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7 予言の女神に背中を押されるように。

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終わりまで見て、肩から力が抜けた。
何度も騙され、騙される人が入れ替わるように作られていたのに、やっぱりそうだった。
良かった、そのどちらでもなかった。

エンドロールが流れて席を立つ人はいる。
微かに後ろの方から光が入る。
それでもじっと正面を向いて、動かないまま。
端の席で中央の人が立たなければ、柿崎さんも足を組んだままだろう。

二人の手もそのままかもしれない。

いつまで?

楽しめたよね?二人で選んだ映画だよね?


やがて照明がついて明るくなった、一斉に人が立ちあがり背伸びしたり、ゴミを拾い、荷物を持ち、出口に向かおうとする動きが慌ただしくなる。

手をつないだまま立ち上がった。
開いても離されない手は握られたまま。
視線を合わせても特に変わりなく。

そのまま先導するように通路に出て人波に乗った。



「すごかったね。」

「面白かったです。もう途中いろいろと考えました。」

「すごい集中力だった?」

エスカレーターで後ろから囁くように言われた。

「当たり前です。久しぶりだし、楽しみました。」

「二時間ちょっとはやっぱり長いなあ。あれで面白くなかったら重なった体温が心地よくて眠ってたかも。少しもこっち見ないで、ずっとスクリーン見てたでしょう?」

「映画を見てたんです。」

隣に並んで小声で話しながら外に出る。

まだまだ明るい午後の時間。

「お茶する?」

「座りつかれてるんです、少し歩いてもいいですか?」

「いいよ。」

目的はない。次のお茶の場所を遠くに設定してしばらく歩く。
途中気になるものがあれば止まればいい。

人があちこちから歩いてくる。
腕を絡めるように触れ合わせて距離を縮めた。

「このまま歩いてたらいつの間にか僕の部屋についてたりして?どう思う?」

駅に向かってはいる。
方向としては駅、電車に乗ればあっという間。部屋でコーヒー。


「ご馳走してくれるなら、いいと思います。」

「よかった。是非ご馳走させて。」

少し早く歩き始めた二人。
目的地が決まればそんなものでしょう?

そして部屋でソファに座る。
キッチンに立つことなくそのまま落ち着いたように隣にいる柿崎さん。

さすがに『約束のコーヒーをお願いします。』とは言えない。
だって分かってる。
腰に当てられた手も、近寄った体も。
今欲しいのがコーヒーじゃないって分かってる。

「本当に映画に集中し過ぎだよ。」

「そんなふりしてただけです。」

恥ずかしいじゃない。両隣に人がいる、前にも後ろにも。

手を握られて太ももに挟まれた。
あの映画館の続きのように。

「時々手に力が入って、動くのが分かってた。」

「そんなにジッとはしてられないです。柿崎さんこそ力を入れて来るからです。」

視線を合わされて指輪を抜き取られた。
テーブルに置かれた指輪。

そんなに気になるんだろうか?
プレゼントじゃない、自分で買ったと言ったのに。あの時の指輪なのに。


「仕事中、そんな顔はなしね。ちゃんとプロっぽくしててね。」

「どんな顔をしてましたか?」

「今度鏡で見たらいいよ。時々する顔。そんな顔にはいつでも応えたいって言いたい。シャワ―使う?」

「歯磨きして来ていいですか?」

「コーヒーご馳走するのに?」

「そこは任せます。タイミングも、本当に必要かどうかも。」

「じゃあ、あとでご馳走する。」

立ち上がって昨日置いて言った荷物から歯磨きセットを出して歯磨きをした。

交代で洗面台を使い、ソファに戻った二人はそのまま違う部屋に行った。


本当に律儀にコーヒーをいれてくれた。
夕方を過ぎ暗くなった時間。

「ねえ、もしかしたら、担当変るかもしれないんだ。」

「そうなんですか?」

「うん、そうしたら詩央さんの会社に行くこともない。」

「そうですか。」

私ももう柿崎さんの会社に入ってるビルに行く予定はない。
不思議に重なった現象は本当に無くなるらしい。

「それでももういいかな?あの子にもバレたしね。」

絶対揶揄いそうな立夏ちゃん。
そのベクトルは私にも柿崎さんにも向きそう。

立夏ちゃんの娯楽は一つ減る。
それでもあちこちでいろいろ活躍してそうだからいいだろう。

タイミングが違ったら危うく頭が上がらないくらいに感謝しなきゃいけない所だった。
やっぱり本当のことを言いたい。
びっくりする顔も見たいし、『遅かった~。』とがっかりする顔も見たい。

そして時々会ってる事だけ教えた後、一度目の来訪の時に立夏ちゃんが席を立った。
多分どこかからのぞき込んでると思う。
普通に対応して、余計な話はしなかった。
それでも笑顔は他の人への対応よりは自然で、プロっぽくもなかったかも。

