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21 月曜日でもできること
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「麻美さん、お帰り。お疲れさま。」
「お疲れ様です、すごくいい匂いがします。」
「うん、意外に早くて最後まで作ったよ。」
荷物を受け取って先に歩く。
「ただいま、子猫ちゃん。寂しかった?いい子にしてた?」
「麻美さん、勝手に箱から飛び出してトイレをしてたよ。」
先に設置したトイレを指さす。
「他にもあるかも、一応チェックしたけど濡れてたり変なものが落ちてたら教えて。」
「はい。」
おでこをくっつけてぐりぐりとしながら答える。
キスをしてくれないかなあ。間接キス。
あ、した。
「みゃあ。」
うれしそうに鳴く子猫。
「あ・・・・・・・何でだ?」
「何ですか?」
「俺がキスしたらニョキッて牙を出して鳴いたのに、今のは明らかにうれしそうに甘い鳴き声だった。やっぱり麻美さんの方が好きなんだ。」
猫皿に猫缶を少なめに盛り、カリカリを多くする。
「麻美さん、これお願い。」
サラダを作り、ご飯が炊けているのをチェックする。
皿二種類とスプーンとお箸とドレッシング。
冷蔵庫を見るとお酒もまだある。選んでもらおう。
携帯を持ってきて子猫を見つめる彼女の写真を撮る。お返しだ。
気が付かないらしい。
「麻美さん。」
子猫に向けていた笑顔のままこちらを振り向いた彼女の写真が撮れた。
「えっ、待ってください。」こっちに来る彼女を抱きしめる。
「可愛い写真が撮れた。」
抱きしめたまま怒り顔の彼女に見せる。
画面を見た顔は、まんざらでもないのか照れている顔だった。
「可愛いよね?僕にもこんな笑顔見せて欲しい。」
こっちを見る顔は困り顔で。
「見せてませんか?違いますか?」
「うん、もっと色っぽくて困る。こんな無邪気じゃない。」
「・・・・それは嫌ですか?」
「まさか、冗談だよ。」
キスをする。まだカレー味じゃない。
でもお昼に食べたサンドイッチやオムライスでもない。
彼女の味がする。
音を立てて深くキスをする。
漏らされると息にたまらなくなるけど、体を離してご飯に誘う。
子猫はすっかり食べ終わったらしい。
猫皿をかたずけてる間にご飯とカレーを用意してもらい一緒に運ぶ。
「何飲む?冷蔵庫にいろいろ入ってるけど。」
自分で選んで買ったお酒を取り出した彼女。自分はビールを。
「どう?」
「美味しいです。すっかり作ってもらって。」
「うん、ほぼ初心者。」
「美味しいです。毎日一緒にいたら太りそう。」
毎日・・・・来てくれるのかな?本当に?
彼女は気が付いてない、ただ言っただけかもしれないけど。
彼女のお皿は自分の半分くらい。
「麻美さん、小食なんだね。」
「はい、今日はお昼もいっぱい食べたし。これくらいでいいです。」
「あ、今日午後にデザイン部に行ったんだよ。」
「はい、聞こえてました。」
「噂の係長に呼ばれてね、心配してたよ。うまくやってるかどうかって。仕事が丁寧だし、ちょっと愛想がなく見えるけど慣れてくるとそうでもないって。だから営業に送ったって。」
「そんなこと・・・・。」
「でも本人に異動を告げた時には殺気を感じたから、恨まれてるかもしれないって言ってた。」
思い出してもおかしい。本当によくわかってる。
「そ・・・それは・・・最初は嫌がらせかと思って、殴りたいとは思いましたが・・・殺気までは放ってません。」
「ちゃんとやれてるって言ったから安心してると思う。廊下で会ったらにっこり笑ってやればいいんじゃない。」
「・・・本当に心臓が止まるくらいびっくりされると思います。」
「大丈夫だよ。きれいだって褒めてたし。」
食器の片づけをしてる間に猫と遊んでもらう。
猫じゃらしへの反応も素早くなって楽しそうだ。
「歩き方もしかりしてきたでしょう?」
「そうですね。」
「実家にメールしたんだ。後で見せるね。あ、病院の予約してない。」
「オンラインでできますよ。問診のフォームもありましたし。」
「麻美さん、週末の都合は?」
「もちろんいつでもいいです。」
「じゃあ、あとで一緒に予約しよう。空いてればいいけど。」
手を洗いパソコンでお気に入りに入れていた病院のページを表示させる。
予約のページから進む。日曜日のお昼にいれる。
問診フォームに健康チェックとして子猫の情報を送る。
携帯の予定表に入れておく。
あ、母親のメール。
