず和室に荷物を置き猫が逃げた方へ行ってみる。
ソファが置いてあるところで親父が寝ていた。

猫は隅の方でのんびり毛繕い中。
腰を落として近寄ると思い出してくれたようで顔をあげてくれた。
抱き上げて和室に連れて行き、彼女に渡し二人で思う存分愛でる。
ちょっとだけ又大きくなってる気がする。
牙も少し伸びたか。
顎をクイクイと弾ませると目を細めるのも同じで。

「可愛い。連れて帰りたい。寂しいよう。急にいなくなって寂しいよう。」

彼女の手の上の塊に顔を寄せる。

「代わりにもっと美人の猫ちゃんと一緒にいるんでしょう?」

いきなり後ろから声がしてびっくりした。
勿論母親で。

「どこにいたの?ただいまって言っても猫しか出てこなかったじゃん。」

猫と彼女と、ちょっと距離をとり振り向く。

「二階にいたの。衣替えよ。」

「いらっしゃい、麻美さん。大丈夫?由人に猫の様に撫でまわされてない。もう、心配で心配で。うっとうしかったら噛みついてもいいからね。」

「変な事言うなよ。それよりなんで写真送ってくれないんだよ。もしかして病気になったんじゃないかって心配してたんだから。」

「元気元気。みんな元気。いいじゃない、だから心配で来てくれたんでしょう?気になったんでしょう?見ての通りちゃんとすくすく育ってるわよ。」

やっぱりわざとか。

お土産は勝手にとられて運ばれた。
お茶をいれて持ってきてくれて。お土産を満足そうに食べている母親。

「名前はどうなったんですか?」

「ああ、『ホッケ』にしたの。可愛いでしょう?」

「マジ・・・・ボケただけだよ。本気でつけるなんて思わないし。」

「いいじゃない。町野ホッケ君。ホッケが選んだのよ。何個か呼んでみて返事をしたのに決めようってお父さんと呼んでたら『ホッケ』にだけ返事したの。気に入ったのよ、きっと。」

きっと『うるさい。』と言っただけだと思う。

「ホッケ。可愛い。」

「まさか、麻美さん気に入ったの?」

「いいじゃないですか。可愛いですって。ホッケ君。ね。」

最後の「ね。」はもちろんホッケに。

「にゃ~」という久しぶりに聞いた声は『満足』か『ありがとう』という言葉かも。

「病院で『町野ホッケ君』って呼ばれて返事するの嫌だって言ってたのに。」

「それは大丈夫よ。ほら、お父さんが筋金入りの病院嫌いでしょう?」

「知らないよ、そんな事。」

「嫌だ、何で。だってお母さんが由人を生んだ時にも一度も来てくれなかったのよ、あり得る?おかしいでしょう?シングルマザーの気分だったわよ。それに小学生のころ由人が盲腸で入院した時も。絶対近寄らなかったから。」

知らないぞ、生まれたての俺を見てない?
親父、待望の長男の誕生より病院嫌いの己の方が優先だったのか?
愛情と忌避感、生まれたばかりの俺は負けたのか?
ショックなことこの上ない。

「本当に義父さん義母さんに謝られて大切にされなかったら、秋田に帰るところだったわよ。」

悲しそうな顔をする母。さすがに同情する。

「ごめんなさいね、麻美さん。そうしたらこの子と会うこともなくてもっといいお相手に巡り合えてただろうに。」

「えっ、そんな・・・・。」

「母さん、どこまで本当の話なの?」

「そうだよ、さすがに生まれた日は会いに行ったし、退院の日は迎えに行ったじゃないか。退院手続きとか荷物運びとか全部したよ。」

親父が起きてきたようで真実らしきものを告げる。
いや、それでも少なくないか?