それが最後だった。
やっぱり柿崎さんが来ることはなくなった。


「ねえ、立夏ちゃん。柿崎さん、担当変ったって。もう来ないって。」

「そうなんですか?残念ですね。でも、会社の外で会えるんですよね。」

そう言われた。

あんまりしつこく聞かれることもなかった。
揶揄われることもなかった。

「ねえ、本当は、もっと早くに会ってたの。」

「何がですか?」

「柿崎さんに誘われたのは、あの時よりちょっとだけ前。立夏ちゃんが早めの夏を楽しみたいって連休を作ってラブラブ旅行に行った時あったでしょう?」

「夏前ですよね。」

「そう。あの時、一人の時に、早口で名刺を渡されて、お店で待ってるって、地図を置いて行かれたの。その日、初めて外で会ってて、だから立夏ちゃんが確かめるって言った時は、もう、何度か会ってたの。」

さすがに間が開いた。
大きな目が見開かれてる。
驚いてる。
その表情で満足。

「やっぱり私のお陰だったんですね。役に立って良かったです。まさか私がハッピーを満喫してた裏で、詩央さんがそんな事になってたなんて。もう自分の休暇にまでそんな意味があったなんて。私、すごいと思いませんか?」

どうしてそう思えるの?
そこは感動じゃなくて、もっと違う驚きはない?
ガッカリするか、悔しがると思ったのに。

「本当に柿崎さんが感謝してたよ。初めてのチャンスだって、外から一人なのに気がついて絶対言うって決めたらしいから。」

「ですよね~。もう、うれしいです。」

結局喜んではくれてると思う。

時々デートの報告をお互いにする。
楽しかったところ、美味しかったところ、情報を交換するように。

そして、また一つ、動きがあった。

私は立夏ちゃんより先に受付カウンターから退いた。
配属はそのまま、普通の内勤になった。
時々仕事は手伝ってたけど、今度からガッツリとデスクワークになった。

残業も増える、ランチは皆と楽しめる、トイレも自由。
おしゃべりもできる。
そして、仕事は少しずつお願いされることが増えて、新人が来る頃には独り立ちできるようになった。

結局するっと受付嬢を離れても、普通の会社員の仕事をしてる。
あの時あがくようにして、焦って勉強したものはそのまま、活かさないまま。

でも、決して無駄じゃない。

だってあのビルに通った日々も重なった時間の一部だし。

「よかった。なんだか安心。」

柿崎さんが一度だけそう言った。

柿崎さんが初めてで最後だって言ってるのに。


今、受付では立夏ちゃんが先輩になり、それでも楽しく働いてるんだろう。
時々社内で会うと話かけられる。

「詩央さん、変わりないですか?」

「ないよ。」

「そろそろ変わりあってもいいのに。」

「ないよ、何も。」

「もう、意外にのんびりなんですね。」

それは柿崎さんがって事よね。別に焦ってないよ。
まだまだ同期だってたくさん残ってる。
普通にそのまま残ってるから。




「ねえ、連休、旅行しよう。」

「どこに?」

「ちょっと遠く。」

「決めてるの?」

「うん、先方には伝えた。」

「何?どこ?」


「鈍い?」


「何?」


「明日買い物行こう。」

そう言って指をさすられた。
今日もソファにいる時にあっさりと外されたリング。

「ここにつけて。」

指を包まれて言われた。
目を開けた。

「いいよね?」


立夏ちゃん、なんで?やっぱり女神?予言の女神?
もしかして柿崎さんを遠隔コントロール出来てるの?

数日前にした会話、のんびりじゃなかったみたい!

『変わり』ありそう!!
 
後輩にうれしさを隠せない顔で報告してる自分が浮かんだ・・・・。

しばらくは隠すよ。
言わないよ。

だってまた自分のこと褒めるんでしょう?
おめでとうの前に。

『ほら、言ったじゃないですか。そろそろいいなって思ったんです。良かったです、もう安心しました。』くらい言いそう。

『おめでとうございます。詩央さん。』そう言って笑う立夏ちゃんの顔も浮かんだ。

内緒に出来る間はするよ。
会う時は手を隠して。


出来るだけそうするから。

きっと私と柿崎さんは安心して見送られて、次のターゲットに向かうんだろう。
それはそのまま女神の仕事みたいじゃない。

まさか受付業務以外にそんな特命を負っていたなんて。

やっぱり立夏ちゃん、凄いじゃない!



もしビルに入って受付嬢がいたとしたら、そこには元気な女神がいるかもしれません。
もしくはその隣の人はどうですか?

ほんの少し、約束より少し余裕をもって訪ねてもいいかもしれません。


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