表示させて読んでもらう。
「その後の返事まで読んでみて。」
「あっ。」
かすかに笑い声をもらした彼女に満足。
「ね、緊張しないよ。良かったら。」
真剣にお願いするような目をしたつもりで彼女を見る。
瞳が揺れて逡巡するのが分かる。
「ごめん、無理にはって思ってるけど。でも、ちょっと気になるから・・・迷ってる理由を聞いていいかな?」
・・・・・・。
無言だけどもう少し待つ。
「・・・・自信がないです。人に紹介されるのに。友達もそうなんです。昔から、一生懸命仲良くしようとしてくれた子とやっと普通に会話ができる様になって、他の友達を紹介されても時間がかかって。不愛想な子がついてくるなら誘わないって、はっきりそう言われたわけじゃないけど、私の友達はちょっとだけ友達が少なくなります。私がいないところでは仲良くしてるかもしれません。そんな事を何度か経験したんです。」
何とも重い話だ。わかるよなんて絶対言えない。
そんなこと思い悩んだことがない自分。
でも自分の母親だし。分かってくれる。
逆にそんな彼女を振り回すようなパワーすらありそうで、止めるほうが大変かもって思うくらいなのに。
出来ることと言ったら。抱き寄せて言うこと。
「うちの親は大丈夫だと思うけど。僕は一人っ子だし比べる女姉妹もいない。僕が大好きだっていうのは親なら気が付くよ。言わなくてもきっとバレるよ。今までそんな話したことがないから、女の人を連れて行くと言ったらすごく期待されるかもしれない。本当は子猫よりも麻美さんを紹介したい。母親に見せたい。安心してもらいたいんだ。こんな素敵な人を好きになったって。無理しなくていいって言いながら、ごめんね、矛盾してるよね。でもいつか、一緒に行きたいと思ってるから。」
「今日・・・・・。」
つぶやいた言葉の後が続かない。
「今日?」
「うれしかったんです。お昼のお店のマスターが心配してくれてたんです。最初の頃ひどく辛くて、あそこに逃げてた感じだったから。」
「最初っていつ?」
「新人の頃です。」
「ああ、その頃。」
「そんな私が人と普通に話してるのなんて初めて見たと思います。人と普通に話が出来ないって言ったことがあるんです。もう、すごく聞き上手で、いろいろ相談にのってもらって。」
「だから視線感じたのかな?最初と最後。査定されたみたいな感じだったけど。」
「目が『良かったね』って言ってました。」
優しい笑顔がマスターへの信頼感をうかがわせるような。
「ねえ、デザイン部の係長もそうだけど、やっぱりいろんな人を見てる人は分かるんだよ。あ、うちの親もって言いたかったんだけど、そんなプロじゃなかった。芸能人情報はいつもワイドショー仕込みでバッチリだけど。」
「・・・・・行きます。一緒に行きます。でも同僚と言ってください。それ以外とは言わないでください。」
「バレたら?」
「・・・・いいです。」
「僕が先にメールで書くって思わないの?」
「それは、信じてます。」
「なんだかもうバレてると思うよ。でも、同僚って書く。言わないけど、隠すのは無理だからね。そこは責任もてないよ。」
「はい。」
「うれしい、その後も一緒に行けるし。大きくなってふてぶてしくなっても時々会いに行こうね。」
一緒に視線を猫に向けて言う。
「なりますかね、ふてぶてしい猫に。」
「麻美さんは知らないんだよ。僕には明らかに馬鹿にしたような態度とるから。」
「それは・・・変なことばかり言ってるんじゃないですか?この間も。」
「あ、・・・・ねえ、聞いてたの、あれ、・・・・全部?」
「全部かどうかは分からないけど、ぶつぶつ独り言だと思ってたら猫に話しかけてて。恥ずかしくて出れませんでした。」
「起きてるなんて思わなかったから。ぐっすり疲れ果てて寝てるようだったから。」
誰のせいですか。小さく聞こえた。
「あ、思い出した、今。ねえ、いいの?アレの数、数えなかったよね?もう自分でもわからなくなった。いくつ使ったか。覚えてる?」
彼女が真っ赤になった。
「わざとですよね、揶揄ってますよね。普通の顔してましたけど。」
「だって濡れ衣っていうか、疑いは晴らしたいし、あ、DVDは?」
「もういいです。」大きな声だった。
「もういいです、すみませんでした。」普通より小さい声で言う。
「いいの?知らないよ。ものすごく見たかもよ。再現できるほど見たかもよ、気にならない?どんなタイトルでどんな内容か?」
笑顔で揶揄ったんだけど。
サッと手をすり抜けるとソファから立ち上がり子猫のところに行った彼女。
逃げられた?