・・・・あっ。

「だから何だよ、親父の薄情ぶりと病院嫌いはいいよ。よく分かったよ。」

「あ~、そうそう。だから病院は由人と麻美さんに連れて行ってもらうから、町野ホッケ君って呼ばれて立ち上がるのは由人よ。ちゃんと返事するのよ。お願いね。」

あと何年親子関係を続ければこの親に慣れるんだろう。
いくつになったらこの親に振り回されないような大人になれるんだろう。

「麻美さん、申し訳ないがそう言うことで・・・。」

親父が心苦しそうなフリで頼む。フリだフリ。

「はい、大丈夫だと思いますけど。」

麻美さん、安請け合いは禁物だ。
母親が行けばいい、それで済むことなんだ。

「母さんが行けばいい。猫一匹重くもないんだから。米より軽い。」

「麻美さん、こんな薄情な息子なんか捨ててもいいのよ。ねえ。」

最後のねえはホッケに。
続いた「にゃ。」の短い返事は訳したくない。

結局麻美さんが『協力しますので。』という言質を取られてしまった。
何でだ?支払いも当然こっちにかかってくるのに。
避妊手術をするかどうかの決定権まで預けられた。

どうするんだ?

持ってきたお菓子はなくなった。
喜んでもらえたならよしとしよう。
大げさに言われたお礼の意味はもう考えたくない。


でも代わりに約束させた。週に一回は写真を送ることを。
ホッケにお土産の缶を見せて思い切り媚びを売って実家を後にした。
取りあえず彼女が笑顔でいれたことがうれしい。

「麻美さん、緊張しなかった?」

「なんだか、大丈夫です。お母さんいい人です。冗談ばっかりで。お父さんも。」

本当に生まれたての俺は放っておかれたのかもしれない。
冗談じゃなく、本当に。

「大好きです。」

「そう、喜ぶよ。娘が欲しいってさんざん言われたから。そんな事父さんにお願いしてよとも言えないからさ。その内にねって言ってたんだ。ありがとう。」

少しの間が開いた。

「・・・・・町野家はいい人ばかりですね。」

「僕も入ってるの?」

「当たり前です。『ホッケ』を譲ってくれて、『ホッケ』を拾ってくれて。今度は『ホッケ』を引き受けてくれて。今日は『ホッケ』にしますか?」

「微妙だね。」

しょうがない。
大きな病気をしないことを祈ろう。元気に育ってほしい。


ほぼ毎日一緒にご飯を作って食べて、週末には出かけたり、結構な頻度で実家に帰ってホッケと遊んだり。

さすがに付き合いが悪くなった自分をいぶかしんで問い詰められて、彼女が出来たことだけは白状した。

そのことを彼女には言わなかったのに、まだまだスパイは使命を忘れてなかったらしく巡り巡って麻美さんからそのことを聞かされた。

話はどういう風に伝わるのか。
枝野も内緒にできなくて、いつものメンバーで人の事を話題にして広めたのは確実だ。そこに鈴木さんがいたかもしれない。

スパイから依頼者を経て転送されたメールには・・・・。

『残念なお知らせだと思います。先輩の町野さんの事です。とうとう彼女が出来たようです。かなりラブラブらしくて会社での付き合いの飲み会などの誘いも一切断られるようになりました。どうやら彼女を猫かわいがりしてるようです。今までの独りの時間を埋める様にくっついて離れないそうです。本当に時々変な顔もしてるし、にやけてます。重症です。というわけでこの報告が誰かの不幸につながらなければうれしいです。続報は必要でしょうか?』

「面白いから『しばらくお願いします。』って返信したらしいです。町野さん見られてますよ。」

携帯を見せられた。
新井さんが仕込んだスパイが現役で、いまだに観察されてたとは。

うっかり彼女の方を見つめたり、サインを送ったりできないじゃないか。
早くお役御免にしたい。

・・・完全に後輩に遊ばれてる気がしてきた。

それでもまだ公にしたくないという彼女の意向で会社では鈴木さん以外には内緒にしている。

そんな毎日に時々ホッケの写真が送られてくる。

何がきっかけになるかわからない。
本当に小さなことだったりするのだから。
どんな小さなことでも明るい未来に続くなら、毎日が面白いんじゃないかと思う。

『ホッケ定食の食券買ったら幸運にも彼女が出来ました。』

社食の入り口に体験談として掲げたいくらいのエピソード。
時間はかかっても親切は人の為ならず。

そういうことだと思う。


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