子猫の爪を出して一生懸命・・・・エアーボクシング?
「何してるの?」
「復讐依頼。」
「怖い冗談だね。」
「本気です。」
「依頼取り下げの依頼をしたいですが。」
背中に頼んでみた。
「今日も鈍感の続きでした?」
「何が?」
「何も感じませんした?」
「えっと・・・今度こそ殺意を放った?ごめん。ちょっと照れた表情がたまらなく可愛くて、揶揄いました。ごめんなさい。」
子猫は解放された。
依頼は取り下げてくれただろうか?
ゆっくりこっちに歩いてきた彼女。
「本当に・・・・もし・・・・自分だったら悲しくなります。」
「えっと、毎度のことですが話が見えなくて。」
「いいです。」
「復讐依頼は?」
「子猫の本能に任せました。」
ゆっくり抱きついてきた体を受け止めて考える。
どういうことだろう。鼠のようにチョロチョロ動くなということだろうか?
まさかの『チュー』禁止?
気になるけど、何だろう、本当にいいのだろうか?このままでいいのだろうか?
自分だったら悲しくなる?・・・・それは訳すと、自分ではないから悲しくはならない。
いいのか?何が?誰が?
・・・分かりにくい。
部屋にはカレーの匂いが漂っていて。自分の近くには彼女の匂いと自分のビールの匂いもあるはずで。
かすかに甘いにおいをかぎ分ける。彼女の匂いと彼女の飲んだお酒の匂い。
さっきキスしたから。今日の分の野望はあっさり達成。
それでも尽きなくて。だってこの状態だし。
「起きてる?」
「当たり前です。」
何だか怖い。まだ怒ってる?
顔を見なくてもわかりそうな反応。
先週まではほとんど言葉少なだったのに。うれしい事だ。
ちょっと調子に乗り過ぎる自分と反応し過ぎる彼女。
こういう時は静かに愛を語りたい。
「ねえ、仕事中はメール見ないの?」
「はい。休憩するときくらいです。特に困らなかったし。」
「そう。みんな結構メールしたりメッセージ送ってるよ。」
「それは・・・・・すぐ返事が欲しかったということですか?」
「ううん、一般的に。すごい集中力だよね。真面目だし。今日も出かける時と帰った時に顔が見れるかなって思ってたのに全く見てくれなかったから。すごいなあって。でも、ちょっと寂しいなぁって。」
「だって行ってらっしゃいって手を振ってくれる人はいるじゃないですか。お帰りって明るく声を掛けてもくれるし。」
「営業はそんなものだよ。行く人がいれば後はよろしくってことで知らせるし、帰ってきたら伝言を書いてパソコンに貼ってても、急ぎとか何かトラブルあったら直接教えるし。」
「・・・・・やっぱり、分かってないです。」
「何を?」
「・・・・・・。」
やっぱりそこまでしか教えてもらえない。
自分が分かってない事。鈍感な事。何だろう?
「ねえ、これもすごくうれしいけど顔も見たいなあ。」
ゆっくりあげてくれた顔は何故か泣きそうな顔で。
「どうしたの?・・・・もしかしてすごく嫌な揶揄い方だった?ごめん、冗談が過ぎました。そんな傷つけるつもりはなかった。本当にDVD見てないよ。」
「もう、その話は終わりました。」
「じゃあ・・・」
何だろう?毎回こんな奇問を投げかけられて。
よく考えると毎回同じで。鈍感ネタ?
「ねえ、何か気が付いてない事があるんだよね?麻美さんのサインは難しい。だからはっきり言葉で言って欲しい。」
「私じゃない。・・・サインを送ってるのは・・・だから気が付いてほしい訳じゃない。」
「だったらいいんじゃない、気が付かなくても。誰、何?必要だったら言ってくるよ。」
「・・・その時はきっと悲しくなる。みんなが。」
何そんな大事件に発展?
そんな悲しみの渦を引き起こす事って?
じゃあ気が付かない方が、必要なときなんて来ない方がいいんじゃないか?
「不安なんです。絶対はないし、永遠もない。」
そんなイチかバチかの事件性?
何、何、何なんだ?
「行かないで?」
異動?出向?誰が?
一体なんだ?
「よくわからないけど、一緒に行くって方法はないの?」
体が離れた。彼女の表情を読む。何だろう?
「分かった。本当になかなか・・・伝わらないことが。」
彼女の何とも諦めたような顔を見る。
「だから言葉で言って欲しいのに。分からないよ。僕が出来ることはある?」
「そばにいるって言ってください。」
そんなこと。
「そばにいる。いて欲しい。愛してる。毎日でもこうしていたいと思ってる。一緒にご飯食べたり、こうやってくっついたり。それに会社でもすこしはこっち見て欲しい。」
「・・・・・会社は・・・もう少し待ってください。」
「分かった。しばらく内緒でいい。」
キスをしても子猫が飛んでくることはなかった。
だから調子に乗って彼女の胸にいっぱい印をつけた。
お返しされたけどやっぱり柔らかい方が付きやすい。
・・・・単に吸引力の問題かもしれないが。
ソファでじゃれあってそんな事をして、時間を過ごした。
夜送るのも毎日の日課になりつつある。
「早く週末にならないかなあ。」
「ね、泊まればいいよね?」
「・・・・はい。」
つないだ手をぶんぶんと振って楽しみだなあとつぶやいた。
「お疲れ様です、すごくいい匂いがします。」
「うん、意外に早くて最後まで作ったよ。」
荷物を受け取って先に歩く。
「ただいま、子猫ちゃん。寂しかった?いい子にしてた?」
「麻美さん、勝手に箱から飛び出してトイレをしてたよ。」
先に設置したトイレを指さす。
「他にもあるかも、一応チェックしたけど濡れてたり変なものが落ちてたら教えて。」
「はい。」
おでこをくっつけてぐりぐりとしながら答える。
キスをしてくれないかなあ。間接キス。
あ、した。
「みゃあ。」
うれしそうに鳴く子猫。
「あ・・・・・・・何でだ?」
「何ですか?」
「俺がキスしたらニョキッて牙を出して鳴いたのに、今のは明らかにうれしそうに甘い鳴き声だった。やっぱり麻美さんの方が好きなんだ。」
猫皿に猫缶を少なめに盛り、カリカリを多くする。
「麻美さん、これお願い。」
サラダを作り、ご飯が炊けているのをチェックする。
皿二種類とスプーンとお箸とドレッシング。
冷蔵庫を見るとお酒もまだある。選んでもらおう。
携帯を持ってきて子猫を見つめる彼女の写真を撮る。お返しだ。
気が付かないらしい。
「麻美さん。」
子猫に向けていた笑顔のままこちらを振り向いた彼女の写真が撮れた。
「えっ、待ってください。」こっちに来る彼女を抱きしめる。
「可愛い写真が撮れた。」
抱きしめたまま怒り顔の彼女に見せる。
画面を見た顔は、まんざらでもないのか照れている顔だった。
「可愛いよね?僕にもこんな笑顔見せて欲しい。」
こっちを見る顔は困り顔で。
「見せてませんか?違いますか?」
「うん、もっと色っぽくて困る。こんな無邪気じゃない。」
「・・・・それは嫌ですか?」
「まさか、冗談だよ。」
キスをする。まだカレー味じゃない。
でもお昼に食べたサンドイッチやオムライスでもない。
彼女の味がする。
音を立てて深くキスをする。
漏らされると息にたまらなくなるけど、体を離してご飯に誘う。
子猫はすっかり食べ終わったらしい。
猫皿をかたずけてる間にご飯とカレーを用意してもらい一緒に運ぶ。
「何飲む?冷蔵庫にいろいろ入ってるけど。」
自分で選んで買ったお酒を取り出した彼女。自分はビールを。
「どう?」
「美味しいです。すっかり作ってもらって。」
「うん、ほぼ初心者。」
「美味しいです。毎日一緒にいたら太りそう。」
毎日・・・・来てくれるのかな?本当に?
彼女は気が付いてない、ただ言っただけかもしれないけど。
彼女のお皿は自分の半分くらい。
「麻美さん、小食なんだね。」
「はい、今日はお昼もいっぱい食べたし。これくらいでいいです。」
「あ、今日午後にデザイン部に行ったんだよ。」
「はい、聞こえてました。」
「噂の係長に呼ばれてね、心配してたよ。うまくやってるかどうかって。仕事が丁寧だし、ちょっと愛想がなく見えるけど慣れてくるとそうでもないって。だから営業に送ったって。」
「そんなこと・・・・。」
「でも本人に異動を告げた時には殺気を感じたから、恨まれてるかもしれないって言ってた。」
思い出してもおかしい。本当によくわかってる。
「そ・・・それは・・・最初は嫌がらせかと思って、殴りたいとは思いましたが・・・殺気までは放ってません。」
「ちゃんとやれてるって言ったから安心してると思う。廊下で会ったらにっこり笑ってやればいいんじゃない。」
「・・・本当に心臓が止まるくらいびっくりされると思います。」
「大丈夫だよ。きれいだって褒めてたし。」
食器の片づけをしてる間に猫と遊んでもらう。
猫じゃらしへの反応も素早くなって楽しそうだ。
「歩き方もしかりしてきたでしょう?」
「そうですね。」
「実家にメールしたんだ。後で見せるね。あ、病院の予約してない。」
「オンラインでできますよ。問診のフォームもありましたし。」
「麻美さん、週末の都合は?」
「もちろんいつでもいいです。」
「じゃあ、あとで一緒に予約しよう。空いてればいいけど。」
手を洗いパソコンでお気に入りに入れていた病院のページを表示させる。
予約のページから進む。日曜日のお昼にいれる。
問診フォームに健康チェックとして子猫の情報を送る。
携帯の予定表に入れておく。
あ、母親のメール。
表示させて読んでもらう。
「その後の返事まで読んでみて。」
「あっ。」
かすかに笑い声をもらした彼女に満足。
「ね、緊張しないよ。良かったら。」
真剣にお願いするような目をしたつもりで彼女を見る。
瞳が揺れて逡巡するのが分かる。
「ごめん、無理にはって思ってるけど。でも、ちょっと気になるから・・・迷ってる理由を聞いていいかな?」
・・・・・・。
無言だけどもう少し待つ。
「・・・・自信がないです。人に紹介されるのに。友達もそうなんです。昔から、一生懸命仲良くしようとしてくれた子とやっと普通に会話ができる様になって、他の友達を紹介されても時間がかかって。不愛想な子がついてくるなら誘わないって、はっきりそう言われたわけじゃないけど、私の友達はちょっとだけ友達が少なくなります。私がいないところでは仲良くしてるかもしれません。そんな事を何度か経験したんです。」
何とも重い話だ。わかるよなんて絶対言えない。
そんなこと思い悩んだことがない自分。
でも自分の母親だし。分かってくれる。
逆にそんな彼女を振り回すようなパワーすらありそうで、止めるほうが大変かもって思うくらいなのに。
出来ることと言ったら。抱き寄せて言うこと。
「うちの親は大丈夫だと思うけど。僕は一人っ子だし比べる女姉妹もいない。僕が大好きだっていうのは親なら気が付くよ。言わなくてもきっとバレるよ。今までそんな話したことがないから、女の人を連れて行くと言ったらすごく期待されるかもしれない。本当は子猫よりも麻美さんを紹介したい。母親に見せたい。安心してもらいたいんだ。こんな素敵な人を好きになったって。無理しなくていいって言いながら、ごめんね、矛盾してるよね。でもいつか、一緒に行きたいと思ってるから。」
「今日・・・・・。」
つぶやいた言葉の後が続かない。
「今日?」
「うれしかったんです。お昼のお店のマスターが心配してくれてたんです。最初の頃ひどく辛くて、あそこに逃げてた感じだったから。」
「最初っていつ?」
「新人の頃です。」
「ああ、その頃。」
「そんな私が人と普通に話してるのなんて初めて見たと思います。人と普通に話が出来ないって言ったことがあるんです。もう、すごく聞き上手で、いろいろ相談にのってもらって。」
「だから視線感じたのかな?最初と最後。査定されたみたいな感じだったけど。」
「目が『良かったね』って言ってました。」
優しい笑顔がマスターへの信頼感をうかがわせるような。
「ねえ、デザイン部の係長もそうだけど、やっぱりいろんな人を見てる人は分かるんだよ。あ、うちの親もって言いたかったんだけど、そんなプロじゃなかった。芸能人情報はいつもワイドショー仕込みでバッチリだけど。」
「・・・・・行きます。一緒に行きます。でも同僚と言ってください。それ以外とは言わないでください。」
「バレたら?」
「・・・・いいです。」
「僕が先にメールで書くって思わないの?」
「それは、信じてます。」
「なんだかもうバレてると思うよ。でも、同僚って書く。言わないけど、隠すのは無理だからね。そこは責任もてないよ。」
「はい。」
「うれしい、その後も一緒に行けるし。大きくなってふてぶてしくなっても時々会いに行こうね。」
一緒に視線を猫に向けて言う。
「なりますかね、ふてぶてしい猫に。」
「麻美さんは知らないんだよ。僕には明らかに馬鹿にしたような態度とるから。」
「それは・・・変なことばかり言ってるんじゃないですか?この間も。」
「あ、・・・・ねえ、聞いてたの、あれ、・・・・全部?」
「全部かどうかは分からないけど、ぶつぶつ独り言だと思ってたら猫に話しかけてて。恥ずかしくて出れませんでした。」
「起きてるなんて思わなかったから。ぐっすり疲れ果てて寝てるようだったから。」
誰のせいですか。小さく聞こえた。
「あ、思い出した、今。ねえ、いいの?アレの数、数えなかったよね?もう自分でもわからなくなった。いくつ使ったか。覚えてる?」
彼女が真っ赤になった。
「わざとですよね、揶揄ってますよね。普通の顔してましたけど。」
「だって濡れ衣っていうか、疑いは晴らしたいし、あ、DVDは?」
「もういいです。」大きな声だった。
「もういいです、すみませんでした。」普通より小さい声で言う。
「いいの?知らないよ。ものすごく見たかもよ。再現できるほど見たかもよ、気にならない?どんなタイトルでどんな内容か?」
笑顔で揶揄ったんだけど。
サッと手をすり抜けるとソファから立ち上がり子猫のところに行った彼女。
逃げられた?
子猫の爪を出して一生懸命・・・・エアーボクシング?
「何してるの?」
「復讐依頼。」
「怖い冗談だね。」
「本気です。」
「依頼取り下げの依頼をしたいですが。」
背中に頼んでみた。
「今日も鈍感の続きでした?」
「何が?」
「何も感じませんした?」
「えっと・・・今度こそ殺意を放った?ごめん。ちょっと照れた表情がたまらなく可愛くて、揶揄いました。ごめんなさい。」
子猫は解放された。
依頼は取り下げてくれただろうか?
ゆっくりこっちに歩いてきた彼女。
「本当に・・・・もし・・・・自分だったら悲しくなります。」
「えっと、毎度のことですが話が見えなくて。」
「いいです。」
「復讐依頼は?」
「子猫の本能に任せました。」
ゆっくり抱きついてきた体を受け止めて考える。
どういうことだろう。鼠のようにチョロチョロ動くなということだろうか?
まさかの『チュー』禁止?
気になるけど、何だろう、本当にいいのだろうか?このままでいいのだろうか?
自分だったら悲しくなる?・・・・それは訳すと、自分ではないから悲しくはならない。
いいのか?何が?誰が?
・・・分かりにくい。
部屋にはカレーの匂いが漂っていて。自分の近くには彼女の匂いと自分のビールの匂いもあるはずで。
かすかに甘いにおいをかぎ分ける。彼女の匂いと彼女の飲んだお酒の匂い。
さっきキスしたから。今日の分の野望はあっさり達成。
それでも尽きなくて。だってこの状態だし。
「起きてる?」
「当たり前です。」
何だか怖い。まだ怒ってる?
顔を見なくてもわかりそうな反応。
先週まではほとんど言葉少なだったのに。うれしい事だ。
ちょっと調子に乗り過ぎる自分と反応し過ぎる彼女。
こういう時は静かに愛を語りたい。
「ねえ、仕事中はメール見ないの?」
「はい。休憩するときくらいです。特に困らなかったし。」
「そう。みんな結構メールしたりメッセージ送ってるよ。」
「それは・・・・・すぐ返事が欲しかったということですか?」
「ううん、一般的に。すごい集中力だよね。真面目だし。今日も出かける時と帰った時に顔が見れるかなって思ってたのに全く見てくれなかったから。すごいなあって。でも、ちょっと寂しいなぁって。」
「だって行ってらっしゃいって手を振ってくれる人はいるじゃないですか。お帰りって明るく声を掛けてもくれるし。」
「営業はそんなものだよ。行く人がいれば後はよろしくってことで知らせるし、帰ってきたら伝言を書いてパソコンに貼ってても、急ぎとか何かトラブルあったら直接教えるし。」
「・・・・・やっぱり、分かってないです。」
「何を?」
「・・・・・・。」
やっぱりそこまでしか教えてもらえない。
自分が分かってない事。鈍感な事。何だろう?
「ねえ、これもすごくうれしいけど顔も見たいなあ。」
ゆっくりあげてくれた顔は何故か泣きそうな顔で。
「どうしたの?・・・・もしかしてすごく嫌な揶揄い方だった?ごめん、冗談が過ぎました。そんな傷つけるつもりはなかった。本当にDVD見てないよ。」
「もう、その話は終わりました。」
「じゃあ・・・」
何だろう?毎回こんな奇問を投げかけられて。
よく考えると毎回同じで。鈍感ネタ?
「ねえ、何か気が付いてない事があるんだよね?麻美さんのサインは難しい。だからはっきり言葉で言って欲しい。」
「私じゃない。・・・サインを送ってるのは・・・だから気が付いてほしい訳じゃない。」
「だったらいいんじゃない、気が付かなくても。誰、何?必要だったら言ってくるよ。」
「・・・その時はきっと悲しくなる。みんなが。」
何そんな大事件に発展?
そんな悲しみの渦を引き起こす事って?
じゃあ気が付かない方が、必要なときなんて来ない方がいいんじゃないか?
「不安なんです。絶対はないし、永遠もない。」
そんなイチかバチかの事件性?
何、何、何なんだ?
「行かないで?」
異動?出向?誰が?
一体なんだ?
「よくわからないけど、一緒に行くって方法はないの?」
体が離れた。彼女の表情を読む。何だろう?
「分かった。本当になかなか・・・伝わらないことが。」
彼女の何とも諦めたような顔を見る。
「だから言葉で言って欲しいのに。分からないよ。僕が出来ることはある?」
「そばにいるって言ってください。」
そんなこと。
「そばにいる。いて欲しい。愛してる。毎日でもこうしていたいと思ってる。一緒にご飯食べたり、こうやってくっついたり。それに会社でもすこしはこっち見て欲しい。」
「・・・・・会社は・・・もう少し待ってください。」
「分かった。しばらく内緒でいい。」
キスをしても子猫が飛んでくることはなかった。
だから調子に乗って彼女の胸にいっぱい印をつけた。
お返しされたけどやっぱり柔らかい方が付きやすい。
・・・・単に吸引力の問題かもしれないが。
ソファでじゃれあってそんな事をして、時間を過ごした。
夜送るのも毎日の日課になりつつある。
「早く週末にならないかなあ。」
「ね、泊まればいいよね?」
「・・・・はい。」
つないだ手をぶんぶんと振って楽しみだなあとつぶやいた。
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「なに言ってるの?」
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「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
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